copyright by Twentieth Century Fox Film Corporation The X-Files is a trademark of Twentieth Century Fox Film Corporation ********************** この作品は、RIOSA個人の楽しみのために作ったのが始まりであり、一切の営利目的に 基づきません。 また本作の中で、globeの「wondering destiny」の歌詞を引用しております。この曲がこの 話を考えたきっかけとなったことからきているもので、他意はありません。皆さんの ご理解をお願いすると共に、感謝いたします。 ********************** Description for Will & Dana club Serial number:002 Condition:For Adult ********************** wondering destiny -club mix- RIOSA ******************** Chapter 3 ********************    4.11 PM09:00 車中 「モルダー、少し眠れよ?」 ハンドルを握るバイヤースが、バックミラーに映るモルダーの顔を見て促すように言った。 「…いいんだ」 バックミラーの中で、目だけをバイヤースに向けて言う疲れた声。 「モルダー、今はなにもできないんだからいいだろ?寝とけよ」 ラングリーが隣で説得する。仕事で疲れているのとは、訳が違う。 心身ともに消耗しながらスカリーを探す姿は、見ているほうが辛くなるものがある。だからきっと スキナーは後から別で来ると言ったのだ。一点を見詰めるモルダーの横顔にラングリーは彼の上司が 考えたことが、正解だったと納得する。 車中の空気は狭いからなお重く、夜の暗さに不安がさらに募ってゆく。 「モルダー、寝ろなんて言わないから、目だけ閉じとけ」 フロヒキーが、これまた疲れた顔を助手席から覗かせた。 「……そんな気分じゃないんだ」 モルダーは、目を閉じることすら怖い自分の感情を、どう説明していいかわからなかった。 目を閉じただけで、自分は眠ってしまうのではないか?スカリーを見失ってしまうのではないか? それがひたすら怖かった。 あの夕方の取り残された部屋に漂う空気の虚ろさ。確かに彼女はいたという気配と同居する、確か に彼女は去ったのだという視界の証拠。何が本当のことで、何が夢だったのか、うやむやになる記憶 への不安。 ローンガンメンたちの話に耳を傾けることなく、結局モルダーはかたくななまでに、目を見開いた まま病院へと向かった。 4.11 PM10:30    バージニア州総合病院 「モルダー捜査官!」  スキナーは霊安室の横で順番を待って、ぼんやりと座っているモルダーを見つけた。  身元不明で特徴が曖昧な為、たくさんの人間が確認に訪れていた。モルダー達が来たときには、 すでに数家族が家出した娘だとか、誘拐された姉妹だと、駆けつけていた。FBIの手帳をひと つ見せれば簡単に確認を取れるのに、なぜかモルダーにそれはできなかった。  ローンガンメンたちは心配のあまり苛々して、廊下を行ったり来たりしていた。相変わらず怪 しい部下の友達に、それでも会釈はしてからスキナーはモルダーの隣に座った。 「なぜだ?モルダー。時間がないのは分かっているはずだろう?」  時間がない。スキナーの言葉は正しい。  もしこの死体が彼女ではなく、別の不幸な誰かだったとしたら、である。  それは、上司らしい筋道の通った理論だった。モルダーもそうするべきであることくらいは 知っていた。だが、彼は怖かった。恐怖の方が、理論よりも真実を求める気持ちよりも、強かった。 「モルダー捜査官?」  返事をしないモルダーに視線を向けると、指が震えているのが見えた。驚いて彼の表情を覗き こむ。…怯えているような、瞳。 「Sir…、もしこの中にスカリーがいるのなら、ずっとこうして待っていたって時間の無駄には ならないでしょう?」  乾いた唇から聞き取りづらい声が落ちる。あまりに弱気な彼の言葉に、説得する言葉を失った。 この壁の向こう側にスカリーがいるかもしれない恐怖を、スキナーとて感じないわけではない。 それでも、彼女ではない可能性にかけたいと願える程度には、前向きでいられる気力を持っていた。 それに対してモルダーにとっては、もしかしたら自分の番までにスカリーでない誰かとして認識 されるかもしれないという希望のほうが、待つ苦痛よりも勝っていた。 静かな廊下では残り少なくなった順番待ちの人々の溜め息や咳払いが響く。 「だがモルダー…」  それでも「中にいるのが彼女でない可能性」に賭けるべきだと、スキナーが口を開きかけると、 霊安室のドアが開いた。数人がほっとしたような面持ちでモルダーの前を通りすぎる。その表情を 表す言葉は、複雑な安堵感だろう。とりあえず今日の絶望から逃れられたことと、また新たに捜索 をはじめなければならない不安とに織り成された。 「モルダーさん。あなたの順番です、中にお入りください」  警官らしき人物が、モルダーに声をかけると、ローンガンメンたちも近づいてきた。 「被害者の女性は、身元を証明するものを何も身につけていませんでした。川で発見されましたが むくみがあまり見られないため、自殺ではなく、殺されて投げ込まれたものと見ています。検証は しやすいと思われますが、逆にもし本人だった場合のショックも大きいと…」 「すまないが、我々にそれ以上の説明は結構だ」  検証の心構えを説明し始めた警官に痺れを切らしたスキナーが、ついにIDを開いた。 「失礼しました。…では身元がご確認できましたらお知らせ下さい」  驚きを隠せない様子のまま、警官は部屋を退出し、部屋には残された5人の重い空気が、広がって 行った。死体に被せられた白いシーツから赤い髪が覗いていて、それを見ただけでフロヒキーが後 ろを向いた。スキナーがベッド脇に近づき、モルダーを振り返る。 「…いいか、モルダー?」  さすがに覚悟を決めたらしいモルダーの頷きを確認して、スキナーは静かにシーツを引いた。 「…………」  誰もが息を飲んだ。 そこに横たわっていたのは、ダナ・スカリーそのものだったから。  全員が予想をしながらも、実際にそれを目の当たりにする衝撃までは想像できていなかった光景が、 晒されて行く。警官の言ったとおり損傷の少ない美しい死顔が、シーツの白さとあいまって、5人の 言葉を奪っていた。見当たる変化は川の石か何かで擦ったらしい額のかすり傷だけだった。 「スカリー捜査官…」  スキナーがやっとの思いで声を出した。彼は、まさかこんな形でCSMが彼女を簡単に殺してしま うとは思っていなかったのだ。だから、この彼女との再会に、この5人の中で最も驚いているのが彼 だった。 「まさか…本当に、君なのかね?」  彼女が答えてくれるのではないかと、期待せずにはいられなかった。 「もう駄目だという状況には、何度も遭遇してきたじゃないか? 誘拐されても君は必ず無事で帰ってき た。癌だって克服して…そうだ、何度も銃で打ち合うような現場だって潜り抜けてきて……」  まるで仕事上のミスでも彼女が犯したかのように、スキナーは問い掛けてしまっていた。そうでもし ないと、嗚咽が今にもこみ上げてきそうだった。  なぜあの時自分はCSMにすぐに取引を申し出なかったのか?  その後悔が、スキナーに押し寄せてこようとしていたから。 「やめてくれ」  スキナーの怒気を含んでさえいる声に、耐えられないようにモルダーが呟いた。スカリーの横たわる ベッド脇にふらふらとした足取りで近づき、跪く。 「…Forget me…って、こういう意味なのか…スカリー…?」 4.11 PM07:00   SKYLAND-MOUNTAIN近くのモーテル  食事は何を口に含んでもおいしく感じられなかった。  TVはどのチャンネルも5分も見ないうちに、視線が画面を追わなくなった。  お湯につかろうかと考えたが、体がだるくてシャワーで済ませてしまった。  薬を飲んだのに、頭痛が収まらない。  スカリーはこれなら眠ったほうがましだろうと、睡眠薬を手にとった。  まだ寝るにはあまりに早い時間だったが、何をする気にもなれなかったし、またしたいことも考え付か なかった。それに、ここに来てからどうも落ち着かない。どこか別のところに移ろうかとも考えたが、今 日はここから移動するのは無理だと判断した。 モーテルの慣れた筈の乾いたシーツが、今夜はひどく硬く感じた。もっと柔らかいものに包まれて眠り たいと、彼女は思い、その思いつきに誰もいないのに一人で赤くなってみたりする。たった一度で、しか も自分は眠ったわけではない。それなのにもう彼の温かい腕にくるまれたいと感じている。あの温もりを 恋しがっている。 ベッドの中で睡眠薬が効き始めるのを待ちながら、スカリーは思考を閉じて感情を泳がせてみた。 情けないほどに、無力で一人ぼっちな自分。 硬くて白いベッドの上で、無抵抗に仰向けになっている自分。 その例えようもないはずの孤独感を、彼女は知っていた。感じるのではなく、そういう絶望的な状況を、 現状に対してなす術のない虚しい感情を、体験したことがある。……でも、どこで? 何かを思い出しかけるとき特有のもどかしさが、スカリーを支配しかけた。記憶を追いかければ、きっと 思い出せる。いつになく必死に自分の既視感の流れ行く先を追いかけて行く。 痛い思いはしなかった気がする。体が、だけれど。 泣いていたこともあった気がする。内側だけだったかもしれないけれど。 手錠をかけられていたわけではなく、口を塞がれていたわけでもない。だけど、全く自由はなかった。 天井は高かった気がする。上の方ではきらきら何かが回転していて……自分にせまってきて……でも、 本当に怖かったのはそのときではなかった。 では、いつ?自分は何に恐れた? …星が、輝いていたのだ。 その映像が蘇りそうになった瞬間、本物の星の光が、文字通り彼女に降ってきた。 「…痛っ…」 首筋に熱い痛みを感じて、思わず目を閉じる。 自分の命を救ったらしいチップの金属の発熱であろうことはもう分かっていた。そして、思い出すのは 誘拐される前にスーパーのレジで見た大量のバーコード化された情報。 彼女は今、彼らのスーパーのレジに並べられた商品になろうとしている。 分類され、値札をつけられて…その先は? 怒涛のように押し寄せる不安に、真っ暗な、光の届かないところに逃げられないかとベッドから降りた。 そのまま体が自由を失い、スカリーは地球が光を注がれるために丸いのだという事実を痛感させられる。 ……逆らえない。 本能が知っていた。この信号には逆らうことができないと。 目を開けることもできないけれど、見えていた。自分を包む白い光が。 4.12 AM11:00   バージニア州総合病院 残される人間に「Forget me」なんて。 モルダーは声にも出せずに呟いた。人間は本当に辛いときは、泣くことすらできないのだ。彼の周り では悲しむことができる人々の嗚咽が響き始めている。 ただ呆然と、視点すら合わない。 スカリーのほっそりとした顎の輪郭すら、白くぼやけていて、モルダーはまだ自分が何も受け入れら れていないことを、なんとなく感じる。 奪って、そして失う。 そんな陳腐なものしか、自分達は持てずにここまでやってきたのか。 モルダーには、どうしてもそうは思えない。けれど、もし手を伸ばして、その肌が冷たくなっている ことを確認してしまったら? それが怖くて彼女に触れることさえできないでいる。あんなに強く抱き しめた体が、今はとても遠い。 色素の薄い瞼。口接けたら、くすぐったそうにしていた。 もうその柔らかい蓋は開かないのか? 深い海水を湛えた、澄んだ瞳を隠したままなのか? 冷静な言葉しか生み出さなかった唇は、味わうとやさしい気持ちを伝えてくれた。言葉と違うもので 愛情を教えてくれたキスを、彼女はもう与えてくれない? 淋しい炎がモルダーに灯される。 「…みんな、少し二人だけにしてくれないか?」 一瞬、部屋の空気が凍ったように静まり返った。 スキナーが心配そうな顔でドアを閉め、モルダーはやっとそう呼びかけられた。 「…ダナ、寒いか?」 とにかく彼女を抱きしめたかった。生きているとか、死んでいるとか、モルダーはもはやそんなこと はあまり問題ではないような気すらした。 やっとの思いで彼は手を伸ばす。額のかすり傷から、血の温もりが感じられないかと期待して。 でも、そこはもう冷たく固まったかさぶたになっていた。絶望が近づいてきて、自分の横にちょんと 座ったのを、モルダーは感じる。それでも自分の想いはなにも変わらないまま。 まだまだ伝え足りていない自分の愛情を、持て余している。どこに持って行けというのか。 結局、彼女しかいないのだ。 心臓が動いていないことや、体が硬直していることが、彼女がダナ・スカリーでなくなってしまった ことの証明になるだろうか? 今はまだ、モルダーにとっての答えはそこにいるのがスカリーということ だけだった。 肩から下は被せられたままのシーツを引く。はだけたシャツの隙間からから十字架が目に付いた。彼 女を守り続けてきた、健気な輝きはこんな瞬間さえ変わらない。そのまま白すぎる胸元から視線を流し かけて、ふと、モルダーは気付く。 あるはずのものがない。 呼吸が止まる。 ……たった2日で、消えるわけがないのでは? その疑問が脳までたどり着いた瞬間、モルダーはまだ濡れているシャツのボタンを全て開いた。 蒼さを感じるほど白い、ダナ・スカリーに「見える」裸体が現れる。 「……しまった…」 何が起きているのか、やっと冷静になった心が理解した。 自分達はまんまと騙されたのだ。 慌てて部屋を飛び出した。 「Sir!」 電話の前にいるスキナーから受話器を奪い取る。 「なにをするんだモルダー!」 「スカリーの家にかけちゃ駄目だ!」 受話器は有無を言わさず置かれる。夜更けに似合わない音を立てながら。 霊安室から出てくるなりすさまじい剣幕で叫ぶモルダーに、スキナーは圧倒されつつも、彼が気でも 触れたのではないかと恐れた。 「落ち着け、モルダー」 「Sir、あれはスカリーじゃない。スカリーだけど僕達のスカリーじゃないんだ」 訳がわからないという顔をされて、今度はモルダーがスキナーに言う番だった。 「時間がないんだ!」 そしてそのまま駆け出した。 残されたスキナーとローンガンメンは、周りの視線と互いの視線を受け止めながら、しばらく呆然と 立ち尽くした。 4.12 AM04:00  SKYLAND-MOUNTAIN どの表情にも、色がない。 暗い夜道を、車を乗り捨てて歩く人々は静かで不気味だった。 「召集」がかけられたならば、スカリーはここに呼び寄せられるに違いない。モルダーには勘と、今 までに集めてきたUFO誘拐情報しか頼るものがなかったけれど、信じて走るしかなかった。 一度誘拐された場所から、何度も呼び寄せられ続けたという例が多いことは確かだった。 形ばかりの不確かな理論を組み立てて、それでももっと不確かなものが自分をここに導いていることを、 モルダーは感じている。今夜彼女を見つけることができたら、この自分を動かしたものを、懐疑的な相棒 に信じさせることができるだろうか? 魂が呼応するという言葉を、モルダーは初めて体感している。テレパシーの存在を信じてはいたが、 その証明は出来ずにいた。けれどこれは、証明する類のものではないということも、今、彼には分かって いた。人間だって、当たり前のように特殊能力を持っていたのだ。当たり前過ぎて誰もが信じない。 愛する人間が自分を必要としているとき、それを感じ取ることが出来るということ。 今まで自分はそれが出来なかったから、だから探し求めていた。 自分以外の人間を信じて、愛すること。 そこに付随する全ての奇跡を、信じられなかったから、失った妹という隠れ蓑を着てやみくもに探してい たのだ。 …本当の探し物は、こんなに近くに。 「スカリー!どこだ!?」 暗い草原を、モルダーは駆け出した。 たった一人を何千人の中から探し出す作業は難航した。懐中電灯しか頼る明かりがなく、さすがのモル ダーも疲れを感じ始めたころ、最も明るい危険な手助けが、ついにやってきた。何度も見た通りの姿の宇宙 船が、まばゆい光を散りばめる。人々は一斉に両手を上げる。 今、見つけなければ、失ってしまう。 目を凝らして、目を凝らして。彼女が宇宙に吸いこまれる前に。 「スカリー!スカリー!」 まぶしさに、目がくらむ。両の目を開けていられない。風が巻き起こり始め、空が低くなったのかと思う ほどに、宇宙船が低く近づいてくる。 「スカリー!」 いよいよ時間がなくなってきているのを感じて、モルダーは声を嗄らさんばかりに叫んだ。 宇宙船が、その動きを止める。光が、一点に降り注ぐ。モルダーの、呼吸が止まる。 「・・・・・・!!」 光の真下に、彼女はいた。 白い光の中、スカリーもまた表情がない。空を見上げて、まるで浮くのを待つように…。 今、行かなければ彼女を本当になくしてしまう。 モルダーは人々を押しのけて走り出す。もはや他になにも思いつかなかった。 走っても走っても近づけないような感覚の刹那。 「ダナ!!」 今、まさにその足が地球から離れて行こうという瞬間で捕まえた。周りで何人もが吸い込まれて行くけれど モルダーには腕の中のスカリーを取られないことで精一杯だった。彼女の体は重力に逆らい、下から沸き起こ るかのような風がモルダーの腕の力を奪おうとする。 モルダーにとっては長い戦いの末、不意に宇宙船は消えて行った。意識を失ったままの人々を残して。 「ダナ?」 呼びかけても、まだ彼女に心は戻ってこない。 卑怯は承知で、パジャマのボタンを2つ外して見た。「彼の彼女」である証拠を確認して、溢れる愛おしさ にその小さな体を抱きしめなおす。冷たい体をしていて、よく見ると薄着の上に裸足だった。 温もりを移したくて、心を取り戻して欲しくて、ゆっくりと口接ける。 瞳に、色が戻ってくるのを、暗闇の中で目を凝らして見る。 「…モルダー…?」 彼は、自分の真実を勝ち取った。 4.13 PM9:00 SKYLAND-MOUNTAIN 今はもう誰もいなくなった山の頂上に、二人は佇む。 事情徴収はスキナーの手回しのおかげか短く済まされた。あのあと病院で怒り狂っていたらしいスキナーも、 スカリーの無事を伝えた途端、ころりとモルダーの説明を信じて駆けつけた。病院の死体はモルダーの読みど おりスカリーそのものの遺伝子を持っていた。説明の手間を危惧していた矢先、病院に火災が起きてうやむや になりそうだ。さすがはCSM、後始末まで完璧だった。 「・・・ここまで歩いて来たなんて、自分が信じられないわ」 昨夜と打って変わって緩やかな風が吹き、スカリーは髪を掻きあげた。さらさらと指からすり抜けてゆく髪 の動きを、モルダーはそっと目で追う。 「こんどは走ってみたらどうだい?マラソン選手になれるかもしれないよ?」 そう言って、彼女のバカにしたような笑顔を期待した。でもスカリーはただ視線を一瞬彼に向けただけで、 何も言わず、笑いもしなかった。 やっと二人きりで話す機会が出来た途端、肝心なことは何も言えずにいる。 病院でスキナーや地元警察の前で、普段のように振舞ってしまったせいで、二人ともあの夜のことを話題に しにくい雰囲気にしてしまっていた。 当たり前のようにスキナーは、相棒のモルダーにスカリーを送るようにと指示を出した。そのせいで逆にスカ リーは、彼らの上司が感づいていることに気付いて、すっかり堅くなってしまっている。 「・・・スカリー?」 モルダーは、今更あの夜の前の二人に戻るつもりはなかった。 あんなに泣かせて、あんなに辛い思いをさせて、そして自分もあんなに彼女が必要だと痛感して。それでまた 互いの手を離してゆくなんてことはできない。 「なに?」 もう顔をこわばらせたスカリーが、不安な瞳で彼を見る。モルダーはかっと血が逆流するのを感じた。 「ダナ!」 ぐっとスカリーの手首を掴んで引き寄せる。きゃっとスカリーが小さく叫んだのが聞こえたが、かまわず腕の 中に彼女を押しこんだ。スカリーが力無く、それでも必死で抵抗する。 「ちょっと!モルダー!やめてよ」 「やめないね。ダナ、やっと君を見つけたっていうのに、そんな他人行儀でどういうつもりだい?」 ますます強く、モルダーは彼女を抱きしめる。徐々にスカリーの体の力が抜けて行った。心配だった気持ちと、 彼女の強がりへの苛立ちが重なって、モルダーはスカリーに身動きすら許さない。 「モルダー…」 「ダナ、頼むから二人の時にそんな態度はやめてくれ」 切実な、その声の響きにスカリーは彼を傷つけたことを知る。きつく抱かれた腕の力に、溜め息がこぼれそう になる。そこにあるのはあの夜と変わらない彼の気持ちの温度。 「…ごめんなさい…」 不意に目を反らしていた、自分が彼にしてきたことを思い出してスカリーは声を詰まらせた。その気配に気付 いたモルダーが慌ててスカリーを見る。 「ダナ。大丈夫だ、大丈夫だよ。僕は怒って言ってる訳じゃない」 見たこともないような不安な瞳で自分を見るスカリーに、モルダーは学んでいる。 自分の女を安心させることの難しさを。そしてその価値を、その意味を。 自分に言い聞かせる。彼女は自分を愛してくれているから、こんな瞳で自分を見るのだと。もう子供っぽい心 配という言葉で、彼女をしかってはいけないのだと。今、彼女に必要なものは小言ではなく安心なのだから。 「だって…」 スカリーは哀し気に呟いた。 一度は腕に抱いてくれた彼のもとを去ったのは、自分の決めたこと。あんなに勝手なことをして、またモルダー が差し伸べてくれる手につかまるのは、自分が安易に思えた。 「なんの『だって』だい?」 モルダーは落ち着きを取り戻してスカリーを促す。静かな口調にスカリーもおそるおそる口を開いた。 「だって、私…あなたにひどいことを…それなのにどうして…?」 どうしてあんなにひどいことをした女に、こんなに優しく出来るのだろう。どうしてここが分かったのだろう。 たくさんの「どうして」と不安が、スカリーの体を駆け巡る。 モルダーは腕の中のスカリーに寒さとは別の種類の震えを感じ取った。色んな種類の感情が、今彼女を支配して いるであろうことは、今のモルダーにとっては想像に易い。 けれど、それを打ち消すのはたった一言でいいはずだった。モルダーはその呪文を持っている。 「大丈夫だよ、ダナ。僕はあの夜と全く変わらず君のことを愛してる」 大きく目を見開いて、全身で彼女はモルダーの言葉を聞いていた。迷子が親を見つけた時のように、植物が 太陽に向かって伸びて行くように、文字通り一心不乱に彼の言葉の全てを吸収しようとしていた。 体が、心が、理解する。 もう無理をしなくてよいのだと。彼が見つけた幸せと、自分の願いが綺麗に重なってくれたのだ。 やっと、彼女は彼にしがみつけた。 「…泣いてもいいよって言ってみて」 もう半分泣き声で、それでも尋ねてくる彼女の健気さに、モルダーのほうが泣きたくなってくる。 「泣いていいよ。それから「怖かった」って言ってごらん。もう大丈夫って実感できるから」 震える声が、「怖かった」と呟いた。 「…でも、もう少しで、君を失うところだったんだ」 泣き声が収まり始めたのを確認しながら、モルダーは腕の中を覗きこんで話し始めた。 彼女が消えてからのこと。 「君、体と爪に睡眠薬仕込んでただろ?後から思えば随分甘い肌だったもんなあ」 急に手口を披露されて、スカリーはうつむいてしまう。 「…ごめんなさい」 「でも、だから僕は君を見分けられたんだ」 そして一度は本当にスカリーが死んでしまったと信じたこと。 「まさか、やつらは僕が本物の君にマーキングしてるとは、思わなかったみたいだよ」 くすくす笑いをかみ殺しながら、モルダーは得意げに自分だけが気がついたいきさつを披露した。 「…不思議だよ、ダナ。こうなるまで、僕は何も手に入れていないのに失うことが怖かった。それなのに。…あ のことがなければ、今ごろ僕は何一つ手にしないまま、また孤独になっているよ」 そううそぶくように言ってから、スカリーの瞳をまっすぐに見て「ありがとう」を唇だけで作った。 そのまっすぐな視線の強さに、スカリーは吐息をついてしまう。 この瞳から、逃げようとしていたなんて。 もう気付かないわけにはいかない。二人が支え合って今までやってきた日々の後ろにあるものに。 信頼というあまりにも簡単な言葉で、解決しようとしていた、たくさんの奇跡。いつだって、相手の本当に危 険な瞬間には立ち会ってきている。そんなひとつひとつを、考えるだけで、自分達を結ぶ何かの存在を信じずに はいられない。 運命だなんて言葉を、自分が使うと似合わない気がして、口には出せなかった。でもモルダーも同じことを 考えていることは、抱きしめ合った体越しにスカリーに伝わってきている。 「…これからは、いつでも君を見分けられるように、印をつけるようにしなくちゃ」 茶目っ気たっぷりに囁いてくる甘い宣言は、それでも彼が彼女の死体を見て、どれほど衝撃を受けたかをスカ リーに伝える。そして、もう決して失いはしないというモルダーの決意も。 「…バカ」 照れ隠しにぼそりと呟く。暗さで上気した顔を見せずに済むことにほっとする。 「言ったね、さっそく今日の分の印をつけとくよ」 言うが早いか、モルダーは彼女を柔らかい草の上に押し倒した。 「ちょっと!モル…」 言葉尻は口接けで消えてゆく。髪を撫でる右手と彼女のブラウスをさぐる左手、それから二人を結んでいる唇。 自分の肌が、触れ合っているところから発熱して行くのをスカリーは感じる。そうして離れていったモルダーの 唇は宣言通り、彼女の白い肌に真新しい痣を埋め込んだ。 「これでしばらくまた君を見分けられる」 満足げなモルダーの声が耳に注がれる。そんな声音にスカリーは、自分も満たされていく。気付けば彼女はあ んなに怖がっていた星空の下で、無防備に寝転がっていた。 「モルダー」 空を見上げながら、自分を抱きしめる彼の背中をさすってみたりする。 怖くない。それが不思議でもあり、また当たり前のようでもあった。 「なんだい?」 暗くて見えないが、きっとモルダーも自分も幸せな顔をしているだろうと、スカリーは思う。首のチップが消 えた訳でもないのに、この安心感。それはモルダーがくれたもの。またこのチップのせいで翻弄されるかもしれ ないけれど、きっとモルダーは印を頼りに自分を見つけてくれる。 「もう一度、キスしてくれる?」 「何度でも」 口接けを交し合う二人の上では、変わらず星が輝いている。 それでも二人は新しい関係を歩き出していた。運命という言葉の、本当の意味を知るために。 the end. ***** wondering destiny **************************** 遠くで星達 息を潜めて見守ってる 二人の体 かすかに揺れて思い出したよ 幸せになりたくて 子供のころの夢 気付いてくれなかった あなた以外誰も 二人で歩いて どこまでも歩いて 友達なんかいらない あなた以外誰も Just try, Just dream a little bit tonight We'll be far away together forever... ...So don't cry **あなたのしあわせ 見つけてほしかった 君が微笑んで おやすみを言って 眠ってほしかった あきらめるときは 足跡消して行く 私を忘れて かけらさえ何も 残らないように El ce voyage commence sans bagage What's going on X7 times 何処までもあてもなく... ...and then いくつもの忘れ物 思い出まで捨てるつもりで おかしくなっても やさしい言葉かけてくれていたね いつまでも心にしまっておけないことに気がついて 静かに夢の国 そろそろ雪がそっと振り出している ...渡り歩いて いるようでいない 気持ちだけ先走ってる 花が咲くころ きっと静かに暗闇を また二人で寝転がって眺めていたいよ そして星空の下いつか口づけかわしたいよね So I cry 静かに So I try 見せずに So I fight 見つけに Don't give up 何もないなんて 思えない 気付かないふりなんて出来ない そばにいたい しょうがないそれしかない いつまでも **繰り返し あなたを信じたら あなたと死ねたら あなたと静かな 運命の絆 永遠の愛情 あなたと感じたら あなたと誓えたら 静かに始まる 運命の絆 永遠の友情 I'll be w/z you all my life You'll be w/z me all your life 会わずにいられない Wanderin' destiny, Wanderin' fantasy I'll be w/z you all my life You'll be w/z me all your life 会わずにいられない Wanderin' destiny, Wanderin' fantasy and then something change Every time you talk L'oiseau Bleu ...in your soul ******************* 後書き ******************* Re-Mix(笑) このあほらしい申し出を、内心どう思っていらしたかは別として、 喜んで受け入れてくださった、管理者ひよさんにspecial thanksです。 でも、Re-Mixといっても、大して変わってない?気もして恐ろしい(苦笑) まずは、ひょんなことからシリーズ化していった、 原点であるこのお話から、ということで。 clubまで作ってもらって居候(笑)させていただくこととなりました。 皆様、ぜひひよさんともどもよろしくお願いします(ぺこり) 御存知の方もおおいと思いますが、これは私のXFのficでびゅう作です。 だからいろいろ、「こんなこと書いたらイメージ崩すかな」と 構想の時点でけずったシーンがあったのでした。 スカリーの手紙は、最初のときに考えていて、結局入れなかったので、今回入れてみました。 湿っぽいスカリーになっちゃったかも(トホホ) そんな変化を楽しんでもらえたら嬉しいです。 こちらで初めてこのficを読まれた方もいらっしゃるかな? そんな方はオリジナルを読んで見ていただけたら嬉しいな、なんて おこがましく思っちゃっています。 拙い上に長くなりましたが、気に入って下さる方がいたら幸いです。 感想などなど、頂ければ嬉しいので、お待ちしています。 また、せっかくコーナーでいただいたので、 「こんな話を読んでみたい!」 とか、リクエストも受け付けちゃいます。 そちらも合わせてお待ちしてます。 sa-yo-h@diana.dti.ne.jp