風の音色 夏休みに入って初めての自宅──って、それってどうよ?! とか自問自答しながら一護は自室までの距離が今までになく長いと感じていた。 そればなぜか。玄関から始まって、親父と遊子の再会攻撃がハードだからだ。かろうじて夏梨がいつもの如く冷めていてくれるのが助かる。3人掛かりはちょっとキツイ。マジ勘弁願いたい。 そう思いながらやっと二人を、特にしつこい父親を振り切って部屋の中に転がり込み、床にバッグを置く。暫く居なかった部屋の中は蒸し暑くて、机の上に置いてあるリモコンを手に取り、スイッチを入れた。 チリ、チリチリ、チリチリチリチリチリチリチリ…… 突然鳴り始めた甲高いガラス同士が激しく触れあう音に、エアコンの吹き出し口付近を見れば、ちょうど風の当たるところに涼しげで可愛い金魚の柄のガラスの風鈴。 いつの間にこんなところにと思っていたら、勢い良くドアが開いて遊子が飛び込んできた。 「お兄ちゃんっ、どう? これ可愛いでしょ。この前みんなで風鈴市に行ってきたんだー。で、これはお兄ちゃんにお土産っ。柄はね夏梨ちゃんと選んだんだよ」 道理で遊子のお土産にしてはえらくまともだと思った。お土産を買って帰ってきてくれた妹に対して失礼な感想を抱きながらも、これをこんな鬱陶しい所に取り付けたのは親父だと一護は確信する。 なぜなら天井から吊り下げられているからだ。脚立なんてものは家の中にはないし、外にあるのはかなりでかいもので、遊子と夏梨ぐらいではここまで持ち運べそうにない。 机の上にあがって、天井に刺されたピンを抜き風鈴を下ろす。 「えーっ、せっかくつけたのに外しちゃうの?」 「……音が鳴り過ぎて、ちょっとな。別のところにつけるから」 口を尖らせて抗議する遊子を宥めて、バッグの中に宿題用の参考書とか教科書を詰め込んでいく。 「お兄ちゃん、今帰ってきたのにまた出ていっちゃうの!?」 「え、ああ……」 「だから、兄離れしろって言ってるじゃん。一兄だっていつか遊子のものじゃなくなるんだよ」 ほっぺたを膨らませて不貞腐れている遊子を夏梨が押さえる。母親が居なくなって年の割に大人びてしまったもう一人の妹は、聞き分けが良いけれどたまに一護がドキリとするような発言もしたりして、油断できない。 「あ、一兄」 「な、なんだ……」 着替えの服を入れ替えようと一護がチェストの引き出しを漁っていると、出ていこうとしたドアの影から顔だけ覗かせてじっと見つめる。 「お中元いっぱい貰ってさ、たくさんあってもどうしようもないってヒゲが言ってるから一つ持ってってよ」 テーブルの上に用意しとくから。そう言って遊子を連れて階段を下りていった。 閉められたドアを見ながら一護は兄貴としてたまには妹たちをどこか……例えば海とかに、連れてってやった方がいいんだろうかと思う。せっかくの夏休みなのに終業式当日から家に帰ってなくて、帰ってきたと思ったらまた速攻出ていく。遊子もだけど夏梨も少し淋しそうだった。 「気にするな性少年っ。家族より恋人が優先なのは当然のことだからな! ん? パジャマは持っていかんのか、そーかそーか、そんなもんいらん夜を過ごしてる訳だ……ぐおっ!」 「何勝手に、人の荷物漁ってやがるっ」 いつの間にか現れて勝手にカバンの中を探る父親に、強かに蹴りを食らわせてのたうち回るのを尻目に部屋を出る。 もう少しゆっくりしていこうかと思っていた一護はそれを諦めて早々に出かけることに決めた。 「い、一番いいのを父さんが選んでおいたからなぁ〜」 断末魔のようにも聞こえる親父の叫び声は家の外まで届いていた……かもしれない。 一護がリビングに降りればテーブルの上にでんと置かれた日本酒の瓶。 何が一番いいモノを選んでおいただ、このクソヒゲ。俺は未成年だってーの。こんなの浦原ん家に持って行ったって、飲めるのは浦原とテッサイさんだけじゃねーか。 そう思いながらも一護は縁側に座って杯を傾ける浦原の姿を思い出す。 滅多に吸うのを見せない煙管をその時は傍らに置き、月明かりで、星明かりで、雨夜には燭を灯し酒を飲む、電気という機械的な明かりは存在せず、自然の明かりか、柔らかな炎の明かりで。 それは趣があって、風流で、開け放した障子にすがる姿をきれいだといつも思った。いつかその隣に一緒に座り酒を酌み交わしても見劣りすることのない日がやってくるのが一護にはひどく待ち遠しい。 そんなことをつらつらと思い浮かべながら、しかたねえなとビンの首を掴み玄関をでた。 一護が店に着けばちょうど昼飯時で大きなテーブルの上には桶に氷とともに入れられた素麺が涼やかだった。飾り付けの蒼い楓の葉がさらに涼を添える。大きなガラスの皿の上に敷かれた和紙。その上にはからりと揚がった天ぷらが。同じくガラスの細長い笹の葉を模した器には様々な薬味が盛り付けられている。 だがその中の錦糸卵だけが少し焦げ付いて歪だった。 一護が一通り眺めて浦原を見れば、僅かに苦笑をその顔に浮かべる。 「ウルルがね……」 「がんばりました。」 ウルルが得意満面でガッツポーズをしている。 思わず笑ってしまった一護だったが、もう一度並べられた料理を見てやはりこれは浦原の趣味なのだと思った。 一見何事にも合理的なように振舞うように見えて、実は小さなところやたわいもなさそうなところに気を配っていたりする。 最初は図体の割に細かく動くテッサイさんの趣味かと思っていた。 床の間に飾られた掛け軸。生けられた花。庭の木々。 一護には詳しくは分からなかったけれど、そのどれもが華美にならず季節に応じて様々に変化するのを見てきた。 特に庭の木は花が季節の移り変わりにも絶えることなく咲くのを知っている。 その中でも春は、桜の花が小手鞠が紫蘭が山吹が見事に咲き誇って、桜の名所などに行くこともなくここの縁側で二人で花見をしたことを一護は思い出す。ついでに調子に乗って飲んだ酒に酔い、とんでもないことをしでかし大変な目に合ったことさえも思い出し一人赤面した。 「……一護サン、食べないんスか」 「あ、ああ……」 「顔、真っ赤スよ。何思い出してたんスか」 からかうように覗き込まれ、一護は「何でもねえっ」と恥ずかしさから不貞腐れたように目の前に差し出された箸を受け取り、つゆの入った猪口を持つ。 程よく冷やされた白磁のそれは、青い流線をその白に写して品良く夏向きだった。 食事を終えて暫くは浦原商店の休憩時間。 元々それほど忙しくないこの店のほとんどの接客はテッサイがしている。店長直々に接客というのは実はそれほど多くなかった。 一護がこの店に出入りしはじめた頃、浦原は客が来ても一護の相手ばかりしていて、その様子に自分が店の邪魔をしているのではないかと居たたまれなくなったこともある。だがテッサイから普段から店に顔を出すことはそれほどないことを聞かされ、逆に退屈紛れに無用なちょっかいを出そうとしてくる浦原を一護が押さえてくれているので助かっていると聞かされ、役に立っていると感謝されているのか、単にからかわれているだけなのか分からない微妙な気分にさせられた。 だが今ではもうテッサイの言っていたことが事実だったと理解できたし、実は浦原が側にいることが嬉しかったから一護はすんなりとこの状況を受け入れた。 今も店員たちには休憩時間、浦原にとってはただの食後の時間を一護と共に浦原の部屋で過ごしている。 葦簀を軒に立て掛けて蔭を作った縁側に浦原は一護を連れて横になる。冷やりとした木の床の感触が心地よい。 「涼みにきたんじゃねえのかよ」 暑いと言って引き寄せた腕の中からもぞもぞと這い出る一護をもう一度引き寄せる。 「そのうち肌寒いくらいになりますよ」 腕の中に再び捕らえた一護の額に唇をひとつ落として浦原は瞼を閉じた。 一護はいまいち納得のいかない顔で浦原の腕の中から庭を見た。 ほとんどが葦簀に遮られて見えないけれど、庭の端では百日紅が真っ赤な花を咲かせている。わずかに見えるつくばいの陰に白鷺草が咲いているのが見えた。 目を閉じると編まれた葦の間から涼しい風が吹き込んでくる。前からくる涼風と背中に感じる浦原の体温が気持ち良くて一護はそのまま眠りに落ちた。 少しの寝苦しさを感じて一護が目を覚ませば、そこは浦原の腕の中ではなく膝の上だった。 「起きるの早えーのな」 下から浦原を見上げながら、頭は膝の上に残したまま寝返りを打つ。 「一護サンの体温をね、少し侮ってたっス」 「……それは俺がお子様って言いたい訳?」 「風も少し弱まったみたいですしー」 「てめっ、話はぐらかしてんじゃねえっ」 浦原の右手に握られていたそれを一護は奪い取る。目覚める少し前から寝る前とは違う方向から吹く風に変だとは思っていた。 手にしたそれを見れば竹に薄く紙の張られた団扇。 「竹で出来たのって珍しいな」 「そうっスか?」 「だって普通、祭りとかコンビニとかで配られてるのってプラスチックだろ」 街頭で配られている団扇は、いつもなんの情緒もないものだ。プラスチックでも団扇の形を為してればましな方で、厚紙を丸く整形して指を通す穴をあけただけの簡易なものもある。 そんな中で目にした竹の団扇は目に新鮮で、しかもこの空間にしっくりと馴染む。 「起きたばっかりで喉乾いたでしょ、何か冷たいもの持ってきますね」 扇ぐわけでもなく黙ってくるくると団扇をまわして遊ぶ一護の頭を、たたんだ羽織の上に優しく下ろし浦原は部屋を出ていった。 目の前に団扇を翳す。淡い朱と薄墨でさり気なく描かれた金魚の柄が自分の部屋に飾られてあった風鈴を思い出させた。 そういえば、この家に風鈴はない。折々の季節の風情を楽しむ浦原が風鈴が嫌いなんて思えないし……。 一護は団扇の中の金魚とその向こうに見える軒の垂木の並びを見ながら、机の上に置いてきた風鈴のことを考えた。 ここにあれを持ってきたら駄目だろうか。じっと垂木を見る。 「一護サン、何をそんな真剣に見てんスか」 お盆の上に氷を浮かべた麦茶の入ったグラスを二つのせて、浦原が見下ろす。 「ん、実は……」 一護は今朝自宅に帰った時の事を浦原に話した。自分の部屋ではあまり役に立ちそうもない風鈴のことを。 「でもそれは妹サンが一護サンのために買ってきた物でしょ。だったら自分の部屋で使わないと駄目っスよ」 折角の妹サンの好意が無駄になってしまう。そう浦原は言う。確かにその通りで自分の部屋ではどうしようもないからとここに持ってきたのでは、一護の部屋から風鈴が消えたことに遊子は悲しむだろう。もちろん夏梨もだ。それに別のところに付けると約束したのは一護の部屋の中のどこかであって、家から遠く離れた別のところのことではない。 「でもさ、ここいい風が入ってくるから風鈴とかあったらいいかもって思っただけで……ないのか?風鈴。もしかして嫌いとか……」 「そんなことないっスよ。以前はあったんですけどねぇ、壊れちゃいまして」 それ以来付けてないのだという。こういうことにはマメだと思っていた一護は意外に思った。起き上がって麦茶で喉を潤しながら理由を聞くと、単に買いに行きそびれたまま季節が終わってしまっただけのことだった。 「だったら今度買いに行けばいいんじゃねえの?」 まだ夏が終わるまで暫くある。明日にでも買いに行けば十分季節には間に合うはず。 風の落ちた縁側で一護が浦原にも当たるように団扇を扇ぎながら言う。少し考え込んで浦原は、 「では今から行きますか」 と、言った。 浴衣に着替え露店の並ぶ通りを歩く。 今から行くと言われて何処にと思った一護だったが、風鈴市がまだ終わってないと聞かされ納得した。 一護は初めて行く風鈴市に一見祭りの出店のようだが、並べ飾られた様々な風鈴に目を奪われた。ガラス、金属、磁器……中には竹炭で出来たものなんかもある。 それらが夜風に吹かれて色とりどりの音色を奏でるのはなかなか良かった。ただ、中には強制的に扇風機で風を送って鳴らしているのもあって、それは今朝のエアコンの前の風鈴のように騒がしく少し耳障りだった。 「……あんまりいろいろあり過ぎて目移りする」 週末の夜ということもあってか、人通りの多い中でこっそりとその手を繋ぐ。 ゆっくり見ようにも人の流れに押され、浦原が手を繋いでいてくれなかったら、細身の一護はそのまま人込みに流されていってしまいそうだった。 「あっ、あれ」 「良さそうなの見つかったスか」 ごった返す人の合間からちらりと見たそれは自宅にあった遊子と夏梨が買ってきたのと同じもの。よく見れば江戸風鈴とある。 「同じものにしますか?」 悟った浦原がさり気なく聞く。だが一護はその問いに首を振って答えた。確かに同じものだったから目が行ってしまったけれど、もう一度見るあの風鈴は浦原の部屋に吊るすには可愛らしすぎるように見えた。 両端にずらりと並ぶ店を人波に押されつつも眺めながら二人して歩いていると不意に回りが開けた。 回りに人垣がなくなったことで、一護は思わず繋いだ手を離す。その焦って照れたさまに浦原はまだ一護の温もりを残す手を見ながら微笑んだ。 一護はといえば目の前に風に音をなびかせる風鈴に気を取られていた。 「ガラスとは違う音がするんだな……」 「それが気に入りましたか?」 一護の目の前で、短冊を風になびかせながら"チリン"と透き通る音を響かせるそれは高岡風鈴。黒一色の表面は艶やかな光沢を放ち重厚で落ち着いた雰囲気を持つ。鉄器で出来たそれの音色は金属特有の高く澄んだ音を奏でる。 浦原のあの部屋に、これはひどく似合うと一護は感じた。ガラスの風鈴も涼やかで良い。耳にも目にも楽しむのなら鮮やかに色彩を施されたガラスや磁器の風鈴でも構わないけれど……。 あの庭先に吊るすのなら、重厚であるけれどそれほどそのものの存在自体を主張しないで音だけが風と共に舞うこの風鈴が一番似合っていると、一護はそう思った。 目的のものを無事購入し人通りのない夜道を歩く。一護の手には先ほど買った風鈴の入った紙袋が握られている。あの思ったより人出の多かった風鈴市の会場で、人波にもまれた一護の浴衣は少し着崩れていた。 その衿元に浦原の指先が触れる。 「なっ、てめー何するんだ。ここ外だぞっ」 慌てて一護が後ずさる。浦原は衿元をかき寄せて真っ赤になって怒る一護を楽しそうに見た。 「キミの浴衣が着崩れてたから直そうとしたんじゃないスか」 「だったら最初からそう言えよっ、俺はてっきり……」 「てっきり……何スか? 何か別のことをされるとでも思った?」 人の悪い笑みを浮かべながら笑う浦原を一護はキッと睨み付ける。手負いの猫のようになってしまった一護に内心苦笑しながら、とりあえず少し浴衣を直した方がいいと告げると、そんなことより……と一護が足下に目をやった。 つられて見れば鼻緒に擦れたところが赤く擦り剥けている。 「慣れない下駄で長時間歩いたからっスかねえ。一護サンちょっと下駄脱いで足出して」 しゃがみ込んで自分の膝の上に一護がバランスをとれるように、差し出された片足を乗せる。よく見れば思ったよりも擦り剥けていて、このまま歩かせることは無理なように思えた。もう片方の足も同じだろうことは見なくても分かる。かなり赤くなって皮も剥けているからここまで痛いのを我慢していたんだろう。 もっと早く言ってくれればいいのに……浦原は小さく溜め息をついた。 「一護サン、恥ずかしいかもしれないけれど痛いのよりはいいでしょ」 言うのが終わるか終わらないかのうちにふわりと抱き抱えられて一護は焦った。 こんな往来で、人影なんかほとんどないにしても恥ずかしすぎた。 「裸足で歩くからいいっ、降ろせっ」 「そんなこと言ったってまだ結構道のりは長いっスよ。こんなところじゃタクシーも拾えやしないし」 だから大人しくしていろと言われ、一護は不承不承ながらも頷くしかなかった。 それでも「瞬歩で帰れよな」と言うことだけは忘れなかった。 「じゃ、落とさないようにしっかり持ってて下さいよ」 一護の胸の前に風鈴の入った紙袋を握らせ、脱がせた下駄を指に引っ掛けて一護を抱きかかえて立ちあがる。 カッと浦原の下駄が地面を蹴ると、その後はふわりと宙に浮いて流れるような早さで天を駆けた。 店の前に二人分の体重を感じさせることも音もなく浦原は降り立ち、暗い店内の畳の上に一護を降ろす。そのまま店に置かれた棚の引き出しを探って小さなケースを取り出すと一護をその場に座らせた。 「アタシ特製の傷薬っスよ、これ塗っとけばすぐに治りますから」 浦原が薬を塗り込めるそのはしから痛みがスッと消えていって、暗闇の中でも判るほどに赤みが引いていく。 「これで風呂に入っても沁みませんから大丈夫っスよ」 そう言って浦原は一護だけを風呂場に押し込むと自分は入らず奥に向かう。思わず引き止めてどこに行くのか聞いてみると準備があるのだと言った。 風鈴を吊るすのかと──一護自身が吊るしたかったから──拗ねたように言えば、笑ってそれはキミの仕事でしょと言われてほっとする。 薬のおかげか傷も沁みずにゆったりと湯に浸かっていたらそのうち浦原もきて、なんとなく浦原があがるまで一緒に浸かっていたら逆上せてしまいそうになった。 台所で冷たい麦茶を飲んでから浦原の部屋に向かう。 障子を開けてみれば目の前に広がる緑色。 「……これ何なんだ?」 「蚊帳っスよ」 手で触れながら一護が尋ねれば、浦原はいつの間にか一護の傍らに立っている。 「きっと風鈴の音を聞きながら眠りたいんじゃないかと思ってね、用意してみたんス」 「蚊帳って言葉には聞いたことあるけれど、見るのって初めてだ」 細かな網目状になったそれに、透けて見える向こうをじっと眺める。 「蚊帳をじっくり見るのは後にして、風鈴吊るしちゃいましょ」 促されて一護は先ほど購入した風鈴を取り出し、軒の垂木の適当な一本に吊るそうと背を延ばすが微妙に届かなかった。仕方なく踏み台になるものを適当に探そうと部屋に入ろうとしたところへ、腰の下からグイッと抱き上げられた。 「わわっ」 いきなりのことにぐらつく上半身に、とっさに浦原の肩をつかんでバランスをとる。下を向いて浦原を見れば「どうぞ」と置いておいた風鈴を差し出された。 「……すっげえ子供みたいだ」 照れとその扱い方に不貞腐れた表情のまま、差し出された風鈴を受け取る。 「誰も見てないから平気っスよ」 一護の少ししかめたその表情の奥にまんざらでもない感情を認めて浦原も静かに笑う。 そっと持ち上げた蚊帳の中に滑り込むようにして入り、柔らかな布団の上、浦原の腕の中で夜の暗闇と蚊帳越しにその姿は見えないけれど、時折気まぐれに吹き込む涼しい風にチリリン、チリンと涼を呼ぶ音を奏でるそれに一護は目をやる。 浦原は器用に一護を片腕に寝そべったままその音色を肴に杯を傾けている。 いつの間にか周到に用意された酒膳。 「なあ、それって今日俺が持ってきたヤツなのか?」 「そうっスよ」 「美味いのか?」 「……少し飲んでみます?」 「いや、いい……」 一護には酒の味はまだいまいちよく分からなかった。だが浦原が美味しいと言って喜んでくれたのならそれでいいと思う。 よく冷やされたその瓶は外気に触れて表面に露を結んでいる。 濡れたラベルを伸ばした指で触れてその露を払いのけてみた。 「アタシの一番好きな銘柄を一護サンが覚えていてくれて嬉しいっスよ」 思いがけない言葉に、とっさにそれは違うと言いそうになるのをグッと堪えた。 確かにテッサイに渡したとき誰が選んだとか、実はお中元のまわし物だとか、何も言わなかったことは確かだ。 出かけ間際の親父の台詞が脳裏に浮かぶ。 "一番いいもの"。 それはこういうことだったのかと一護は今更ながら思い、他人の功ではあるけれどこのまま何も言わないでおこうと思った。 上目にちらりと浦原を見ればいつもの計りしれない顔で笑っている。 きっと気付いてるに違いないけれど……浦原は何も言わない。 だったら自分に甘くくすぐったい誤解はこのままで……。 一護はそう胸に決めて風に流れる澄んだ音に耳を傾けた。
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1000か2000かのお礼で聞いたリクエストがやっと出来上がりました。しかし、ちんたらしているうちにカウンターは7000を超えているという…orz 今度は10000位になったらまた何かやろうかな、とか考えてます。当初このお話も18禁相当にする予定でしたがフリーで皆様に持ち帰って頂くために削除しました。どうぞご自由にお持ち帰り下さいませ。ただしここに直リンクだけは避けていただけると嬉しいです。リクエストを下さった七海さん。慎んでお礼申し上げます。(リク内容の『縁側、昼寝、風鈴、団扇』が一応出てますがご希望の内容に適ったかどうか…いやはや、心配です(汗))
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 日本の夏…風鈴と団扇と縁側で昼寝の夏…あ、浦原んちだ!と図々しくフリーリクを申し込んだらさらに蚊帳と青紅葉に浴衣まで! もちろん遠慮なく強奪してまいりました 夏独特の湿度とか光の鮮やかさと陰の暗さとか、暑いんだけどひんやりした感じを味わえる室礼がテキストで満喫できて幸せです 05.09.04 ← |
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