「絶対に綺麗だから見に行こう。」
滝夜叉丸はそう三木ヱ門に言われたがいまいち乗り気でなかった。
桜など毎年咲くものだし、学園の周りにだって咲いている。いくら美しいと言われてもわざわざそんな奥深い山の中まで誰が好きこのんでゆく物かと。
しかし今こうして額に汗を浮かべて三木ヱ門の背を追っているのは何故だか自分でも良くわからないので、足腰の鍛錬として処理した。
朝早くから学園を出て疾うに昼を過ぎ、陽もだいぶ傾いて来た。
この分では陽のあるうちに学園へ戻ることはおろか、人里までも降りることは出来ないだろう。
山中での野宿は授業で習っているので苦ではないが、わざわざ自分から苦労を背負い込む馬鹿も居ない。
三木ヱ門に憎まれ口の一つも吐かねば気が済まぬ。
「おい、三木。」
「はぁ〜っ、やっと着いた。ココだココだ。」
文句を言おうとしたその時、鬱蒼とした茂みが開け突如として現れた桜の巨木。
根元から大蛇のごとく幾重にも枝が分かれ、のたうちうねるそれぞれの枝には今、春を謳歌する桜の花が自慢気に咲き誇りその優美さを小さな人間共に見せ付けているようであった。
その桜の下は散り落ちた花びらで厚く敷き詰められ薄く染まった雪の上のような地面ををふわふわと二人は樹の根元へと静かに近づいた。
「す・・・・ごいな。」
「だろう?」
桜の樹に威圧され滝夜叉丸は思わず息を飲み目を奪われる。
その横で三木ヱ門は得意そうに笑っていた。
もう陽は落ちて西の空は茜と群青が混ざり合って、あたりは暗くなってきた。
「まだコレだけじゃないんだ。もうすぐ月が昇ってくる・・・・ああ、ほら。」
三木ヱ門の指差す方を見ると上ってきた月が桜の樹を照らし、花びらはそれを反射し桜の樹と散った花びらだけがボウッと淡く光り、暗闇の中で浮かび上がっていた。
まるで夢の中のような景色を滝夜叉丸はただただ呆けたように見ていた。
この世にこんな美しい光景があるとは想像だにしなかったことである。
月明かりの下で桜の花が光るなど知らなかった。
柔らかに風が吹くとそれに花びらが乗り、また散り落ちた花びらも共に舞い上がり光る雪がゆらゆらとまた落ちてくる。
「美しいな。感心したぞ。」
「そうだろう。」
「だが、陽が落ちてしまった。どうするつもりだ。」
「野宿しかないだろう。用意はしてあるしその前に・・・。」
三木ヱ門は滝夜叉丸の睨み付ける視線をものともせず抱き寄せると口付けながら腰をおろした。
柔らかなベルベットのような感触の花びらの敷布が二人を柔らかく受け止める。
「嫌いか?桜の布団。ココでお前を抱きたかった。」
「何を馬鹿なっ・・・汗をかいたし・・・・くっ・・・・ん。」
荒げる言葉も口付けと桜の花びらに吸い込まれ消えていった。
此処はこの世の桃源郷である。
・・・fin・・・
2002/04/14
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