「三郎、真面目な話なんだ。僕のお願い聞いてくれるかい?」
熱く抱き合いお互いの存在を確認しあった後、その熱を冷ましていた雷蔵が真剣な眼差しを三郎に向けた。
普段から多くを望まない雷蔵の願い事を三郎は是非とも聞いてやりたい。
愛しい者の望みごとならば可愛い限りである。
三郎が優しく微笑むと、雷蔵は申し訳なさそうな顔で俯き加減に小さく呟いた。
「何だ。欲しいものでもあるのか?お前が望むなら国でも一つ獲ってやるぞ。」
「そんな大袈裟な。僕のお願いって言うのは・・・・その、一度だけ浮気を許して欲しいんだ。」
その途端である。
今まで幼子を慈しむ母親のように暖かだった眼差しが一転、蛙を睨みつける蛇のごとき目に変わった。
雷蔵も予想はしていた。
三郎という男はその気になれば国盗りも出来るだろう。それだけの才能が有るのだ。
にも関わらず興味のないことには一切関心を持たないくせに、雷蔵の事となると自分の命を差し置いて最優先する。
いつだったか仕事先で敵の忍集団に追われた際に雷蔵が背を刀で切りつけられた。傷は浅く命に別状は無いと見た目で判断できる程度のものだったのだが、逆上し反撃に出た三郎にその忍集団は壊滅させられた。
それ程までに雷蔵に執着する三郎が浮気を承認するなどとは到底思えない。
しかし雷蔵も引かなかった。
「三郎、よく考えてよ。僕は今年で二十歳になるんだよ、でも、でもね・・・まだ童貞なんだよ。その・・・・どんなものかって知らないんだ、男として知りたいと思うのは当然だろう。君はちょくちょく女の人を引っ掛けてるけど、僕はそんな経験は無いんだよ。だから、ねぇ・・・三郎・・・・。」
三郎は少し安堵する。
よもや雷蔵が他の男に抱かれたいと言い出すのかと思ったが、女を抱いてみたいと言うのならば納得できる。雷蔵とて健康な若い男、女を組み敷き鳴かせて見たいと思うのも当然であろう。
しかし三郎には懸念が残る。
もし雷蔵が女の味を覚えて、女の方が良いと言ったらどうする。抱かれるよりも抱く事を望み、自分を拒絶したら自分はその先どう生きていけばいいのか。怒り逆上して雷蔵を殺してしまうかも知れない。そうなったら勿論、自分だって生きては居ないだろう。
三郎は暫し思案して提案を出した。
「雷蔵は絶対に女を抱きたいのか。女がいいのか。」
「だって廓には女の人しか居ないだろう。」
「女じゃなくても良いか。」
「男ぉ?んん〜、三郎がそういうお店を教えてくれるのなら男でも構わないかなぁ・・・。でも自分よりゴツイのはやだな。」
「俺を抱いてみないか?」
「そうだねぇ、三郎なら安心して・・・・ぇええっ!?」
雷蔵は大いに驚き跳ね起きた。
「君を、僕が・・・・・抱く!?」
「嫌か。」
そう言うと三郎は雷蔵の顔のまま綺麗に微笑む。その目は男を誘う眼差しだった。
自分の体の上に圧し掛かり体の中心を好き勝手にさせている相手だとしても、元々惚れた人間だ。
下から覗き込まれ色香漂う眼で見つめられて手をさし伸べられれば抗う必要が何処にあろう。
雷蔵の身体は再び熱を持ちはじめ、胸の奥がざわめく。
その熱は常ならばこれから押し寄せる刺激に対しての畏れと期待のもの。だが今は、自分の目の前にいる相手に対して持つ凶器にも近い欲情の熱。
雷蔵は静かに三郎に被い重なった。
「三郎・・・・どうすればいい・・・?」
「どうって・・・・いつも俺がやってる真似をすればいいよ。」
「あんな酷い事するの。」
「俺、酷い事してるか?」
「してるよ。」
雷蔵は小さく微笑んで三郎の耳たぶを軽く噛み、そのまま舌先で優しくなぞる。くすぐったさに三郎は首を竦め、二人はクスクスと小さな笑い声で会話をする。
「俺、そんなふうにするのか。」
「するよ。」
耳元で遊んでいた唇はそのまま首筋を這い、小さく吸い付き痕を残す。そして、胸の突起へと辿り着いた。
「三郎はいつもこうするよね。」
ちゅっ、と音を立てて吸い付き舌先で遊ぶように転がす。甘く噛んだり、噛んだまま引っ張ったりいたずらもする。三郎はその様を咎めもせず、潤んだ目で微笑みながら見つめている。
「コレは気持ちいい?三郎・・・。」
「お前はいつもどうなんだ?」
「ふふっ・・・気持ちいい。」
「じゃぁお前と一緒だ。」
暫く胸の上で遊んだ雷蔵の唇は、鳩尾から臍の周り、脇腹を丹念に唇でなぞる。
三郎の腹の周りは締まっており、逞しいながらも細い線を作っている。女装の際邪魔にならないようにと、余計な筋肉を付けない様に普段から気遣っている。雷蔵はその脇腹から腰骨にかけての程よい細腰がとても好きだった。
いつもは両の腿で挟み込み、快感に突き上げられる度に締め付けるその細い三郎の腰をゆっくり唇でなぞった。ピクリと三郎の筋肉が微動すると、それが新たな欲情を雷蔵にもたらした。
臍の下では既に固くなって張りつめた三郎があり、雷蔵はそれを口に含んだ。
先程も同じ事をしていたが、今の行為は何処か違う。普段は丁寧に舐め挙げる雷蔵が乱暴に吸い上げてみた。三郎が自分にするように音を立てながら、そして空いている手はゆっくりと沈んで、奥まった窄みへと到達した。
雷蔵の指が窄みの回りをなぞり人差し指で優しく押し込むと、僅かに力が込められ穴が固くなった。
三郎も緊張しているのだと思うとおかしくなり、雷蔵は喉の奥で小さく笑った。
「ね、三郎ってこっちの方は初めて・・・・とか?」
「ウルセェな、童貞の癖に。」
憎まれ口も何処と無く覇気がなく主導権は雷蔵に在る。二人の位置関係が少し変わった。
雷蔵はいつも自分に塗り込められている油薬を手に取り、指でたっぷりとすくい取る。それを三郎の進入口へ、いつもされるようにゆっくり塗りつけ、そして指を一本根本まで呑み込ませる。
三郎の眉間に僅かだが皺が寄り額にうっすらと汗がにじんだ。
そんな表情をする三郎を見ていると、雷蔵の心の奥底に俄には理解しがたい感情が沸々と沸き上がる。
いままで感じたことのないこの感情。
人を殺した時にも持たなかった、まるで理性を持たぬ獣にでもなったように賤しく、それで居て自らに陶酔する熱く危険な感覚。
目の前に横たわる力無い獲物を無惨に噛み裂きたくなる感情は雷蔵の心を蝕んだ。
差し入れた指を動かし、三郎が苦しげに呻くと更に荒々しく掻き乱した。
三郎の首から肩に腕を廻ししっかりと抱きしめていたが、それは愛情であったのか。それとも手に入れた獲物を逃がさぬための戒めであるのか。
荒くあがる呼吸を停めるように深く口付けし舌を絡ませると、弱々しい抵抗で歯を立てられた。それに対する仕返しのようにもう一本指を増やし、体内を激しく蹂躙する。
クチュクチュと湿った音が部屋の中に響き雷蔵の耳を擽る。自分の身体からではなく、三郎の身体から出される淫猥なこの音が面白くて雷蔵は更に指の動きを早めた。
暫くはその音を愉しんでいた雷蔵だったが、指を引き抜くと三郎の足を開きその間に身を置き、今一度三郎への進入口を確認して己を其処へと宛った。
「三郎、行くよ。」
三郎が目で合図を送ると、雷蔵はゆっくりゆっくり腰を押しつけた。
呼吸も侭ならぬようで息を詰めて歯を食いしばり苦悶の表情を浮かべ、雷蔵が分け入るのと並んで三郎の表情も一層険しくなる。
同じく雷蔵も窮屈な締め付けと灼熱の責め苦に嘖まされているが、心の方は一種の残虐性を保ってひと味違う快楽に酔っていた。
ああ、自分はどうしてしまったんだろう。苦しんでいる三郎の顔を見て悦んでいるなんて。
雷蔵は過去にその苦しみを味わい知っている筈なのに、三郎の身体に深く自分を突き立てた。
腹の底から押し上げられるような呻きを上げる三郎の身体を労ることもなく、何度も挿入を繰り返しやがて果ててしまっても再びそれを抜き去ることなく、何度も責め上げた。
自分の体力が限界を知り、脳が眠りを欲するまで三郎を離そうとせず、そのころにはもう夜が明け切って陽の光が窓から射し込んでいた。
「それ程恨まれていたのか?俺は。」
目が覚めたとき、三郎の第一声がそれだった。
苦笑しながら雷蔵を見つめる三郎は腰を庇い緩慢な動きで雷蔵の身体を拭いていた。
手拭いを手桶で洗おうと身を捩るとき、僅かにしかめた表情が雷蔵をはっとさせる。
「ごめん、三郎。また君に後始末させちゃったね。僕の番なのに。」
「いいさ、これは俺の趣味だ。」
もう一つの手桶に新しい手拭いを浸け堅く絞り、雷蔵に手渡しながらニッと微笑む。
「どうだった。俺は好かっただろう?」
「・・・・・・うん。」
「当然だ。天下の三郎様なんだからな。」
表情を隠すように顔を拭きながら雷蔵はうなずく。初めての経験は非常に鮮烈で、また恐ろしくもあった。
自分でも気づかなかった残虐性を三郎に見られ、それを押さえきれなかった自分が浅ましく情けなく思えた。
しかしあの感情は一度覚えたならば忘れられない。まるで自分がこの世の支配者にでもなったように、全てから解放された心地よさは今更捨てきれることは出来ないだろう。
もう一度あの感覚を味わいたい。しかし、酷い仕打ちをした自分を三郎が受け入れてくれるだろうか。
雷蔵が三郎の顔を見上げると、相変わらず優しい微笑みを返してくる三郎が其処にいる。
「どうやらお前の闇の部分、引き出しちまったみたいだなぁ。」
「うん。そうなんだ。君を滅茶苦茶にしたくて仕方がない。どうしよう・・・。」
「構うもんか。お前になら滅茶苦茶にされてもいいし、そのうち自分でその願望を制御できるようになる。」
「本当?」
「ああ、経験者は語る、だ。」
「そっか。」
「ただし・・・、あと四日はごめん被る。その後はいつでも来いだ。」
「うん、じゃぁ四日間は僕に・・・。」
「四日間ぶっ続けか。雷蔵、お前以外と好きだなぁ。」
「お陰様で。」
雷蔵の寝間着を着替えさせ布団を整えると三郎も一緒に潜り込んだ。
新しい楽しみを見つけた雷蔵は微笑みながら眠りにつき、一方の三郎は溜息を吐きながら雷蔵を抱きしめ眠りについた。
*〜fin〜*
2003/03
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