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十二匹の犬と主人の物語 ・ 綾崎若菜3
コギト=エラムス/文


 「そうら、取ってこい!」

 かけ声と共に、雲ひとつない青空に真っ赤なフリスビーが飛んだ。

 

 フリスビーは回転して数十メートル先の鮮やかな緑の芝生に着地する。

 

 「わふっ」

 雌犬は返事をするかのように小さく鳴くと、主人の足元から駆け出した。

 長い黒髪をなびかせ、四つんばいのままフリスビーの落下点まで這っていく雌犬。

 その移動は4足歩行に慣れていない本物の犬に比べてかなり遅かったが、

 両手足をちょこまか動かしていち早く目的地にたどり着こうとしている。

 這うたびに、白い首筋に巻きつく赤い首輪がぱたぱたと揺れる。

 

 フリスビーの落下点までたどり着くと、

 「ん...」

 おちょぼ口をあ〜んと大きくあけて顔を伏せ、

 「はむっ...」

 その円盤の端を口でくわえて持ち上げた。

 

 そして咥えたまま落とさないように向きを反転し、主人のいる所まで這っていく。

 

 主人の足元まで這い、差し出した手の上に咥えていたフリスビーを乗せる。

 「よおし、えらいぞ、ワカナ」

 すると主人は雌犬の頭をぐりぐりと撫でる。

 

 「くぅん、くぅん」

 頭を撫でられて嬉しいのか、しっぽを振る犬のようにクンクン鳴きながら主人の足元に擦り寄る。

 

 これが本物の犬であれば、まさに忠犬と呼ばれていたであろうか。

 公園の芝生でフリスビー遊びに興じる主人と飼い犬...。

 それはどこにでもありそうな微笑ましい光景なのだろうが、

 ただひとつ大きく違っていたのは、”ワカナ”と呼ばれる雌犬が人間であるということだ。

 それも...首輪以外には身体を覆い隠すものは何ひとつ身につけていなかった。

 

 ...光を受けるとキラキラ輝くつややかな長い黒髪と、透き通るような美しい肌にはシミひとつなく、

 無駄な贅肉が一切ないものの貧相さを感じさせないしなやかな肢体、

 それに負けない端正な顔立ちは深窓の令嬢といわれてもおかしくないほどの完璧に近い外見だった。

 

 「今度はそっちだ、そおら!」

 その美畜を手なづけている主人が、再びフリスビーを投げる。

 

 投げられたフリスビーが...今度はひとかたまりになってこちらをじっと見ている男たちの集団の前にぱさりと落ちた。

 畜生にまで堕としめられた少女の姿を見ようと集まった男たちだ。

 

 「わ...ん...」

 また颯爽と駆けだそうとした若菜の動きが、男たちを見てピタリと止まった。

 

 群れた男たちは、主人と雌犬のやりとりを見て興奮しているのか、

 ズボンの上からでもはっきりわかるほど勃起し、股間をテントのようにしている。

 ...いくらなんでも集団勃起をしている男たちの群れの近くにむかって全裸のまま這っていくのはさすがにためらわれるのか...

 若菜は困った表情で主人の顔をじっと見つめる。

 

 「...ん?」

 主人と視線があうと、忠犬はイヤイヤと首を振る。

 

 「ほら、どうしたワカナ、早く取ってこい!」

 が、忠犬の懇願を一蹴してフリスビーのある方向を指さす主人。

 

 主人の苛立ったような声に急かされ、

 「わ...わふ...っ」

 勇気を振り絞って駆け出す若菜。

 これ以上わがままを言うと主人から嫌われると思ったからだ。

 

 「お...こ、こっち近づいてくるよ!」

 「すげ...本物の犬みてぇに這ってくるよ...」

 「全裸に首輪ってのがすげぇいやらしいぜ...」

 

 若菜が這うたびに、男たちの声がだんだん大きくなってくる。

 主人とふたりきりの時は特に意識しないのだが...衆人の声を聞くと急に恥ずかしさがこみ上げてくる。

 

 「あれ? なんかこっち来るたびにカオが赤くなってきてねーか?」

 「きっと俺たちに見られて恥ずかしいんだろ...」

 「おっ...カオ赤くしちゃって...かわいー」

 

 若菜は顔をそらしているが、男たちはしゃがんでまで雌犬少女の顔をのぞきこもうとする。

 

 本当は何度逃げ出そうかと思うが...犬にとって主人の命令は絶対だ。

 鈍る足運びながらもなんとか男たちの足元に落ちているフリスビーの近くまで這って行く。

 

 「近くで見るとすげーかわいいぞ、コイツ」

 「こんなキレイな子が犬扱いされてんのかよ...」

 「おい見てみろよ! オッパイ丸出しだぜ! すげー!」

 「写真撮ってネットで皆に見せてやろうか?」

 

 近くまで寄って来た畜生女をここぞとばかりに舐め回すように凝視し、視姦する男たち。

 

 耳を塞いでしまいたいほどの、自分に対する下品な野次を振り払うように顔をぶんぶんと振る若菜。

 なるべく男たちを視界に入れないようにしてフリスビーを咥えようとしたが、

 さっ!

 すぐ側にいた男がそれよりも早くフリスビーを奪った。

 

 あっと顔をあげる若菜。咥えようとしていたので口はぽっかり開けたまま。

 フリスビーを奪った男はしまりのない顔でニヤニヤ笑いながら...雌犬の前に手を差し出した。

 

 そして一言、

 「あご」

 と言う。

 

 フリスビーが欲しければ、この手の上にあごを乗せろと言っているのだ。

 

 すぐに主人の方を見る若菜。

 主人は飼い犬と視線が合うと、黙って首を縦に振った。

 

 男に視線を戻すと...飼い主の許可が出たとあって、

 「ほら、あご」

 更に強気の態度で犬に向かって命令する。

 

 いたいけな少女の裸身に、すみずみまで嫌らしい視線が絡みつく。

 しかも、それに呼応するように、ズボンの上からでもわかるほど勃起した股間のものが、びく! びく! と震えている。

 男たちの欲望にギラつく視線と股間に隠された凶器は...犬を怯えさせるには十分であった。

 そんな自分の身体を明らかに狙っている男の手に、あごを乗せるにはかなりの勇気が必要である。

 

 「う...んんっ!」

 声を振り絞り、半ば自棄ぎみに差し出された男の手にあごを乗せる。

 怖いので、目はしっかり閉じたまま。

 

 その端正な顔をあずける美少女犬の姿に、おおっ、と歓声をあげる男たち。

 間近で見る犬扱いされる少女の姿というのは...たまらなく劣情を刺激する。

 男たちは喰いつかんばかりに凝視し、その姿を脳裏に焼き付ける。

 

 「よ...よぉーし...口を開けて」

 極度の興奮で男の声も震える。

 

 雌犬少女はおそるおそるその可憐な唇を開く。

 

 「むぐっ」

 不意に、その口にフリスビーが押し込まれる。

 

 若菜は押し込まれたフリスビーを咥え、まるで脱兎の如く男の手から離れた。

 そのまま逃げるように駆け出し、男たちから距離を取る。

 

 「すっげえ、ホンモノの犬だぜありゃあ!」

 「見てみてろ! ケツの穴も隠さずに逃げてくぜ!」

 「しゃがんで見るとオマンコまで見えるぞ!」

 這いつくばりながらお尻をふりふり逃げていく忠犬少女の背後に更に追い討ちをかける男たち。

 あまりの羞恥とあまりの屈辱的な扱いにその白い背筋は赤く染まる。

 

 主人はフリスビーを投げた場所から少し離れたところにある水銀灯によりかかっていた。

 急いで軌道修正をしながらそこまで這っていく雌犬若菜。

 

 飼い主の足元に着いた犬は手を前につき、ひざをたててお尻を地面につけるようにして座る。

 ...そう、犬の座り方である。

 きっとこの少女に尻尾がついていたらちぎれそうなほどにぱたぱたと振っていただろう。

 フリスビーを咥えたまま上目づかいに主人をじっと見つめている。

 

 「よおし、よおし、よく取ってきたな」

 愛らしすぎるペットの口からフリスビーを受け取った飼い主は黒髪をくしゃくしゃにせんばかりに頭を撫でてやる。

 「くぅん、くぅん」

 余程心細かったのか、その手に頭をこすりつけるように擦り寄る若菜。

 

 その細いあごをこちょこちょくすぐってやると、

 「くぅぅん...くーんっ」

 更に主に甘えるように身を預けてくる。

 

 主人は撫でながら、座るペットの肩をひざで蹴るようにして押し、ころんと倒す。

 「きゃうんっ」

 その力のかかるままに背中から芝生に倒れ込む若菜。

 咄嗟に「服従のポーズ」を取る。今までの調教で条件反射でそうなるのだ。

 

 主人は座りこむと、その仰向けになったペットの腹部をさすりはじめた。

 「きゅーん、きゅううぅん」

 犬と人間ではよくあるスキンシップのひとつだが、若菜はまさに犬さながらに鳴き、無防備な腹部をもっと触ってほしいような素振りを見せる。

 「よしよし、ここが気持ちいいのか?」

 主人はその要求に応えてひきしまった腹部をすべすべとさする。

 腹部は以前、主人に服従のポーズをとった時に土足で踏まれたのでうす黒く汚れていた。

 

 主人の態度は完全に犬に対するものと同じで、胸な性器にはまるで興味がないといった触り方だった。

 「きゅん、きゅん、きゅぅん」

 撫でられるたびに嬉しそうに身体をよじらせる若菜。

 

 無防備に晒された白い乳房が身体をよじらせるたびにぷるぷると震える。

 男だったら間違いなくむしゃぶりつきたくなるような光景だったが、主人の表情は畜生に接するものに変わりはない。

 

 「........」

 男たちはもう無言になっていた。

 一体どうすれば、一人の人間をここまで貶め、服従させ、従順にさせることができるのか。

 

 普段は見ることすらかなわない美少女の肢体と無防備に晒された性器。

 犬のような若菜の仕草と、主人の犬に接する態度。

 この衆人の目があり、今でも怪訝そうな顔で通りすぎていく人々のある休日の公園。

 

 あまりの異常すぎるシチュエーション。

 男たちは喉をカラカラにし、もう出なくなった唾を飲み込みながらその狂宴をただ見ていた。

 

 しばらく飼い主は愛犬とのスキンシップを楽しんだ後、立ちあがる。

 それにあわせてすぐさま身体を起こす若菜。

 

 起きあがった若菜の黒髪には抜けた緑の芝葉がいくつもくっついていた。

 「んっ」

 そううめくと、若菜は首をぶんぶん振って髪についた芝を振り落としはじめる。

 それはまるで...水に濡れた犬が身体を振って水滴を払う仕草にそっくりだった。

 もう少女の頭には「手を使って芝を取る」という人間として当たり前の選択よりも、

 「身体を振って芝を落とす」という犬として当たり前の選択が自然に出るまでになっていた。

 ぱたぱたと音がするたびにつややかな黒髪ロングヘアーが翻り、芝葉が飛び散っていく。

 

 主人は愛犬が芝を落とし終えたのを確認すると、

 「ワカナ、マーキングだ」

 水銀灯を指先でコンコンと叩いた。

 

 「...!」

 今まで犬のそれだった若菜の表情が強張り、人間のものに戻る。

 

 視線を落とすと、水銀灯の根元のあたりには先客...他の犬が排泄をした後の小便のシミが残っていた。

 「どうした、ほら、いつもしてたみたいにマーキングをするんだ」

 主は促す。

 

 今まで調教のなかであったマーキングは、綾崎家の庭であったり、誰もいない深夜の道路などであった。

 こんな白昼堂々とするのは初めてである。

 

 さすがにためらう雌犬だったが...主人の口調で許してくれないこともわかっていた。

 

 「く...ん...」

 若菜は震える声でひと鳴きすると、水銀灯の根元にひっかけられた尿に顔を近づける。

 そして、鼻を鳴らして動物の尿の匂いを嗅ぐ。

 こんなところに顔を伏せ、不潔極まりない畜生の排泄跡の臭気を嗅ぐなど人間のする行為ではない。

 細い肩が震えるたびに...また雌犬としての宿命が否応なしに少女の心に刻みこまれる。

 鼻先が排泄された尿にくっつきそうなほど顔を近づけ、くんくんと匂いを嗅ぎつづける。

 

 犬は尿の匂いを嗅いで相手の犬の強さなどを判断するのだが、

 そもそも犬の仕草はそっくりであるものの、犬としての本能まで身につけているわけではない若菜にとって、

 目の前にある排泄シミはただの鼻をつく悪臭でしかない。

 が、主人に教え込まれた「マーキング」の手順。もともと従順な少女は顔を曇らせながらもその手順を進めていく。

 

 何をするか予想した男たちは...これから行われる行為がよく見えるベストポジションへと移動していた。

 

 若菜はおずおずと顔をあげ、ちらりと主人の顔色をうかがった後...ちょうど水銀灯の根元に腰のあたりがくるように位置を調整する。

 ゆっくりと脚をあげようとした若菜の眼前に、しゃがみこんでこちらを見る男たちの群れが飛び込んできた。

 「...!」

 若菜は息を呑んだ。

 

 このまま開脚したら...少女、いや、女にとって最も秘めるべき箇所があの衆人たちの前に晒されることになる。

 若菜は顔を青くしながら主人に許しを請う視線を向ける。

 それは気丈な大和撫子で通っている少女からは想像もつかないほど情けない、泣きそうな顔だった。

 

 「ほら、早くしろ、ワカナ」

 必死の懇願だったが、飼い主はそれを一蹴する。

 この意志の疎通のもどかしさは、まさに人間と動物のそれだった。

 

 顔をぶんぶんと振り、必死にいやいやをする若菜。

 

 「ふぅ...」

 いつまでたっても言うことをきかない飼い犬に...主人はあきれたようなため息をついた。

 

 「!...わ、わふっ!」

 その瞬間、あわてて返事をする飼い犬。

 

 主人は飼い犬の気持ちをまるで理解していないような素振りだったが、

 飼い犬は主人の反応に敏感だった。

 

 これ以上わがままを言ったら嫌われてしまう、と悟った。

 今の飼い犬にとって、主人の興味が自分からなくなることが何物にも代え難い恐怖なのだ。

 

 震える脚に無理に力をこめ、排泄のための開脚をする若菜。

 ゆっくりと美脚の片方が上がっていくたびに、衆人たちから「おおおお」と歓声があがる。

 しかもその脚は途中で止まらず...まるで天に向かうように大きく掲げられた。

 本物の犬でもここまで無防備に性器を晒すポーズはとらない。

 完全に開脚し、片足と両手で身体を支え、大股を開くその格好は、

 女として、人間として、尊厳も何もかも捨て去ったような姿勢だった。

 

 「す、すげえ! 股ぁ完全におっぴろげてるぜ!」

 「オマンコもケツの穴までバッチリ見えてる...!」

 「しかもオマンコ、開いて穴の中まで見えてるぞ!」

 「お、おいおいマジかよ、濡れてんじゃねーかアイツ!」

 「ほんとだ! 開いたオマンコの穴からなんか汁みたいなのが出てるぞ!」

 「本物だ! 本物の変態メス犬女だ!」

 

 ほっそりしたヤセ型の大陰唇、薄く控えめな肉づきの小陰唇、開脚でわずかに歪み濡れ光る膣穴、ピンクパールのようにひっそりと包皮に包まれた陰核。

 生まれたての小菊のような、花びらのようなシワが丹念に刻まれた菊穴。

 衆人たちの視線が、そのシワのひとつひとつまで絡みつく。

 

 まさに人間であるならば、この世で最も恥かしく、屈辱的といっていい恥辱の排泄ポーズだった。

 男たちは口々にまくしたて、完全に畜生になりはてた少女を更に貶める。

 

 少女はしっかりと瞼を閉じたまま、そのヤジを否定するように首をぶんぶんと振る。

 が...いくら否定してみても、このポーズはもう隠し立てしようのない、変態女の証明に他ならなかった。

 

 「くんっ...くっ...んくっ」

 天に向かって掲げられた白い脚が、羞恥のあまりガクガクと震える。

 うめき鳴く若菜だったが、その声ももう犬の鳴き声そのものだった。

 

 「あっ! 見てみろよ! ションベンの穴、震えてねーか?」

 「ほんとだ...本当にここでションベンする気かよ!?」

 

 衆人たちのヤジの通り、若菜のピンク色の小陰唇はヒクヒクと小刻みに震えていた。

 若菜は瞼を固く閉じ、顔をくしゃくしゃにしている。

 

 ちょろっ...

 

 決定的瞬間がやって来た。

 

 大病院の院長のひとり娘として生まれ、まさに箱入り娘として厳格に育てられ、

 たたずまいも振舞いもまるで可憐な花のような優雅な美少女...いままで男たちの高嶺の花として羨望の的だった大和撫子、

 綾崎若菜の畜生宣言ともいえる決定的瞬間が。

 

 わずかにめくれあがった尿道から、少量の黄金水が途切れ途切れに飛び出ていたが、

 

 じょろっ...じょろろろろろろろろろっ....

 

 だんだんとその勢いと水量は増していき、少女の可憐な花びらの中央部から、恥ずべき液体を次々と排泄していく。

 膀胱から小便が出でて尿道から排出され、太陽の光を受けながら、キラキラ輝きつつ大きく弧を描いて飛び、水銀灯の根元にばしゃばしゃとしぶきをあげて着弾する。

 

 じょぼじょぼじょぼじょぼじょぼじょぼじょぼ...

 

 なおも排泄ショーは続き、水銀灯の根元をびしょびしょに濡らし、芝生に朝露のような尿の雫を飛び散らせる。

 片足を空に向かって掲げ、本来は隠すべき箇所を全て惜しげもなく披露し、人間の羞恥としては最上位に位置する排泄姿を

 これほど大勢の男たちに晒す忠犬美少女、若菜。

 

 「く...くぅん...くぅぅぅぅん...」

 が...鼻すじまで真っ赤に染めたその表情は恍惚そのもので、時折むせぶように媚び鳴いていた。

 

 . . . . .

 

 初夏の公園。

 雲ひとつない青空と、あたたかい日差し、そして涼しげに吹く風。

 

 絶好のレジャー日よりである今日は、公園にも人が多く訪れていた。

 散歩をする者、昼寝をする者、身体を動かす者...。

 あたたかい日差しに包まれ、人々は思い思いに初夏の一日を楽しんでいた。

 

 そして...ここにも。

 芝生の上でぐったりと丸くなる雌犬と、その頭をやさしく撫でてやる飼い主の姿が。

 

 ひとりと一匹の側にある水銀灯は、おびただしい量の尿で水びたしになっていた。

 

 恥辱のマーキング行為が終わった後、雌犬は崩れ落ち、ただただ鳴き震えた。

 主人は身体を丸めて震えるペットの頭を、無言で撫でつづけていた。

 

 雌犬が落ちつくまで頭を撫でてやった後...主人は立ちあがる。

 

 「じゃあ...俺はもう行くよ...じゃあね、いい子にしてるんだよ」

 そして、丸くなった雌犬を見下ろしながら、そう言った。

 

 「!!」

 立ち去ろうとする主人の脚に...あわててすがりつく若菜。

 

 「くうううんっ! くーんっ!」

 主人の脚をしっかり抱きしめたまま、顔をあげていやいやをする。

 

 「あ...」

 思わず犬語ですがりついてしまったことに気づき、再び発火したように顔が赤くなる。

 

 「い...いやっ! いかないで...いかないでくださいっ!」

 改めて人間の言葉で主人にすがりつく若菜。

 

 「あなたがいなくなってから...ずっと、ずっと寂しかったんです。

  慣れるまでは...毎日毎日...泣いてました」

 

 「もう...あなたのお側を離れたくありませんっ!!」

 

 今まで離れて...積もり積もった主への思いをぶつける若菜。

 気丈な大和撫子である彼女とは思えないほど取り乱したその姿。

 

 「お願いです...お願いです...お側においてくださいっ!!」

 もう離さないとばかりにしっかりと脚にしがみつく。

 

 すでに確信していた。

 この人になら、犬扱いされてもいい。

 この人が望むのなら、一生つき従う愛犬になりたいと。

 

 「おい! 連れてってやれよ!」

 見ていた男たちから野次が飛ぶ。

 「そうだそうだ! そんなイイ子を泣かすんじゃねえよ!」

 若菜のあまりの健気で純真な気持ちは、外野の男たちの心をも動かしていた。

 いままでは欲望にまみれたさげすむ視線で若菜を見ていたのだが...今ではすっかり味方をしている。

 

 主人は外野を一瞥し、ふぅ、とため息をつく。

 「わかったわかった...連れて行ってやるから、まず服を着ろ」

 そしてやれやれと肩をすくめながら言う。

 

 きちんとたたまれた若菜の着衣一式を投げてよこす。

 

 「ほら、あそこにある便所で着てくるんだよ」

 芝生の向こうにある公衆便所を指さして主は言った。

 

 「は...はいっ!」

 先ほどの泣きそうな顔がウソのように晴れ渡り、最高の笑顔を見せる若菜。

 

 服を渡され、急に自分が全裸であることを強く意識したのか...少女の頬は今までにないくらい真っ赤に染まった。

 

 . . . . .

 

 いつも優雅なほどに落ちついている若菜だったが、主人のこととなると途端に冷静さを失う。

 

 「ご主人さまっ!!」

 着替え終わった若菜は息せききって公衆便所から飛び出した。

 

 が...いままで愛する人の立っていた水銀灯の側には...誰の姿もなかった。

 かわりに水銀灯に貼りつけられた手紙が風に揺られていた。

 

 若菜は、今なお自分の尿でぐしょ濡れになっている水銀灯に駆け寄り、震える手で手紙を開封する。

 

 ”次に会うときには...ずっと一緒にいてあげるからね”

 

 それは...一日たりとも忘れたことのなかった主人の筆跡。

 

 「...ご主人様...っ」

 若菜はその手紙を握りしめると、主の姿を求めてあてもなく駆け出した。

 それはさながら...母親にはぐれた仔犬のようであった。

 

 太陽の光を受けて、少女が今もなお身につけている首輪がキラリと輝いた。

 

 終

 


解説

 「十二匹の犬と主人の物語 ・ 綾崎若菜2」の続きにして完結。

 

 変だ!!

 全然いやらしくないし...!!

 慣れないことはするもんじゃないですね。

 

 このシリーズ、次のターゲットは沢渡ほのかの予定...でも犬プレイにはならないと思います。

 


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