空の片隅で



 夏のギラつく太陽が目に痛い午後。制服の下に着込んだTシャツは汗で濡れてべたつく。
速乾素材のTシャツとかだったらそんなことはないけれど、今時の化繊混じりで形状記憶型の制服の下には暑いんだよな。
いっそのこと制服のシャツ、脱いじまおうかな……。
 学校前のバス停で、未だ来る気配のないバスを待つ。朝と夕方はそれなりの頻度で巡回するバスも、中途半端なこの時間は乗り遅れると確実に30分は待たされる。
「暑っー……」
 開襟シャツの襟元をつまんでぱたぱた扇いでみても、ちっとも涼しくなんかならない。
ベンチに座りバス停の屋根の影にいても焼け付いたアスファルトの照り返しが直撃だ。さらに行き交う車の排気ガスが熱風を煽って、咽せるような臭いと暑さに頭のてっぺんからこめかみに汗が伝わる。
拭っても拭っても流れ落ちてくる汗に、このままだと脱水症状と熱中症になっちまうと思って、数メートル離れた小さな駄菓子屋に向かった。
 昔からあるその店は浦原ん家みたいな感じで、俺の通う高校の生徒御用達の店だ。夕方なんか運動部の連中が結構たむろってたりする。
コンビニも便利で悪くないけれど、こんな駄菓子屋とかって、俺、結構好きなんだ。
 表の自販機で今流行りのアミノ酸入りアイソトニック・ウォーター500mlを買って一気飲み。備え付けのペットボトル用ボックスに空きボトルを放り込んで、古めかしい冷凍庫のスライド式の蓋を開けてアイスを物色する。
「やりぃ、まだ残ってた」
 小さい時からのお気に入りのチョコアイス。
店の、人の良さそうなばあちゃんにお金を払って、早速銜えた。
唇に氷菓の冷たさが、舌先にチョコレートの甘い味が広がって、こんな時だけ暑いのっていいなって思う。
 腕時計を見れば、バスが来る予定時刻まであと20分弱。とりあえずバス停で待つしかないか……。
「美味しそうっスね」
 どこだ?! 突然かけられた声に辺りをキョロキョロ見回すけれど姿がない。
浦原……どこだよ。
「黒崎サーン、ここっスよー。上、上」
 見上げれば、尸魂界から帰って来た俺たちを迎えに来てくれた時の空飛ぶ変てこりんな乗り物。
あん時も思ったけどさ、妖怪マンガに出てくるあの白い布のヤツに似てねえ? そう思うのは俺だけか? まあそんな事どうでもいいけどさ。
「わざわざ俺を迎えに来たのか?」
「んー、そう言いたいとこだけど、実は偶然」
 俺の手を引いて上に引っ張り上げながら、申し訳なさそうな顔の浦原。
「そっか……でも助かったー。まだ当分待たないといけなかったからさぁ」
 見つけてくれてありがとな。そう言うと、くしゃりと頭を撫でられた。
「じゃあ、見つけたアタシにご褒美くれる?」
「はあ? たまたま見つけただけなのにか? 図々しいぞ」
「いいじゃないスか。暑い中バス待たなくて済んだんですから」
「……仕方ねえなあ、何だよ。内容によっては聞いてやる」
 迂闊に「分かった」とか言えない。
 安請け合いすると時々浦原はとんでもない事を要求してきたりして、大概それは赤面する以上に恥ずかしい事だったりで──俺にとってだけなっ──絶対嫌だと言い張っても「いいって言ったじゃない」と、何だかんだで浦原に上手に誘導され履行させられるはめになるんだ。
 浦原の口から何が要求されるのか、どきどきしながら固唾を飲んで待つ。
「そのアイス少し分けてくれる?」
「そんなんでいいのか?」
 拍子抜けるような程簡単な要求に、思わずそんな事を言ってしまって「じゃあ、別の……あんな事とかこんな事とか……」などと言い出す浦原の目の前に、ぐいっとアイスを突き付けた。
「食え」
「あら残念」
 黒崎サンが期待していたような事に変えようかと思ってたのに……とか言いながら、俺の手ごとアイスを握って口許に寄せ……。
「! んっ……」
 思いきり強く引っ張られた瞬間。
 横から首と顎を同時に捕らえる片手の強さに、空いている片方の手で浦原の胸を押し返してもびくともしない。
それどころか深く重なる口付けに腕からは徐々に力が抜けて……溶ける。
照り付ける太陽。握り込まれた手に滴っていくチョコレートアイス。
じわじわと指の間に浸透して零れ落ち、小さな茶色い水たまりを作る。
「……ごちそうさま」
「……ふ、ぅ……信じらんねえ……まだ半分くらい残ってたのに」
 浦原の胸に凭れて、べとついた手と棒だけになってしまったそれを見る。
「弁償しろよな」
 ただの棒切れになったアイスの残骸を浦原の口に突っ込んだ。
「ハイハイ」
 二人を乗せたそれは大気を切り裂いて飛ぶ。
太陽は相変わらずの眩しさで照り付けるけれど、俺たちの周りは風の楯がその降り注ぐ灼熱の矢を遮って、伝わるお互いの体温が心地よいと思えるほどに守ってくれていた。






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"崩壊確率"の七海さんが、チョコアイス銜えて空を見上げている可愛い一護を捧げてくれました。あまりの可愛さにめろめろになった私は、そこから勝手に妄想の翼を拡げてみました(笑)このお話の元になった絵は七海さん家にあります。短いお話で恐縮ですが七海さんに限りお持ち帰りOKとさせて頂きます。……え、こんなのいらないですか?そんなこと言わずに〜(と、ぐいぐいと押し付けてみる・笑)
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keikoさんからいただいた素敵絵版絵のお礼に絵版で勝手に捧げ物をしたら素敵な浦一SSがお嫁に…!
わらしべ長者みたい…(違)
WJで魔法のじゅうたんで登場した浦原が非常にツボだったんですが、一護にちょっかい出すのにばっちりと活用されてるのがまた何とも言えず楽しいです!
こう、田舎のバスとかの、来るまでの時間が長くてじわりと熱が染み込むような空気とか、
無駄に川原を散歩してみたり、木陰に避難したり小さな店に入ったりした時のそんな感じを思い出しました
ありがとうございました!

05.07.29


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