「うふふ...直くん、ちっちゃな子供みたい...」
普段は無愛想でぶっきらぼうな直樹だが、寝顔は安らかだった。
気持ちよさそうにすぅすぅと寝息をたてている。
直樹が眠りについてから二時間ほどが経過したというのに、雪乃は飽きる様子もなく寝顔を見つめていた。
が、それは突如打ち切られた。
がばっ!
いきなり直樹が起きあがったのだ。
ごちん!
のぞきこんでいた雪乃ともろに顔面正面衝突をしてしまう。
「きゃ!」
あまりの勢いに頭ごと跳ね飛ばされてしまう。
「い...いった〜あ」
少し赤くなった額を押えて情けない声をあげる雪乃。
「雪乃.....」
直樹はというと、起き上がるなりなぜか熱っぽい視線で雪乃を見つめている。
「????? .....直くん、泣いてるの?」
直樹の瞳の端に溜まった涙の粒を目ざとくみつける雪乃。
その一言にハッと我にかえったような表情になり、
「!! ...なっ、なんでもねーよ!」
バツが悪そうに言い、拳で目をこする直樹。
どうやら直樹は夢を見ていたようである。
誤魔化すように立ちあがり、居間から出ていこうとする。
「きゃあぁ!?」
例によって引きずられる雪乃。
「あ...おい、さっさと来いよ」
直樹も手錠の存在をすっかり忘れていた。
「ちょ、ちょっと待って、直くん」
ソファからヨタヨタと立ちあがる雪乃。
「なんだよ...早くしろよ」
「あ、脚、しびれちゃった」
「脚...? なんだよ、オイ! 俺は二時間も寝てたのか!?」
壁にかけてある時計を見て驚く直樹。
「うん」
「なんだよ...だったら黙ってねーで起こせばいいじゃねえか」
「えへへ...すごく気持ち良さそうに眠ってたから...」
照れ笑いしながら言う。
直樹の安眠のためなら脚のしびれなど雪乃にとっては些細なことである。
「ヘンな奴だな.....まあいいや、いくぞ」
「うん、どこに行くの?」
「便所だよ、便所」
「えっ!?」
. . . . .
藤原家のトイレは広く設計されているため、トイレから扉までの距離がある。
そのため、雪乃だけ扉の外で待つということができないのだ。
広いトイレのため、窮屈さはなかったが姉弟ふたりでトイレの中に入るのはなんとも不思議な光景である。
「なに赤くなってんだよ?」
視線を落としたままおどおどしている雪乃に声をかける。
「だ...だって...」
まるで落ちつきが感じられない。
「ふん、まあいいや、すぐ終わるから待ってろよ」
便座の前に立ってチャックを降ろそうとする直樹。
「あっ、ちょ、ちょっと待って」
あわてて雪乃は直樹の背中に隠れるようにし、
「は、はい、どーぞ、終わったら教えてね」
両手で耳を塞いで背中を向ける。
身体をちぢこめるようにしてしっかりと目を閉じている。
これではまるで雷を怖がる子供のようだが、雪乃にとっては排尿の音を聞くのも恥かしくてたまらないのだ。
「ふぅ、スッキリした...」
手を洗ってトイレを出ようとした直樹の服の袖をくいくいと引っ張る雪乃。
「なんだよ?」
遠慮がちに袖を引くその方向を見る。
「あっ...直くん、私も...」
何かを言おうとする雪乃。
が、言いにくそうに口をもごもご動かした後、
「う、ううんっ、や、やっぱり、なんでもないよっ!」
すぐに言おうとしていたことを打ち消した。
「...お前もションベンしたくなったんだな?」
あっさり雪乃の意図を見抜く直樹。まあこんなわかりやすい反応をすれば直樹でなくともわかってしまうのだが。
図星の雪乃は.....よく観察していないとわからないほどほんの僅かに頷いた。
「じゃあ待っててやっからしろよ」
「で...でもぉ...」
うつむいたままもじもじと首を振る。
髪をまとめる大きなリボンがもどかしそうに揺れた。
「そういえばお前、風邪ひいた時にケツの穴まで俺に見られてんじゃねーか、今更なに恥かしがってんだ」
雪乃にとってはあんまり思い出したくない恥かしい過去を暴露する。
「うううううう」
がっくりと肩を落とす雪乃。年頃の少女はそんなことを言われても納得できるわけがない。
下を向いたままの雪乃に問いかける。
「明後日まで我慢できるのか?」
普段は利発な雪乃だったが、この手のことになると思考は本当にストップしてしまう。
その場合は第三者が答えを導き出してやらないといけない。まるで幼稚園児に諭すような口調の直樹。
「う...ううん」
伏せたまま首を左右に振る雪乃。ポニーテールがあわせてぱたぱた揺れる。
「漏らしちまうくらいなら今したほうがいーぞ」
「う...うん...そうなんだ...けど」
なおもふんぎりがつかないのか、奥歯になにか挟まったような物言いの雪乃。
やっぱり直樹は晴子と違って雪乃の考えをうまく導くことができない。
「ああ、もう! ほら、さっさと座れ!」
結局力づくで便座に押し倒す。
「きゃ!?」
どすん、と便座に尻餅をつくようにして倒れこむ雪乃。
「ほら、見ねーからさっさとしろ」
そのままぷいと後ろを向く。
「う...う...ん...見ない...でね」
便座に座ったまま、心細そうに小声で言う雪乃。
その顔は直樹には見えないが、鼻筋まで真っ赤にしていた。
「ああ」
背中を向けたままぶっきらぼうに返事をする直樹。
普段は女性の排泄などで性的興奮を感じるような性癖ではないので、直樹自身は意識をしているつもりはなかった。
が.....ここまで恥かしがられるとなんだか意識せずにはいられない。
聴覚に全神経を集中し、針の落ちた音も聴き逃さんとする直樹。
するっ...すす...
まずは、布ずれの音。
これは...ショーツをずらしている音だ。
片手だけを使ってずりおろしているため時間がかかる。
手錠で繋がった手が揺れ、もどかしそうな感じが伝わってくる。
そして、その音が止まると、
「んっ...」
下腹部に力を込める囁きが。
神経を研ぎ澄まし、その音を全て拾う直樹。
これだけのことなのになぜか手に汗をかくほど興奮している。
雪乃はと言うと、両足をぴったり揃えるように閉じ、
長いスカートをひざまでたくし上げている。
ずり降ろしたショーツがそれ以上落ちないようにしっかりと手を添えて。
尿意はあるのだが緊張のあまりなかなか出ない尿に戸惑い、視線を泳がせる。
まさか...背中を向けた実の弟が排尿の瞬間を耳を凝らして待っているとは想像もしない。
「んっ...ん...」
何度目かの囁きの後、
ちょろっ...
便器を濡らすかわいらしい音が。
それは聞き逃してしまいそうな僅かな音だったが、音をたてるもののない室内と、研ぎ澄まされた聴覚によって
直樹の脳内にははっきりと響いた。
「(来た!)」
何故自分がこんなにも昂ぶっているのかも忘れ、待ちに待った瞬間に更に神経を過敏にする。
が...!
じょろっ...じゃああああああーっ
その音はすぐにけたたましい水流と共にかき消された。
雪乃が消音のためトイレの水を流したのだ。
「(な...!)」
愕然とする直樹。女性にとっては当たり前の行為なのに、興奮のあまりそれをすっかり忘れていた。
その途端自分に対してなんだか恥かしくなってくる。
「(ちっ...俺はいったい何ドキドキしてんだか...)」
それを誤魔化すように自問してみたりする。
さも面白くなさそうな表情で腕時計を見ると...。
「(あ、そうだ、今日大事な試合があるんじゃねーか! もうテレビ中継はじまってるよな)」
すぐに興味は他のものに移り、見たかったサッカーの試合があることを思い出す。
「やっべ、急いでテレビ見ねーと」
サッカー見たさについいつもの調子で駆け出してしまう直樹。
「えっ? あっ!? ちょ、ちょっと直くんっ!?」
いきなり動きだした直樹に仰天しつつもその場に踏みとどまろうとする雪乃。
それでもおかまいなしに雪乃を引きずって、トイレから出る直樹。
「あ...」
廊下まで出て、やっと手錠の存在を思い出す。
じょろじょろじょろじょろじょろ...
先ほどまでは聴きたくてしょうがなかった音が背後から聞こえてくる。
恐る恐る振る向いてみると...。
廊下に這いつくばるようにして倒れ込んだ雪乃はこの世の終わりのような表情をしていた。
開け放たれたトイレからこの廊下までは黄色い液体がずっと筋になって雪乃のスカートのあたりまで続いており、
落ちついた色のスカートはなおも垂れ流しになった尿によってお漏らしをしたようにぐしょ濡れになり、
それでも飽き足らず廊下に水たまりとなってどんどんと広がっている。
「うっ...う...う...」
顔をくしゃくしゃにした雪乃は排尿にあわせてブルブルと身体を痙攣させている。
「ゆ...ゆきの...」
何と言葉をかけていいかわからない直樹。
直後、藤原家を揺るがす大絶叫がこだました。
「チョコレートみたい 第十ニ話」の続きです。
最近なんだかただ雪乃ちゃんをいじめてるだけの内容になりつつありますね...。
目に見えて人気がなくなってきている本シリーズですが、まだやりますよ!