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奏(かな)でられる、私
六藍/文


 「第16回全国ヴァイオリンコンクール……優勝者は、遠藤晶さんです!」

  舞台中央で審査員長の発表があった瞬間、ホールは盛大な拍手の響きに包まれた。

  薄紅色を基調とした、肩のラインが露出する華やかなドレス姿の少女が舞台の中央へと 進み出る。軽いウェーブのかかった栗色の髪を、クリーム色のヘアバンドでまとめた少女の名前は遠藤晶。

  その整った顔立ちには、誇らしさと嬉しさが入り交じった表情が浮かんでいる。

  晶は、ヴァイオリンをモチーフにしたトロフィーを審査員長から受け取る。そして、客席に身体を向けると、あでやかな微笑みを浮かべて軽く一礼する。

  しかし、晶の意識の上では、その微笑みは観客ではなく、ただ一人の男に向けられていている。子供の頃の初恋の転校生。客席に座り、自分に勇気を与えてくれた愛する男性へと。

  あらためて客席から湧き起こる拍手に包まれながら、晶は一つの決意を下したのだった。*

  長崎ハウステンボス。一五二万u、東京ドームの三三倍の広さを誇るテーマパーク。中世オランダの街並みを再現した空間は、訪れる者に豊かな異国情緒を与える場所である。 そのハウステンボスへの入国ゲートに、遠藤晶はいた。

  ホワイトのヘアバンドに、薄いブルーのブラウス。下は茶系統のロングスカートという服装。慌てた様子で辺りを見回す彼女だったが、自分に手を振る男性の姿を見つけ、嬉しそうに走り寄る。

 「ごめんなさい。待たせちゃった?」

 「いいや。そんなことないよ。俺も来たばかりだし」

  Tシャツに前を開いたジャケットを羽織り、下はジーパンというラフな格好だが、見る者にどこか好感を感じさせる青年だった。

 「晶、大絶賛だね」

  青年は晶が来るまで読んでいたらしい雑誌を見せる。クラシック音楽の専門雑誌だった。表紙には、『コンクール優勝者 遠藤晶インタビュー』と大きな文字が印刷されている。

 「あ〜、私への批評を読んだのね。でも、この批評家の人、少し前に私のことを技術だけで深みが足りない二位までがお似合いの奏者、と言っていたのよ」

  男の手から雑誌を取ると、ページをめくって指差す晶。覗き込む青年。

 「優勝したら、一転して絶賛。誉められるのは嬉しいけど、こんな定見ない人じゃ、それも半減よ」

  青年相手にまくし立てる晶だが、男はその様子を優しく見つめる。そんな青年の穏やかな眼差しに、晶は何とない気恥ずかしさを感じてしまう。それをごまかすように、晶は青年の右腕を両手で抱え込んで、引っ張った。

 「さ、今日は一日中、楽しみましょ」

 *

  最初に晶と青年が訪れたのは、入国ゲートから一分足らずの所にあるテディベアキングダム。ヨーロッパの城を模したナイアンローテ城内にあるテディベア専門のミュージアムである。

 「このテディベア、世界最大なんだって。座高三・六メートル」

  テディベアキングダムの一階に置いてあるジャイアントベア。その説明書きの札を読む晶。

  普段の同年代よりも大人っぽい服装と言動で、周囲からは少女趣味的な品とはほど遠いと思われている晶。実はテディベアといったヌイグルミも好んでいたのだ。

  ただ、それを知るのは家族と彼だけだった。生来のプライドの高さのために、そういう少女趣味な部分があることをあまり知られたくなかったのだ。

  晶は青年と腕を組んで、キングダムの中へと歩みを進める。

  一九〇〇年代に作られたアンティークベア、四〇名以上の有名なアーティストが作成したベアなど、一五〇〇体以上が並ぶ館内。はたから見ても本当に楽しそうに、晶はベア達へと視線を向ける。

  そんな晶の様子に、青年も嬉しそうに微笑みを浮かべる。

 「テディベアと晶って、けっこう意外な組み合わせだよね」

 「やっぱり似合わないかな」

  大人っぽく見てもらいたいと常々心がけている晶だから、他人に与える自己イメージには敏感だ。こういう自分は、彼に幻滅を与えてしまったかな、と心配になる。が、そんな晶の心中を察したかのように青年は言う。

 「他の人はどうかわからないけど、俺は可愛いと思うな」

 「もう!」

  クスクスと笑い合う晶と青年だった。

  *

  オランダの風景を模した煉瓦造りの建物と風車が並ぶ街を、二人は巡る。

  オランダの民族衣装をまとった二人組の女性のダンスに拍手を送り、レストラン街でオランダ料理のレストランに入って食事をとる。

  食事を終えた後、レストランのあるユトレヒト地区地下一階から出ている運河クルーズの発着所に行き、晶があらかじめ予約していた船に乗った。

  晶が予約していたのは、ユトレヒト地区の跳ね橋を通って大村湾に出る水門巡りのコースである。所要時間は約四〇分。

  広い船内、晶と青年が座るテーブルの上に紅茶とチーズケーキのセットが置かれる。

  晶は窓の外を流れる景色を見ながら、ティーカップを口元で傾けた。

 「あの、晶」

 「あ、なに?」

  話しかけてきた青年に、晶は微笑んで小首を傾げる。青年は言いにくそうな様子を見せたが、口を開く。

 「晶、ここに誘ってくれて本当に嬉しいよ。でも、本当は晶がコンクール優勝したお祝いを俺がするべきなのに……」

 「やだ、気にしなくっていいんだってば。だって、あの優勝はあなたのお陰だもの。あなたが私に勇気をくれたから、私は自分の殻を破れたの」

 「そんなことないよ」

 「もう! 男のくせにグダグダ言わない! この遠藤晶さまの好意を素直に受け取りなさい」

  左目をつぶり、右手人差し指を青年に突きつける晶。雑誌のグラビアモデルのポーズのように決まっていた。

 「はいはい。では、晶さまの好意を楽しませていただきます」

  青年もおどけた様子で深々と頭を下げる。

 「それでよろしい!」

  密かな自慢である形の良い両の膨らみを反らして、晶は笑いながら宣言するのだった。

  *

    

  クルージングの後、オランダのベアトリクス女王が住むハウステンボス宮殿を再現したパレスハウステンボスを見て回る二人。

  本国では実現できなかったというバロック式庭園の美しく整えられた植木の間を通り、煉瓦のサイズと数までオランダ本国と同じという宮殿に入る。

  壁画の間の、高さ一九メートルのドームに書かれた壁画は八カ国四〇名の芸術家が4年がかりで完成させた大作である。

 「すごいわ……」

  「反戦・平和」をテーマにした壁画に、見上げたままの姿勢で感嘆の声を漏らす晶。

 「とても気に入ったみたいだね」

 「ええ。絵と音楽の違いはあるけど、私もアーティストの端くれよ。熱意と労力をかけた作品には、素直に敬意を感じてしまうの」

  よく周囲からはプライドが高く、驕慢気味とさえ思われる晶だが、青年の前では素直に自分の想いをうち明ける。

  今のような言葉も、青年以外にはあまりにも照れくさくて言えなかっただろう、と晶は思った。

  そんな内心の声を見抜いてるかのように優しい眼差しを向ける青年に、晶は照れ隠しに時計を見る。

 「もうこんな時間になるのね。じゃあ、そろそろホテルに向かいましょうか」

 「そうだね」

  青年と晶は腕を組んで、宮殿への出口へと向かうのだった。

 

  後編に続く

 


解説

 遠藤晶の担当の六藍です。

 相変わらずの遅筆ぶり(苦笑)で、前後編となりました。

 お嬢様の遠藤晶にふさわしく、ハイソな雰囲気でのHを目指してみました。舞台が長崎らしく、ということで場所はハウステンボス。ちょっと格好つけすぎでしたでしょうか。 前編はHがまったくなしですが、後半ではもちろんH入れます。ホテルの一室でのHという、ある意味で王道です。お楽しみに。

 


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