行きたい所は決まりました。

六月某日――。


雨の日の室内はじっとりとした湿度に執拗に包まれており、濡れた肌を鬱陶しく思う。笹塚は、曇り窓の向こうの悪天候が目障りで仕方がない。

びしょ濡れの大きな黒猫がその側に立ち、指で窓に絵を描いている。跡が残るからやめろ、と笹塚は警告するのだが、男はやめる気配を全く見せない。
この土砂降りの中に耳を落としてきたか、と疑う。ついた溜息は、また湿度を上げる協力をした。

特にやる事のない休日だ。だが、無駄に消化しているだけになっている。しかし“無駄に”過ごす事というのは、一つの休息なのだろうと笹塚は思う。
もし家庭を持っていたら、休みは外出を強請られるのだろうか、と想像。くだらないうえに自虐だと気づいてうんざり。


「早乙女は結婚の予定は無いの?」


馬鹿らしい質問だ、と言ってから笹塚は後悔した。分かりきっている答えを求めるだなんて、可笑しい。だが、会話を繋げるための一つと思う事に決めた。
やかんが鳴いている。インスタントコーヒーが飲みたいと喚かれ、仕方なく作っているのだ。熱を孕んだ黒い持ち手を掴み、2つのカップに熱湯を注ぐ。ファンフアンと透明が飛び出して茶色に濁る。


「日本で結婚したい女なんて居ねぇな。一生独身だ。」


窓に「笹塚衛士31歳・独身」と書かれた。独身、の後にハートマークを添えられる。
早乙女は暫し思案の表情を見せたかと思うと、なぁ笹塚、と呼びかけた。笹塚はブラックコーヒーをテーブルに置くと、自分はソファーに腰掛けて


「イタリアって良いよな。ワインにパスタに芸術。ピサ、フィレンツェ、シエナ。行きたくね?」
「まぁ、そのうち。ていうかいきなり何?」


急な話題に笹塚が顔をしかめると、それとは対照的に早乙女はにこりと(それはまぁなんと美しく!)笑って笹塚の方へ体を向けた。のそりと立ち上がった長身。黒猫ではなく、黒豹か。


「しかもイタリアのトスカーナ州はな、同性結婚が認められている所の一つだぜ。」


じっ、と柔らかな笑みのまま、早乙女は笹塚の目を見つめる。あまりにも不慣れなその形だが、笹塚は気にもとめず、ぱちぱちと瞬き。投げられた台詞を理解するのに時間を要する。
漸く“は?”という返事が返せたのは、コーヒーが生温くなった頃。
早乙女は目を細めた。


「――イタリア、行きませんか?」








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「曖昧屋アポトーシス」の夏月ちゃんからいただきました!
見た瞬間の衝撃っぷりったら!!お祝儀袋には3万でいいですか(リアルな数字!)
こんな甘い2人は806の想像を軽く超えていきました・・・!
ええ年こいてはしゃがせていただきました!本当にありがとうございました!




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