「あのなぁ、俺が持った方が合理的だと思うんだが」
きゅうくつそうに腰をかがめた闇慈が、傘を持つ紗夢を見る。
「アンタ図体でかいが悪イ。嫌なら濡れテ帰レ」
声の末尾が普段よりも短い。
生まれる音はみな辺りに吸い込まれ、響きを失う。
「良いから渡せって、な?」
「アタシの傘だてバ。お前持つだけで壊しそアル」
渋々渡された傘を手に、闇慈が苦笑する。
「俺を何だと思ってんだか」
明かりも無いはずの夜道が、ほんのりと照らされていた。
舞い散る雪は、自ら光を発しているかのようだった。
「雪、ねぇ」
次から次へと羽織の胸元に落ちる白い華が、瞬く間にするすると小さくなる。
鋭い花弁が落ち、しぼみ、一粒の水滴となり、吸いこまれ、消える。
その光景は、幾度と見ても飽きる事が無かった。
「俺のいた所はほとんど降らなかったがな」
「当然言えば当然ネ。ココの方ガ北ヨ」
震える手に吐き出される息は白く、つかの間の温みはすぐに消えた。
凍った道を歩く事に慣れていないのか、闇慈はいつになく慎重に足を運ぶ。
一方雪道に慣れた紗夢は、闇慈よりも若干早く先へと進もうとしていた。
「濡れるぞ」
傘からはみ出していた紗夢の肩がぐい、と引き寄せられた。
軽く震える小さな肩が、闇慈の胸元に触れる。
慣れているとは言えやはり寒いらしい。
「別に寒く、ナンカ」
「俺が寒ぃの」
こうしてみると人肌とは、やはり暖かく柔らかな物だ。
白く薄れ行く吐息が、互いの前髪にかかった。
紗夢が突然傘を奪い取る。
突き飛ばされてバランスを失い、闇慈が派手に足を滑らせた。
「良いザマネ」
道端の雪に尻餅をついた闇慈の着物が、無数の細かい斑で白く染まる。
積もって間も無いさらさらとした雪は、まるで小麦粉のようである。
「っと、待てよおい!紗夢!」
「ハッ。そな靴履いてル悪いヨ」
背を向け歩み去ろうとする紗夢の足を、闇慈の伸びた手がつかんだ。
もう一つ新たな白煙が、道端に舞い上がる。
「アイヤー!」
「お返し、って事でな!」
溶け方すら知らない新しい雪が、手の下で衣擦れのような乾いた音を立てた。
積もる雪に2人分の人型が押される。
互いに頭から真っ白になりながら、さらに動く度に白煙を舞い上げる。
「お、わぁッ!」
背筋に走る冷たさに、闇慈が悲鳴を上げた。
首筋に雪を入れられ身をひねる闇慈を目の前に、紗夢が勝ち誇る。
「お返しのお返しアル!」
雪は溶け肌を流れ、取り出す事もできない。
もはやその冷たさをなすすべもなく味わうばかりである。
「く、そっ、お前なぁ!?」
今度は雪を手に闇慈が叫んだ。
翌日、紗夢だけが風邪をひいて寝込み、
闇慈は「風邪ひかないハ馬鹿の証拠ヨ!」と罵られる事となる。
もしかしてこの後定番の看病ネタ突入でしょうか。良いんでしょうかネタ提供者様ー!
雨でも良かったけどせっかくの雪国生まれの雪国育ちとしてうふうふと雪描写。
背中に雪入れられてもんどりうつのは雪国では
スカートめくりと同レベル。正直漫画にしても楽しそうな位で。
漫画もSSも背景大好きー。そう言えば小さい頃、人間じゃなくて風景ばっかり描いてました。
しかし書き出すと勝手に動いてくれますこの2人。毎度素晴らしい!
後半なんて走り出してくれました。
秋の夜長に虫の音聞いてるとSS書きたくなるようです、自分。
それならこの秋もどんどん書き貯めたいなー。