大会本部の地下深く。そこにはどんな攻撃にも耐えられるシェルターがある。
そこには大会の管理と島内、そして島の近海への警備を担う司令室が存在していた。
そして、司令部の中央にある司令官の席に、場違いな服装の鬼束がふんぞり返って座っている。
鬼束以外の全員が、制服を着用し、それぞれがピリピリと神経を尖らせて作業している中、
鬼束は一人だけまるでホストのようなスカしたスーツを着崩して、暢気に雑誌をペラペラとめくっていた。
鬼束以外の全員の緊張がピークに達した丁度その時、けたたましい警報がヒステリックに鳴り響く。
「来たか!?」
鬼束が手にしていた雑誌を勢い余って破り捨てると、席から飛び起きる。
「敵襲!時間通りです!島の北北西に艦隊が接近しています!」
「西岸には潜水艦複数が接近しようとしています!」
オペレーターが即座に情報を伝え、鬼束の指示を仰ぐ。
「…機械化混成大隊を南に派遣!どうせ艦隊は"群島"でこれ以上進めねぇ!"群島"でケリをつけさせろ!
不知火衆に潜水艦迎撃を任せる!」
"群島"とは、本島を防衛するために人工的に作られた巨大な堤防だった。
大会関係者の到着後、外部からの侵入を防ぎ、選手の脱走を阻むため、海中に設置された鋼鉄の浮島が島を囲んでいる。
大会終了までは、"群島"を破壊しない限り、船舶の侵入は不可能である。
まるで巨大な流氷のような"群島"は、鋼鉄ゆえに砕氷船でも破壊できず、無理に侵入しようとすれば座礁は必至であった。
「不知火様より入電!」
モニターに少年の顔が映し出される。
本部から外に出るための扉の前で、焦れたように眉根を寄せている。
『島の北側から別働隊が来るはずです。僕はそっちを叩いてきます。』
「何言ってやがる!?アンタにはここに残ってもらわなきゃいけねぇ!内部の馬鹿への牽制が必要だ!」
予想外の、非常識とも取れる発言に、鬼束が怒鳴り声を上げる。
『相手が相手なもので…内部の牽制は鬼馬先生にお願いしておきました。
すでに予防措置はしていますし…トラブルが起きる前に鎮圧できますよ。では、時間なので失礼…』
まだ賛成しかねる鬼束の反論を待たずに、涼しげな少年の顔が消える。
消えたモニターの前で、鬼束は少年の行動を承認しながらも、残る不安を消すように唸り声を上げていた。
「鬼束閣下はどうされますか!?」
オペレーターの指示に眉を寄せ、瞳を閉じる。数瞬悩んだ後、パッと目を開くと、オペレーターに背を向けて歩き出す。
「南に向かう!タロスのおっさんはどうした!?」
言うが早いか、鬼束は司令室から本部に戻る高速エレベーターのドアを開けて乗り込んでいた。
「現在、武装ユニット換装中…あと600秒で出撃です!」
「現地で合流する。俺は先発して時間を稼ぐ!指揮権は委員長閣下に戻す。以上だ!
…いいか、外よりも中の動きに注意しろ!」
鬼束は言葉が終わると同時にドアが閉まる。そして1分後には、ジェット輸送機の中で防衛隊に指示を出していた。
『ユニット換装中…完了マデ10…9…8…7…』
タロスの体に巨大な鉄の塊が接続される。
タロスの体は、あっという間に金属塊に覆われ、巨大な胸像のようになっていた。
「完了と同時に出撃する!カウント0と同時に射出してくれ!」
『了解!…4…3…2…1…ご武運を!』
3重の鋼鉄の扉が開け放たれ、タロスの体を外気が撫でる。鋼鉄の肉体は、それを感じることはできない。
「おう!」
掛け声と共に、タロスの体が射出される。
「ジェットブースター点火!」
空中でタロスの背中から火が放たれると、巨大な鉄の塊が空中を高速で飛ぶ。
すでに選手達の戦場となっている島の中を飛び越え、敵との激戦が繰り広げられている"群島"に到達する。
タロスの姿を確認した敵の戦闘機が、迎撃に現れる。
「出迎えご苦労…ダブルアーム・ガトリング!」
タロスの両腕が火を吹く。吐き出された弾丸の群れが、戦闘機の脆い装甲を引き裂き、空中で爆破させる。
「着地点を確認。ブースターユニット排除。脚部逆噴射バーニア点火。」
空中でタロスの背中のバーニアユニットが排除され、落下したタロスの体は足からの噴射によって勢いを殺していた。
「脚部変形。地表移動用キャタピラ準備。背部バーニア点火。」
着地と同時に地響きが周囲を圧倒し、タロスが地を駆ける。その足はキャタピラに変形し、背中から炎が巨体を加速させる。
ユニット換装によって、タロスの体には「武器庫」と呼ばれる外部接続の各種武装が施されていた。
バーニアの噴射とキャタピラで驀進するその姿は、もはや人間の姿ではなく、半人型の巨大な戦車と呼べる姿だった。
そのタロスの肩部に軽い金属音と共に、何かが降り立つ。
「!?鬼束殿!?」
「敵さん、馬鹿みてぇな数を投入してきやがったから、一度逃げてきたんだ!
まあ、おっさんが来たからにはもう大丈夫だな。てことで、同行させてもらうぜ!」
肩からマシンガンを担いだ鬼束は向い風の風圧で髪が乱れるのを抑えながら、タロスの肩にしがみついた。
「…振り落とされないように!拾える腕など持っておりませんぞ!」
タロスのバーニアが更に火力を増し加速する。
常人なら吹き飛ばされるようなスピードでも、鬼束は平然とタロスの肩に乗っていた。
最前線から少し離れた地点に到着した二人が、肉眼で戦況を確認する。
「…こいつぁ…厳しいな…」
到着した戦場は凄惨な光景と化し、タロスの肩から飛び降りた鬼束が呟く。
艦隊の艦載機からの爆撃、圧倒的な数の兵力に押され、超一流であるサイボーグ兵士たちも苦戦を強いられていた。
防衛隊は一人で10人以上を軽く葬るが、相手の数は圧倒的に上回っていた。
「…さっき逃げといて正解だったな…」
「…戦力の差が甚大ですな…各国精鋭の海兵隊に特殊部隊…よほど我々の存在が重要らしいですな。」
タロスの側面から、アサルトライフルの銃口が向けられる。
タロスはその方向も見ずにアームを持ち上げる。大口径のガトリングが火を吹き、敵は赤い汁に身を変えて飛び散った。
「…タロス…全武装を解放しろ…」
「しかし、それには委員会の許可が…」
「ああ、だから俺が許可する…」
「…あなたは…!?」
「委員会副委員長・鬼束影吉が、全武装の封印の解除、及び使用の許可を認める!」
「…なるほど、ただ者ではないとは思っていましたが…これで合点がいきました。
では遠慮なく、全力を尽くさせていただくとしましょう…全武装の使用承認を確認!全武装封印解除!」
タロスの全身の封印が解除され、地面には封印の金具がバラバラと落ちていく。
「まずは敵艦隊だ!これ以上増援を出せないように!」
「ならば…新兵器の試し射ちをさせていただきましょう!」
タロスの言葉に応じるように、肩口から筒が迫り出し、二門の巨大な砲塔が生える。
「エネルギー充填…鬼束閣下、お下がりください。」
タロスの双肩の砲塔に甲高い音が溜まっていく。同時に、砲頭からは明るい光が漏れ始める。
「大口径荷電粒子砲…そんなモンまであるのかよ…」
「こんなもの、序の口です…さあ、我が部下の痛み…倍にして返すぞッ!!」
やがて戦場の誰もが、暗がりに灯る眩い光に視線を送っていた。
戦場の視線を一身に受け、エネルギーの充填音が最高潮に達した時、タロスの双肩からまばゆい光が放たれる。
戦場の大地を焼き、海上を駆けた二筋の光の槍は、波に浮かぶ巨大な鉄の船を飲み込み、薙ぎ払う。
戦場が強烈なオゾン臭で満たされ、両陣営の兵士たちが呆然と光の行く末に目を向ける。
「そんな…馬鹿な…」
誰ともなく呟く。洋上の艦隊は赤い炎の光と、帯電の明かりを残して姿を消していた。
「大口径二連荷電粒子砲…こんな時でもないと、とても使えませんな!」
「それよりも…早く移動してくれ…オゾン臭ぇ!」
どこよりも強烈なオゾン臭に鬼束が辟易した声を出す。
タロスが頷くと、肩から生えた砲塔が装甲から排除される。
同時に、巨大なエネルギーパックが排除され、タロスの体が少しだけ軽くなる。
「これより、最前線に突入!敵殲滅に移る!」
タロスのキャタピラが大地を噛み、慌ててしがみついた鬼束の体を振り回しながら駆け出す。
そのタロスの後方で地面が爆発する。
「艦載機の爆撃!まだかなりの数がいやがるな!」
「ご安心を…まだまだ武器はありますぞ!」
タロスの背中の装甲の一部が排除され、空に向けて何かが射出される。
煙を残して舞い上がったそれは、一瞬の沈黙の後、夜空に花火のような明るさをもたらした。
「な…ミサイルポッド!?」
ミサイルポッドから放たれたマイクロミサイルが、上空を飛び交っていた戦闘機を一掃する。
行く手を阻むように銃弾を浴びせる敵に向けて、両腕のガトリングを浴びせながらタロスは進みつづける。
鬼束にも銃弾は飛んでくるが、本人は全く意に介さない。
そもそも、高速移動するタロスの肩に乗った鬼束を狙えるわけがなかった。
タロスの突撃をかわし切れなかった敵がキャラピラにひき潰される。
何とかタロスにしがみついた敵も鬼束に撃たれて振り落とされる。
「友軍に告ぐ!30秒以内に後方に下がれ!できない奴は死ぬぞ!」
「お、おいおい…今度は何をする気だよ…」
半ば呆れながら尋ねる鬼束の問いに答えず、タロスは最前線でガトリングを乱れ打ちする。
同時に、各部から放たれる自動制御されたバルカンが弾幕を作り出し、小型の砲塔が敵を吹き飛ばす。
敵兵は屍を晒す以前に、肉片となって散っていった。
砲撃をかいくぐった中距離の敵の接近は、6本の有線式のクローアームが機械制御で薙ぎ払う。
敵からの攻撃は、分厚い特殊装甲で弾かれて装甲に傷をつける程度だった。
タロスはまさに機動する小型要塞であり、戦場においては最強の、そして敵から見れば最悪の化け物だった。
「30秒!!時間切れだ!」
タロスの背中から4本のワイヤーが射ち出され、螺旋を描くように戦場を駆け巡る。
「…?」
当然、攻撃とも思えない出来事に一瞬戦場が静まる。
「ば、爆導策!!!」
誰かが叫んだ。ワイヤーの到達した範囲内が恐慌状態になる。タロスは薄く笑うと、脳内で起爆命令を下す。
タロスの脳から発令された命令が武器に伝わり、そしてワイヤーから爆炎が放たれ、範囲内が紅く燃え上がる。
「う…わぁぁ…化け物…!!」
燃え上がる炎に映し出されたタロスのシルエットを見た敵兵士が震えながら銃口を向ける。
炎に揺らいだ影が巨大な腕を向ける。ガトリングが轟音を立てた瞬間、その兵士は血飛沫に化け、燃え盛る炎に蒸発した。
「弾切れです。あとは…近接戦闘用の武器ばかりですな。」
「まだ敵はかなり残ってるぜ?」
「まあ、100や200は簡単ですな…ぐおッ!?」
生き残った敵兵が一斉射撃を仕掛けてくる。ライフル、ザブマシンガン、バズーカ…中には真空波を手から放つ者もいた。
「おっさんッ!!」
鬼束は猛攻を避け、攻撃する敵を倒しながら仲間の身を案じた。顔の近くを通過した銃弾が咥えタバコを消し飛ばす。
直撃が繰り返され、タロスの各部から蒸気が噴射され、ユニットが完全に沈黙する。
「や…やったか…?」
震えた手でライフルを構える兵士が土煙と炎に包まれたタロスの巨大な体を見つめる。
熱風が駆け抜けていく。彼の意識はそこで途絶えた。
「うわぁああ…!!」
戦場は再び恐慌状態に陥る。それまでタロスがいた場所にあるのは、無人の巨大な鉄の塊だぅた。
ユニットを排除したタロスがその巨躯に似合わぬ高速機動で次々と敵を葬っていた。
両腕から生える硬質ブレ―ドは、タロスが駆け抜けるだけで敵を両断していた。
「鬼束閣下、ご心配をおかけしました!後はお任せください!」
同時に、鬼束も敵を撹乱しながら確実に一人、また一人と倒していく。
胸ポケットからタバコを取り出し、戦場の炎で着火して咥える。
「いや、俺も付き合うぜ…!」
鬼束に銃口が殺到するが、巧みに移動し、敵兵士を盾にして駆け巡る。
盾になった敵の返り血が鬼束を赤く染める。胸ポケットのタバコが血に濡れて使い物にならなくなっていた。
「あ〜あ…タバコが…こうも血を見ると…もう抑えられねぇぞ…」
ため息をついて、血に濡れたタバコの箱を握りつぶして地面に投げ捨てる。
鬼束の瞳が異様な光を湛える。笑顔で歪められた口元からは牙のような長い歯が覗く。
恐怖に駆られた一人が鬼束を射つ。その弾は、正確に鬼束の心臓部に吸い込まれ、そして弾かれた。
「"鬼"の名を与えられた実験体の本当の力…」
鬼束の体から異様な気が発せられる。
体の中からミシミシという不気味な音を立て、同時に体表面もまるで鉄[くろがね]のような色に変化していく。
「オ…オーガ…」
その変様を目の当たりにした兵士が腰を抜かす。
無理もない、今まで圧倒的な軍事力、そして技術の粋を集めた武装で自分たちよりも劣る敵としか戦ったことがないのだ。
急激に巨大化した鬼束の体は2mを超え、タロスに並ぶほどになった。
その体は、四肢を備えた人型ではあるが、明らかに人ではなくなっていた。
着ていた服を内側から引きちぎるほど巨大化した全身は、鎧のような硬化した外皮が覆っている。
筋肉が膨張した四肢は凄まじい破壊力を伺わせる。指先にはまるで野太刀のような鋭く分厚い爪。
そしてその顔は、すでに人のものではなかった。
「本物の"オーガ"は、もっと怖い化け物なんだぜ?」
鬼束の爪が振り下ろされる。腰を抜かしてへたり込んでいた男は、縦にスライスされて地面に叩きつけられた。
「鬼束閣下…随分とまた…その…」
「言うなよ、おっさん…あんたと似たようなもんだ!」
表現に困るタロスを尻目に、鬼束は敵の群れに飛び込んでいく。
『ガアアアア!!』
人外の咆哮を上げる鬼束に無数の銃口が向けられ、一斉に攻撃が浴びせられる。
弾丸は全てその外皮に弾かれ、傷一つつけることはできない。
腕の一振りごとに数人の敵が引き裂かれていく。
「化け物めぇ!食らえ!空軍に伝わる必殺奥義!ソニックブゥーム!」
それぞれがおかしな髪形をした一団が、スナップを利かせて腕を振るう。
発生した真空波が、鬼束の体を切り刻む。
「や、やった…効いたぞ!!」
冷や汗の浮かんだ顔に喜びと希望を溢れさせる男達。髪型は珍妙でも実力はあるようだった。
「空軍魂を見せてやれ!」
ひときわ異様な髪型を持ったリーダーらしき男の号令で一斉に真空波が投げられる。
鬼束は、体が刻まれることに何の躊躇も見せず、静かに右手を振りかぶる。
『ゴアアアアアア!』
周囲を震わせるような怒号と共に、鬼束の右手が振り下ろされる。
一瞬の後、男たちの体は少しずつズレ、やがてバラバラになって地面に落ちた。
「俺たちのソニックブームを突き破るほどの真空波だと…?」
多くは生命体として生存できないほどバラバラにされたが、幸か不幸か上半身が残ったリーダー格の男だけはまだ息が合った。
真空波による傷は出血がなく、また痛みもなかった。
這って逃げようとする男だったが、鬼束の足に潰されて果てた。
鬼束が猛威を振るうのと同様にタロスも多くの敵を葬っていた。
圧倒的な戦力差も、二人の異能者にかかっては、もうただの兎狩りと大差はなかった。
残る敵の数は見る間に減り、そして殲滅戦の中で異変が起きた。
高速移動しながら敵を切り裂くタロスが、突然地面に叩きつけられる。
「ぐぅぅ!?」
突然頭上から肘打ちを見舞われ、そしてバランスを崩したところを無理矢理地面に叩きつけられた。
「おっさん!?」
屍の山を気づいていた鬼束が異変に反応して振り返る。
「隙だらけだぜ!おーりゃりゃりゃりゃりゃりゃっ!!」
屍の山から何かが飛び出し、同時に鬼束の無防備になったボディに無数の乱打が打ち込まれる。
火花を飛び散らせるその乱打が銃弾すら通さない外皮に衝撃を伝え、鬼束がかすかによろめく。
「クラーク!そっちは任せた!」
「了解!」
タロスを押さえ込んでいた男、クラークがタロスの体を叩きつけるように投げつける。
「ぬぅぅぅ!?貴様ら…ハイデルンの手の者だな!まさか貴様らも参加していようとは…
この装備で貴様が相手では分が悪い…」
タロスが苦しそうに呻く。生身ではない体でも、投げられ叩きつけられてはダメージが大きい。
タロスの現在の装備は高速機動で一撃必殺と離脱を同時に行うことを目的としているため、
一対一、しかも密着を許しての格闘戦には極めて不向きであった。
クラークはタロスを逃がさないよう、持てる技術を総動員してタロスの動きを封じる。
離れた場所で、バンダナの男が鬼束と対峙している。
「さあ、お前の相手は俺だ!」
「ラルフか…レオナは預かってるぜ…」
すでに人であらざる者に変った鬼束の異相が笑顔のように歪む。先ほどの連打でかすかに揺らぎはしたが全くの無傷だった。
凶暴な爪が指の中に引っ込む。この戦場で、武器を使わずに立ち向かう一流の格闘家であるラルフへの礼儀である。
「知ってる…だから、お前をブチのめしてさっさと助けに行ってやる!!」
ラルフと呼ばれた男がその言葉に湧き上がった怒りに任せ、鬼束に強烈なドロップキックを見舞う。
足の裏から伝わる感触はまるで岩のようで、今度は全く動きもしない。
ラルフはそのまま落下し、体を深く沈めると全身のバネを一気に解放し、拳を突き上げる。
「おぉりゃりゃりゃりゃりゃりゃぁっっ!!」
先ほどよりも更に激しく拳が打ち出され、硬い外皮が焦げるほどの乱打が鬼束の体をズリズリと後退させる。
鬼束の体がその猛攻に耐えかねたように縮こまった瞬間、ラルフの顔面に凄まじい衝撃が叩きつけられる。
鬼束はその体の防御能力に全てを任せ、猛攻を無視して反撃の鉄拳を放っていた。
顔面への強烈な一撃で吹き飛ばされたラルフは、屍の山の中に突っ込み、それでも何とか立ち上がる。
(な…なんてパンチだ…)
目の前がグニャグニャと歪み、脳内で衝撃が反響する。
グラつく頭を何とか正面に向けると、そこには鬼束の姿が眼前まで迫っていた。
身構える暇もなく、再び拳が顔に打ち込まれる。
2mの、それも遺伝子操作された巨躯から繰り出される一撃を受け、ラルフの体はその場で縦に一回転して地面に落ちる。
「まだやるかい…?」
意識を失う寸前のラルフの襟を掴み、眼前まで持ち上げると鬼束が静かに尋ねる。
「げ…元気…イッパイ…だぜ…」
ラルフは視界すら定まらない状態で、声のする場所に渾身で頭を突き出した。
ラルフの頭突きは鬼束の眉間に炸裂し、その一撃で鬼束の手が緩む。
服が破れるのも構わず、無理矢理襟を引き離さすと、すかさず顎があると予想した場所に肘を打ち出す。
ラルフは、顎への一撃でグラついた鬼束を無視し、ダメージからの回復を急ぐ。
意識が回復するのを待たず、無意識のうちに体が限界まで沈め、上半身を捻る。
ラルフが回復すると同時に、鬼束も軽い脳震盪から回復し、凶悪な拳を振り上げる。
先手による必殺を狙う両者の動きがほんの一瞬、完全に停止し、凍りついたような極限の緊張を生む。
「ファイヤーッ!!」
鬼束の拳が振り下ろされるよりも一瞬だけ早く、瞬発力を全開にしたラルフの拳が鬼束に届く。
間髪置かず、次々と拳が鬼束の体に打ち込まれる。小さな爆発を巻き起こす連撃に流石の鬼束も反撃が許されない。
「てやぁぁぁぁ!!!」
気合の雄叫びに押されるように、鬼束の体が少しずつ地面から浮かぶ。
ビシビシと外皮にひびが入り、欠片が周囲に飛び散る。
「破壊力ぅぅっ!!!!」
連撃の最後に、爆発と共に渾身のアッパーが鬼束を舞い上げる。
重い鬼束の体はすぐに地面に仰向けに落ち、ラルフは飛び掛るようにその上に圧し掛かった。
「とっておきだぜっ!もう一丁!!」
「なにぃ!?バカな!」
倒れた鬼束の上に馬乗りになったラルフが、今度はその顔に連撃を叩きつける。
「全開超えてからがなんぼの世界なんだよッ!!」
肉体の限界とも言える奥義を連発で見舞い、ラルフの体には危険なまでの反動が返ってきていた。
それでもラルフは攻撃を止めず、鬼束の頭は少しずつ地面にめり込んでいった。
「歯ぁ食いしばっとけ!負け顔もすこしはマシにならぁ!!」
そして、とどめに全体重を乗せて、渾身の一撃が顔に突き刺さる。
鬼束の体が大きくビクンと跳ね、小刻みに痙攣を繰り返した後、ゆっくりと力が抜けていった。
鬼束の顔に拳を打ち込んだまま荒い息をついていたラルフが、その脱力を確認してドサッと地面に倒れる。
その拳は乱撃から生じた爆発で焼け、そして硬い外皮を殴りつづけたことで砕けていた。
限界を超えた拳速を撃ち続けたことで、筋肉もズタズタになっていた。
「ク…クラーク…そっちはどうだ…?」
何とか立ち上がり、独白のように呟いてクラークの方を見る。
半ば破壊されたタロスをなおも押さえ込むクラークの表情が驚愕と恐怖を浮かべている。
それはラルフに向けられたのではない。ラルフの目が捉えたクラークの視線は、ラルフの後方に向けられている。
ラルフは背中越しに感じる強烈な殺気を静かに受け入れ、腰を落とし、上体を捻る。
握った拳はミシミシと嫌な音を立て、筋肉が切れている腕は動かすだけで激痛が走る。
「どう足掻いても…この一撃で最後だな…」
最後の存在は無言で殺気を蓄え、ラルフは最後の一撃に賭けて体を沈める。
ラルフは自分の背後に立つ鬼束の位置や行動が、気配だけで手にとるように分かった。
呼吸を整え、全身の力を傷ついた体に、そして砕けた拳に注ぎこむ。
「ギャラクティカファントム!!男の一発だコラァ!!」
限界まで蓄えた力を、体を捻り繰り出した拳に託し、振り向き様に鬼束に向って一撃を放つ。
砕けた拳が鬼束に到達する直前、ラルフの体が浮揚感に包まれていた。
ラルフは腹部から体の背面に突き抜けるような衝撃を受け、吹き飛ばされるのに体を任せていた。
衝撃で呼吸は詰まり、肋骨は前面から直撃した衝撃で何本も砕け、そのまま突き抜けた衝撃で背骨までもが軋む。
クラークに受け止められたラルフは、衝撃で止まっていた呼吸と同時に吐血し、そのまま崩れ落ちる。
クラークのサングラスの中の瞳が、ラルフを吹き飛ばした者の正体を見据える。
ラルフの限界を超えた猛攻により、あれだけ硬かった外皮は無数にひび割れ、顔面は歪んでいる。
鬼束はラルフを一撃で吹き飛ばし、そして自分達に殺意を向けている。
足取りは重く、動きは緩慢で、恐らく意識も残っていないだろう。それでも一歩一歩近づいてくる。
クラークはラルフの体を支え、足元のタロスの様子を確認し、そして鬼束を観察する。
鬼束は死力を尽くせば、止めを刺すことができるだろう。
タロスはもうまともな攻撃はできず、動くことすら困難である。
ラルフは完全に戦闘不能。それどころか、このままでは命に関わる。
自分の任務は「大会重要メンバーの拘束、または殺害」である。
ここで鬼束を倒し、そして行動不能なタロスを捕獲すれば、任務は十分な成果を上げる。
クラークは分析を終了し、ラルフを背負って鬼束に向って駆け出した。
獰猛な雄叫びを上げ、振り上げられた拳を避けるように鬼束の懐に潜り込み…
そして次の瞬間には戦場は閃光に包まれていた。
数秒後、閃光が収まり、そしてそこにクラークの姿はなかった。
同時に戦況をうかがっていた委員会側の残党が戦場に戻ってきていた。
クラークが戦場から退却するのが遅ければ、本懐を遂げることなくラルフと共に銃弾に倒れていただろう。
もっとも、帰るべき艦を失い、死に貧する仲間を抱えて生還を果たすためには更なる苦境を越えなければならないだろう。
残党が残る侵入者の掃討戦を開始し、同時に鬼束とタロスの身柄は後方へと移された。
そして2時間後。
二人の姿は、本部の医務室の中にあった。
鬼束がようやく手にしたタバコを満足そうにふかしている。
その姿は先ほどまでの人外の怪物から、すでに元の人型に戻っている。
同時に包帯こそ巻かれているが、傷のほとんどは移送中に急速に自然治癒し、そして医療によってほぼ完治している。
「おっさんも吸うか?」
タロスは勧めを静かに首を振って断る。タロスの肩から下は取り外され、現在は修理中である。
首を振るという行為も、首のジョイントだけが半回転を繰り返すやや不気味な光景である。
もっとも替えのボディはいくらでもあるので、頭部のメンテナンスさえ終了すれば、すぐに戦線復帰は可能であった。
「そうか…ま、やめといた方が体に良いな。」
興奮すると人外の存在に変わる体質を抑えるだけの「タバコ」とは、どのようなものか…
もっとも、そんな危険そうなタバコでなくとも、タロスは断っただろう。機械の体にタバコなど無用だ。
「鬼束殿があのような力があるとは…」
タロスが口を開く。もとより電子制御で発声しているため、肩から下がない状態でも発声は可能だった。
「ん?あぁ、俺は元々、ある研究の一環で生まれた実験生物なんだ。」
鬼束は遠い目をしながら、静かに煙を吐き出して答える。
「計画?」
「おっさんや…ハイマンが生み出された計画と同時進行で行われた計画だ。」
タロスの脳裏に、自分がこの姿となったきっかけが思い出される。
人間兵器の必要性が、「地上最強の生物」と称されるたった一人の生身の男の存在で喚起された。
「俺はベトナムで"オーガ"が女を犯した時に保管された精子から生み出された生物兵器なんだよ。
後は遺伝子操作で、大型爬虫類をベースに、各種猛獣の能力がミックスされてるが…"父親"には勝てないだろうな…」
「この要塞のような巨躯と武装を持ってしても…あの男に勝てる気がしませんな…」
武装した兵士を素手で抹殺し、何事もないかのように生還する男。
白兵戦でこの男に勝てるのは、もはや「人」の身では可能性はなかった(ごく一部の人材を除いて)。
当然の結果、その戦闘能力を欲し、同時に恐れた者は何らかのアクションを起こす。
そして生み出されたのが、彼らのような存在であった。
彼らの異能をもってしても、その男は勝算を与えないほどの恐ろしさを持っている。
「そういうことだ…まあ、お蔭様で人より"優れた"力がもらえたんだ。利用しない手はない。」
鬼束の言葉にはかすかな悲しみが込められている。
異能の、そして人の子ではない悲しみは、彼にしか理解できず、癒されることはないだろう。
「"優れた"…と言えば、不知火殿が面白い捕虜を捕えて来たそうですな。」
「俺たちが死ぬ思いしてる間に、あのボウズはそんな楽な仕事してたのか?」
タロスの言葉に、鬼束が信じられないと言った様子で立ち上がる。
「いやいや、そうとも言い切れませんぞ?」
タロスは鬼束に耳を貸すように合図する。
「何せその捕虜というのは…」
鬼束の耳にのみ囁かれる、ある固有名詞。
「…へぇ…それはまた大物だ…今回の奇襲も、不知火がいなかったら事前に知っておくこともできなかったな…」
鬼束の表情が、これ以上ないほど愉快そうに歪む。
「あのボウヤのことだ、絶対に楽しいこと企んでいるんだろうな…よし!見学にでも行くか!」
「ぬ!?鬼束殿…まだ修理が…」
鬼束はタロスの頭を掴むと、まだ肩から上しかないタロスを無理矢理部屋から連れ出してしまった。
「……フン…」
二人がいなくなった医務室に、一つの影が下り立つ。
血に汚れた軍服と眼帯、そして冷たく、そしてプレッシャーに満ちた隻眼を持つ男。
詰まらなさそうに、そして不満そうに小さく漏らした男は、突然自分が現れたことに驚く医療スタッフに向って素早く腕を振るう。
それだけの動作でスタッフの瞳が宙を泳ぎ、力が抜けきったようにガックリと膝をついてしまう。
男はその様子を見ることもなく、何事もなかったかのように堂々と部屋を後にする。
男が部屋を出て一呼吸ほどの時間の後、スタッフの首から真っ赤な飛沫が部屋中に飛び散った。
激化を余儀なくされた島の中の戦場とは対照的に、深く静かに何かが進行していた。
終
久々の幕間になります。今回は肝心のエロシーンはありません(汗)
時間軸は第四戦の裏側で起きていたことになりますね。
この話がサイドAだとすると、次回の幕間はサイドBになります。
Hシーンはそっちの方で…(笑)
「捕虜」が誰かはそれまでのお楽しみということでお願いいたします。
(そして、何故救出作戦が委員会にバレていたかということの説明も…)
さて、今回タロスが使用した装備が対人用には、過剰な戦力だとお思いの方も多いと思います。
実は、タロスの相手は当初、人間ではありませんでした。
初期稿でのタロスの相手はあの「先行者」でした(笑)
大地を焦がす中華キャノンと大口径ビームキャノンの応報、
無数のマイクロミサイルの追尾を振り切り、タロスに迫る先行者、
武装を解除したフルスピードのタロスと高速格闘戦を繰り広げる先行者…
など、色々と見せ場もあったんですが、さすがに色々な意味で危険なので、泣く泣く変更しました。
一瞬で主役が入れ替わってしまいそうですし(笑)