あ、皆さんこんにちは。私、うさ公と申します。
でも本名じゃないんですよ、「うさ公」というのは私を助けてくれた人がつけた名前です。どういう意味があるのかは知りませんけど。
私がこの家に来たとき季節は春の初めでした。今は秋口ですね、だいぶ涼しくなってきました。
この家に来たきっかけですが、私が人間の仕掛けた罠に掛かって怪我をしてた所へあの人がやってきました。
私そのときもうだめだと思いました。だってあの人、真っ黒な体に髪はぼさぼさ眼はぎらぎら、狼みたいな牙がキッて見えてて。
生きたまま頭から喰われちゃうんだ〜・・・そう思いましたよ、本気で。
ところがあの人、罠をはずして私を優しく抱き上げそのまま懐へ入れましたが、いやその汗臭いのなんのって!血の臭いとかあと変な物が燃えたような臭いも混じってたまりませんでした。
あの人は歩き始めてその場を離れましたが私はもう怖くて怖くて。人間は火を使うから私を火で炙って食べるんだと覚悟しました。
あの人は歩きながらあっちこっちで草を千切っておりました。草の臭いを嗅いで見ると薬草でしたから、私を薬草漬けにして食べるんだなと思いました。
しばらくして、あの人は建物の中に入っていきました。思うにそこがあの人の巣です。ここが私の死に場所、そう思うと今までの兎生が走馬灯のように思い出され、私の目には涙が浮びました。
あの人はなにかごそごそもぞもぞ巣の中を動き回ってしばらくして小さな箱の中に私を入れました。あの人は箱の上から私を見下ろしてニッと笑って皮を脱ぎ始めました。
いつも不思議に思うんですけど、人間ってよく脱皮するんですねぇ、ザリガニや蛇よりも回数多いですよ。
黒い皮を脱いだあの人の胸には大きな裂け目があって血が流れてました。うわっ痛そ〜、と思っているとあの人はさっき採ってきた薬草を擦り合わせて傷に塗って今度は新しい皮を被りました。
自分に塗っていた薬草を私の怪我をした足にも塗って、白い皮を巻きつけてくれました。傷は二日で固くなって、三日目には新しい皮膚ができ始めていました。あの人は仙人かも知れないとそのとき思いました。
あの人には私を食べる気はないんだと思うと余裕が出てきましたね。毎日草を運んでくれるし、よく話し掛けてもくれる。最初は私に惚れてんのかと思いました。これでも兎の中じゃ男前だって言われてたんですから。すごく優しくしてくれるんですもん、勘違いしちゃいますよ。
でもあの人には好きな人間が居るってすぐわかりました。七日に一度必ずやってくる人間が居ます。顔に毛を生やした眼つきの鋭い女です。私の目は肥えてますが、その目で見ても美人です。
この女の人をあの人はゆーぞーと呼んでいます。私の名前よりチンケですね。そのゆーぞーさんですが、此処に来るときはいつも不機嫌そう顔をしてるんですよ。世の中の不満をすべて背負い込んでるぞって顔。可愛気も何もあったもんじゃない。
そして第一声「雅之助、居るか。」
それだけ言うと勝手に扉を開けてずかずかと入り込んでくる。失礼な人です。なのに雅之助さんはうれしそうにしているんですよ。顔には出しませんけどね、私にはわかります。
私を助けてくれた人の名前を教えてくれたのはこのゆーぞーさんです。雅之助さんが居ないときにやって来たゆーぞーさんが私に仏の座をくれながらそう言ったのです。いろいろ雅之助さんの愚痴も聞かされましたが何のことはない、結局はゆーぞーさんも雅之助さんに惚れてんですよ。
ゆーぞーさんは雅之助さんと眼を合わそうとしませんね。それで持ってきた荷物をどかどかと床の上に置くと、ぞうりも脱がないで土間で話をしてすぐに帰ろうとするんです。そこでいつも雅之助さんが引き止めて、部屋に上がりこんで、一緒に本を読んだりご飯を食べたり、そうしているうちに陽が暮れるでしょう、そしたら泊まって行けって事になるんですよ。
まぁ、私も子供じゃありませんから、大人の男女が二人きりで屋根の下何をするかなんて知ってます。はっはっは。
人間の交わりは喧しいもんですね。私たち兎は静かですよ。あんなに喧しかったら狼や鷹に見つかっちゃいます。それに長いし回数も多い。雅之助さんとゆーぞーさんは宵の口から夜明けまで、ぶっ続けじゃないですよ、時間を置いて何回かに分けてですがそれでも私にすればいい迷惑です、眠れませんから。この家に来たての頃に興味津々で見ていましたら、雅之助さんに「見るなよ」って箱の上に紙を乗せられちゃいました。
人間は男も女も同じモノが付いてるんですね。兎は違いますけど。
ゆーぞーさんは昼には家から出ていきます。
いつも雅之助さんが眠っているのを見計らって出て行こうとしますが必ず雅之助さんは起きて、戸口のところでしばらくひそひそ話をします。ひそひそ話が終わったあとのゆーぞーさんはとても可愛い顔をするんです。こりゃ雅之助さんが惚れるのも判る気がします。
そうしてゆーぞーさんが出て行ったあとは、雅之助さんは私を箱から出して一緒に遊んでくれます。私がわざと転がったり、薬の匂いを嗅いで顔をくしゃくしゃにすると大声で笑ってくれます。でも、ゆーぞーさんが帰って寂しいから、わざとあんなにはしゃぐんじゃないでしょうか。そんなに好きだったら一緒に居ればいいのにねぇ。
人間って判りません。
さて明日も天気がよさそうで、私には一仕事あります。
畑を満遍なく走り回って生えている雑草を食べる仕事です。まぁ、趣味と実益を兼ねているんですけど、これでもちゃんと雅之助さんを手助けしているんですよ。
私なりに。
2002/01
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