「殿、私はこの男を召し抱えるのは反対でございます。むしろ直ちに首を刎ねるべきかと」

軍師の進言が冷たく響いた。
降将の処遇についての審議中だったが、その言葉に主である劉備は思わず座から立ち上がった。
兵たちに引き据えられてきた、獣のような男が目の前に蹲っている。
顔を覆う恐ろしげな仮面と相まって、戦場で出会えば人か魔か分からないだろう。
劉備は孔明の制止を振り切り、自ら段を降りて俯いた魏延の顔をその手で上げさせた。
魏延のおびえた獣のような眼と、劉備の穏やかな眼が合う。

「わざわざ私を慕って降ったお前を斬れるものか」

その優しい声も、触れた手のあたたかさも、魏延が初めて感じるものだった。
疎まれ、恐れられるばかりの自分を受け入れてくれる者に出会ったのは初めてだった。


その夜、魏延は劉備の寝室の外にいた。
劉備の取り成しによって幸い首は繋がったが、降将という立場は変わらない。
明日から早速戦場に出て、自らの働きで忠誠を示さなければならない。
その前にどうしても命を助けてくれた劉備に礼がしたかった。
何と言おうか魏延が外で悩んでいた所、寝室の中の劉備が不審な影に気付いた。

「!? 誰かそこにおるのか?」
「……劉備……我……魏延……」

刺客かと劉備は身を固くしたが、魏延と分かると安堵した表情になった。
夜着一枚しか身につけていない事に少しためらったが、劉備は魏延を寝室に上げてやった。
身体の稜線が無防備に薄絹に透けている様が薄灯りに艶かしく浮かぶ。

「孔明がいなくて良かった、見つかったらきっとうるさく言われるだろうな」
「……劉備……女人……」
「ああ……見ての通りだ。女人に膝を折って後悔したか?」

魏延は首を横に振った。この仁君が何であろうとも構わなかった。
それに初めて触れられた時、匂いで何となく分かっていたせいもあった。

「一体どうしたのだ? こんな夜更けに」
「……我……劉備ニ命助ケラレタ……ソノ礼……」

そう言って魏延は膝をつき、仮面を外した。
こうして自ら素顔を見せるのは初めての事だった。
叛骨といわれのない誹りを受け、恐れられてきた魏延はいつしかこの不気味な仮面で
感情と表情を隠すようになった。
心からの忠誠を誓い、命を捧げる相手にのみ素顔を見せると決めて。

「劉備、我ノ命助ケタ……我ノ命、劉備ノ物……」

月の光に照らされた魏延の素顔は、獰猛なほどの戦い振りからは考えられないほど穏やかなものだった。
ただ憂いを含んだ眼は、戦の中でしか生きられなかった孤独を映すようだった。
その余りにひたむきな眼に劉備は堪らなくなり、そっと魏延の手を取った。

「孔明はお前を叛骨の相だと言っていたが……そのような事、気にする事ではない。
私にはお前の力が必要なのだ、礼ならば命ではなくその働きで示してくれれば良い」

劉備のあたたかな体温も優しい言葉も、魏延が求め続けてきた安らぎそのものだった。
自分も劉備に触れたくて手を取ろうとしたが、鋭い爪が掠めて柔肌を傷つけてしまった。

「あっ……」
「……済マヌ……」

繊手にかすかに滲んだ血を舌で舐め取る。
魏延のその仕草はどこか可愛らしく、大きな獣に懐かれたようだった。

「ふふ、止せ、くすぐったい」

慈雨のような劉備の言葉に、温もりに、魏延は渇きを自覚した。
見詰め合うだけ、言葉を交わすだけで充分だと思っていたのに、もっとその先が欲しくなってしまう。
しかし口に出せば軽蔑されて見捨てられるかも知れない、と思ったが止められなかった。

「我……劉備……欲シイ」

劉備は少し驚いたようだったが、やがて自分の頭を撫でる手が止まった。
恐る恐る見上げると、美しい主君は牀に腰を下ろして恥ずかしげに微笑んでいた。

「おいで、魏延」

魏延は差し伸べられた手を取った。三度目に触れたその柔らかな手は少しだけ熱かった。


牀に組み敷かれ口付けを受け入れながら、劉備は昼間の孔明の態度を思い出していた。
―初対面の将にあんな事を言い放つなど、孔明らしくもない―
無口で恐ろしい容貌だから魏延は誤解されやすいのだろう。特に孔明のような口の立つ文官肌からは。
しかし、こんなにかけ離れた性質の男が二人とも自分を欲しがるというのも妙な話だ。
もし今夜孔明と同衾していたら、あの仕事熱心な軍師は睦言代わりに魏延への不信について
延々と語ってきたに違いない。
孔明の事は誰より信頼しているが、だからといってこの不器用な男が悪く言われては可哀想だ。
劉備はそっと魏延の逞しい胸に触れた。速く力強い鼓動が掌に伝わる。
魏延も湧き上がる情欲を必死に抑えながら、劉備が纏う薄絹を剥ぎ取った。
羽根が触れるような孔明のそれとは違う、荒々しい手つき。
しかし自分を傷つけないよう注意しているのが劉備には分かり、全く恐ろしくはなかった。
口付けながら耳や首筋に軽く歯を立てられ、知らず声が漏れる。
ごつごつした掌に乳房を掴まれながら、劉備は母が子にするように魏延の背を撫ぜてやった。
劉備の肌がしっとり熱を帯びてきたのを感じてか、おもむろに魏延は腿の間に広い肩を割り込ませた。
秘められた園に熱い息がかかり、劉備はかすかに震えた。

「……あぁ……そこは……」

獣が水を飲むように舌を伸ばし、雌芯を弄られ蜜を味わわれる。
恥ずかしさに脚を閉じようとしても、魏延の武骨な手が腿を押さえておりかなわない。
容赦のない舌遣いに気をやりそうになり、劉備はすすり泣くように喘いだ。

「……劉備……辛イカ……嫌カ?」

泣いているのかと思ったらしく、魏延は気遣うように動きを止めた。
辛くはない、と劉備は涙目のまま微笑んだ。

「優しいな、魏延は」

お前が好くしてくれるから涙が出てしまった、と言うと魏延は不思議そうにしていた。
人が悦びで流す涙があると初めて知った。
主君をもっと気持ちよくさせたくて、一層愛撫が激しいものになる。
腕の中で劉備が乱れる様を見ながら、魏延は自分の心がどうなっているのか分からなかった。
澄んだ静かな泉のようでもあり、激しく燃え盛る炎のようでもあった。
やがて劉備は花が散るように静かに果て、弾む息を抑えながら魏延に囁いた。

「私ばかり、好くなっては…………お前の……好きにするがいい」

その意味を解し、魏延の頭の芯がかっと熱くなる。
劉備の身体を軽々と転がしてうつ伏せにさせ、果てたばかりで重い腰を高く持ち上げた。

「あ……!」

月明かりに照らされた白い背中と乱れた黒髪の対比が、生々しく魏延の眼に焼きついた。
圧し掛かられるのを感じても劉備は抵抗せず、まるで獣が番うような格好で雄を受け入れた。

「……んぅっ……はぁ……」

猛々しい楔に柔らかな肉が押し拓かれる甘美な感覚に、劉備は堪らず吐息を漏らした。
その悩ましい響きに煽られるように、魏延はもっと奥へと腰を進める。
根元まで収まって身じろぎすると、繋がった箇所が秘めやかな蜜の音を立てた。
やがて始まった激しい突き上げに耐え切れず、何かに縋ろうと細い指で絹の敷布を掴んだ。

「……劉備……劉備……!」

魏延に名を呼ばれるたびに、発情した獣のような荒い息が耳朶を嬲った。
それに応えられるような余裕は最早なく、劉備はただ声を抑えるのに必死だった。
壊れてしまうかもしれない、と少しだけ怖くなったが、すぐに何も考えられなくなる。
こんなにも激しく貪られるような交合は久しくなかった。
貫かれる度に良い所に当たって、腰が砕けてしまいそうになる。
劉備が果てるのに合わせて魏延は細い身体を荒々しく揺さぶり、最奥に大量の精を放った。
熱い精が内腿を流れ落ちるのを感じ、劉備は半ば放心して息をついていたが
魏延はしっかり劉備を抱き締めたまま離そうとしなかった。

「あっ……ま、また……」

まだ硬いそれが胎内を穿っているのに気付き、劉備は慌てて魏延を止めようとしたが遅かった。
何度も気をやって遂に失神した劉備が魏延に頬を舐められ起こされたのは、もう夜明け近くの事だった。

「……我……劉備ノ為、戦ウ……敵、殺ス……」

主君への心からの誓いを精一杯言葉にする。
閨房には相応しくない些か殺伐とした台詞だったが、それでも真情は伝わった。

「魏延……共に乱世を終わらせよう」

そう言って微笑む劉備に魏延は頷いた。獣はもう孤独ではなかった。

(終)

 

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