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(身体が動かない…… 指一本動かせない……) 闇の底、DIOは意識だけでもがいていた。 悪夢の中をさまようようなままならぬ感覚。 100年前の戦いで、首だけになった時と同じ感覚だった。 (……だめだ、何が起きたのかさえ、思い出せない……) 混濁したまどろみの中で、DIOは口元に温かな液体が滴るのを感じた。 よく覚えのある、この濃厚で芳醇な香り……人間の血液だ。 温かな生命のエキスが唇に流し込まれる。 徐々に意識が戻り、鉛のように重い瞼をやっとの思いで細く開けた。 「………………」 最初に視界に入ったのは、闇のように黒い服だった。 視線を少しずつ上に移動させるにつれ、それが修道服を着た人間だと分かった。 胸に揺れるロザリオ、曲線的な身体のライン、どうやら女らしい…… その顔を見た途端、一気に今までの記憶が押し寄せてDIOは覚醒した。 「……プッ……チ……?」 「……DIO!!」 DIOの視線を受けた黒い瞳が驚きに見開かれ、懐かしい愛しい声が名前を叫んだ。 まぎれもない、親友のプッチだった。 「目覚めたの? ……わたしのことが分かる? ……ああ、DIO……!!」 感極まった様子でDIOの首を両手で持ち上げ、そのまま唇を重ねた。 まるで預言者の生首に口付けするサロメのように。 深く甘く、目覚めの挨拶にしては濃厚すぎる口付けにDIOは少し驚いたが、その刺激がかえって気付けになった。 自分からも舌を絡ませ、同じだけの激しさで応える。 異常極まる状況だが、当人たちは真剣そのものに互いの存在を確かめ合っていた。 血の味の唇が名残惜しそうに離れ、プッチが小さく息をつく。 「DIO……良かった、本当に良かった……」 黒真珠のような瞳が堪えた涙で濡れている。 手があれば涙を拭ってやりたかったが、DIOが何よりも先にするべき事は現在の状況を把握する事だった。 「プッチ……わたしはずいぶん眠っていたようだが、何が起きたかよく分からん ……もしよければ、君から事情を説明してくれないか?」 プッチはすぐにDIOの気持ちを察し、彼女が知る限りの事を話した。 ――DIOが承太郎との戦いに敗れたあの夜、奇しくもプッチは彼に遭う為エジプトを訪れていた。 館に向かう車中でポケットに違和感を覚え、手を入れてみると いつかDIOに『謝罪の印』として渡された彼の骨――それがひとりでに動いていた。 (これは……!?) プッチの掌の中で骨は方位磁針のように回転し、その先は一定の方向を指し示した。 只事ではない予感に必死に走り、辿り着いた大きな橋の下で見覚えのある金髪と、砕かれた頭部の一部を見つけた。 残骸のようになった親友の無惨な様を見ても涙は出なかった。 (DIOはまだ死んではいない) だからこそ、彼と自分を繋ぐ絆であるこの『骨』を通じて助けを求めたのだ。 プッチは破片となったDIOをひそかに回収し、復活の方法を模索した。 普通ならば生き返るはずもない致命傷だが、すでに人間ではない彼の体質に可能性を賭けた。 血液をエネルギーとする不死身の吸血鬼――回復には『血』が必要なのかもしれない。 祈るような思いで指先に刃を当てたプッチの試みは成功した。 原型をとどめないDIOのかけらに血を与えるたびに、少しずつ少しずつ組織が再生していった。 そして約1年が経過し、ようやく首だけが蘇生して今に至る――との事だった。 全ての経緯を聞き終え、DIOは深く息をついた。 「君に救われた、というわけだな…… 礼を言う」 せっかくエジプトまで来たというのにとんだ事に巻き込んでしまったな、と言いながらも DIOの心中は穏やかではなかった。 この忌々しい感覚――ジョースターの血を引く存在を痛いほどに感じる。 ジョナサンの身体を失った事で、ジョースターの血族との繋がりは途絶えたはずだが 奴らが生きていると確かに感じる。 ジョセフの血を吸ったことで一時とはいえ完全に首と身体が馴染み、ジョナサンの肉体と一体化したせいだろうか。 (……よくも!! よくもこのDIOに!!) 自分を二度もこんな姿にしたジョースターの血統への憎悪が業火となって燃え立つ。 特に承太郎……このDIOをコケにした挙句、時を止める我がスタンドさえも打ち砕いた奴は 土手っ腹に風穴を開けられた花京院をうらやましく思えるほどの無惨な死こそが相応しい。 意識が戻った今、真っ先に血祭りに上げてやりたい所だったが、首だけになったこの姿では スタンドを出せるかどうかも怪しい……と考え、DIOはふと笑みを浮かべた。 常人なら見ただけで失神しかねないほどの、凄惨な笑み。 彼の首を抱くプッチは怯えもせず、それを間近で見つめる。 「どうしたの? DIO」 自分がジョースターの血を感じるという事は、承太郎たちもまたDIOの存在を感じているはず。 DIOの復活を知り、いずれ再び倒しに来るだろう事は確実だった。 しかし、逆に考えればこれほど嬉しいチャンスは無い。 このDIOを倒した因縁深いジョースターの男が、自分からノコノコやって来るのだから。 『時を止めるスタンド』と『肉体』を引っ提げて…… (承太郎から奪うものは3つ。 忌々しいジョースターの血統。 もう一つの時を止めるスタンド『スタープラチナ』。 そして……奴の首をはねて血を啜り、その身体を乗っ取ってくれる!!) DIOは『天国へ行く方法』のため、いずれ自らのスタンド『世界』を失う覚悟をしていた。 代わりに、自分と同じタイプのスタンド――承太郎の『スタープラチナ』を我が物とする。 プッチの『ホワイトスネイク』の能力でDISKにして取り出せばそれが可能! 静止した時の世界に入門してきたジョースターの末裔。 そして、このDIOに敗北の屈辱をなめさせた男。 どんな事があっても奴の息の根を止めねばならない。 世界の頂点に立ち、止まった時の中を動けるのはこのDIOたった一人だ。 「プッチ、見ての通りわたしはこんな姿だ。 君がわたしの手足の代わりとなって、協力してくれないか? 新しい肉体と『天国』を手に入れるために……」 「もちろん、DIO…… あなたのためなら」 頼もしい共犯者は二つ返事で了承した。 母が我が子を抱くように、愛しそうにDIOの首を胸に抱き締める。 彼女を抱き返す腕も胸もないのがもどかしい。 ――承太郎の肉体を手に入れたら、今度こそ君とわたしは永遠になれる。 二人はもう一度、誓うように口付けを交わした。 星の光さえも差さない闇の中、悪の神話が幕を開けた。
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