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歯車11 施為(前編)
コギト=エラムス/文


 「おいおい…なんだそりゃ…」

 朝、雪乃の部屋に入った渡瀬は開口一番そう言った。

 

 雪乃はベランダで洗濯物を干していたのだが、

 そのまわりにはスズメやらハトやら野鳥やら、様々な種類の鳥が集まっていた。

 

 「みんな、おはよう!」

 集まってくる鳥たちに、笑顔で挨拶する雪乃。

 鳥たちはその挨拶を返すかのように囀[さえず]っている。

 

 普段から肩にスズメが止まることがある雪乃にとっては、これくらいは当たり前なのだが、

 雪乃のことを資料でしか知らない渡瀬にとってはこの光景は衝撃だった。

 

 朝の光に照らされる雪乃の笑顔は、陽光よりもまぶしく見えた。

 

 一瞬、自分がその光景に見とれていたことに気づいた渡瀬は、首をブルブルと振る。

 ずっと見ていたいという気持ちを振り払うように。

 

 近寄ろうと一歩踏み出すと、鳥たちは渡瀬の気配を察知し、一斉に羽ばたいて逃げていった。

 突如飛び去った鳥たちの羽音に驚き、部屋に誰かが来たことを知る雪乃。

 干そうとしたブラウスを胸に抱き、不安そうな顔で渡瀬の方を見ている。

 

 足元でじゃれついていたネコも、渡瀬のほうを見てフーッと毛を逆立てている。

 

 「(やれやれ…これじゃこっちが完全に悪者扱いだな…)」

 たしかに、動物たちとふれあう少女、といった感じのその空間では、渡瀬はあきらかに異質だった。

 そしてそこにいた者たちは…まるで渡瀬が来たことによってそれがぶち壊された、という反応をしている。

 

 気後れはしたものの、それを表情に出さない渡瀬。

 「それを干したら…こっちに来い」

 まるで、何事もなかったかのように雪乃に告げた。

 

 . . . . .

 

 「今日からお前を調教することになった………渡瀬修司だ」

 正座をする雪乃を見下ろしながら、渡瀬は言った。

 

 「ま…もっともお前がこの名前を呼ぶことは当分ないがな」

 変わらぬ調子で言う渡瀬。だが雪乃は言葉の意味がわからなかった。

 

 雪乃の瞳を見ていた視線が、足元に落ちる。

 渡瀬の足元には、子猫がばりばりと爪をたて、靴下を引っ掻いていた。

 

 つられて渡瀬と同じ方向を見た雪乃。

 「あっ…だ、だめよ、いたずらしちゃ…あっ」

 子猫をたしなめる台詞は、中断させられた。

 

 渡瀬がまるでサッカーボールを蹴るかのように、勢いをつけて脚を振り切ったからである。

 

 足元にいた子猫は吹き飛ばされ、近くの壁に勢いよく叩きつけられる。

 「ミギャッ!」

 車に轢かれたような悲鳴をあげる子猫。

 

 「!? な…なんてことするんですか!!」

 予想もしなかった渡瀬の行動に、泣きそうな声をあげて子猫に飛びつく雪乃。

 「だ、大丈夫!? 痛くなかった?」

 うずくまる子猫を胸に抱き、心配そうに呼びかけている。

 

 「こんな風にされたくなかったら…さっさとそこの鳥籠に入れろ…調教の邪魔だ」

 部屋の隅に置いてある鳥かごを鼻先で示す渡瀬。

 

 「………」

 子猫をかばうように抱きながら、渡瀬を睨む雪乃。

 

 「早くしろ、でないとまた蹴飛ばすぞ」

 それでも渡瀬は、その調子をまったくその変えない。

 

 現在のところの雪乃の泣きどころ、それは…この子猫と愛車のパトリック。

 気丈な雪乃を屈させるのは、あふれんばかりのその他のものに対する愛情。

 渡瀬はそれを利用していた。

 

 狙いどおり、雪乃の形相が一気に崩れる。

 怒りの表情が、迷い子のような…今にも泣きそうな表情に。

 

 「早くしろ」

 そこでとどめとばかりに、冷徹な一言。

 

 怯えたようにビクッと肩を震わせる雪乃。

 あわてて鳥かごを開くと、

 「ご、ごめんね…ごめんね…すぐにすむから…ねっ…」

 なだめるように言いながら、子猫を中に入れる。

 

 「調教はいつも同じ時間に始める…だから明日からは前もって入れておくんだ」

 雪乃の態度はどうであれ、渡瀬の調子は変わらない。

 うつむいて、返事をしない雪乃。

 

 ふたりのやりとりというよりも、渡瀬の一方的な告知。

 それはまさに自分よりも格下の相手に対する接し方。

 雪乃は全く望んではいないが、確実に「奴隷」としての扱いを受けていた。

 

 「みーっ、みーっ」

 檻に入れられた子猫は、わけがわからず母親…雪乃の顔を見て鳴いている。

 

 渡瀬はおもむろに手錠を取り出すと、雪乃に近づいた。

 

 「えっ…」

 手錠という物騒なものを持って近づいてくる渡瀬に、戸惑う雪乃。

 

 雪乃は弟の直樹または父親以外の男と話すときは緊張してしまうほど男慣れしていない。

 それも…自分を強姦した相手であるならば、なおさらで、

 近づいてくる渡瀬に関して完全に恐怖の色を浮かべている。

 

 「(やっぱり…まだダメージは残っているようだな…しかし…)」

 渡瀬もそれには気づいていた。

 

 部屋のなかでは逃げ場所などどこにもないが、雪乃は立ち上がってベランダのほうに逃げようとする。

 が、渡瀬ほうが一瞬早かった。

 

 「あっ…」

 立ち上がろうとする雪乃のポニーテールをむんずと掴み、半ば無理矢理に床に押さえつける。

 「い…いやあっ」

 男の力と髪の毛を引っ張られる痛みに、渡瀬のなすがままに床に顔を押さえつけられてしまう雪乃。

 床に顔を押し付けられたまま、ポニーテールを掴む渡瀬の手に両手を添えて、なんとか引き離そうとしている。

 

 「(ふん…)」

 雪乃の行動は全て渡瀬の予想通りだった。

 

 渡瀬は無言のまま、自分の手を離そうとしている雪乃の手首に手錠をかけた。

 

 ガチャリ

 

 そして、もう片方の手にも。

 

 渡瀬が手を離したころには、雪乃の両手は自分の頭の後ろで交差する形で手錠をはめられていた。

 

 後ろに回した手の自由が奪われ、あわてる雪乃。

 「あっ…な…なに?」

 まるで魔法にでもかけられたかのように目を白黒させている。

 手をなんとか前にもってこようとウンウンと力をこめても、手錠の鎖がカチャカチャと鳴るだけ。

 

 「さて…準備は整った」

 渡瀬の声に、顔をあげる雪乃。

 

 そこには、教鞭を手にした…これから雪乃の主となるべき男が見下ろしていた。

 


解説

 「歯車10」の続きです。

 

 エッチゼロですが許してください。

 一応これから1話か2話にわたって初調教が展開されるのでご期待ください。

 


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