何故?と問うて見た。
彼は若く美しい。
鋭い目線と気丈な性格が人を寄せ付けぬ風もあるが、その気難しさがまた一段と彼の美しさを引き立たせる要因の一つになっている。
街を歩けば幾人もの女が振り向いて彼に目で縋り頬を染め、その豊かな胸を恋の炎で焦がしている。
男についても然り、年少者からは兄者と慕われ、同輩たちも彼との一線を越えようと日々機会を窺い、年長者からは引切り無しのやれ小姓だ、やれ娘の婿にだ、やれ養子にだ、の華々しい出世の話が舞い込んでいる。
半年ほど前だって旅の一座に扮し各国の情報収集をして廻っている忍一派に役者見習として入り込んだ君は、あっという間に「藤咲太夫」とかに祭り上げられて舞台の上で万人の目を惹き付け舞っていた。
実は私もこっそり観に行ったのだけれど、あれは大変素晴らしかった。
君の全てを知っているはずなのに、私は年甲斐も無くぽかんと口を開け舞う君に見惚れてしまって、隣に居た女の子たちに笑われたっけ。
舞台の後またもこっそりと楽屋裏へ忍んで行けば、堺の今を名だたる太夫がわざわざ足を運んで来て、君に髪の毛を貰ってくれとせがんでいた。
その周りではうら若い娘たちが君への貢物を山と差出して熱い溜息を吐いていた。
それだけじゃない。あれは京の豪商だったか、十六になる最愛の一人娘が君に焦がれ焦がれて病に臥せっている、婿にとは望まぬ、せめて一夜限りの契りを、君の子種をくれと黄金で山を作って頭を下げていた。
あれには流石に私も心騒がせられたが君はさらりと流して断っていた。
なのに何故私なんだ?何故、私なんぞと一緒に。
何故、私なんぞを抱きたがるのだ。
君は変な趣味の持ち主なのか?
二十歳も半ばを過ぎれば肌はがさついて固くなるし御世辞にも美しいとはいえない。色白だとは言われるが、女の透き通るような白肌に比べればただの黄色い皮膚に過ぎない。
声だってもう充分に低いし最近じゃ髪に白髪も見つかった。きり丸に十本一文で抜かせたよ。ああ、結局見つかった白髪は二本だけだったけど。
髭も毎朝剃らなければ見っとも無くなる。
かと言って君の父上や他の先生方のように男惚れされるような雄々しさもない。
強いて言えば子守りが上手だとか料理が出来るだとか、ああ、火薬や兵法については多少の自信はあるが。
そんな私の一体何処が好いんだ?
私に何を求めているんだい。ええ?利吉君。
「貴方を求めているんですよ。」
「・・・・は?」
「私は貴方を、貴方が、貴方だから好きなんですよ。」
「そ・・・、だから・・・・何処が・・・そんなに・・・・。」
「解りませんか?」
「だって、世には君に恋して添い遂げたいと思っている若くて美しい女がゴマンと居るじゃないか。依りによって薹の立った男やもめなんか・・・。」
「私にとって一番大切なのは・・・ですね。」
「う・・・・うん・・。」
「空から降ってくる万人のための雨水よりも、苦労して苦労して掘り下げた自分のためだけの井戸の水の方が大切だ・・と。」
「井戸は・・・いつか枯れるよ、その時になって・・・・ぁっ・・天を仰いで雨水を請うても・・・・水は落ちてこないかもしれないよ。ちょっ・・・・利吉君、こんな昼日中から何を・・・・ね・・・ぇ・・・。」
「井戸が枯れたなら私も共に枯れるまでですよ。ねぇ・・・半助・・・。」
「そ・・・・利・・・・。」
「半助・・・貴方の井戸・・・・とても潤っていますよ・・・・甘露で溢れています。」
「はっ・・・・ぁ・・・・。」
「汲み取っても良いですよね。」
・・・fin・・・
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