・エロなし
・曹丕と弓護衛武将・徐晃と羽扇護衛武将の話
・年代などはあまり気にしないで下さい

魏軍が戦に出る前日、護衛武将―夏侯秋は少しばかり落ち込んでいた。
伊珠はその元気のない様子が気にかかり、同輩の少女に優しく声をかけた。
どうされたのですか、と訊かれ秋は俯いた顔をゆっくり上げた。

「今度の戦、おじ様と離れ離れになっちゃうの……」

護衛武将は敵将の首を挙げる事よりも、将を守り抜く事にその力を発揮するが
いつも決まった相手のみを護衛するわけではない。
自軍の将ならば誰であろうと傍に付いて守るのが護衛武将の任務である。
伊珠も今回は夏侯惇ではなく、徐晃の護衛を命じられていた。
いくら夏侯秋が自分の伯父―夏侯淵を慕っていようと、護衛の任についている以上
人事にわがままを言うわけにはいかない。

「ですが、夏侯淵将軍と離されるのは将として一人前と認められたからと
私は思いますよ、秋さま」

可愛い子に旅をさせる意味で自らの庇護下を離れさせようと、夏侯淵が自ら願った事かもしれないと
伊珠は秋を励ましたが、本人はまだ浮かない顔でいた。

「うん……それはすごく嬉しいんだけど、護衛する方が……」
「? 折り合いの悪い将軍でもおられるのですか?」
「ううん、それがね……曹丕殿で……」

伊珠はすぐに納得した。
曹・夏侯の一族は多才な傑物揃いだが、性格は十人十色である。
魏軍一気さくな将と、冷徹・冷血・冷酷と三拍子揃った御曹司ではとんでもない差だ。
秋にとって曹丕は従兄にあたるがあまり喋ったりした事はなく、何だか怖い人だという印象だった。
意地悪をされたり嫌味を言われないか不安で仕方なく、それで此度の戦も気乗りがしなかった。

「甄姫さまだったらきっと歓迎してもらえたでしょうにね……」
「無理……だって甄姫殿の護衛志願の人は十年先までいっぱいだもの」

夏侯淵から冗談交じりに聞かされた話だったが、甄姫の護衛権を巡って
血を見る争いになった事も実際にあり、あながち大袈裟な表現ではなかった。


<曹丕&弓護衛武将>

「此度の戦、お供させていただく夏侯秋でございます。宜しくお願いします、曹丕殿」

拱手する夏侯秋を興味なさそうにちらりと見やり、曹丕は視線を竹簡に戻した。
その隣に控える司馬懿も、秋などいないように振舞っている。
無視されて内心冷や汗をかきながら、せめて一言だけでもかけていただこうと
秋はめげずに自分を売り込む。

「あのっ、私弓が得意で、夏侯淵将軍ほどではありませんが遠くの敵も」
「我が軍は余程人材不足のようだな、仲達?」
「…………!!!」

聞こえよがしに皮肉を言われ、いくら秋でもその意味が理解できないわけではなかった。
二人に冷笑で見送られ、秋は半ベソで幕舎を退出した。
自分の幕舎に帰る気にもなれず、本陣の隅で膝を抱えているとどこからか紫の蝶が飛んできた。
振り向いた先の妙にきらびやかな男は、秋と同じく夏侯淵を慕う将、張コウだった。
弱音を吐くなど彼の美学に反すると思いながらも、秋は誰かに縋りたい気分だった。
人の良い事に張コウは秋の愚痴に付き合ってくれた。

「長い人生、思うようにならない辛い時もあるでしょう……
しかしそんな時こそ、より美しくあるべきなのです! それこそが真の美しさなのです!」
「美しく……」

不思議な事に、張コウと話しているうちに自分の悩みがとてもちっぽけに思えてきた。
人間関係における悩みなど、究極の美を追い求める張コウにとっては
悩みの内にも入らないのかもしれない。
とにもかくにも張コウに励まされ、夏侯秋の士気は再び盛り返した。

「よーし、頑張るぞ!」


戦が始まっても、曹丕は護衛と一言も口をきかなかった。
自分の親族ではあるがただそれだけで、甄が買いかぶるほどの事もない、つまらない小娘だった。
置き去りにしてやろうと曹丕は馬をとばしたが、秋はそれでも必死でついてくる。
前線の拠点に向かう途中、命知らずの敵将が首を取って手柄にしようと向かってきた。
初戦のはなむけにしてくれると曹丕は受けて立ち、流れるような太刀筋で逆に敵将を翻弄する。
とどめを刺そうと曹丕が剣を振り被ったまさにその時、敵将の身体に何本もの矢が突き立ち
その場に崩れ落ちた。
矢の射線を目で辿ると、夏侯秋が「敵将討ち取ったり!」とはしゃいでいたが
曹丕の凍りつくような視線に気付き、武功を横取りした事を悟り青くなった。

「……余計な事を……」
「……申し訳ありません……」

その時、弓兵が木の陰の死角から曹丕を狙っているのに気付いた秋は
矢をつがえて射返す暇もなく、危ないと叫んで曹丕を思い切り突き飛ばした。
狙いが外れ、矢は二人の頭上を飛んで行ったが、折悪しく曹丕が倒れこんだ所に
別の敵将を乗せた馬が突っ込んで来た。

「あっ」
「あっ」

その場にいる誰にとっても想定外の事態に、皆何も出来ずに運命を受け入れるしかなかった。
曹丕は馬に撥ねられ頭からまともに地面に叩きつけられた。
護衛に老酒を無理矢理口に流し込まれてむせ返り、ようやく気がついたとき
傍らには針鼠のようになった敵将が転がっていた。

「お前は私を護衛しに来たのか? それとも邪魔をしに来たのか?」
「本当に申し訳ありません……」


敵陣深くまで進軍し、小休止する事になった。
ところが強行軍で疲れ果てた護衛の腹の虫が鳴き始め、これではいつ敵兵に見つかるか分からない。
睨み付けて見ると秋の戦袍は破れてほころび、手足は打ち身や擦り傷だらけなのに気付いた。
それとは対照的に曹丕の戦袍はきれいなもので、ここに来るまで一度も敵の刃を受けてはいない。
乱戦の時は特にちょこまかして鬱陶しいと思っていたが、自分に怪我を負わせないために
敵の攻撃まで受けていたのか。
曹丕は小さく舌打ちをして、護衛にここで待っているよう命じてどこかへ行ってしまった。
しばらくして戻って来た曹丕は仏頂面で秋に肉まんを差し出した。

「物欲しそうな顔をされては戦ができぬわ」

補給拠点から持ってきたものらしく、まだ湯気が立っていた。
わざわざ私の為に持って来て下さったのかしら、と秋は思った。

「食せぬなら川に捨てるぞ」

捨てられてはかなわないので、謹んで曹丕の手から肉まんを受け取った。
秋は肉まんを食べようとしたが、手で半分に割って片方を曹丕に差し出した。
何の真似だ、と訊かれて秋は自分のしたことに気付き、慌てて弁解した。

「すみません、いつもおじ……夏侯淵将軍と半分こしておりますのでつい…… 失礼致しました」
「…………」

曹丕はいかついくせに朗らかな叔父の顔を思い浮かべた。
叔父とこの護衛は、いつもこんなふうに戦場で互いを気遣うのだろうか。
あの男ならこの小娘に余計な傷など負わせないのだろうか。

「寄越せ」
「えっ」
「寄越せと言っている」

曹丕は秋の手から半分の肉まんを奪い、眉間に皺を寄せて頬張った。

「おいしいですか?」
「……黙って食せ」
「はいっ」

後日、兵の噂でこの事を聞いた司馬懿は羽扇の陰で笑いを堪えていたという。


<徐晃&羽扇護衛武将>

徐晃は危機に陥っていた。
何故かと言うと、彼の護衛に伊珠がついたのがそもそもの原因であった。
女にまるで免疫のない徐晃には、甘い香りも涼やかな声も修行の妨げ以外の何でもない。
美しい護衛が側に来たり声をかけたりするだけで真っ赤になる有様だった。
伊珠を振り切ろうと必死で前へ前へと突進していった結果、敵陣深く突入し過ぎて
深手を受けたと言うわけだった。
出血のせいで霞む視界の中、ぼんやりと白く丸い何かが見えた。
(に、肉まんでござるか……!? 有り難い!!)
徐晃は躊躇わず手を伸ばしてそれを鷲掴みにした。

「ぁんっ!!」

柔らかくあたたかな感触を掌に掴むと女の嬌声が耳を打ち、徐晃ははっと正気づいた。
肉まんだと思って掴んだものは、青い女官衣が破れて露わになった伊珠の乳房だった。

「………………!!!」
「じょ……徐将軍、何を!?」
「ごごご誤解でござるこれはその肉まんが伊珠殿で決してわざとでは」

あまりの衝撃に気が動転して徐晃は弁解もままならない。
伊珠はぽかんと見ていたが、すぐに徐晃の手を自分のしなやかな手で優しく退けてやり
彼の傷を癒そうと微笑んで羽扇を翻した。

「自重なさいませ、徐将軍」
「……かたじけない」

所々傷ついた伊珠の姿に、自分の身を案じて乱戦の中を追って来たのだと徐晃は悟った。
女の身にそんな危険な事をさせた上傷まで負わせてしまい、済まない気持ちになる。

「徐将軍……どうされました?」
「……拙者は……まだまだ未熟だと……」

項垂れた白頭巾の頭に伊珠は首を傾げる。
伊珠本人は、胸を触られた事も傷を負った事も屁とも思っていないようだった。

「そんなにくよくよされては勝てる戦も勝てませんわ、気付けに一献いかがです?」

伊珠は笑って老酒の壷を徐晃に差し出した。
徐晃も酒は嫌いではないので有り難くいただく事にしたが、妙に中身が減っている気がした。
まさかと思って伊珠の顔を見ると、白皙の頬が淡く染まり瞳は潤んでいる。

「お嫌ですか? それなら代わりに……この私ではご不満ですか?」
「い、伊珠殿!!?」

伊珠が相当聞こし召している事よりも、あまりに艶かしい台詞に徐晃は再び動転した。
いい香りのする柔らかな身体を押し付けられ、耳に甘い吐息を吹き掛けられる。
股間に滑り込んできた巧みな指の愛撫に歴戦の勇将はなす術もなく陥落した。

「あら、こちらも逞しくていらっしゃるのですね……うふふふ」
「うわああぁぁぁぁ堪忍して下され――――――!!!」

その絶叫は誰にも届かぬままに男になった、徐公明33歳の秋だった。
あんなに良いものならば一生知らなければよかった、と後に徐晃は語ったという。

 

 

 

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