いつも見ていた、冬の星空
司令部から一歩踏み出すと、冬特有の、きめの細かいひやりとした空気が押し寄せて来た。
数歩歩いて、空を見上げながら、ほうっと息を吐き出す。
俺の視界をふわりと白く覆って、それから広がって薄まって消えていって、
後にはさっき点けたばかりの煙草の先のオレンジ色と、そこから揺れて高く伸びる煙が残った。
それから、くっきりと晴れた濃い深い空に、白々と明るい冬の星。
門衛に挨拶して、5分も歩けば街灯もまばらになる。
まわりが暗くなった分増えていた星は、俺が知ってる田舎の星空にはもちろん及びもつかないけれど。
ここいらにしちゃ珍しく良く見えて、芯から冷えるような寒さと引き換えにしても、滅多にない綺麗な空だった。
このまま帰るのももったいなくて、ついつい立ち止まる。
淡く光に烟る様な青白い星の集まりが、紫煙の行方を追っていた目に入った。
* * *
いつだったか、大佐は俺に、星の話を色々教えてくれた。
午前中に処理した書類と、昼から出来上がった幾つか書類を束にして執務室に届ける。
また脱走中だろうと、確率から予想した部屋の主は意外なことにデスクに納まっていて。
昼休みに、大佐に彼女を取られたと落ち込んでたブレダを思い出した俺は書類を渡しがてら、軽口を叩いた。
｢大佐ー、あんた、いい加減にしないと、そのうち女性が星になって逃げちまっても知りませんから」
んで、猟犬に噛み殺されたりとか。
付け足して言ってやったら、
私が女性に逃げられるようなことをすると思っているのか、そう返して大佐は一瞬固まり。
そんで、にやりとそれはもう素晴らしく意地の悪い笑みを浮かべる。
口を開いて曰く。
｢プレアデスにアクタイオンか。お前にしては気の効いたことを言うじゃないか｣
…お前にしてはって、あんたそれ、いくら何でも俺に失礼だっての。
それから、大佐はひとしきり薀蓄を垂れた。
大佐の説明ははそれが錬金術にしてもそうでないにしても、とにかく難解で、
俺にはほとんど理解できないのが常だったけれど。
もう忘れてると思ってた星の話は意外に残っていて。
珍しく乗ってくる俺に気を良くしたのか、淀みなく話は続いた。
東方ではすばるって名があること、巨人アトラスの娘達でヒアデスの異母姉妹ってこと、
星の明るさとそこから算定できるエネルギー量、推定年齢…
そこから段々話は飛んで、しまいにゃ星を元ネタにした宇宙の科学になっちまったけど。
プレアデス姉妹の名前まで知ってるところが何とも大佐らしかった。
* * *
あん時もこうやって空見たっけ、そうぼんやり考えて、
そういえば街の星空を見たのはあれが初めてだったと思い出す。
田舎の夜空は、見上げれば全面に星が撒かれていて、手を広げたって伸ばしたって届くわけも掴めるわけもなくて。
それでも俺は、大人になったら今よりもきっと小さくなった空に手が届くと思ってた。
あの頃から随分と大きくなって、人よりも幾らか背が高くなった俺は、
街の隙間から見える記憶よりは随分と狭い星の減った空が、
それでもやっぱりあの頃と同じように深くて遠くて、手が届かないってことを知った。
オリオン 牡牛 大犬 子犬 神の双子 王の戦車
ベテルギウス、リゲル、老人星と若者星、赤い星、青い星、巨人の腕と、足
冬の夜空がとりわけ華やかなこと、
星座も、その神話も、星に名前があることや蒼い星白い星は熱いってことも、
毎日見てた空と、同じように毎日見てた星の本から覚えた。
シリウスは"灼き焦がすもの" プロキオンは"先駆け" アルデバランは牡牛の目、
ゼウスの息子は命を分け合い、王は仔山羊を抱いて戦車を駆った、
ベテルギウスとシリウスとプロキオンで大三角、
シリウスとプロキオン、ポルックス、カペラ、アルデバラン、リゲルでダイアモンド、
それから巨人のベルトの三つ星は東から昇るってこと。
少しずつ忘れかけてたそんな知識に、思わぬ大佐の話で再会して、
しばらくして俺は、星の本を買った。
そんなことをしなくても、あの田舎の星空はきっと忘れないけど。
あの頃読んだ星の話に、また会いたくなったのかもしれない。
晩飯食って風呂入ったら、ホットココアを作って、それからソファで本を見よう。
もう一度吐いた息が星空に吸い込まれるのを見送って、俺は帰り道を急ぐことにした。
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だからどうということもない、ただの日常
ハボに冬の星を語って欲しかった
実は最初普通に軍服だけ描いてて、あとで慌ててコートを足しました
真冬やし!寒いし!!と自分突っ込み
冬の星空はとにかく綺麗で吸い込まれるようなそんな感覚が大好きです
お馬鹿な文章にお付き合いいただいてありがとうございましたm(_ _)m
05.02.11
