ポピーの目覚め 〜あるいは、ケダモノの覚醒〜

 お面の下に素顔を隠した気のいい狼、ケダモノにまたもや難儀がふりかかった。うららかな日差しの中の、穏やかなサーカスのテント村の中の出来事だった。
 災厄の元はもちろん、霊長類ヒト化鬼蓄目、通称ポピー・ザ・ぱフォーマー。年齢17、性別・男。悪趣味な赤の横シマのボディースーツに猫科のシッポをぶらさげて、頭には、何故かウサギの耳をつけたスタイルは、その人物を表わしているかのようだ。
 「正体、不明」と。
 針金みたいな体をくにゃくにゃさせて、コワいような笑顔を浮かべながらポピーはケダモノに本を突きつけていた。

 またか、とケダモノはうんざりした。
 ポピーお得意の「テキスト・マジック」だ。

 普段から行動を共にすることの多い2人だが、このせまいテントの中からケダモノの知らないうちに、手品の本を手に入れるポピーを、ケダモノは半ば感心し、半ば薄気味悪く思っていた。
そして、そのテキストどーりのことをやりたがる、夢の多いポピーに、ケダモノはハズレなく惨い目に合っていた。
 手品やアクロバットに長け、そのヤンチャな笑顔とスリリングな演目から、道化見習いですでに「ポピー・ザ・ぱフォーマー」と呼ばれている彼だが、その裏には、ケダモノの踏みにじられた青春があることを、忘れてはならない。
 ────そしてそれは、今も続いている。
 無邪気な笑顔に悪魔の心を持つポピーが、"見たこともないアクロバットを試したい!!"と言い出した時にはもう、半ば自分をあきらめていたケダモノだったが、ポピーの指差す本を見た時、本気で一瞬、心臓が止まった。

 その本は、いわゆる「四十八手」と呼ばれる、夜のアクロバット専用のテキストだった。



 コーチョクしたままのケダモノに対し、ポピーの表情は明るい。
 彼との付き合いの長さからケダモノは、ポピーは知ってて言っているのではないと判断した。
 そしてポピーが、こと「そちら」については知識もないことに思いついた。
 幼い頃からサーカスにいて、話し相手といえば子狼。そんな状態でなにかを知ろうというのはムリだろう。
 そして、いかな子狼とはいえ、成熟はヒトより早い。
 ポピーの入団前からケダモノの方に、「そちら」には一日の長があったのだ。
 ポピーが入団したときから、世話を団長より頼まれていたフシがケダモノには感じられていた。だから極力一緒にいようとは思ってはいたが、まさかこちらの「世話」まで頼まれていたとは思いたくない。
 ヒトとオオカミ。どんなに仲良くたって、違うところはチガウのだから。目の前で、早くアクロバットやろーよー、とピチピチはぜているポピーに、団長のノーテンキな笑顔が重なる。お面の顔を伏せながら頭を抱えるケダモノだった。

 ケダモノはとりあえず、元凶であるテキストを取り上げようとした。
 しかしポピーはぱフォーマーである。本を取り上げたはずのケダモノの手にはバクダンや熊ばさみが現れ、散々に彼をはじき飛ばしたり、腕をガッツリとはさみこんだりする。ポピーは遊んでるつもりだから、なおさら切ない。ゲタゲタ笑いながらあられもないポーズだらけの本をバサバサ振り回すその姿は、今までのどのポピーよりデェインジャラスだった。
 ぐったりしたケダモノは、今度はポピーを説得する作戦にでた。
 ポピーの手にあるテキストを柔らかく押しとどめ、首を横に振り続ける(あくまで、笑顔で)。
 しかし、なんたって相手はポピーである。ケダモノの、笑顔の仮面の裏に、どんな表情が浮かんでいるかなんてお構いなし。
 今、ポピーの隣にはマジックで出した、お皿いっぱいのレッグチキンがあって、ポピーの要求をケダモノが「やんわり」断わるたびに、むっしゃむっしゃと食べていく。
いわゆる「動物らしいカッコ」のページと、おいしそうなレッグがケダモノの前でいったり来たり。まさに、食欲と性欲の一騎討ち!! といったところだが、今回は、食欲を優先させた後が、恐ろしすぎる。
 判りきった取り引きを、ケダモノは承知していた。また目の前でレッグが消えた。しかし、ケダモノは笑顔の仮面を外さなかった。絶対に。



 最後の骨が、乱暴な線を描いて放り出される。
 ヨダレでヨレヨレになった笑顔の仮面に向かって、ポピーは思いきりムッとした顔になると、とうとう泣きながら「イヤイヤ」を始めた。土を叩き、足を振り上げゴロつきながら自分の意見を通そうとするこの少年の将来をケダモノは心配したが、今は自分の将来の方がダンゼン大事である。湿った仮面が外れ、当惑した顔が現れる。
 話は、本当は簡単なのだ。
 このイカレる若者に、問題の、テキストの意味を教えればいいのだ。といっても実践ではなく、知識としてである。
 しかし、一介のケダモノが、ガラスな少年期しかもヒト(笑)、に、教えちゃってもいいのだろうか…。
 そんなこと思ってる間に、ポピーは半ベソかきながら、ケダモノを縛り上げていた。ケダモノが、はっとしたときは、まさに彼が縛られた特大ロケット花火が打ち上げられようとしていた。あわてて尻尾を使って導火線を消し、花火が空ではじける様を見てやろうとビーチベンチを出してきたポピーに、お願いですからやめてくださいとケダモノは泣いて頼んだ。もうモラルどうこういってる話じゃない。そんな次元はとっくに過ぎていたのだ。
 にんまり笑って、ポピーはうなずいた。
 さてこれからが、ケダモノの、腕の見せ所である。

 縄の跡の残る腕をさすりながら、ケダモノは、まずポピーの指しているページを示した。実際に、その動きを見せて、ことの淫猥さを伝えようと思ったのだ。
 しかし、知識のないままで、そんなヘンな(ホントにな…)動きを見せられて、黙っているポピーではない。ケダモノの必死の行動を指差しケラケラ笑うと、今度は自分で「カクカクダンス」を始めてしまった。
 細い腰を前後に振り、シッポをゴキゲンに揺らしながら、ポピーはカクカク歩き出した。お、こりゃ面白い!! とポピーがデンジャラスダンスでそこらへんを濶歩する。壁の落書き、大爆笑。このなかで笑っていないのはケダモノだけだった。笑える訳がない。今のポピーの姿は、いかなスカイでパーフェクなチャンネルでも、放映できない有様なのだ。
 いい気になってヘコヘコしているポピーを、命がけで引きとめるとケダモノは、もう迷わなかった。楽しく遊んでたトコロを邪魔されて、ブーブー言ってる、このお子ちゃま野郎に、自分の持てる資料と知識を総動員して、「少年」に、「青年への階段」のありかを教えたのだ。

 最初はキョーミなさげなポピーの顔が、見る見るうちに変わっていく。
 目が皿になり口があんぐりと開かれ、顔は目玉焼きが出来そうなくらい熱くなる。
 
 まっかな顔のままテキストを指差し、ケダモノに目を合わせるポピー。
 凛々しい顔で頷くケダモノ。
 
 「キャア!」と言わんばかりのポピーの恥じらいに、ケダモノは、自分の情報が、正しく伝達されたことを確認した。充実感と、もう「心配」のいらない解放感を味わいながら、あれこれ「資料」をみてはオロオロするポピーに、「一冊あげるよ」と兄貴風までふかした。
 しかし、それが彼の「致命傷」だった。
 静かになった後ろに向かって、一人、悦に入っていたケダモノだったが、そこにイヨウな気配が産まれたことに気付いたのは、すでに巨大な影がケダモノを覆ったその時だった。
 ギョッとして振り返るとそこには、息を荒くして大きい眼をギラギラさせ、顔を赤黒くしているポピーの姿。
 その気配はまさに、生ぐさく、暑苦しい「青春小僧」そのまんま。
 ケダモノの心臓が凍りついた。今のポピーに、なにが起ったかなんてその股間を見れば明らかだ。 
 どこでなにがあったのか、なにが間違って伝わったのか、ポピーの手にある一冊の資料がケダモノの目に入った。それは、どこに紛れていたのか、「女性も男性も持ってる部分で楽しむ」方法を、根掘り端掘りしたためた資料だった(ワルい本読んでるなあ、ケダモノ)。小僧ときたら一冊選ぶにことかいて、そんなモンをオカズにしやがったのだ。
 でも、「一冊、あげる」とうそぶいたのはケダモノ自身。
 逃げられない…!! そんなことを思いながら、ケダモノはそれでも、なんとかしようと辺りを見回した。しかし、今、どんなものがこようともこの青年には見えないだろう。聞こえないだろう。
 目覚めさせられ、揺さぶられ、まさに覚醒直後のカンカンにあったまった17才の性欲には、絶頂期を向かえたチンギス・ハーン率いる騎馬軍団だってかなわない。
 壁に追い詰められ、「ケダモノ」の格好を強いられて、ケダモノはポピーの両足の間に挟みこまれた。ケダモノの頭の後ろで、ベリベリと服が破れる音がしたのは、ポピーが己の欲望を、表へ出すのにてっとり早い方法を取ったからだ。その、ブザマに開いた穴から、どうにもその顔から想像もつかないようなごリッパな代物が天を突いているのを、ケダモノは気配で感じ取っていた。
 そのグロテスクな光景をはっきり見ないまま、ケダモノは彼の知性の象徴をはぎ取られた。どんなに抵抗しようと顔を前にねじられて、ガッチリ抑えられたものなら、その非力な前足なぞ、ないに等しい。
 かくして、ケダモノ専用トレードマークのデカパンは宙を舞い、前人未到で余人無用の菊の門が、あらわにされた。

 その、初々しいピンクの肉の入り口(ホントは出口なのじゃが…)に、ポピーの鼻息が、大きく、一つ。
 ケダモノはもう、両手を合わせて祈るしかない。
 そして─────────

 その時、声は出なかった。
 だけどお面が、まとめて落ちた。
 一匹の鳥が青い空に向かって、まっすぐ、高く飛んでいった…。

 ポピーが我に返った時は、もう日も落ちようとしたばかりだった。
 初めての青春の暴発に翻弄されて、虚脱状態だったポピーの、霞む瞳に写ったのは、デカパンをも取られ、なんだか生臭いものをかぶったケダモノの、つっぷした姿だった。
 ビックリして駆けよると、ケダモノを揺りおこし、下の顔の仮面を押しこむ。それで目が覚めたケダモノは、それこそ目の前の「ケダモノ」に、魂が抜けそうになった。しかし、よくよく見ると、それはもう熱気の取れた、純にこちらを心配した表情だった。
 ポピーが、わざわざ自分に仮面を付けてくれたことに驚き、ケダモノはそれでも少年を刺激しないよーに立ち上がった。痛みをこらえつつもワザと乱暴に歩き、デカパンだって、バッとはいた。ポピーの様子に、変わりはない。ケダモノは、ホっとしながら肩越しに振り返った。
 
 そのしぐさが、悪かったのか。
 仮面の下からのぞいた、潤んだ金の瞳が悪かったのか─────

 ポピーの顔色が赤黒く変わり、生臭い息が荒くなった。
 ギクリと彼を見上げるケダモノ。
 ブサマに開いた股間の穴から、その顔から想像もつかないごリッパな(以下略)。
 壁に追い詰められるケダモノが、「信じられない」表情の仮面を探す。そう、いかに一瞬タップリ吐き出されようとも、覚醒されたばかりの17才の性欲に、果ても終わりもない。
 なんたって彼奴らは、綱コンニャクやジャガイモのスジを見たって、あったまっちゃう燃費の悪さなのだ。
 ケダモノの腰が、ポピーの両足に挟みこまれる。 
 知識の象徴が、宙を舞う。
 もはや前人未到ではないが、余人不要は変わらないそこが、あらわになった。
 今や、ピンクの面影はなく、赤剥けた、痛々しい門の姿は、しかしかえって見る相手に可虐性を与えるもので、ポピーの代物もその例にもれず、一層熱くふくらんだ。
  そして───────

 緑豊かな森から、一斉に鳥達が、空に向かっていった…。

 「アクロバット」の本は、とても生ぐさくて拾えるもんじゃなかった。

 後日……。
 ポピーの姿には、あのときの姿はない。以前のような悪戯をしかけては、人の悪い顔でゲラゲラ笑うポピーを見て、「アレ」はもう悪い夢にしてもいいと、ケダモノは思っていた。かすかに痛む自分の部分で、あれは現実なのだと自覚するが、すべてが以前通りに流れている今を、ケダモノは信じたかったのだ。
 青い空の下、穏やかなテント村の日。
 ケダモノは、ゆったりとチェアに横たわり、コーラとチキンでTVを見ている。そこにポピーが本を持ちだし、やろうやろうとせがみだす。
 また、火の輪くぐりか玉乗りか…うんざりしつつも振り返るケダモノ。
 そこにあったのは、ベッタベタになってる、例のテキスト。
 畜生にゃ、ゼッテイできねえ体位のページ。
 これを指差し、笑うポピー。
 
 ケダモノの顔から、仮面が全部おちた……。


 かくして、ケダモノが作り上げた青春小僧は、ケダモノ(青春創造主)自身が、小僧に「愛のセッティング」を作るその日まで、小僧のお守をさせられたのは、誰も知らない、知っててもしょうがない話しである…。

                「ポピーの青春デロデロ日記   完」
 





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