Kiss the light



「ロイ、起きてるか?」
「…………寝てる」
 人が羽織っていた毛布に勝手に潜り込んできた錬金術師の器用な寝言に、ヒューズは星のない暗闇を仰ぎ、そのまま目も向けずに相手の黒髪を掻き混ぜた。
 夜気に晒された髪はひやり、と冷たく。
 指先が掠めた肌は思わず顔をしかめるほど低温だった。
「生きてるか?」
「…………死んでる」
 生きのいい死体だとぼやいてから、ヒューズはひしゃげた箱から同じくひしゃげた煙草を取り出して銜えた。
「火」
「……嫌だ」
 ライター代わりに使おうとした焔の錬金術師に拒まれて、ヒューズは煙草を銜えたまま口端を下げた。
「何でだ?」
「煙草は好きじゃない」
「俺は好きなんだ、火」
「…………どこがいいんだ?」
「戦場と刑務所では、貨幣と同等の価値があるとこ」
 さらり、と返したヒューズに、ロイはしばらく沈黙した。
 嗜好品が極端に制限される場では、確かに煙草は金銭などよりも価値のある取引材料とされることが多い。
 この友人が、常に相当数の本数を保持しているのは、自分の嗜好の為というよりは、取引材料としてなのだろう。
「……お前は金に火付けて消耗するのか?」
「自分で吸うのも好きなんだ、火」
「どこがいいんだ、そんな身体に悪いだけのもの」
 あくまでも火を要求する友人を無視して、ぼやきながら錬金術師は毛布の下で姿勢を変えて、丸くなった。
 毛布をほぼ奪われて、ヒューズが口端を曲げると銜えたままの未点火の煙草が下がる。
「お子ちゃまには分からねえよ、火」
「煙草なんぞ吸って大人だと思う方が子供だろう」
「言うようになったじゃねえか、火」
「……しつこい」
「火」
「ヒューズ」
「火」
 根負けしたように、毛布から伸びてきた指が打ち鳴らされて、小規模な錬成反応の光が収まった後、ぽつり、と軍人の銜えた紙煙草の先に赤い光だけが残る。
「ライターを持ち歩け」
「持ち歩いてるだろ、ちゃんと」
 毛布の上から背を叩く友人の台詞の意図に、ライター扱いされた焔の錬金術師が抗議の唸り声を上げたが、ヒューズはさらりと無視して煙を吸い込もうとした。
「あ、しまった」
 火が消えた、とごく自然な調子で呟いたヒューズは、当たり前の調子で再度火を求めた。
「ロイ、火」
 ライター扱いに腹を立てたか、毛布の下の錬金術師は無反応だった。
「ロイ?」
「なあ、ヒューズ。普通、煙草っていうのは途中で火が消えるなんてことはないらしいな?」
 二つ名に見合わない低温の声の応答に、ヒューズは小さく舌打ちした。
「誰か余計な知恵付けやがったな……」
「お前って奴は……!」
 大きく唸って毛布を跳ね上げ、長年人を騙し続けていた友人を睨みやると、こっそり火を消した煙草を銜えたまま、ヒューズがにやりと笑う。
「十年保った方が凄いか」
 昔から、煙草の火が消えたと言っては錬金術師に付け直させていた男の所為で、人に指摘されるまで、煙草というのは簡単に火が消えるものなのだと思いこまされていたロイは、悪びれもしない友人を蹴りつけた。
「何でそういう無駄な嘘を吐くんだ、お前は?」
「好きだから」
 あまりにきっぱりとした回答に、ロイが一瞬絶句する。
「…………何が?」
「煙草に火を点けるのが」
 しごく簡単に応じたヒューズが、煙草を銜えて揺らし、火を要求した。
「ロイ、火」
「…………何で?」
「火」
 従ってやるまでそれ以外の台詞を、決して口にしないであろう友人の性格を熟知しているので、ロイは嘆息しながら指を弾いた。指先に小さく点した火を、当たり前のようにその手ごと掴んでヒューズが口元に持っていくのを、直に地面に座り込んだまま眺めやる。
 闇に眩い金光がゆらり、と友人の銜えた煙草に吸い込まれるように揺れ、手を解放された術師が炎を納めると、煙草の先に小さく赤光が残った。
「煙草に火点けるためには、こうやって吸うだろ?」
「ああ?」
「そうすると火が俺の方に寄るのが好きだ」
 キスに似ている、と続けた友人の顔を窺って、次に夜空を見上げて、そして地面を見た。
 どこも暗くて何も見えなかったので、とりあえず自分の顔も誰にも見えないのだろうとロイは考えてから、それでも投げ出していた毛布を頭から被り直した。
「ロイ、俺の毛布なんだが?」
 寒いと訴えるヒューズに、渋々と毛布の半分が明け渡され、毛布の幅の制約によって、二人は少々距離を狭めた。
「火」
「……点いてる」
「ロイ」
 一つ前の台詞と全く変わらない抑揚で名を呼ぶ。
 黙ってもう少しだけ距離を縮めたロイはしばらく考えてから、口を開いた。
「…………煙草」
「うん?」
「たまになら我慢してやる」
 あくまでも偉そうな台詞の語尾に寝息が重なる。
 苦い失笑を口端に浮かべたヒューズは、泥のような睡りに落ち込んだ焔の錬金術師の肩を掴み、もう少し自分の方へ寄せながら、大きく煙を吸い込んだ。

 じ、と小さな音を立てて、火は僅かに吸い口に近づいた。





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七海さんのイラストに迷惑添付。
イシュヴァールの二人ですよ、奥さん!(誰)
「煙草に火を点けるのが、炎にキスするようで好きだ」
というネタは、ハボロイで使おうかな、とありきたりなこと
考えてましたが、素敵絵にああこっちだ、うん、こっちだ、
と電波書きいたしました。

煙草に火点けるのが好きです。
こちらに寄る火が好きで。
ガスライターより、ジッポやマッチの火が好きです。
火を点けた後、ぽつりと点る熱が感じられるのが愛しく。
何より、煙草に火を点ける男の人の動作はかっこええです。
そういう萌え萌えしい燃え話。

駄文添付失礼いたしました。
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私がほとんど設定もせず描いたイシュバール頃のヒューズと大佐の落描き
何とも素敵なSSに変身。持ち帰りオッケイということで貰ってきました。遠慮の欠片もない…
阿久野さんの描き出される深い雰囲気が大好きです
布の種類も屋内か屋外かも考えてなかったのに(駄目絵描き)物書きさんは偉大だと心底思います
ありがとうございました

04.03.20

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