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螺旋―インターミッション― 上陸作戦
チェシャ/文


 波の音に混じって聞こえる銃声、そして海上から夜を切り裂くような閃光が浮かび上がる。

 夜の闇の溶け込むような黒いダイバースーツを着た一団が砂浜に上陸していた。

 ザクザクと砂を踏みしめながら頭を行く者に、一団の一人が声を掛ける。

 「大佐!艦が…」

 「…分かっている…」

 答える声は、涼やかで低く落ち着いた女性の声だった。

 「これで我々は孤立してしまったわけだ…任務の成功以外に生き残る手はない。」

 ダイバースーツのファスナーが下ろされ、水を吸ったスーツが砂の上に重く落ちる。

 「後退のことは考えず、任務の成功だけに集中しろ。」

 暗闇の中に浮かぶ影は、胸部だけが爆発的な盛り上がりを見せていた。

 同様に一団がスーツを脱ぎ捨てる。「大佐」以外の影は、明らかに屈強の男である。

 その男達がたった一人の女性の影に一斉に敬礼する。

 「サー・イエッサー!貌丹邑[ばくにゅう]大佐!」

 貌丹邑・ヤークト・パンテル大佐。それが、一団を率いる彼女の名前であった。

 鬼より怖いと称される屈強の海兵隊を震え上げさせる最強の女性教官。

 彼女は今回はその能力の高さを買われ、特殊部隊の中で特に秀でた20人を率い、任務に従事していた。

 『"螺旋"阻止と重要メンバーの「逮捕」』

 それが任務の内容である。任務内容は、高官にのみしか明かされていない、まさに秘密作戦である。

 それがどれだけ困難であるかは、先ほどの閃光が証明している。

 海上に待機、及び支援を行っていた戦艦は、先ほどの閃光で消滅しただろう。

 先に囮として潜入した部下の報告によって、安易に想像できる。

 その部下は、作戦開始―つまり現在―1週間前に連絡が途切れてしまった。

 部下が教えてくれた、島の中で唯一上陸が可能な地点に立つと、かつての教え子だった部下のことが思い出される。

 (…無事だと良いが…せめて一人でも多く…)

 「大佐!」

 貌丹邑は不測の事態に巻き込まれてであろう部下を案じていたが、すぐに冷静な軍人としての顔に戻る。

 「これより、作戦を開始する!大会本部に潜入、本部破壊のための特殊工作を展開。

 準備完了30分後に、急襲作戦を開始する!」

 貌丹邑の指示に、一同が装備が詰まったバックパックを背負い、自動小銃を担ぐ。

 「辛い…任務ですね…」

 「無駄口を叩くな!」

 不安に耐えかね弱音を吐いた部下に、貌丹邑の平手が飛ぶ。2m近い大男が簡単に宙に舞う。

 「う…うぅ…イ、イエス…サー」

 数m吹き飛ばされた後、砂上に落着した男がようやく返事をする。

 「…心配するな…私が無事に帰してやる…」

 貌丹邑の顔が少しだけ微笑み、口調が優しくなる。

 冷徹な軍人であるが、彼女は「教育者」でもある。教え子達に対する愛情も大きい。

 「さあ!1秒でも惜しい!時計を合わせろ!点呼だ!」

 再び軍人の顔に戻った貌丹邑の命令に、男たちの点呼が続く。

 「20!以上で…」

 「21!!」

 最後であるはずの20人目が点呼を切ろうとした瞬間、ありえないはずの数字が唱えられた。

 無論、貌丹邑はカウントされていない。それはすなわちイレギュラー=敵の存在を意味していた。

 月すら出ていない闇の中で、20人の男と、一人の女が、たった一人の敵の姿を探す。

 「明かりは点けるな!フォーメション!」

 貌丹邑の指示に瞬時に反応した者が跳び退き、一人だけ取り残される。

 「貴様が敵だ!」

 貌丹邑が鞭を飛ばす。闇の中で頼りなげに立ち尽くしていた影が、薙ぎ払われるように倒れる。

 数名がナイフを持って、倒れた影に飛びかかる。敵地に潜入しての隠密行動中に銃を使うような馬鹿はいない。

 「!?」

 「…違う…!」

 喉にナイフを突きつけられていたのは、貌丹邑に平手で飛ばされ、半面を紫色に貼らした仲間だった。

 「…貴様は誰だ!」

 闇の中でも利く貌丹邑の瞳が、フォーメーションからわずかにずれ、自分の傍らに立つ影に鞭を振るう。

 バスッと重い手応えが鞭から伝わる。しかし、次の瞬間、その影が飛び散り、残骸が溶けるように崩れ落ちる。

 「…砂だと…!?」

 それまでそこにいた影が、瞬時に砂の固まりに入れ替わっていた。

 「ゲグッ!?」

 不気味な鈍い声と共に、誰かが倒れる音。潮の香りの中に、濃い血の匂いが混じる。

 「…くっ…!明かりを!ただし銃は使うな!」

 貌丹邑の指示で、すぐに海岸が明かりに照らされる。

 数人の大型マグライトが地面に落され、闇を切り取っていた。

 「…馬鹿な…」

 照らし出されたのは、平手で倒され、鞭で薙ぎ倒されたはずの仲間の姿。

 足元に喉を裂かれた仲間を転がし、地に塗れて無表情で佇んでいる。

 しかし、その男はナイフを突きつけられ、押さえつけられながら気を失って転がっている。

 同じ顔をした者が二人いる。一方は倒れ、一方は仲間の血を浴びて立っている。

 「貴様は…偽者だ!」

 貌丹邑の鞭が首を薙ぐように振るわれる。かすかに像が揺らぎ、鞭が空を切る。

 「何故ですか…?大佐…?」

 貌丹邑の鞭を避けた男が無感情な声で尋ねる。

 「貴様の顔には、私の手形がない。」

 貌丹邑の言葉に、一同が一斉に男に向き直る。

 「あらら、しまった…気がつかなかった…」

 男の口調が少し変わる。相変わらず無表情なまま、「本物」に刻まれた修正の後と同じ所を掌で覆う。

 「…ま、いっか!」

 男の口調と表情が一変し、無表情だった顔が陽気で派手な笑顔になる。

 「……!」

 無言の貌丹邑が鞭を振う。命中箇所が吹き飛ばされるであろう怒りのこもった一薙ぎだ。

 今度は避ける暇もなく、男の体に直撃する。重い手応えと共に、男の体が後方に吹き飛ばされる。

 他の隊員も、吹き飛ぶ男に微塵の狂いもなく投げナイフを命中させていく。

 全身にナイフを生やし、胴体を一文字に大きく抉られた男が湿った砂の上に落ちる。

 ただし、その男の半面は紫色に腫れ上がっている。

 「な…なんだと!?」

 いつのまにか入れ替わり、息絶えている仲間の姿に驚愕を隠せない一同。

 「こっちだよ…」

 気を失っていた方の男が、ゆらりと起き上がる。一同が呆気に取られて立ちすくむ。

 「さて…そろそろ…」

 突然砂が舞上がり、一同が目を覆う。

 そして、そこに立っていたのは、2m近かった男ではなく、170cmそこそこの少年の姿だった。

 「変わり身の術と、変化の術…ジャパニーズニンジャの妙技、堪能していただけたかな?」

 ニッと口の端を持ち上げる少年。イタズラ小僧が得意になっている時と同じ笑みである。

 「不知火…か…」

 「あ!バレてるんだ…」

 不知火がパッパッと砂を払い落としながら、貌丹邑に笑みを向ける。

 「ああ…貴様のことは良く知っている…有名人だからな…」

 何の合図もなく、会話中の不知火の背中に、ナイフが一直線に投げられた。

 「あなたも有名だよ…『捕虜にしたい女No1』ってね…爆乳…じゃなかった、貌丹邑大佐!」

 気を逸らしている隙に背後から投げられたナイフをいとも簡単に掴み、不知火が軽口を叩く。

 「…ならば、貴様と対峙した我々に、どんな指令が下っているかも…推測できているだろう?」

 貌丹邑が鞭を振るう。かすっただけで戦闘不能になり得る、一撃必殺の威力がこもっている。

 不知火は、今度は変わり身を使う余裕はないが、しかし、鞭自体は難なく避けてみせる。

 避けながら、徐々に貌丹邑に接近する不知火。その目は、飛び抜けて大きな乳房に釘付けだった。

 「…遊びが過ぎたな。」

 その視線に嫌悪感を浮かべながら、貌丹邑の鞭が砂を打つ。

 周囲の様子の変化に、不知火がようやく興味を移す。

 「へイ!ニンジャボーイ!」

 呼びかけと共に進み出る男達。背中にはガスボンベを背負っている。

 「お前の技は炎だよな?このガスの中で使ったら…どうなるか分かってるな?」

 シューシューと大量のガスが撒かれる中、勝ち誇ったように武器を構える男。

 「このガスは、そう簡単に拡散しない。小一時間はこの辺りに淀んだままさ。

 そして、お前はこの中では炎を使うわけにはいかない…もうお前はちょっと腕の立つガキでしかねぇ!」

 「…そう…面白い手だね…」

 ガス臭さに少し顔をしかめた後、不知火が薄く笑みを浮かべる。

 「なら、あなたたちはちょっと腕の立つガキに殺される間抜けなプロの軍人さんってことさ!」

 体を半身に開き、相手を圧倒するように両手を左右に開いた構えを取る。

 挑発的な笑みを浮かべた顔に反して、構えからは怒りが伺える。

 最前線にいた男が、威圧された仲間とは対照的に、鈍感にも不知火に襲い掛かる。

 手にしたナイフを正眼に構え、不知火に向って突き出す。

 その切っ先は身を翻した不知火の影をすり抜け、男の後頭部に回転した不知火の踵が叩き込まれる。

 卵の殻が割れるような音と共に、男の眼球が眼窩で回転し、白目を向いたまま永久に意識を失った。

 不知火がそのまま半歩進み出る。まるで、目の前に何の障害もないような、自然で大胆な動き。

 不知火に気圧されたのか、仲間に押し出されたのか、左右から二人が飛び出してくる。

 「素手の子供相手に、大の大人が二人で武器を使うとはね…」

 片手で、右側の男のナイフを持った手首を押さえ込み、片足を反対側に突き出して左の男の胸を蹴り飛ばす。

 そのまま押さえていた手首を捻りながら引き、引き寄せられた男の顔に掌を押し当て吹き飛ばす。

 一瞬の交差にまるで後ろから引っ張られているように吹き飛ばされる二人の男。

 仲間達はそれを呆然と見ていた。背中から地面に着地した二人は、すでに事切れている。

 足元に落ちていたナイフを足で跳ね上げ、空中で回転する刃の腹に蹴りを放つ。

 まるでプロペラのように激しく回転したナイフが、男たちの群れに飛来し、何人かの命を絶つ。

 「ただのガキにここまでやられてもまだやるのかな!?」

 不敵な笑みを浮かべながら、普段よりも威圧的な口調で一同を見渡す。

 貌丹邑の指示を待たず、誰かが叫ぶ。

 「い、一斉にかかれ!!」

 「待て!」

 貌丹邑が制止しても、恐怖心に踊らされた彼らは、その声を聞くこともなかった。

 「…結局はそれか…」

 殺到する群れから一番最初に突き出されるナイフを片手で払い落とし、代わりに喉に鋭い蹴りを見舞う。

 ゲギュッと不気味な声を上げ、派手に吹き飛んだ亡骸が、その方向の男達にぶつかって一瞬の牽制になっていた。

 殺到する男達を無視し、ひるんだ男達に向って走り出す不知火。

 飛んで来た亡骸を地面に落し、多少のもたつきと共に迎撃態勢をとる男達。

 不知火はクスッと笑うと、加速をつけたまま跳躍し、男たちの頭上を飛び越す。

 「ハッ!!」

 最後尾で対応が一番遅れていた男の双肩に軽い衝撃と共に着地する。

 自分の肩に敵が乗ったことを悟った瞬間、彼の首に脚が絡みつき、勢い良く捻られていた。

 男達が振り返ると、頚骨を砕かれてゆっくりと崩れる仲間の姿。

 そして殺気に満ちた微笑を浮かべる不知火が攻撃態勢に移るところだった。

 パンと甲高い音が響き、不知火が横に小さく跳ぶ。一瞬遅れ、砂が巻き上がる。

 不甲斐ない部下の背後から、貌丹邑が鞭を振り下ろしていた。

 音速に達した鞭は空気を叩き、パンという音を発しながら、不知火を引き裂こうと暴れ回る。

 大切な部下、そして教え子をたった一人の少年に殺され、貌丹邑は怒りの表情を浮かべていた。

 「…フフフ…あなたが最初から手を貸していれば、彼らは死ぬこともなかったかもしれないのにね…」

 音速の一撃を、不知火は見えているかのように避ける。貌丹邑は苦い顔はしても、焦ることはない。

 「ああ…私の失策だ…」

 貌丹邑は軽く手首を振る。それだけでまるで生き物のように、鞭が不知火の腕に巻きつく。

 「出来の悪い子は、その鞭でお仕置き?優秀な僕は、ご褒美がいただけるのかな?」

 腕に巻きつき、動きを封じる鞭を解こうともせず、不知火は相変わらず軽口を叩く。

 「ああ…良いだろう…抱いてやるから、この胸に飛び込んで来い!」

 貌丹邑が鞭をグイッと引っ張る。渾身の力を込め、華奢な少年を、その怪力で一気に引き寄せる。

 不知火と貌丹邑の間には、屈強の男たちが、憎い少年を切り裂こうと待ち構えている。

 不知火の体は、いとも簡単に地面から離れ、鞭に引き寄せられるままに宙を走らされていた。

 貌丹邑の手には、鞭を通して、拘束しているのが、今度は変わり身の術などではないことを確信していた。

 片腕を封じ、更には体を浮かせて引っ張っている以上、後は自分の前に到着する頃には、部下達によって

 肉片にされているはずである。

 どんな危険人物であっても、年端もいかない少年がそんな死に方をするのは、あまり好ましくない。

 だが、仮に止めようにも、少年と部下達の距離は、あとほんの少しのところまで迫っている。

 鞭を通して、少年が刻まれる嫌な感覚が、鞭を通して手に伝わるのを待つしかない。

 鞭を掴む貌丹邑の手に、軽い感触が伝わる。

 それは、少年の体にナイフが食い込み、苦痛にのたうっているにしては、やけに軽い感触だった。

 理由はすぐに分かった。彼女の乳房に、ありえない感覚が走ったからだ。

 不知火が貌丹邑の大きすぎる乳房に顔を埋め、その背後で部下達がゆっくりと崩れ落ちていった。

 「凄いなぁ!触ったら、見た目以上だ!」

 動揺を顔に表す前に、貌丹邑は胸の谷間で甘える不知火の頭に鞭の柄を振り下ろしていた。

 自分の胸の谷間に、鞭の柄を挿入するような形で、不知火の頭を粉砕したが、その姿が砂に転じる。

 「無駄だよ…僕はもうここにいる。」

 今度は、背後から腕を回すような形で、胸を鷲掴みされる。

 その腕を振り解いて反撃しようともがくが、不知火の力は異常に強い。

 反抗する美女を、敗北感と共に犯そうと考えた不知火だったが、その頭に突然、映像が浮かび上がる。

 自分と似た顔つきの女が、危険な状況に追い込まれている映像が…

 「さて、もう少し遊びたいんだけど…野暮用ができたみたいだから、続きは後でたっぷり…ね?」

 不知火の声が静かに耳に響いたと同時に、首筋にトンッとほんの小さな衝撃が与えられる。

 恐らくは、指一本で叩かれただけだろう。しかし、それでも貌丹邑が急速に眠気に包まれていく。

 「眠くなるでしょう?僕が見つけた点穴"夢魔の口づけ"…本当の効き目は後で教えてあげるよ。」

 「こ…の……」

 何か憎しみのこもった言葉を吐きかけようとしたが、それすら叶わずに貌丹邑はゆっくりと倒れこんだ。

 貌丹邑の体が砂にまみれる前に、不知火と全く同じ体格をした仮面の男が、その体を抱え上げる。

 「"取り調べ"を行う。準備を…」

 「承知いたしました。この男達は…?」

 本来ならば、言葉などなくても指示は出せるのだが、不知火は敢えて言葉を発して指揮をする。

 「昏倒させてあるだけだ。ショウの時に使う道具だから、運んでおいてくれ。」

 貌丹邑を抱えた男が、黙って頷くと、見分けのつかないほどに同じ姿の男達が音もなく何人も現れ、

 男たちを荷物のように抱えて姿を消す。

 最後に貌丹邑を抱えた男が姿を消えた瞬間、軽く息をついた不知火の背筋に冷たい戦慄が走る。

 持ちうる全身体能力を、ただその場から飛びのくだけに使い、大きく横に飛びのく。

 一瞬遅れ、それまで立っていた足元の砂に真一文字の刻印が刻み込まれる。

 砂を舞わせることもなく、また、刻まれた亀裂に砂が流れ落ちることもない、あまりにも鋭すぎる一撃。

 不知火は一呼吸置き、砂の上に手を置き、高速で複雑に指を動かす。

 ガスの効果が続く以上、得意の炎を使う訳にはいかず、慣れない術にほんの少しだけ手間取る。

 再び不知火の背に、冷たい殺気が走った瞬間、不知火の周囲の砂が勢い良く舞い上がっていた。

 殺気が急速に間合いを詰めると、宙を舞う砂でさえ、たやすく切り裂かれる。

 「空気すら切り裂いてるってことか…」

 急ごしらえの術で身を守ろうとしたが、殺気の主の力量は、そんなものすら容易く打ち砕くものだった。

 (恐らくは、貌丹邑は囮…コイツが隙を狙っていたと考えるべきか…)

 砂の壁を突き抜け、影が不知火に迫る。わずかな星の光を反射されたその瞳は一つ。

 それを確認した瞬間、不知火の首はかろうじて繋がっている状態で切り裂かれていた。

 首の重みに耐えかねたように、不知火が崩れ落ちる。皮一枚残して繋がっていた首が、コロンと小さく転がり、

 黒く虚ろな瞳は空を見上げ、暗闇を映していた。術者の死により勢いを失った砂がサラサラと空から舞い降りてくる。

 不知火の首を切った影が、死体を確認するためにしゃがみこむ。

 突然、倒れた拍子に転がった首が、にっこりと笑みを浮かべて口を開いた。

 「お見事な暗殺殺法…さすがだね…でも、ニンジャ相手には、ちょっと単純すぎたね。

 砂操りは得意じゃないけど…見事に引っかかってくれて安心したよ。」

 薄く残っていた砂の幕越しに、たった今、始末したはずの不知火の姿が透けて見える。

 その距離は、簡単に跳びかかれる距離ではなく、そして貌丹邑の撒いたガスの効果範囲から脱している。

 一瞬で状況を察知した影が、脱出を図るが、その足首に地面に倒れた不知火の亡骸がしがみついていた。

 不知火の姿をしていたそれは、見る見るうちに砂の塊に転じ、影にまとわりついていった。

 「僕の大切な人の身が危ないんだ…ということで僕は急ぐから、これでお別れ!」

 砂の幕の向こうの、本物の不知火の姿がユラッと揺らいだ瞬間、周囲に撒き散らされたガスが、

 爆発的に赤い炎に姿を変えて影を飲み込んでいた。

 

 数分後、炎が収まった砂浜に、仮面の男達が降り立つ。

 溶けてガラス化した砂すらある中で、男達は冷静に焼け跡を探る。

 目的はただ一つ、腕の立つ刺客の死の確認である。

 無感情に、しかし慎重に歩く男の一人が、何かに気がついたように足を止める。

 彼が次の行動に移る瞬間、足元から爆発的な勢いで何かが飛び出し、一瞬で男を始末していた。

 『刺客生存。砂の中に隠れていた模様。緊急配備要請。』

 活動停止の寸前、彼は言葉を使わずに、"仲間"に直接意志を伝えていた。

 そして、数時間後。

 島の中央にある大会本部までの間、彼の仲間たちの骸がいくつも発見された。

 

 『…以上が顛末です。』

 会場内にアナウンスが流れる。

 海上からの侵攻、そして浜辺での戦闘、刺客の潜入までの様子が、同時に巨大なモニターに映し出された。

 会場内の招待客は、当然のように動揺の声を上げていた。

 怯える者、委員会の不備を責める者、そして危機に喜びと興奮を抱き歓迎する者…

 そんな一同の反応は、十分に予想されていた。

 モニターに、委員長の姿が映し出される。

 『諸君、動揺は少なからずあると思う。しかし、ここがどういった場であるか思い出していただきたい。

 我々委員会は、潜入した刺客の始末と、諸君の安全の確保のため、すでに警備の数を5倍に増やした。

 だが、我々が容易く刺客を仕留めるのも、いささか退屈ではないかな?』

 招待客の安堵のため息が、疑問の声に変わる。

 『特別に一つ賭けを用意した。

 刺客がいつ始末されるか…そして、始末するのが委員会の手の者か、それとも諸君の中の誰かか…

 こういうテーマでの賭けはいかがだろうか?』

 委員長の提案で、招待客の中から歓声が上がる。

 『今回は、正当な配当の他に、副賞を用意させていただく。』

 委員長が映ったモニターが分割され、そこに一人の美女が映し出される。

 その顔を見た者が、一層の大歓声を上げた。

 『今回の襲撃のメンバー、貌丹邑・ヤークト・パンテル大佐。彼女を賭けの勝者の中から一名に差し上げよう。』

 貌丹邑は意識がないらしく、薄暗い部屋の中で椅子に縛り付けられていた。

 『もっとも…現時点での彼女は、あまりにも危険だ…よって、彼女に対し、尋問ついでに調教を施す。

 その様子は、これより24時間後、ライヴで諸君らにも中継しよう。楽しみにして頂きたい。』

 地鳴りのような歓声が木霊する中、モニターから委員長の姿は消える。

 それでも、彼らの歓声は途絶えることは無かった。

 

 ―続―

 


解説

 以前から、登場はマイナーキャラと公言していましたが…

 予想が当たった方はいらっしゃるのでしょうか?(笑)

 

 肝心のシーンは次の幕間にさせていただきたいと思います。

 


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