「それじゃあ、お勉強しましょうか」
部屋の真ん中にあるテーブルの上に数学の参考書を広げながら詩織は言う。
「ん、ああ...」
気のない返事の健。
「どうしたの?」
不思議そうな詩織。
「なぁ...」
ホコリひとつ落ちていない綺麗なカーペットに寝そべっていた健は、
頭をぼりぼりと掻きながら起きあがった。
「どうして、浪人したんだ?」
そしてずっと気になっていたことを詩織に聞く。
詩織は一流大学に合格した。
だが...志望校だったにも関わらず詩織は自らの意志で浪人したのだ。
「えっ? だって...健くんと一緒に大学に行きたかったんだもん...」
少し照れたように言う詩織。
健は志望校全てに落ちていた。
詩織は健と一緒に大学に行きたいからという理由だけで、親や教師の反対を押し切って浪人したのだ。
「(ちっ...こいつ...全然変わってねぇなあ...俺にあてつけやがって...)」
心の中で舌打ちする健。
全然変わってないのはむしろ健のほうであった。
「俺みたいな馬鹿につきあう必要はねーよ」
吐き捨てるように言う健。
「そんな...馬鹿だなんて...健くん、高校受験はトップ合格だったじゃない」
励ます詩織。
健は私立きらめき高校をトップ合格していたのだ。
その時は詩織はまるで自分のことのように大喜びしていた。
「ああ、あれ? 受験ってマークシート方式だったろ? 鉛筆転がして適当に書いただけだよ」
まるで当然のことのように言う。
「え?」
詩織の目が点になる。
今明かされた衝撃の事実。
健はやればできる人間だと詩織は今の今までずっと思っていたのだ。
「じゃ、じゃあ、学校のテストとかは...?」
急にあせりはじめる詩織。
「全部カンニング」
それも当然、といった感じで答える。
「.....」
何と返答していいかわからない詩織。
「....数学って、どのあたりまでわかるの?」
心の中に、暗雲がたちこめてきた。
まるで祈るような気持ちで聞く詩織。
「数学?...そうだなぁ...」
まるでやる気のなさそうな素振りで、小指で耳の穴をほじくりながら考える。
「割り算くらいまでならなんとかわかるかな」
指先についた耳垢を、ふっ、と吹き飛ばしながら答える健。
「わ...わりざん!? それって小...」
小学生レベルじゃない! と言おうとした詩織はあわてて口をつぐんだ。
「分数ってあるだろ? 数学はあのあたりからさっぱりだ」
また耳の穴をほじくる健。
「ぶ、ぶんすう...」
それは数学じゃなくて算数だと突っ込みたくなるのをこらえる。
なんだか途轍もなく重い十字架を背負わされたような気分の詩織だった。
「で、でも今からやれば間に合うわよ! がんばりましょ!」
多分間に合わないと思うのだが、詩織はカラ元気を出して言う。
健気にもこの重い十字架を背負って一歩でも歩きだそうとしているのだ。
. . . . .
小一時間後。
「...でね、このリンゴを4つに割るとそのひとつが4分の1になって...」
テーブルの上には数学の参考書ではなく詩織が昔使っていた算数の教科書とリンゴの模型が広げられていた。
「だあああああっ!!」
だが健は詩織の教えを途中で遮るように絶叫してテーブルの上のリンゴの模型を手で払った。
ガシャッ!
分数の教材のリンゴの模型は音をたてて床に四散した。
「きゃっ!」
びっくりする詩織。
「リンゴがなんだよ!? 4つに割ったらそれでいーじゃねーか!!」
分数の難解さにヒステリックになる健。
詩織の教えは非常にやさしくわかりやすいものだったが、健はそれを凌駕する馬鹿だったのだ。
「そんな...健くん、がんばりましょ、また最初から教えてあげるから...」
健をなだめるように言う詩織。
これでは家庭教師というよりも保母さんである。
散らばったリンゴのかけらを拾い集める詩織。
その後ろ姿に、健は襲いかかった。
どさっ!
「きゃあっ!?」
健にのしかかられ、そのまま詩織は床に押し倒されてしまう。
詩織をあおむけに押し倒し、手首をつかんでばんざいの形に押えつける。
「やっ...やあ! 健くん! ちょっと!」
暴れる詩織。
「俺をからかってそんなに楽しいか! えっ!? この秀才さんよ!」
八つあたりするように詩織を怒鳴りつける健。
暴れていた詩織は、その一言で急に大人しくなる。
健は乱暴にブラウスをボタンごと引きちぎった。
ぶちぶちっ!
あたりにボタンが飛び散る。
高校生の時より少し大人っぽい...だが清潔感あふれるフリルのついたブラが露わになった。
健の手はその魅力的すぎるブラに伸びる。
その手が、ぴたりと止まる。
詩織が健をじっと見つめたまま...悲しそうな瞳を向けていたからだ。
「ひ...ひどいよ...ひどいよ...」
潤みきった瞳の端から...大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
瞳の奥が、悲しい色でゆらゆらと揺れる。
「私はただ一緒に健くんと大学に行きたいだけなのに...」
涙声で言う詩織。
詩織は健とつきあいはじめてから、本当によく泣くようになった。
相手が心を許した健だから安心して涙を流しているところもあるのだが、それ以上に健の態度が問題だった。
「詩織...」
自分の顔が映りこむほど潤んだその瞳を見て...急に冷静になる健。
どんっ!
詩織は健を突き飛ばすと、無言で部屋を出て行った。
ばたんっ!
「...ちっ」
勢いよく閉じられた扉を見ながら、舌打ちする健。
そのままごろりと床に寝そべる。
「.....ふぅ」
カーペットに転がったリンゴの破片と...ブラウスのボタンを見ながら、ため息をつく。
廊下に飛び出した詩織はもう気付いているのだが、ここは詩織の家だった。
だから部屋から出ていかなくてはならないのはどちらかといえば健の方なのだ。
しかし健はまだそのことに気付いておらず、まるで自分の部屋のようにそのまま眠ってしまった。
. . . . .
小一時間後。
「ん...?」
頭に感じたふにふにと柔らかい感触で、健は目覚めた。
床を見ると...そこにはカーペットではなく、肌色のあったかい物体があった。
「!?」
がばっと起きあがる健。
そこには...正座した詩織がいた。
今日の眠りはやけに安らかだと思ったら...いつのまにか詩織が部屋に戻ってきて、ひざまくらをしてくれていたのだ。
「し...詩織?」
健は目の前で座る詩織の姿に、目をごしごしと何度もこすった。
健を更に驚かせていたのは、詩織が振袖を着ていることであった。
詩織の振袖姿を見るのは初詣の時以来で、健はその時、詩織のあまりの美しさに異常に興奮していた。
しかもひざまくらをしていた裾の部分は完全にはだけており、詩織のきれいな脚が見えていた。
更に健は完全に熟睡していたので、きれいな太ももの上にめいっぱいヨダレをこぼしていた。
振袖、はだけた裾、きれいな脚を汚すようにべっとりとこぼれた自分のヨダレ...。
その信じられないうれしい痴態に、まだ夢の中にいるのかと頬をつねる健。
「さ...お...お勉強の続きをしましょ」
はだけた裾の部分を直しもせず...詩織は顔を真っ赤にしながら言った。
ふじしお様とKAPERA(カペラ)様のリクエスト(?)である、
「遥かな時代の階段を」の続きのシリーズです。
一応、KAPERA(カペラ)様のリクエスト通り、詩織が健に勉強を教えてあげるという路線でいきたいと思ってます。