「.....寒いのか?」
さっきからしきりに毛糸の手袋に息を吹きかけて暖をとっている雪乃に言った。
「あっ...大丈夫です」
雪乃は顔をあげて俺に微笑む。
白の帽子に白のダッフルコート、白いマフラーに白の手袋...。
まるで雪の妖精のようないでたちの雪乃。
俺とのひさびさの外出に、精一杯のおしゃれなのだろう。
あの事故から...半年が過ぎた。
俺は今日、ようやく外出OKの許しを医者からもらい、こうして雪乃と一緒にクリスマスの街を歩いている。
雪乃は本当に俺に尽くしてくれた。
動けない俺の食事の世話から部屋の掃除、洗濯、シモの世話まで、嫌な顔ひとつせずにしてくれた。
「足のほうは大丈夫ですか? 痛みませんか?」
そして、今もこうして俺のことを気にかけていてくれる。
「ああ、大丈夫。しかしオマエ...」
「はい?」
「その手袋はないだろ...小学生じゃあるまいし」
俺は雪乃のしているミトンの手袋を見ながら言った。
ただでさえ童顔なのに、ミトンの手袋ではますます幼く見える。
「へ...変...ですか?」
きょとんとした様子の雪乃。
俺はその問いには答えずに、雪乃を抱き寄せコートの中に招き入れる。
「ほら、入れ」
その小さな身体を抱きしめるようにして俺のコートの中に入れる。
「あっ」
小柄な雪乃の身体はコートの中に収まり、
そのままコートのボタンをとめると、ちょうど雪乃の顔が襟の間から見えるようになる。
コートにすっぽりと収まり襟の間からちょこんと顔を覗かせる雪乃。
「これなら寒くないだろ」
その頭の上にあごを乗せて聞く。
「は...はい...」
少し照れたような声で返事をする雪乃。
今日はクリスマス・イブ。
街にはカップルがあふれているので、このくらいのことをしてもさして注目を集めない。
独り身の男がやっかむような視線で通り過ぎていくくらいだ。
ショーウインドウに映った姿を見ると、俺の顔のすぐ下に雪乃の顔がある。
コートの襟からそっと顔を出す雪乃は、なんともいえない愛らしさがあった。
ショーウインドウごしにふたりの視線があう。
「あったかいです...とっても」
嬉しそうに微笑む雪乃。
「よっ...と」
俺は袖から手を抜いて、コートの中で雪乃の身体を抱きしめる。
ぎゅっ、と腕に力を込めると、衣服ごしでも細くしなやかな身体の形がわかる。
「あっ」
少し苦しそうな声をあげる雪乃。
だが嫌がる様子はなく、抱きしめた俺の手に、小さな手をそっと重ねてきた。
コートの中での抱擁。
道ゆく人々は、ふたりの身体がこれほどまでに密着していることに気づきもしない。
「行こうか...」
「あっ...はいっ」
俺は雪乃を抱きしめたまま、ゆっくりと歩きだす。
コートの中にふたりが入り、しかも抱き合ったままなのでかなり歩きにくい。
俺と雪乃は普段の半分くらいのスピードでゆっくりと街を歩いた。
ウインドウショッピングの途中、ファンシーショップの前で立ち止まる雪乃。
「あっ、この子、かわいいですねっ」
ショーウインドウに飾られているサンタクロースの格好をしたネコのぬいぐるみを嬉しそうに見ている。
「ネコか...そういえば俺も昔、ネコ飼ってたな」
「そうなんですか?」
ぱっと雪乃の顔が明るくなる。
「ああ、こんな寒い日には今のお前みたいに懐に入れて一緒に散歩してたよ」
「へぇ...」
「こうして懐に入れたまま背中を撫でてやるとゴロゴロ鳴いてたな」
「うふふ、かわいいですね」
「ほら、お前もゴロゴロって擦り寄ってみろよ」
そう言いつつ雪乃の背中をさする俺。
「えっ?」
きょとんとした様子の雪乃。だがすぐに俺の言いたいことを察して、
「ご...ごろごろっ!」
半分照れ気味だが、甘えるネコのように俺の胸に頭をこすりつけてきた。
ぱたぱた揺れたポニーテールに首筋をくすぐられ、
「ひゃはははっ! く、くすぐったいっ!」
思わず笑ってしまった。
「うふふふっ、ごろごろごろごろごろっ!」
珍しくふざけて俺に擦り寄り続ける雪乃。
この後、自分のしていたことに気づき、顔を真っ赤っ赤にしていた。
ブティックのショーウインドウを目で追う雪乃。
「どうした?」
雪乃の視線に気づき、立ち止まる俺。
「このセーター、いいなぁと思って...」
飾られたセーターを確かめるように眺める雪乃。
「男モノだぞ、これ」
「あ、いえ...私にじゃなくて...」
ふるふると首を左右に振る雪乃。
「俺にか?」
「はい...いつか...こういうのも編めたらいいな、って...」
「へえ...お前、編物できるのか」
「はい...一応...あんまりうまくないですけど...」
言いながら、恥ずかしそうに雪乃は顔を伏せた。
それからしばらくの間、ふたりでウインドウショッピングを楽しんだ。
ショーウインドウに映る雪乃の顔は本当に幸せそうで...ずっとニコニコしていた。
その無垢な笑顔と可愛い仕草は...少しづつ俺のよくない感情を呼び起こしていった。
「そういえば今日は、どこに行くんですか?」
歩きながら顔を上げ、俺に聞く雪乃。
「そうだな、そろそろメシでも喰うか、いきつけの店を予約してあるんだ」
「いきつけのお店ですか?」
一瞬、雪乃の眼鏡がキラリと輝いたように見えた。
「.....お前、俺の話になると急に嬉しそうな顔をするな」
さっきのネコの話をした時もそうだった。
俺の話となると途端に雪乃の瞳がらんらんと輝く。
「えっ、そ、そうですか?」
表情の変化を見透かされ、図星といった反応をする雪乃。
コイツの表情の変化は本当にわかりやすい。
「なんでだ? 俺の秘密でも探ってんのか?」
あごの先で雪乃のつむじをゴリゴリやりながら聞く。
はじめは言い澱んでいた雪乃だったが、しつこく聞いているとようやく白状した。
「......少しでも...あなたのことが知りたくて...」
蚊の鳴くほどのほんの小さな声だったが、確かに俺にはそう聞こえた。
言いながら、かあっと赤くなった雪乃の顔がコートの中に沈んでいく。
あまりのいじらしいその姿に、俺の最後の理性はあっさりと吹き飛ぶ。
「.....全部、お前が悪いんだぞ...」
先ほどの雪乃の言葉と同じくらいの僅かな声量で、俺は囁いた。
「えっ?」
だがその言葉は、雪乃には届かなかった。
抱きしめていた腕をはずし、雪乃の着ているコートの襟に手をかける。
そして、力いっぱい引っ張った。
ブチブチブチッ!
鈍い音と共にはじけとぶダッフルコートの丸ボタン。
「!?」
一瞬、何が起こったのかわからない雪乃。
弾け飛んだボタンがコートの裾から出て、アスファルトの地面にぱらぱらと落ちる。
襟にかけた手を引き、止めるもののなくなったコートを脱がす。
「あっ!?」
やっと、自分が何をされているのか理解した雪乃。
しかしもう遅い。コートはするりと雪乃の肩を離れる。
脱がしたコートを手放すと、ばさりと音をたてて地面に落ちた。
「えっ、な、何を...!?」
コートを道に捨てられたことを知り、その場に立ち止まろうとする雪乃。
が、俺はそれを許さず、後ろから押して立ち止まらせない。
雪乃がいくらふんばって止まろうとしても、倍の体重差のある俺の歩みは止められない。
俺は歩きつつ、次の衣服へと手をかけた。
次はブラウス。
触りごこちは心地よく、シワひとつない。
コートの中なので見えないが、きっと雪乃のことだから白のブラウスなのだろう。
これも引き裂いてやろうと襟に手をかける。
ふと、俺の手に小さな手が触れた。
見ると...雪乃が許しを乞うような視線で俺を見ていた。
視線があうと、もうやめて、と言わんばかりに首をいやいやと左右に振る。
「お前が悪いんだ...」
俺はそれだけ言うと、小さな手を払いのけるようにして、力いっぱいブラウスを引き裂いた。
ビリビリビリビリッ!
コートの中で鈍い音をたてて引き千切られていく服。
俺に見てもらいたくて着た服を、力まかせに引き裂き、次々とボロ布同然に変える。
「あっ...やめてくださいっ! やめてっ...あっ!」
泣きそうな顔で俺を見上げ、止めようとする雪乃。
だが俺は無言で、次々と雪乃の衣服をむしり取っていく。
ビリッ! ビリリッ! ビリッビリッ!
まさに絹を裂くような音が、コートの中から響く。
雪乃は真っ青な顔で俺を止めようとする。が、その細腕では俺の暴挙は阻止できない。
ロングコートがもこもこと動くたびに、ボロ布と化した雪乃の衣服がひとつ、またひとつと地面に捨てられていく。
俺と雪乃の歩いた跡は、ボロボロになった女性の衣服が点々捨てられていた。
コート、ブラウス、スカート、そして、下着まで。
行き交う人々は道端に落ちている衣服を不審そうな目で追っていく。
その先には...裸の女がいるんじゃないか、と。
そう、確かにこの寒空のなか、一糸まとわぬ姿の女は確かにいる。
.....俺の胸のなかに。
俺の着ているコートの中にいるおかげで、雪乃が裸であるということは外からはわからない。
だが...本人は今にも泣き出しそうな心細そうな表情であたりを見回している。
いや、もう半泣きだ。
時折、ぐすっ、としゃくりあげている。
「...大人しくしてろよ...でないと裸のまま外に放り出してやるからな...」
突き放すような一言に、雪乃の身体がビクッと反応する。
「ど...どうして...どうして...こんな...ひどいこと...」
小刻みに震えながら、なんとか声を振り絞って俺に抗議する雪乃。
震えているのは寒さのせいではない。怯えているのだ。
幸せの絶頂から一気に絶望のどん底に突き落とされたその顔...。
それは俺の黒い情欲を燃え上がらせるのに、十分すぎるものだった。
続
本来なら12月24日に掲載予定だったお話です。
一応「Keep on my LOVE」の続きにあたります。
「チョコレートみたい 番外編」でクリスマスの雪乃ちゃんと直樹を書く予定でしたが、
Hなことに発展させづらいのでやめときました。