焦らされるそのほんの数分も、永い永い時間に感じられる。
殆ど進まなくなってしまった時間の中では、それは一瞬にも満たないというのに。
ロウソクのほのかな灯りが、溶け合う2つの人影を窓ガラスに映し出す。
夜風にそよぐカーテンの隙間からは、赤い月が見え隠れする。
女の首筋に、焼け付く唇の熱さと、冷ややかで鋭い、小さな感触が伝わった。
貫かれる瞬間を今か今かと待ち侘びる。
永い年月を経てもあせる事無く、柔らかな張りを保つ女の肌を、男がゆっくりと味わう。
男女は互いを伴侶として選びながらも、契りを交わす事は無かった。
そもそも永遠の絆を誓う神など、存在しない。
他ならぬ誓いは、闇の住人として、ごく自然な行為だった。
淫魔においては精気を、ヴァンパイアにおいては血を吸う事。
そして魅了された者が、それらを主に捧げる事。
糸を切るような音がした。
互いにしか聞き取れない程に、それは小さく、小さく、肌を伝う。
背に走る刺激と傷みに、女が身を強張らせた。
軽く震える愛しいその身を、紅く熱いしずくを、男が吸い上げる。
頬に貼りつく黒髪もそのままに、女は息を荒げ、更に身を襲う刺激に耐える。
体が、意識が、地に沈もうとする。
目眩がする。
顔は快楽と、それをあらわにする事への羞恥に惑う。
鉄の香りが男の鼻腔をくすぐり、甘美な味はじわりと舌を犯す。
下肢を震わせ、漏れそうになる声を必死に抑える様が、その味に彩を添える。
それまで固く閉じられていた女の唇が、軽く開いた。
吐息を短く、深く紡ぐ。
ひくつくのどが、乾いた声を飲み込む。
糸が切れたように、垂れた両の手が地面を指した。
男が強く奥歯を噛み締めた。
ふら、と倒れそうになる肢体を受け止める。
見た目から予想されるよりもさらに、手にかかるその身は軽い。
華奢な肩を抱き、自らの血に塗れた唇を女のそれに重ねる。
こく、と女ののどが鳴った。
その舌の上の、男のものであったしずくを、飲み下す。
のどを焼くような小さな、そして鮮やかな感触が、ゆっくりと体内を降りて行く。
「お目覚めは如何かな、シャロン」
そう問いかけながら、女の顔にかかる髪をかき分けてやる。
うっすらとその目が開いた。
肩を揺らし、息を吐く。
主の血を受け、自らの意思を取り戻した女が、軽く笑みを浮かべる。
悪くは無い、と。
吸血シーンを書いてみたらどうなるか試してみました。
題は「down to dawn」と迷いましたがシリアス調のときはできるだけ漢字系、ということで。