この作品はあくまでも作者の個人的な楽しみに基づくものであり この作品の登場人物、設定などの著作権はすべて、クリス・カーター、 1013、20世紀フォックス社に帰属します。 TITLE: - Courage to Believe - SPOILER:   Season8    by yuria      〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * Mulder's residence 3:09 a.m. 「Nooooooooooo.....!!!」 心がちぎれそうな叫び声とともに、Mulderはカウチで目を覚ました。 体中じっとりと汗にまみれ、彼の体は小刻みに震えている。 彼はカウチに座りなおし、固く目を閉じて両手で汗が光る顔を覆った。 フロアランプ1つのみが灯る薄暗い部屋で、Mulderはしばらく動かずに乱れた呼吸を整えた。 『またいつもの悪夢じゃないか...』 まだぼんやりと霧が晴れない頭の中で、Mulderは考えた。 何十年と同じ夢に悩まされてきたが、最近はこの夢を見る回数は減っていたはずだ...。 『でも、なにかが違う。。。いつもの夢とは。。。なにかが』 Mulderは顔を覆っていた両手で柔らかい髪をかき上げ、うつろな瞳を開いて ゆっくりと立ち上がりバスルームへと向かった。 水を勢いよく出して顔を洗い、滴る水を拭おうともせずにシンクの端に両手をかけて 鏡に写る自分の顔を見つめた。 鏡の向こうから覗き込む青白い顔は、頬から下にうっすらと伸びた髭が作る青い影のために よけいに疲れきって見える。 Mulderは鏡の中の自分から目を離さずに、左手で口元をこすった。 鏡の中の自分によく似た男の哀しい眼差しを見つめるうちに 彼は先ほど見た夢を、ところどころ切れ切れに思い出した。 カタカタと家具の震える音、まばゆい光、耳障りな音、重く動かない体、 その反対に研ぎ澄まされた感覚、 家具の震える音だと思っていたものは、いつのまにかドリルの唸りに変わっている。 そして唸りをあげて近づくドリルの先にいるのは、まぎれもないMulder自身。 彼はシンクの端にかけていた両手にグっと力を入れてきつく目を閉じた。 閉じた瞳の中で、フラッシュバックが次々に蘇る。 そこには仰向けに縛られ、叫び声を上げる自分が見える。 「Scullyyyyyy.....!!!」 しぼり出すようにそう叫ぶ彼自身の声にハッとして閉じた瞳を開き、荒い呼吸で肩を上下させた。 「...Scully...」 うなだれて、彼にとって祈りにもにたその名前をもう一度呟いた。 窮地におちいった時にいつも無意識に口から出るその名前。 彼にとって神の名よりも神聖で慈悲深いもの。 しかし彼は知っている。その名前すら今の彼にとってなんの救いにもならないことを。 これから一生その悪夢に悩まされるであろう、おぼろげな実験の記憶。 その後の果てしなく長い漆黒の眠り。そして覚醒、回復。 その間彼のかたわらに、かたときも離れずに寄り添っていたScullyの体の変化。 彼をとりまく何もかもが、以前とまったく違うものになっていた。 彼がその命と情熱を傾けた X-File でさえ、今はもう彼のものではない。 命の期限をきられた日から、彼自身残された日々をどう生きるか、残していく者に何を託せるか そのことをずっと考えてきた。命の火を燃やして仕事に没頭することで、着実に迫ってくるものから 目をそらそうともした。しかし彼にはただ1つ、守らなければならないものがあった。 彼にとって、唯一の真実。それなしでは生きられないもの。50億の中のたった一人。 ”Dana Scully” 何者かによる実験のせいで母になることが出来ない体になった彼のパートナーは 一途に子供を持つことを願っていた。 彼女の願いを叶えることで、彼女の中に自分の『存在』を残せたら、 自分の命を彼女の体内ではぐくんでもらえたら、今まで生きてきた証を少しでも残して逝けるだろうか。 Mulderは最後のプレゼントとして、『命』を彼女に贈りたかった。 それが叶えられなかったとき、彼の絶望はScullyのそれより大きかったかもしれない。 『奇跡をあきらめるな』 それは彼自身に言った言葉でもあった。 そして奇跡は起こったのだ。Scullyのお腹の中のまだ見ぬbaby。 Mulderの死から、そして不治の病からの帰還。 Mulderの耳に消え入りそうな、あのときのScullyの声が聞こえてきた。 ****************************************************** 「Mulder、どうして私にあなたの病気のことを話してくれなかったの」 昏睡状態で運ばれた病院で、死の淵から驚異的な速さで回復に向かっているMulderのベッドの脇の、 今ではScullyの指定席になってしまった椅子に座って、彼女が尋ねた。 Mulderは少し角度をつけたベッドに背をもたせたままScullyから目をそらした。 「...それは...」 気まずい沈黙が病室を支配した。 「...それを知らされたとき、とても傷ついたわ。私に嘘をつくことはあなた自身をも裏切ることになるのよ。  昔あなたが私に言った言葉だわ」 Scullyの静かな口調がよけいにMulderの心にこたえた。彼は辛そうに一瞬目を閉じた。 「すまなかった。君に嘘をつくつもりはまったくなかったんだ。ただ、言えなかった。  母親になるという奇跡を願っている君に、もうひとつの奇跡をも願わせるようなことはできなかった」 Mulderの声は囁くように低かった。 「Mulder、責めてるんじゃないの。あなたがひとりぼっちで苦しんでいた時に、私は何もしてあげられなかった。  それが悲しいだけ...。医者としてではなく、あなたのことをとても大事に思っている一人の人間として。  側にいることくらいは私にもできるのよ、Mulder。  昔、あなたが私にしてくれたように...」 Scullyの瞳にみるみる涙が溢れて、一筋頬をつたった。そして彼女はMulderの手に彼女の白い手を重ねて それにきゅっと力をこめた。 「奇跡は2つも起こったようじゃないか」 チラっとScullyの大きくなったお腹を見てそう言ったMulderの声の調子の変化に敏感に気がついて、 Scullyは悲しげにうつむいて重ねた手をそっと離した。 「...ごめん」 Mulderは枕に頭を預け、目を閉じて小さくため息をついた。 2人の間に時おり流れる奇妙な空気にMulderもScullyもとまどっていた。 今までとは違うギクシャクとしたものは、絶えず2人につきまとった。 話したいことが話せない。話し合うべきことはたくさんあるはずなのに、昔のように心が近づかない。 それは、2人に起きた『奇跡』への恐れからなのか。 ********************************************************* Mulderはバスルームでうなだれたまま、自分に問いかけていた。 『彼女のbabyは本当に奇跡の子なのか、彼女のbabyは”僕ら”のbabyなのか、  そしてなにより死から蘇ったこの僕は、以前のFox Mulderであるのか...』 「...僕は...いったい何者なんだ...」 Mulderは鏡を見つめて低く呟いた。 突然彼はシンクの棚に置いてある歯ブラシやコップを両手で乱暴に払い落とした。 プラスチックのコップがカラカラと床を転がる音が、静かな部屋に大きく響く。 そして鏡に映る孤独で不安げな自分の顔を、力いっぱい拳で殴った。 鏡は放射線状にヒビが入り、細かい破片がシンクに耳障りな音とともに落ちた。 彼の右手の拳からは真っ赤な血がいく筋も流れ出て、白いシンクにいくつもの赤い斑点をつけた。 Mulderは憑かれたように自分の拳から流れる赤い血を見つめたまま、ズルズルとその場に座り込んだ。 自分の体に流れる赤い血液さえも信じることが出来ない、いったいどこに身を置けばいいのか どこに心を落ち着ければいいのか、何を信じればいいのか...。 彼はバスルームの壁にもたれて子供のように膝を抱えた。 音のない孤独な部屋にのろのろと時間だけが過ぎていく。 窓の外の暗闇は薄青く変化し、夜明けの気配が感じられる。 Scullyの適切な判断と治療によって、Mulderが今ここにいることは事実だ。 Scullyを今も昔と変わらず、いや昔以上に深く愛していることも事実だった。 彼女を信じ続けることで彼は救われ、彼女の信頼を得ることでMulderは彼自身を取り戻せるように感じられた。 彼女の瞳に映る自分を確認することが、今の彼には必要だった。 答えはでている。最悪の可能性を恐れながらも彼は守らなければならない。 彼女を、彼女のbabyを、いや、二人のbabyを。 それこそが今の彼にとっての唯一の真実であり、するべきことなのだ。 今の事態をうまく受け入れられない彼の態度が、Scullyを傷つけていることはわかっていた。 Mulderのabductの後、Scullyは数え切れないほどの眠れぬ夜を過ごし、枕をその涙で濡らしたことか。 孤独な日々にMulderを想い、星空を見上げて、鏡を見つめて、またMulderを想っただろう。 そしてたった一人で妊娠という他の女性にとっては喜ばしい事実、しかし彼女にとっては恐れと とまどいと喜びが入り混じった事実を受け止めてきたのだ。 Mulderは膝を抱えたままバスルームの床の一点を凝視していた。 窓の外では小鳥がさえずり、街が動き出す音が聞こえてくる。 『Scullyが助けが必要な時に僕は彼女の側にいることができなかった。  彼女をしっかりと抱きしめて、大丈夫だ、心配することはないと髪を撫でてやることができなかった。  溢れる涙をぬぐってやることも、優しくキスをしてなだめることもできなかった。  でも今、僕はここにこうして生きていて、彼女のためならなんでもできる。  彼女とbabyを守るためなら自分の命さえもいとわない。  2人を失えば僕が生きている価値はない。  信じる心が奇跡を生むんだ。そのことを忘れてはいけない。  恐れるべき可能性があることを認めながらも、心の中にしまいこんだ勇気を総動員して  僕はまだ見ぬその子が奇跡の子であることを信じ続ける。  けして奇跡をあきらめない。  babyの誕生を迎えた時に、僕の未来が、僕らの未来が見えてくるはずなんだ。  僕らの真実を誰にも渡さない』 体の奥から突き上げるように、力が湧きあがってくるのが感じられる。 Mulderはうつむいていた顔をゆっくりと上げ、立ち上がった。 拳から流れていた血は固まって今は赤黒く見える。 Scully、今すぐ君のもとへ行き、きつく抱きしめて君を確かめたい。 そして君に伝えなければならないことがたくさんある。 長い眠りから目覚めた時に最初に僕の目に映った、昔と変わらない君の笑顔に胸を打たれたこと。 孤独な長い旅は終わり、今度は君を連れて未来への旅にでること。 悲しいほど君に逢いたかったこと。 暗闇の中で、ずっと君を愛していたこと。 ...もう君を、一人には決してしないこと...。 それぞれの離れ離れの辛い日々をふり返り、時に押し流されないように立ち向かうよりも その流れに身をまかせてみよう。きっとどこかに辿りつくはず。 朝の淡く澄んだ光の中でヒビ割れた鏡を覗き込むと、 先ほどとは別人のような男が鏡の向こう側からこちらを見つめている。 信念に燃える瞳と固い意思を持つ男、 Fox Mulder 、まぎれもなく彼自身。                              - end - 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 〜〜 * 最後までお読みいただき、ありがとうございました                          * yuria *                                   June  2001