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ひぐらしのなく頃に――艶事(つやごと)編(下)
六藍/文


「圭ちゃん・・・。」
 魅音は、背中に手を回してブラのホックを外す。ブラが落ちないように前を押さえると、俺に背中を向けた。
「――!!」
 魅音の背中を見て、俺は絶句する。魅音の白い肌に鬼がいた――そう、鬼の刺青(いれずみ)があったのだ。
「あはは!変だよね!背中に刺青してるなんて。時代劇か、ヤクザ映画みたいだよね。おかしいよね、気持ち悪いよね!・・・あはは、圭ちゃんも笑ってよ。あはははは――。」
 俺に背中を向けたままで明るくしゃべりかけてくる魅音の笑い声。でも、俺にはそれが泣き声に聞こえていた。
 唖然として硬直していた俺だが、その声に押されるように魅音に近づく。
「魅音・・・。」「いいんだよ。無理しなくて。罰ゲームだからって、こんなの見せられて嫌な気分だったでしょ。おじさんのこと、気持ち悪くなっちゃったよね。分かってるから・・・。」
 後ろを向いたままでしゃべる魅音。俺は魅音の足下に落ちている彼女の上着を取ると、鬼の刺青の上から背中にかぶせる。
 うつむかせていた顔を、俺に向ける魅音。その顔は今にも泣き出しそうだった。俺は何とか笑みを作ると、あえて普段通りの口調で軽く話しかける。
「何言ってるんだよ。俺が魅音のこと、気持ち悪くなんかなるはずないだろ。」
「圭ちゃん・・・。」
「魅音、何があったんだよ。おとといの宝探しのときから、変だぞ。」
「圭ちゃん・・・私たち、私たちは・・・。」
「俺たちがどうしたって・・・。」
「これから死んじゃうんだよ!」
 そう叫んだ魅音は、俺の胸に顔を埋めてすすり泣きはじめた――

 ――カナカナカナカナ
 ひぐらしのなく声が、今日もうるさい。
 部屋に入り込んでくるひぐらしのなき声。魅音が語った話に衝撃を受けながら、そんな思いが頭をよぎる。
 ――魅音が背中に刺青を入れられた時も、ひぐらしはないていたんだろうか。
 園崎の当主の証、魅音と詩音の双子の真実。淡々とした口調で魅音から聞かされた話に俺は何も口を挟めずにいた。
「圭ちゃん、びっくりしてるね。まあ、無理ないかな。」
「えっと魅音、いやさっきの話だと、詩・・・」
「いいって、いいって。オジサンはこれまで通り、魅音だよ」
 あはは、と明るく笑う魅音。しかし、その笑みに隠された複雑な葛藤は、どれくらいのものなのだろう。俺には想像もつかなかった。
 魅音の話は続く。
「でさ、おとといの宝探しの時のこと、覚えてる?」
「ああ・・・。」
「本当、あのときは何でもなかったんだよ。でもさ、家に帰って落ち着いたら、自分が経験してないはずのことが頭に浮かんできて・・・。」
 それは取り止めのない出来事の羅列。一貫性のない情景が様々に頭をよぎっていった、と魅音は言う。
「だけど、はっきりしてたのは、大体の場合は私も圭ちゃんも死んじゃうんだ。そして、私はいつも後悔してるの。どうして圭ちゃんに、告白しなかったんだろう。私の想いを伝えなかったんだろうって。」
 魅音の話は俺にとって突拍子もないものだったが、魅音の切迫した感情はひしひしと伝わってくる。
 そして、何故か俺自身も魅音の話に異様な危機感を感じていた。まるで魅音の話通りのことを俺も経験したかのような・・・。
「圭ちゃん・・・私、圭ちゃんのことが好き・・・。」
「魅音・・・。」
 魅音は俺にとって、友人だった。恋愛対象の異性ではなく、男同士のような仲間としての意識だった。でも・・・瞳に恐れと恥じらいを浮かべて俺を見つめる魅音に、今の俺は異性としての魅音を認識し、心の奥底で彼女に惹かれていた自分を意識した。
「いいんだよ。無理しなくて。圭ちゃんは、レナの方が好きなんだよね。背中に刺青してるような女の子に好きになられたって迷惑だよね・・・あは、はは・・・。」
「そ、そんなことない。いきなりそんなこと言われて驚いてるけど、魅音が俺のこと好きだったって知って嬉しいし、俺も・・・魅音が好きだ。」
 目を見張る魅音を、俺はゆっくりと抱きしめた。
  そして・・・

「はんっ、んんっ!」
 魅音の豊かな胸を指で揉むたびに、男を興奮させる甘い声が上がる。
 魅音の告白の後、俺は魅音と布団の中でセックスを始めた。
 この機会を逃せば、もう時間がない。
 他人には説明のできない切迫感を共有してる俺と魅音は、お互いにお互いを求め合った。
「魅音、綺麗だ。」
 ブラから解放された魅音の胸は、俺が予想していたよりもたっぷりとした量感があり、たちまち引きつけられた。目の前で揺れる柔肉に手を伸ばして指を沈み込ませた。
 もちろん、女の子の胸をじかに揉むなんて初めての経験だ。柔らかく、それでいて弾力のある不思議な感触と、俺の手の動きに反応して硬くなる乳首の様子に、俺は執拗に胸をいじる。
「圭ちゃん、そんなに私の胸、気に入った?」
  恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうな・・・そんな様子の魅音の問いかけに、俺は「最高だ」と答える。そして、胸に顔を埋めて硬くなった乳首に吸いついた。
「あっ!」
 女の子の柔らかい肉の感触と甘い香りに、俺の頭はクラクラする。すがりつくように俺の背中に回された魅音の腕と、普段の強気な振る舞いとは対照的な姿。すべてが俺の男の本能を煽り立てる。
「あ・・・圭ちゃん・・・。」
 俺の手が魅音の太股にかかると、これから経験することへの不安と恥ずかしさからか、魅音は弱々しい声をあげる。そこで俺は気づいた。
 つながる前に、魅音にやってあげなくちゃならないことがあることに。
「魅音、後ろを向いてくれ。」
「え・・・あ、でも、それは・・・このままでもできるから・・・。」
 背中を見せることに躊躇する魅音に、俺は重ねて頼む。それに折れる魅音。
「ん・・・。」
 目をつむって不安に体を固くしながら、魅音は背中を俺に向けた。
 俺を睨みつける鬼。
 思わず漏れそうになる声をこらえた。ここで驚きや怯みの声を出したら、魅音を傷つけることになる。
「圭ちゃん・・・。」
 俺の様子に不安そうな声の魅音。やっぱり嫌われてしまう、と恐れていることが声でわかった。
「へへ、なんてことないよ」
 俺はこんな刺青で怯んでしまった自分を叱咤する。言葉の魔術師たる俺が、こんな鬼の絵一つでおびえるなんて、恥ずかしい。
 俺は魅音の背中の鬼・・・鬼女の顔にキスをする。そのまま刺青のあちこちに唇を這わせた。「あ・・・。」
「ただ背中に絵が描いてあるってだけだろ。俺は画家の息子だぜ。印象派でも前衛でもポストモダンでも、何でもこいだ。絵なんて、見飽きてるぜ」
 本当はオヤジが描いている絵は見たことないし、知識もないけど。でも、そんなことは魅音は知らない。
「あはは。やだ、圭ちゃん、くすぐったいよ。」
 俺の言葉に、一瞬、泣きそうな表情になる魅音。それを隠すように、魅音はあえて明るく笑う。
 魅音の背中の刺青なんて何でもないと示すために、魅音の背中を唇と手で愛撫する。そのうちに本当に刺青のことなんか気にならなくなっていた。
「圭ちゃん、ありがとう。うん、もう大丈夫。だから、」
 振り向いた魅音が言いたいことを悟って、俺は慌てて、ああ、とか、うん、とかよく分からないことをモゴモゴと呟く。
 俺がとまどっているうちに、魅音は体を回転させて俺に正面を向ける。
 そりゃあ、ないぜ。不意打ちだ。
 瞳を潤ませ、白い肌を興奮で赤く染めている魅音に、俺は頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
「み、魅音」
 ゴクリ、と息を呑んで、俺は魅音のすらりとした太股に手をかける。あ、と声を上げて魅音は目を閉じてうつむく。それは、これから起こることへの恐れ。
「や、優しくやるから・・・。」
 俺も初めての経験に不安はあったが、ここまでくれば俺も男だ。覚悟はできた。
 魅音は力を抜こうとしていたのだが、どうしても緊張で固くなってしまっている魅音の両足。俺はをすこしづつ、それを開いていく
 ――クチュ
 わずかな水音を立てて、女のアソコが俺の目の前に現れた。
「魅音、濡れてる。」
「そ、そんなこと言わないで! うう、そんなに見つめないで、圭ちゃん・・・。」
 俺の言葉に、魅音が真っ赤になって恥じらう。生まれて初めて見る女の子の秘所に、じっと見入ってしまった俺の視線に、魅音はいたたまれなくなっているようだった。
「あ、ああ」
 ――クールだ、クールになるんだ! 前原圭一!!
 俺は必死に自分に言い聞かせながら、魅音の足の間に自分の体を入れる。
「み、魅音。いいんだよな・・・。」
「いいよ、圭ちゃんなら。私は大丈夫だから・・・。」
 いつもの「オジサン」という一人称を使わないだけで、魅音をとても女らしくかわいい、と思った。
「じゃ、じゃあ・・・。」
 心臓はドキドキと脈打ち、体中に流れる血が燃え盛る。その狂騒のまま一気に入れと囁く本能を、クールクールと呟いてなだめながら、ゆっくりと火傷しそうに熱く、金属バットかと思えるほど硬くなったモノを挿入していく。
「あっ!」「け、圭ちゃん!!」
 初めて体験する女の子の内側の感触――自分のペニスを呑み込み、柔らかく濡れた暖かい肉で包み込んでくる経験に、俺はたちまち出しそうになってしまった。瞬間的な放出の衝動を必死に押さえ込む。そのまま奥へと進める。
「んっ!」
 何かの抵抗を感じ、それを破った瞬間に魅音が短く声を出す。その声で、自分が何をしたか悟る。
 ――俺、魅音の処女を奪ったんだ。
「い、痛かったか・・・?」
「だ、大丈夫だよ。あはは、思ったより痛くなかったね」
 目尻に涙を浮かべながらも、何でもないと笑う魅音。
「ゆ、ゆっくり動くから。」「うん・・・。」
 俺はゆっくりと腰を前後に動かし始める。できるだけ魅音に負担をかけないように。
 ――これが女の子の中。
 腰を動かしながら、俺は初めてのセックスの体験に感動していた。セックスには興味があったし、それなりに知識や想像もしていたが、現実の感覚は遙かに上回っていた。
「ん・・・圭・・・ちゃん・・・。」
 魅音はすべてを俺にゆだねていた。そんな魅音を、俺はいとおしく思った。
「み、魅音・・・魅音・・・。」
 俺は魅音の名前を呼びながら、腰を動かし続ける。
「あ、圭ちゃんの・・・私の中、に・・・いるんだ。」
「魅、魅音・・・好き、好きだ・・・!」
 俺は高まる想いに突き動かされて、好きだという言葉を連発する。普段だったら、あまりにストレートすぎて言えない言葉だが、もうそんなことも気にならない。俺の腕の中にいる女の子への好意を、ただただ単純に連ねるだけだった。
「うん、うん。私も圭ちゃんの、こと、好き。大好き。これで・・・んっ!」
 これで、と続けようとする魅音の言葉を聞きたくなくて、キスで唇をふさぐ。死んでも悔いはないとか、そんな言葉は今の俺たちには不要だ。
 そのまま、つながったままでお互いに体を動かして、お互いの快楽とぬくもりを高め合う。
「魅音、俺・・・。」「いいよ、圭ちゃん。来て・・・」
 俺の言葉に、魅音はうなずく。我慢の限界に達していた俺は、こらえていた放出の欲望を解き放つ。
「み、魅音!!」
 俺は魅音の名前を叫びながら、女の子の奥へと熱い想いを注ぎ込んだ。

「はは、大丈夫。今日は安全日だから」
「そ、そうなのか?」
「ふふん、おじさんがそんなことも考えないで、中に出しちゃうのを許すと思った? 甘いよ、圭ちゃん。」
 初めての性行の陶然とした余韻に、そのまま布団の中で肌を合わせたまま浸っていた俺たち。魅音の中で出したという事実が何を意味するか。やっと動き始めた頭で、それに気づいて俺は青くなったが、魅音は大丈夫だからと理由を説明して、俺を笑い飛ばす。
「・・・おじさん、これで悔いはないよ。もう、心残りはないっていうか、いつ死ぬことになっても・・・。」
「魅音、馬鹿なこと言うなよ。死ぬなんて、そんなことあるわけないだろ!」
「で、でも・・・。」
「俺を信じろ、魅音。せっかく俺たちは恋人同士になったばかりなんだぞ! 死ぬなんてあってたまるか。俺がお前を死なせやしない!!」
 死が間近に迫っているという得体の知れない不安と予感。魅音の話をきいているうちに、俺の胸の内にも不吉な確信が深く根を下ろしていった。いや、根を下ろすのではなく、心の奥底にあったものがあらわれてきたというべきだった。
 その得体の知れない何かを打ち消そうと、俺は魅音を死なせない、信じろ、と何度も言い続ける。
「俺たちは最強の部活メンバーなんだぜ。死ぬのが運命だったとしたら、そんな運命なんてぶっ飛ばしてやる!」
「うん、うん。信じるよ、圭ちゃん。おじさんだって、圭ちゃんに告白したばかりで死にたくなんてないよ。だから、おじさんも、あきらめたりなんかしないよ!」
 死が待ち受けるとの予感。それは俺たちの中で確固とした存在だった。何故かは分からないし、説明もできない。
 だが、どんな運命が待ち受けようとも、俺は最後の最後まで屈しない。この腕の中の魅音を守ってみせると、俺は誓う。
「だから、魅音もあきらめないと誓ってくれ」
「わかったよ、圭ちゃん。私もあきらめない。圭ちゃんがあきらめない限り、私も最後の最後まで絶望なんてしないって誓う」
 再び「私」という一人称にもどった魅音の言葉を聞き、俺は魅音を強く抱きしめた。










「何だろう、圭一くん、魅ぃちゃんの名前を呼びながら、涙を流してる。どうしたんだろ、だろ?」
「おっほっほ。きっと魅音さんに酷い罰ゲームをやらされて、許しを請うてる夢をみているんですわ!」
「圭一、夢の中まで罰ゲームだなんてかわいそ、かわいそなのです。にぱー。」
「もう、圭ちゃん・・・そんなにおじさんの名前を連呼されたら、何だか恥ずかしくなっちゃうよ」
「お姉、よっぽど圭ちゃんに好かれてるんですね〜。うらやましいです」
 仲間達の声で目を覚ました圭一は、その日、一日中、魅音への不思議な罪悪感と申し訳なさ、そして「今度こそ」という言葉が何故か頭を離れなくて何度も首をかしげることになるのだった。
                         
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