掛け布団の上に置かれた手はかつてのそれと違って骨が浮き出て細い。 ついこの間まで剣を握って戦場で馬を駆っていたとは思えぬくらい痛々しい。 「…食べます?」 「ああ」 もう片方の手で持っていた書簡を膝の上に置き、公瑾は傍らに座った人の手から水蜜を受け取った。 ざらつく皮に歯で穴をあけ、薄赤い皮を剥き甘い果肉にむしゃぶりつく。冷たくて甘い液体が喉を潤す。 冷え切った水蜜は慈雨のごとく熱をもった身体に染み渡る。 「美味しいですか」 「…うむ、とても。すまないな、わざわざ」 「早く食べないと腐ってしまいますからね、こういうのは」 子瑜は公瑾の果汁で濡れそぼった手に懐紙を数枚手渡す。 ふと触れた指先から熱が伝わる。ずいぶんと平熱より高いようだ。 「…まだ熱があるのですね」 「これでも昨日よりかは大分良いんだ。昨日は起き上がれなかったからな」 ふ、と公瑾は苦笑してふたたび書簡を開く。 それを数瞬ほどぼんやりと眺めて、ふと思い出したように子瑜は立ち上がる。 「そろそろお暇します。まだ仕事が残っているので」 すっと立ち上がった子瑜の顔をじっと公瑾は見つめた。 光をすかせば青にも見えるその眼は未だに燃えていた。最期の輝きなのかもしれないが。 「おい、諸葛瑾」 「はい?」 視線を遮るかのように背中を向けた子瑜に公瑾は声をかける。 「あんまり泣くんじゃないぞ、そんなに腫れぼったい目をしてればいやでも分かる」 思わず振り向いて彼の顔を見れば頬がわずかにこけた顔がにやり、と笑みを浮かべていた。 少女のように頬が紅く染まる。その様をみて公瑾はさらに声をあげて笑う。 「…失礼します」 ちいさく呟いて子瑜は逃げるように部屋を出た。 部屋の戸を閉めると彼の声はもう聞こえない。 「…あなたという人も、とても残酷な人だ」 誰も彼もがみな自分を置いて逃げていく。子瑜はそんな疑念にとらわれていた。 親もきょうだいもそして自分を愛した人も。 皆が皆、自らの手をすり抜けてそして消えて行くのだ。 子瑜は深く息を吐いて静かに涙を落とした。 彼に春がくることは、もうないだろう。 氷結した彼の心を溶かせる人はもう遠くへ行ってしまうのだから。