世界はいつもちいさな箱のなかだった。 与えられたものだけで暮らし、そこには自由というものはない。 権力という鎖が玉座という椅子にがんじがらめにとらえて、指一本すら自由になれない。 箱に入り込んでくる人々の眼はみな濁りきっているように見える。 権力だとか名誉を渇望して汚れきった眼。そんな眼をみるのはたまらなく嫌だった。 けれど小さな匣には時々光が差す。清らかでうつくしい光が。 「皇甫嵩よ、面をあげなさい」 そう言われ、彼はゆっくりと顔をあげる。 精悍で綺麗な顔立ちだ。この美しい顔には澄んだ碧い瞳があった。 彼の顔を見るたびに淀んだ空気がふ、と無くなるような気がする。 「皇甫嵩」 「はい」 「少し話がしたい」 侍従に命じ、周りのものどもを室から退出させる。 侍従にも退出するよう指示し、部屋にはふたりだけが残された。 「ここへ」 玉座のそばへ来るよう命ずると、彼の顔にわずかに戸惑ったような表情が浮かんだ。 軽く笑みが浮かぶ。もう何度もこうしてふたりでいるのに、まだ彼は慣れないのか、と思う。 「義真、ためらうことはない」 「ですが」 「いいから、はやく」 つい、と彼は立ち上がりゆっくりと歩み寄ってくる。 背の大きい彼は自らのそばへ来ると膝をつき一礼した。 こうでもしないと彼が見下ろすような形になってしまう、と思った彼の配慮であり、さらに彼と同じ視線で会話したいという自身の願いでもあった。 「お久しぶりです、劉協様」 「ああ」 近くでその顔をみるとなぜか嬉しくなり、おもわず破顔する。 それを見た彼は硬い表情をほころばせた。 「長い間苦労をかけた」 「いいえ、天子さまのためなら」 「疲れているところをすまない」 口ではずっと言葉を紡いでいるけれど、眼はずっと彼の碧いそれを見ていた。 さまざまな青をかきまぜてひとつにしたような碧。 それはまるで大河の青のようにもみえ、陶磁器に塗られたあざやかな青のようにも見える。 けれど、その眼は空なのだ。ちいさな箱の中の、ちいさな空。 穢い汚れた感情はその眼に感じられない。ただそこにはあざやかな光を含んだ青い青い空が広がっている。 「…どうかいたしましたか?」 黙して何も言わずに彼の眼を見続けていたら、心配そうに彼は訊いてくる。 「義真の眼は、わたしの空だ」 思わず口から飛び出した言葉に、彼は少し驚いたように眼を開いた。 先程とは違うような眼の揺れ。 「わたしはちいさな箱のなかで空が見えない、けれど義真の碧い眼はわたしには空に見える」 強い意志を宿した碧い眼。その光はどんな宝石でもかなわぬ美しさを持っている。 けれどこのちいさな箱の中に閉じ込めたくはない。彼は箱の外にいるから、輝けるのだ。