可愛げのない



「…………なあ、ロイ?」
 しみじみとした友人の口調に、ロイ=マスタング大佐は非常に嫌そうに、振り返りもせずに応じた。
「何だ?」
「国家錬金術師の資格取得条件には『いつでもどこでも眠れること』とかいう項目があるのか?」
「聞いたことはないな」
 資料を積み上げた机の上で熟睡している少年の顔の前でひらひらと手を振りながら、素っ気なく焔の錬金術師は否定した。
「じゃあ、お前さんもエドの奴も、毎回トンでもないとこで寝ちゃあ、誰かに回収されてんのは何でだ?」
「今日は机の上なだけマシだと思うが?」
 資料を漁っているうちに机の上で眠り込んだ国家錬金術師の始末に困りはてた資料室担当に泣きつかれ、仕方なく回収に来たロイは、面倒そうに小柄な少年を担ぎ上げた。
 面白そうだという理由で、その後ろについてきたヒューズを振り返って、嘆息してみせる。
「何でいつも高い処に昇って寝るんだろうな、この子は?」
「この前は本棚の上だったな?」
「欲しい本が全て上方にあるからと、途中から本棚の上に座り込んで読んでいるうちに寝たらしいが」
「脚立の上は?」
「見事なバランス感覚だった」
「木の上の救出ってのは?」
「赤いのが引っかかっていると目立つからな。本人の弁によると、放っておいても落ちなかったらしいが、市民から通報が入った以上、取りにいかないわけにもいかん」
 史上最年少の国家錬金術師を、風船か何かのように思っているらしい焔の錬金術師は、つまらなさそうに少年を片腕で抱え直した。
「猫の子みたいなもんか」
 友人の肩越しに、荷物のような扱いにもめげずに、昏々と眠り続けるエドワードの顔を覗きこんで、その可愛げのない寝顔にヒューズは深々と嘆息した。
「だから、『国家錬金術師は寝る時にも眉間に皺を寄せること』なんて約束があんのか?」
「だから聞いたことがない」
「じゃあ本能か?」
「さあ?」
 友人の軽口に素っ気ない態度を示しながら、少年が書き散らしていたメモをまとめて一瞥すると、机の上に積み上がった資料を半分ほど無造作にかき集めてヒューズに押しつける。
「戻してこい」
「…………そっちは?」
 人使いの荒い親友は諦めた顔で本を受け取ると、まだ机の上に残った書を顎で示す。
「これはまだ必要だろう。帯出は許可できないが、担当官に言って避けさせておく。お前に渡した分は、書棚に戻してしまって構わない」
「へえ?」
 含むところが多分にありそうな声音をことさらに無視して、後ろで資料室の鍵を握りしめたまま様子を窺っている事務官に、資料の取り置きを手配し、メモを畳んで少年の分厚い手帳に挟み込むと、赤いコートのポケットに突っ込む。「随分と面倒見のいいことで」
「私は元々とても面倒見のいい人間なんだ」
 皮肉っぽい台詞に、ロイがぬけぬけと応じてみせた。
「面倒見のいい人間ってのは、何で皆自分に言いに来るんだ、とか、どうして毎回迎えにいかないといけないんだとか愚痴言い続けた挙げ句に、副官に脅されて渋々来たりしないと思うが?」
「そうかな? 私の知り合いに『何で俺が』とか『毎回毎回迎えに来ると思うなよ』だとか、『もう来ないからな』『面倒くせえ』『捨てていっていいか』が口癖の自称面倒見のいい男がいるが?」
「なあ、ロイ。可愛げはどこだ?」
「持ち合わせた覚えはないな」
 さらりと切り返して友人を黙らせると、ロイは少年の額に手の甲を当ててしばらく考えた。
「とりあえず仮眠室に放り込んで、起きたら食堂に叩き込もう。…………何でこんな噛みつきそうな顔で寝るんだ、この子は?」
「そっくりだよ、お前らは」
 やや本気の苦味がこもったヒューズの台詞に、ロイが僅かに顔をしかめた。エドワードに意識があれば、これより盛大に顔をしかめていたことは間違いない。
「どこが?」
「可愛げのないところ」
 即答に更に顔をしかめたロイが何か言い返す前に、畳みかけるように言葉を続ける。
「どこでも寝るとこ。高いところとか狭いところに潜りこむ。肩肘張って、寝てても気抜けない。大概しかめっ面。要はガキンチョ。総合すると『可愛げがない』」
「別に私も鋼のも、可愛がってくれなどと頼んだ覚えはないと思うが?」
「可愛くねえなあ」
 わざとらしい慨嘆は涼しい顔で聞き流す。
「迎えに来る立場になっても、感謝の気持ちとか湧いてこないわけだ?」
「全く湧かない」
 一言の下に斬り捨てる。
「ああ、でもヒューズ。一つだけ分かったことがある」
 一瞬、担ぎ上げた少年の顔に目を走らせてから、背後の友人に向かって振り返る。
「どうして毎回毎回、不平不満を喚き立てながら律義に迎えにくるのかは、と て も よ く 理 解 し た
 最高の作り笑いを一つ。
 すぐさま踵を返して、顔を引きつらせて足を止めたヒューズを置いて、迷わず歩を進める友人の背中を見送り、ヒューズは何とも言い難い表情で唸った。

「……………………うわあ、可愛げがねえ」




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七海様の素敵眠り豆に強引SS添付。
ああああ、表情が曖昧なのを良いことに
可愛くない顔で寝る子にしてしまってスイマセン………(汗)
というか、エド単品絵なのに、エドが話に参加してません…………。

なんとなく、エドと大佐は似たもの同士のイメージがあります。
電池が切れるとその辺で寝るような。
エドが高い処に登って、大佐はその辺の棚の後ろとか、ソファ〜の後ろとか窓枠とか狭いとこに潜り込みそうな(笑)

可愛くない動物達で申し訳なく。
素敵絵有難うございました!!
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阿久野さんから頂いたお話2つめ
可愛気がないどころか可愛くない寝顔なのにとても可愛い話になるところが物書きさんマジック
文句たれながら回収に行く大佐と、その大佐を過去に回収してた中佐との会話がものすごく楽しい
 大佐は読みたい本のあった本棚のところで座り込んで読み終わったら次の本棚へ移動して、
 電池が切れたらそのままその場所でおやすみなさい
 エドは読みたい本を全部集めてある程度広い床の上を散らかしつつ占拠→いつのまにか睡眠
なイメージがあったんですが、高いところで寝てるのもらしいのかも
(背が低いから高いところに憧れる…?)
素敵SSありがとうございました

04.08.10

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