――――――――八千流。





あなたに出会ったときも、いつもと同じように紅い雨が降るのを見てた。
いつもと同じように血が流れて、いつもと同じように生きてる人が減って、
―――あの日も、それで終わるんだと思ってた
それは本当に突然、血の雨は何の前触れもなく途切れ、黒い細い鋼と共に舞った。
いつもと同じ血の雫がいつもと違う幾つもの曲線を描いて落ちる、それを辿って、あなたを見つけた。
「怖くないのか」とあなたは言った。「人の命を奪うものだ」、と。
けれど、あたしの周りではいつも誰かが死んでいて
もう心も動かないありふれた日常だったから
それよりも、目の前に降ることの止まない血の雨を止めてくれたその刃はむしろ
とてもきれいで、特別なものに見えた。
あたしを救ってくれたあなたは名を持たぬ自分に一番の死神の名を与えて、
そして。
―――そしてあたしに、
いちばん大切な、名前をくれた。




「やちる」




その日初めて、あたしは人として生きることを知った。

それからずっと、本当にずっと2人で生きてきた。
親子でもなく兄妹でもなく、それ以上にあなたはあたしの家族で。
名を訊かぬままの斬魄刀を携えて、それでもその名前通りの死神として。
あなたが闘って闘って生きていた、その邪魔をさせないのが
あたしの決めたあたしの役目で、だから
どんなときでも、何があっても、あたしはただ、あなたの姿を見てきた。
たとえそれが、どれほど困難で辛いことだとしても。
ただ、見守ってきた。


*  *  *


血の雨の軌跡を変えたその刃を青空にかざして
やっぱり名前は訊けないとあなたは言った。
だけど、それは仕方がないことだったのかもしれない。
本来手にした刀から聞くはずだったその名前は
どうしてだかあなたはずっと前から識っていて、そして
あたしにくれてしまっていたから―――




――――――――八千流。俺がこうありたい、と希む名だ。




手の中の斬魄刀から訊くべき名前を知っていて、
だからあなたは本当に「剣八」なのだ。
出会ったあの時から、紛うことなく「最強の死神」だったのだから。
ねぇ、剣ちゃん。あたしはあなたに、「八千流」に相応しかったかな。
物言わぬまま、ずっと傍にいたもう1人のあなたに申し訳なくなどないように
名前を呼んでもらえなくて、それでもずっとあなたと共にいた彼女の分まで。

「空を飛んでた雲の数まで覚えてるよ」
そう言ったのは嘘じゃない。
あなたと出会ったあの日は、あたしには、本当に大切な日だから。




ねぇ、剣ちゃん
あたしはあなたの、傍らに共にあるものであれたでしょうか









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おそらくは最後に闘った一護も、無茶をした剣八も、止めなかった自分も、
やちるは恨まないで後悔しないでこの先生きていくんだろう
剣ちゃんの斬魄刀は八千流って名前だったんじゃないかな、とふと思ってできた文章
ここまでお付き合いくださった方、ありがとうございました

03.12.21
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