彼の腕と顔に入った刺青が好きだった。 この国では入れ墨はあまりよい顔で見られない。実際関興も入れ墨によい印象を持っていなかった。 彼が刺青を入れているのを知るまでは。 自らの浅黒く日にやけた肌とは違い白くてしなやかな腕に龍がのぼっていく。 まるで彼がその龍になるのを暗示しているかのように。 だから関興も刺青を入れようと思った。 彼に刺青を施した彫り師はすぐ見つかった。 「お兄さん、どのような柄にするので?」 「…こっちの腕に、こうやって、龍が昇っていくような感じの柄にしたい」 「ああ、こないだ来た、あんたと同い年くれえのお兄さんもおんなじことを言ってましたよ。でもあんたとは逆の腕にしましたがね」 彫り師はすぐに作業に取り掛かってくれた。 痛み止めのような薬はなく針を刺すごとに痛みが何度も何度も走った。 けれど彼と同じ刺青ができる。それだけで関興は嬉しかった。 「腫れるからこれを飲んで、これを一日一回塗ってから包帯を巻くんだよ」 「ありがとう」 彫り師は親切にも軟膏と粉薬をくれた。 包帯をぐるぐる巻きにした腕はいまだずきりと痛む。 けれどこのくらいの痛みは、戦場で受けた傷や父にしごかれ尽くしたあとの疲れに比べたらたいしたことはない。 父やきょうだいたちに知られたら少し面倒な事態になるのでこのことがばれないようにいつも通りに振る舞うことにした。 「関興」 ふと呼ばれた声に振り向けば、彼がにやにやとゆるみきった笑みを浮かべていた。 「んだよ張苞」 「おめーにいいもん見せてやる」 「なんだよいいもんって…あっ!」 張苞が背中に隠していた手を前に持ってくるとそこにはやや大きめな瓢箪。 関興はその中に入っているものがすぐに分かった。 「親父にバレたらやばいな」 「でも酒飲むの久々だぜ?」 「そうだな」 「なー飲もうぜ、関興!」 「…おう、久々に飲むとするか!」 進路を変えて自らの部屋でなく彼の部屋へ行く。 彼の部屋の戸をあければ同じような瓢箪がもう二、三個ころがっていた。 「こんなにどうしたんだよ」 「へへ、実は酒の隠し場所を偶然みつけてよ」 「おまえ、あんまり取りすぎるなよ?一気に減ったらバレるだろ」 そう張苞を諌めつつも関興は早速ふたを開けて小さな器にとくとくと酒を注ぎ込む。 無言で張苞が差し出した器にもなみなみと酒を注ぐ。 「つまみが欲しいな」 「ま、今日はなしで。今度なんか調達しようぜ」 「おう。乾杯」 「乾杯!」 かつん、と小さな音をたてて陶器の器と器がふれあう。ゆらりと水面が揺れる。 ぐい、と同時にそれを煽り同時に息を吐いた。 「くはー!美味い!」 「ひっさびさだなあ!」 お互いに顔を突き合わせてにやっ、と笑みを浮かべる。 そして酒を飲みながら他愛の無い話をする。妹のことだとか、戦いのことだとか。 けれど関興はちらりと見える彼の刺青が気になって仕様がなかった。 図柄が浮かび上がってくるまで張苞にも内緒にしておくつもりだったのだが、決心が揺らぐ。 「…なあ、張苞」 「ん?」 「お前さ、どうして刺青入れたんだ」 気持ちを紛らわすためにそう問うてみる。 「あー、腕の?」 「そう」 「これか、そうだな、まず俺の決意みたいなのがひとつ。もう一つはまあ…見た目が綺麗だからかな」 「決意?」 「おう、親父を超えてやるっていう決意な」 張苞はどこか彼の父親に対し敵愾心を燃やしているところがあった。 燕人と呼ばれる父の存在はとても大きいものだ。 確かに武神と称される父の存在は時に関興の圧力になる。けれど長男である張苞にはなおさら重圧がのしかかるのだろう。 「俺は頭が良くないからな。忘れないために」 「…そうか」 「まぁ親父と母さんに死ぬほど説教されたけどな」 関興はおぼろげに着物の前をはだけて自らの包帯が巻かれた腕を晒した。 それを見た張苞はあっけに取られた顔をする。 「おいお前、ケガしてんなら…」 「ケガじゃない」 頭を振ると彼はその包帯の下に各されたものが何かわかったようだった。 張苞の顔が少しひきつって、少し歪む。 「お前もか」 「おう」 「何で刺青なんか入れたんだよバカ野郎」 「バカはねえだろ」 ぺち、と張苞の白い手が関興の額を軽く叩く。 ほろ酔っている今はさすがに殴りかかってはこない。 「もっと自分の身体を大事にしろよバカ」 「お前に言われたかねえ」 「じゃあなんで刺青なんか入れたんだよ」 はあ、と彼はため息をついた。 若干酒臭いのは気にしないでおく。 「……お前に憧れたから、じゃだめなのかよ」 「あ?」 「その、…お前のその刺青に憧れたから」 そう言ってみれば、彼の顔がみるみる笑顔に変わっていく。 ははは、と大きな声で張苞は笑ってがしり、と関興の肩に腕を回した。 「可愛いところあるじゃねえか、バカ野郎!」 「なんだと!つーかさっきからバカバカうるせえんだよ」 関興もそういいつつばしばしと張苞の背中を叩く。 酒に酔うとろくなことをしないものだ、と思いながらも止められない。 なんとなく、彼との距離がまた一歩縮まった気がして関興は嬉しかった。 ----- ほんとは張苞の刺青は蛇なんだけど、仕方ないね