社長が死んだ。悲しんでる時間もなく、社長の痕跡を消さなければならない。 社長でも裏の人間、しかもあきらかに他殺。初めから産まれてすらいない人間となるのだ早乙女國春は。 昔アニメで見た主人公の兄のように、本の一ページを燃やすだけで皆の記憶以外、抹消されたらどんなに楽か。 別の奴ならそう思っていたがあの社長だ。逆に社長の一ページを痕跡を辿りながらゆっくり燃やしていけたらと、 そう思っていたのに。



「………なんでねぇんだ」


驚くことに社長の何もかもがない。家の住所から住民票、車、愛用していた煙草まで。 社長の財布に入っていた免許証が頼みの綱だったが住所は更地を指していた。 鷲尾さんも速水も社長と繋がりのあった上の奴でさえ社長の家を知らなかった。 携帯電話も見たが社長の私生活を覗ける人物はいそうにない(俺らと上の奴らと同業者ぐらいしか登録されていなかった)。 あまりにも社長の情報の少なさに愕然とした。誰しもが社長の事を知らなすぎる。頼れる情報屋に調べてもらったが、 紙上には俺の知った文字しか並んでいなかった。


「くそっ…どうなってんだ…」


社長の情報探しと仕事に追われていた中、あいつらが現れ唯一の社長がいた証である場所が奪われてしまった。
社長が死んでから1ヶ月たった。俺の中には何かが足りなくなった。これをぽっかり穴が空くとでも人は言うんだろう。 社長の財布、携帯電話は棄てれずずっと所持し、たまに眺めている。社長が死んだ、その事実に何度酔いつぶれただろう。 いや、それだけではないのだが。社長も裏の人間だ。俺らとは違いよく上に行っていたため、 いつ何時抗争やら何やらに巻き込まれても確かにおかしくない。だが


「そこまで俺らは信用なかったかよ…」


事実犯人は身内だったわけで。社長の勘定で飯を食わせてもらってる時「お前見てると雛に餌やってる気分だ」 と言われたが、その雛でさえ親鳥のことを全く知らない(教えてもらってない)のだ。社長が酔いつぶれたり、 上の奴に送ってもらった時、俺なんかとヤる時なんかでも社長は免許証の住所(更地)近くのやっすいラブホに行っていた。 ラブホに住んでたっていうのも考えたがいつも違う部屋番号なのを思い出し降り出しに戻った。

せめて、と社長に触れたくて財布をいじるのは日常と課していた。結局何にも出てこないのだが。 今日も今日とて財布の中身を一度出し広げてはため息をつく。

「あんた、どこにいたんだよ…」

空になった財布に知らず知らず自分を重ね何とはなしに振ってみたり揉んでみたりを繰り返す。

「…?」

中身は全部出したはずなのにこの固い感触は何なんだ。まだ何かが入っているのか手探りで広げてみる。

「……!」

見つけた。これがなんなのかわからないが新たに知る社長の一面になる予感はしていた。 札入れのところに切符入れと称した小さなポケットが付いた皮が捲れるようになっているとは! 逸る心とともに急いで何かを取り出した。




「……え…」


そこには全く知らない社長がいた。名義も住所も全て違う。顔写真だけが社長と分かるもので


「…もう一個、別で生きてたのかよ…」


新たに発見された免許証の写真だけが俺と社長を繋いだ。
社長の新たな免許証から割り出した住所でさえもやはりというか更地だった。住民票もなくなってるのかと思いきや、


「死亡届が出てる」
「死亡…届だと?」

情報屋から告げられた言葉にまた降り出しに戻ったと思った。

「出されたのが一週間前、提出者は同居人だとされてる女。だがこの女5ヶ月前に海外で事故死している。 身よりがなかったらしくてな。提出されたのは2ヵ月前。この女の死亡届の提出者が、なんとあの早乙女國春だ。」

「?!…どうなってんだ?」

「どういうわけか知らないが社長さんはよっぽどプライベートを知られたくないらしい。 あらかじめ打ち合わせてあったとしか思えない。女を調べてみたがどう見ても全く関係性はない。 たまたま死んだ奴を見つけ利用したんだろう。社長さんの死亡届は住所も何もかもでたらめだが、 死亡届に記述のあった医者の名前だけははっきりしている。 この世界でもあんまり知られちゃいないがれっきとした藪が使用している偽名の一つだ。 この名前の情報でわかることは、この医者しか今生きてる奴はいないってことだ。」


「……まじかよ…」


「そいつの所に行くのが手っ取り早いと思うぜ。何が待ってるか知らないが。 それ以外の情報はその名前では驚くほど無かった。書類上以外では使用していなかったんだろう。」



そこまで社長は過去を隠し、自分を隠したかったのか。 社長が表だって使用している医者とは違う名前と連絡先を見つめながら足取りは重たく俺が知っていいものか 迷いながらも向かって行った。
古ぼけたアパートの一室、存外強く叩きすぎた。乾いた扉の金属音が響く。 しばらく経ってもう一度叩こうとした瞬間に扉は開けた。


「いらっしゃい」

医者は見た限り老体で世間で言う定年は既にいってそうだと思った。 だがどう見ても医者には見えない。直感でそう思った。

「お宅、誰の紹介で?」
「聞きたいことがあってな。あんたが藪医者の」
「お前誰だ」

医者の手が俺に見えないよう何かを構えたのがわかった。やっぱりただの藪医者じゃなさそうだ。

「…吾代」
「ああ、忍くん、か。早乙女の事かい?」

「…なんで」
「お前は早乙女の何を知りたい?」
「ああ?」
「私が医者に見えるか吾代くん?」


「…いや…見えねぇ。そう聞いてきたんだが」
「…まあ並みの情報屋がわかるわけないか…」
「?どういうことだ?」
「まぁ入りな」


わからないことだらけで頭が全く追いつかない。促されるまま奥へと進む。

「さて、吾代くん。早乙女の何が知りたい?」

「何なら教えてくれんだ?」

「本来なら何も、なんだがこっちにもいろいろ事情があってね」


「…」
「早乙女と私の関係かい?」
「…いや…」

聞いても答えないくせに

「君は聞いてた以上に頭が良さそうだ。何でも聞いてごらんなさい。無理なものは答えないから」

「…じゃあ聞くけどよ。社長はどこで生活してたんだよ?」

「…」

静かすぎる沈黙を隠すように藪医者が動く。ああ答えられないのか。

「…そうかよ」


「ここへ行くがいい」
「…!」


小さな紙切れを渡される。小さく簡易に書かれた地図と住所が書かれてあったが驚くほどに見聞きしたことがない地名だ。 社長は都内でこんなにも無名な場所に住んでいたのか。だが

「ここにはもう社長のものはないんじゃねーのか?」

こんなにも社長は生きた証を消している。社長の形跡などもう消されてしまってるだろう。


「自分の目で見てくるがいい。私も今どうなってるか直接は見てないんでね。」





礼を言って早乙女の弟分は去って行った。その様子を見ながら思うはあの男の更にやつれた様。

「…早乙女とお前は偶然を装って出会された。だからといって依存してはいけないのはお前が一番分かってただろうが…。」

目的は違えど同じ人間を頼ったのだから。つぶやきながら外の世界から目を背けた。
町全体が寂れてる。人通りすらないのは誰も住んでいないからなのか。 廃墟というには新しく、最新というには古すぎる。アパート、マンション、一軒家。 一応住宅街らしい佇まいなのに静かすぎるのは今日という日が終わろうとしている時刻のせいではないだろう。 そんな中に社長の家はあった。教えられた住所がなければ周りと同化してて理解できなかっただろう。 なんてことはない、今のご時世からすると低めの三階立てのマンションだ。 まさかこの部屋番号で社長の家が最上階だとは思いもよらなかった。 オートロックもへったくれもない、開けっ放しの曇ったガラス戸の奥へと進む。 ポストには名前など書いてあるはずもなく、どれも郵便物の様子はない。 階段をコツコツ歩く。その反響した音しか聞こえない。 ここ実は出るんです、と言われたら頭から信じてしまいそうだ。 それほどまでに音がない。蛍光灯の唸る音を聞いたのは久しぶりだった。


辿り着いた扉の前で自分の失態に気付いた。

「……鍵…」

今更あの藪医者のところに戻るのは正直面倒だ。手で回して駄目なら足を使えばいい。自己完結させ、ドアノブを回す。



「…え」


いとも簡単に軋んだ音をたてて扉は開いた。ああ、そうだ。 もう空き部屋となっているからか、と奥を伺うと仕切りの扉の隙間から人の足らしきものが見えた。

「…?!」


靴を脱ぎ捨て、奥へと急ぐ。仕切りまでたどり着いた時 羽毛布団の上に開けっ放しの段ボールを抱え色素の薄い死体が横たわっていた。


「…まさかこの処理をやらせよぉってか…」


実に面倒だ。だが自分の性格では放っておけるはずがない。 それにしてもこの男、死体のくせにやけに綺麗だ。日数もそんなに経ってはいまい。 経ってるとすればヒ素中毒かなんかだろう。 ここからどう運び、どこで処理するか頭で考えていると小さな小さな音が聞こえた。


「…っ」



死体だと思っていた男が見せた目は男と同じで色がなかった。
部屋には恐ろしいぐらい何もなかった。家具も日用品も何もかも。


「……………誰?」

死体だと思ってた男はまだ覚醒しきってないらしく、何とか体を起こしたものの、けだるそうに声を発した。


「てめーこそ誰なんだよ。ここは社長の家なんだろ。」

「…社長…?…あぁ…君が速水くん…?」
「ちげーよ」
「…あーじゃあなんだっけ…」
「吾代だ!吾代!」


「…君が吾代?」

ようやく男が相手の顔をまっすぐ見た。

「あ、ほんとだね…」
「?俺の顔見たことあんのかよ?」
「いや、聞いてた通りだなって」
「…どう聞いてたんだよ?」


「……早乙女が言ってたことだからな」
「なんだよそのワンクッション」


「目つきの悪い、口ピで、バカが内側からにじみ出てるのが吾代」
「ああ?!なんだとてめー!!」
「だから早乙女が言ってたんだって」
「てめーもそうだと思ったんだろーが!同罪だ同罪!!」
「まぁ、否定しないけど」
「しろやてめー!!」


言葉遊びのような押し問答が続く。それを終わらせたのは色素の薄い男だった。


「…まあ、あんたらの話をするのが好きだったよ」

「…そう…なのか?」

「ようやく手に入れた場所だったんじゃない?」


「…あんた…一体」


「…俺は君らほど早乙女を知らないよ…」


男が目を反らした先には、封をしてない段ボールがあった。 思わず覗きこむと、ガラクタのように日用品が散らばっていた。 歯ブラシ、ひげ剃り、タオル…何てことないものだがきっと社長が使用してたんだろう。死ぬ直前まで。


「てめー何者だ…」



「…俺は死後処理を頼まれたんだよ…」


何かわかったようで、何もわかってない。社長のことも、この男のことも。 誰に?と聞こうとした時、男の体が羽毛布団に沈んだ。


「おいっ…」

「…あんた、明日なんかある?」

「…いや、ねーけど…」

「…なら、寝るわ。あんたも寝たら?」

「おいっちょっ待て!」

男に首を掴まれ、布団に体が沈みこまされる。男の手の異常な冷たさに驚きを隠せなかった。 それは男も一緒だったようで。


「…あんた、体温高いね」

「てめーが低すぎるんだよ!」

「…そうかもな…」


男の瞼が閉じていく。


「おいっ寝んなっ!!」

「…明日に…なれば少しは教えてやるよ…」


―――俺達に夜は遠すぎるから


小さく呟いた一言が社長を指しているのはなんとなくわかった。 社長は夜に吸い込まれていきそうだったから。亡き今、本当に夜になってしまったのだろうか。


男はまた死体のように眠りだした。段ボールの中にあったバスタオルを掛け布団代わりに被せる。

その初めて出会った見知らぬ男の横で深い眠りに誘われ、おちた。
目が覚めると横の男はまだ死体のままだった。この男は体温が低い。 そんな男の耳たぶはどれほどのものか思いつきでつまむ。

「…」

自分の指先が芯から冷えた。さぞかし火傷した時は便利なんだろう。 そんな浅い考えをしていると身じろぐ衣擦れの音が聞こえた。


男の目がぼんやりしたままさまよいこちらを捕らえた。

「…あれ……あんた…?」

長い沈黙の後、納得したように男は「ああ」とつぶやいた。

「早乙女んとこの…、……で、どしたの」

「社長のこと調べてやっとここまで来たんだよ。ここ、社長の家なんだろ?」

「……そうなるね」

「…社長が、社長のことなんでここまで隠したかわか「あ、煙草持ってる?」


「……後で返せよ」


男のペースに巻き込まれる。社長に巻き込まれるのとは違う、居心地の悪さを感じた。

「俺もあんたに聞きだいことがあんだけど」

与えた煙草に火をつけながら思いついたように話す。

「…なんだよ」
「あいつ…今何処で眠ってる?」


「………」
「……言えない…か…」

男の言葉とともに煙が吐かれた。言えないというよりは言いたくない。 社長の死すら外から隠したのに、墓の場所を部外者になぜ教えなければならないのだ。 上の奴らに社長を蔑ろにされたくない、いじられたくない、汚されたくもない。 そんな独占欲にも似た思いをして社長の下にいた人間(少なくとも自身)は社長を誰からも見えなくしたのだ。なのに。


「……なぜ言わなきゃならねぇ」







「……じゃあ、あんたの質問に3つ。いや2つだけ答えよう。その情報交換なら」



「…教えてくれるかい?」

早乙女が眠る場所を
「2つ…だと?」

「…そう、俺の知ってることで良いなら」

思わずおもいっきりばつが悪い顔をする。


「…少ねぇ。てめぇ喧嘩売ってんのか?」

「あんたに売るほど暇じゃない。ならいくつならいい?」


「…いくつ積まれても教えたかねぇな…」



「……そうか…

…ならいい。あんたに用はないから。」

「…!てめぇ…」

「これだけ捨ててくんない?」

「…!」


社長の物が入った段ボールに目線が誘導される。中で物は散乱し、ガラクタ感が一層増している。


「…じゃあこれで」

「おいっコラてめぇどういうつもりだ!」

「…なにが」

何事もないかのように表情を崩さない男に音を立ててキレた。

「これは社長のもんなんだろうが!何が捨てるだ!社長の使ってたもんを何簡単に捨てようとしやがって!!」

「それは早乙女自身から捨ててくれと頼まれてる」

「…!」


男の胸ぐらをつかんでいる手が震えた。


「…だから」



「んなこと…できっかよ…」



沈黙の空間が続く中、悲しくなってきた。社長を必要としていたのは自分ばかりで。 本当に社長は自分をバカな野郎としか思ってなかった気がしてきた。シンとした中、男の言葉で空気が震えた。


「…悪かった」


「…あ?」

「……捨てれないんだ」


「……」


「…この部屋も布団もその箱も」


「なに一つ捨てられない」



これを捨てるために早乙女と男は偶然会ったのだと言葉が吐き出される。煙草はどんどん短くなる。



ああ、もしかして似てるのか。社長の影を追う自分達は。


「……チッ」

その舌打ちは誰に向けたものなのか。


「……行くぞてめぇ」

「…」

「面拝みにいくぞ」
男の車で移動する。だが持ち主は助手席に座っていた。男は目を閉じ続けながら話をしてくる。


「…あの家の場所、どうやってわかった?」

「藪医者に聞いた」


「……そうか」


藪医者と答えただけで男にも伝わったようだ。

「あの野郎何者だ?こっちが話しかけたら獲物構えやがったぞ」


「……知らない方がいい…」

「ああ?」

「あえていうなら影だ」

「……」

まったくもって不可解だ。どんどんわかってるはずなのにどんどん深みにはまっていく。 影とはなんだ。影ならなんだというんだ。男に聞こうとしたところで男に遮られた。

「他には?」


「……………


社長は




なんでこんなに隠したんだ…?」


何重にも重ねられて隠された社長の形跡。しかも社長自身の手によって隠されている。 そして最後まで消せなかった物の削除をこの男に託した…らしい。 そこまでして自分達から遠ざけた社長を不思議に思うのは当然だろう。


「……早乙女が上と繋がってたのは?」

「知ってる」


「……早乙女自身を探ると上の情報が出てきてしまう。それを知れば死体が出るだろ。それと」

「…」

信号が止まれと合図する。こんな朝早くに人影があるはずないが念のためスピードを落としていく。


「早乙女自身は自分が死ぬのを知ってた」
「!」

「どうしてだがわかんないけど」


「……まじかよ」


「じゃなきゃ俺と出会ったりしない」


する必要がない。


音として響かなかった声を聞き取ってしまった。男の声色は変わらない。 何を見ようとしてるのか目はいまだに閉じたまま。


「…もう着いたの?」

車が止まったことに男は反応する。サイドブレーキの音は鳴ってないのに。話を代えたかったのだろう。 その時にはもう落ち着いたトーンにしてはよく喋る男に違和感を覚えていた。


「……いや、信号だ…」

「……そ」


「…なぁ、あんたが上?下?」



「……それ聞いてどうすんの」


「いや、なんとなく。」

男は溜め息を一つこぼして。


「………ほとんど下」

吐き出した。

やはりこの男と社長はそういう関係にあったのだ。再び車が動き出す。

まだ、男の目は開かない。

「お前、眠てぇのかよ…」




「…いや、

早乙女に会うのはこれで最後だから。」


男の声色が少し震えた気がした。
「帰ってきちまった」

と口の端を持ち上げ部屋に戻って来た奴に擽られたようなむずがゆい感情を覚えている。 短かったが確かにその時間は存在した。いつか来る終わりを待ちながら。







目を閉じたまま男は何か思い出しているようだった。朝方の褪せた空気の中で車が止まる。


「着いたぞ。降りろ。」

男はようやく目を開いた。辺りを見渡し無言で車から地面へと降りる。広葉樹が広がる山の中、


「……」

男は何も言わず息を吸った。

「ほらさっさとしやがれ。こっから歩きなんだからよ。」


男を背に歩きだした時、小さく、小さく、良かったと聞こえた。 男は道を覚えさせないために自ら見えないようにしていたとのだと。ならここは知らなかったのだろう。きっと。



ガサカサと土を踏みしめながら獣道のような、あってない道を歩いていく。 いつのまに持ってきてたのか男が抱えたガラクタ入りの箱が足音にあわせてガチャガチャ鳴る。 男の革靴が少しずつ汚れていく様に気付くが言った所でどうとなるものでもない。なるものでないのに。


「…靴汚れてんぞ」

「別にいい」

「……そうかよ」


言ってしまうのは己の性なのだろうか。


「意外と気ぃ使いーなんだな、あんた」

「…何言ってんだてめぇ」

「あんたのも汚れてる」

己よりも他人を優先してた事実を指摘された、舌打ちする。

「……ぬかるんでなかったらいいんだよ」


「……そうだな」



この男は不思議だ。なぜかこっちが会話を終わらせれば負けな気がする。 勝ちも負けも何もないのに。無理やりに言葉を紡ぎ、ここ最近の天候のようなくだらない話を振る。 だが向こうもそんな気がしてたのか必ず少ない返答をしてくる。


……イライラしてきた。

「その箱どうすんだよ」

「……………
  ……なんとなく」

「……なんだよそれ」

「…そうだな……」


男が濁した言葉のまま声が無くなった。 話が続くのか終わったのかわからない言い方で言葉が途切れたため、こちらから話をする気が失せてしまった。


……今回だけは負けてやる。


そう思えたのは社長の間近まで来たからだ。と思いたい。


「…………ここだ」



周りの木々によって光を得られず枯れるしかなかったのだろう、一本のカラカラに乾いた皮膚の木が目印。 さらに詳しく言うならその木の幹についた裂けたような傷の先にある地面。そうだ社長はやっぱり生きていた。 そうでなければ社長をココに埋めるはずがないのだから。



男は手にしてたものを放した



地面にぶつかった反動でガラクタが少し舞った。
乾いた空気の色とは反対に、じめっとしたものが腕を這う。

雨が降るのか。


男は何も変えなかった。表情も空気も指先も。地面をただ見つめ続けることに徹していた。

「…どうやって埋めたんだ…?」

「………
 ……燃やして砕いた」

「……」


社長の骨を出来るだけ小さくなるよう砕いた。皆が皆、涙か鼻水かわからないぐらい顔をぐちゃぐちゃにしていたと思う。 狂気ともいえる光景の中社長の骨を金槌で砕き続けた。


「……そうか」

「土に直接埋めたからもう集められねえだろうよ」

もし社長の遺体が発見されてしまったら、社長が誰かに触られてしまう。誰かに奪われてしまう。誰かに。 そんなの考えたくもない。だから見つかっても人の骨だとわからないよう皆で粉々にしたのだ。 鷲尾さんには証拠隠滅として利用されてしまったけれど。


「………一つ教えてやる」

「?」

「早乙女の事務所はずっとあの場所だった、不思議に思わないか?」

「………いや」


「同じ場所に居続けることで尻尾を掴まれやすくなる。なのに早乙女はあの場所にいれた。」


確かに何だってした俺達はあの場所を知られ調べればすぐに捕まる。上が運営するビルだ。 上も関連性を疑われたらたまったもんじゃない(はずだ)。そんな中、上からの圧力もなく居続けるのは難しいだろう。


「……なんで」


「……早乙女はあの場所で生き続けるためには何だってしたんだと思う」

社長は何をしたのだ。社長は確かにあの事務所を特別だと言ったことがあった。 社長は何日も家に帰らずあの中に居続けたこともあった。鍵も社長しか持ってなかった。 何に代えてもあの場所に思い入れがあったのだろうか。

「…きっとあんたらがいたからだろうね…」


「なんで…んなこと」

教えてくれんだよ、と続く言葉は遮られた。



「…小さなお返しだ」


早乙女は君らにこの事実を知られたくなかっただろうから。
男は小さな復讐心のようなもので社長が語りたがらないものを話したのだ。 社長にとってあの事務所は紛れもなく特別で大事なものだったと。そこに居た自分達も。 そのために何を犠牲としたのか。社長が差し出したのは情報か、それとも。 頭の片隅ではわかってるかもしれないが認めたくはなかった。



ザクザクという音が響く。気付けば男はガラクタの中のコップで社長を埋めた近くの土を掘っていた。


「…何してやがる」

「………」


男は語らず黙々と掘り続けた。ある程度掘ったところで男は段ボールの中のガラクタを乱暴に流し入れた。


「……!おいっ!!」

とっさに男の腕を掴みぐんと引っ張った。反動で男の顔がこちらを向く。やはり男の顔は変わらない。

「あんたはもう早乙女の遺品を持っている。これ以上持ってても仕方がないだろう?」

「なっ…!」


確かに社長が使用していた財布と携帯は持っている。だがそれらを捨てるのは社長が生きてた証を捨てるのと同じことだ。 できれば一つでも多く残しておきたい。無意識に腕に込める力が強くなる。




「…………頼むから」

棄てさせてくれ。




その声を聞いた時男の腕を放してしまった。 男は動かなかったが、しばらくしてガラクタに向き合い、それに手で土をかけだした。 だんだんと見えなくなる。なぜその時手を放したのかわからないまま、ガラクタは埋めたてられた。 社長を埋めた時と同じような痛みが胸を走る。ああ、やはりもう会えないのだ。


男がいつの間にどこから出してきたのかわからないが手に人形を持っていた。 全く知らない戦隊モノの黒い人形。きっと昔の古い代物だろう。 黒レンジャーなど見たことがないからかもしれないが。男は何を思ったのかガラクタを埋めたところの上にぶっさした。


男はなおも作業を続けていく。 男は立ち上がり自分の内ポケットから煙草を出し火をつけ一口吸った。 ラスト一本だったようでパッケージはくしゃくしゃに握られ男の内ポケットに戻っていった。


「てめぇ煙草持ってんじゃねーか」

「あんた、これとは違う匂いがしたから」


男が吸った煙草を差し出される。一口吸って男に返した。 …そうだ、これは社長が吸ってたのと同じ銘柄だ。 男は立てたヒーローの横に吸い口が下になるよう、簡単に言えば線香のように立てた。 堂々としたポーズで立つ人形と煙を見ながら男はつぶやいた。


「……あんたの言う通りヒーローなんか、いなかったよ」


その言葉は土に消えた。
男は背中を向けて歩き出す。秒針のように正確なリズムで踏み出され草木とかすれる。 その男から目を背け社長が眠る場所を見つめながら自分は

「…じゃーな社長」

別れの音を出した。



それから男を社長の家まで送った。男はやはり目を閉じていた。

それから男に小さく礼を言われて別れた。それだけであの後一度も会うことはなかった。




巡り巡ってなぜか自分は変はおっさんの会社にいた。様々な情報が行き交いそれが金となる会社だ。


ある日、情報が入った。早乙女金融の上にあたる組のトップが、抗争中の組の下っ端に刺殺される事件が起こった。 それは往来で行われたためテレビでも流された。だが一週間後、抗争中であった相手組のトップが静かに殺された。 前の事件で殺したはずの組長の目の前で。一週間前の事件で殺されたのは実は組長ではなく幹部だったのだ。 自分のところにもそのような情報として入ってきた。


その情報を手にした時、久しぶりに男の顔と言葉を思い出した。そして気付いた。 今、組長として生きてるのはきっとあの藪医者だと。男は奴を影だと言った。影は実体がなければ出来ない。なら実体がなくなれば?
―――影が実体となればいい。
さぞかし相手組は驚いたことだろう。殺したものが生きていたのだから。

まぁあくまで直感的なものだかなぜか自分の中で納得がいった。そしてそれが間違いではないとも。


その情報が入ったすぐ後だった。男ともう一度会ったのは。状況はあんまり良くないものだったが。 男は刑事だと、名を笹塚だと。その時初めて男の名を知った。 ここは初対面だと探偵と助手には思わせた方が良いと判断したのは笹塚もだったようでやけに絡んでくる。 そうして言い合いのような話しをしながらふと気付く。


匂いが違う。


笹塚は煙草を変えたようで社長と同じ銘柄は今は吸っていないようだ。 そうだ。あの時から時間は確実に進んでいる。 男の足取りのように。自分の中に何か足りないと感じた喪失感も今はない。 あの時社長が眠る場所でやっと社長の死を受け入れることができたと思う。 笹塚も何かしら受け入れられたのだろう。結果的に社長の物を捨てられた。 それにより笹塚と社長の約束は守られた。それで良かったのだ。 社長は確実に生きていた。自分としてはそれだけで充分だ。あまり未練はない。社長に感謝は言いそびれたが。


以前とは逆に自分が背を向け車で走り出す。オンボロの車が左右に揺れる。 それさえもまた秒針のように正確なリズムで進んでいく。また時間が過ぎていく。


どこからか社長の煙草の匂いがした。



男と社長に会いに行った時以来、そこには行っていない。





今もあそこに立ち続けているのだろうか。墓標代わりの偽物のヒーローは。






長々とお付き合いくださりありがとうございます。このお題を見たときに妄想が痛いぐらいに広がりまして 描き切りたい欲を満たすためにこっそり携帯からあらすじのような気軽さで打ち込んでおりました。 絵や漫画以上に不慣れな小説もどきを書くのは意外と大変で知識の浅さ、痛さがそこかしこに堂々と出てしまっていると思います。 かわいそうに、そこまで國笹國好きかと思っていただければと、はい好きです。続編もどきも書いてますのでよろしければそちらも 覗いていただけると嬉しく思います。もちろんめちゃくちゃ暇で何もすることがない時を狙っていただけると嬉しいです。最後まで 読んでいただき誠にありがとうございます。何ページかに分けた方が良かったかもとは思っています。 2009/05/31完結






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