「おお空と土と海の精霊たちよ、かくの如き僥倖を俺に恵みたもうた事を感謝する」
目の前に広がる光景に面をずらし素顔を晒したオキクルミの声は僅かに上擦る。
その目が捕らえて離さぬのは、一糸纏わぬ想い人の姿。
流麗な柳のような体躯についた手に収まる程ではあるが形良く膨らんだ胸、引き締まった
尻と白い太もも、そしてそれが間に抱く茂み…
ようやく念願叶い夫婦の約を結んだ幼馴染の裸体に歪な形に口を歪め、じゅるりと涎を啜るその姿は、
まさしく変態の名に恥じぬ姿。クトネシリカが輝いた時の雄姿からは想像できない程のムッツリっぷりだ。
隣では若き村長が呪にかけられたように、カイポクの隣で惜しげもなく豊満な肉体を晒している呪い士を
見入っている。「空と土と海の精霊たちよ…」となにか小声で呟いているがその内容はオキクルミと同じ。
しかもどこかにやけたその表情は、黙っていれば整った顔と威厳を台無しにしている。面を外しているせいか
今はそれが顕著に現れているのに彼は気付いていない。
そしてその隣では…
「ああああアマテラス君なんてビューティフルなんだゴフぁ!!ああ見えてる見えてるぅ!!」
滝のように鼻と口から血を噴出しながら悶える人倫の伝道師がいた。この男は…普段からこうなので
特にイメージを損なう事はない。
まあなんでこんな事になったのかというと…
「今日こそッ!トゥスクルの裸を拝ませていただくぜ!」と息巻くワリウネクルを興味本位で
つけたサマイクルが出くわしたのは、温泉に入りくつろぐオイナの娘達。
思わず覗き込んでしまった所にケムラムを退治して帰路につく途中だったオキクルミが現れ、
今に至る。
肝心のワリウネクルは何処からとも無く現れた大神に一閃で叩き落され憐れ逃げ帰っていたが
覗き魔を追い払い安堵したのか熱い湯に和み気が緩んだのか薄くなった警戒にこれ幸いと
彼らはいつの間にか加わった月の民と共にムッツリと覗きを決め込んでいるというわけだ。
そんな彼らの耳には、もちろん無防備な女同士の会話も入ってきている。胸の大きさ、容姿、
想い人の話等々。しばしうっとりと耳を傾けていたのだが…
「…ね、トゥスクル!あんたはどうなのさ?」
「わうわう!」
「はは、そんな性急な話ではあるまいに。…ん?これ、イッスン。そんなところに入るでない、
あ、やめないかくすぐったい」
「わん!」
イ ッ ス ン !?
聞きなれた人物名に思わず目を凝らす男3人。その視覚にトゥスクルの豊かな胸の辺りから飛び跳ねている緑色の光が
はっきりと映った。それが勢い良く跳ね、今度はカイポクの胸の谷間にすっぽりと収まり、身を捩じらせカイポクが笑う。
「もうちょっとくすぐったいってば!イッスン」
「プフフ、カイポク姉、まえより育ってらい!あれか?オキクルミの野郎に揉まれたか?」
「わうん!」
コロボックルとはいえ男なのに警戒されないのは羨ましいと思うサマイクルの横で、オキクルミとウシワカの表情が次第に
険しいものに変わっていき…なにかがぷつりと切れた瞬間サマイクルがとめる間も無く温泉に向かって突進した!
「ゴムマリぃぃぃいいいいぃ!…アマテラス君と混浴をするなんて100年早いよベイベエェ!!」
「イッスン――ッッッッ!!!貴様ァ―――――!!!」
唖然とする3人と1匹。その中でも流石はアマテラス、遅いくる変態共に一閃を放つが、それはウシワカに当たっただけだった。
しかも何故か当たっているのに「無駄」の嵐。
そうこうしているうちにオキクルミがカイポクを掻っ攫って森の中に消えていき、
ウシワカが身の危険を感じて逃走するアマテラスを追っかけて森の中に消えていき、
そこに残ったのは何事も無かったようにのほほんと温泉につかるトゥスクルと、固まったままのサマイクルだけだった。
「ふむ。追いかけられたし、追いかけたし、か」
面白そうに目を細めてトゥスクルは呟く。
アマテラスは特に問題は無いだろう。切れなければ凍らせればよい事。それに電光丸17000回切りにより、
最早アマテラスの一閃を凌ぐほどの攻撃力を持つイッスンが付いているのだから。
カイポクには同情するしかないが、オキクルミのガス抜きは必要だ。
ある日突然プッツンきていつかのように無理矢理やられるより、ある程度理性を残していた方がカイポクの
ためにもなる…どちらにせよもう両に想いあっているのだから大丈夫だろう、と老婆心にも思う―それよりも。
視線を一点に固定すると、「相手に届く」ようにさらりと言い放つ。
「さて、村長殿も入るかね??気持ちよいぞ」
すっくと立ち上り、温泉の外に足を踏み出し一歩一歩近づくトゥスクルに、サマイクルは石化する。
覗き見がばれていたショックでうろたえることも出来ない彼の目の前に立つと、腰に手をあて呆れたように
こんな所にヨモギが生えるかと言い放ち、そして薄く笑った。
「それともサマイクル殿は私を凍死させるつもりかね?」
しばらくサマイクルは逡巡し、あきらめた。
「は、入らせていただく…」
顔が赤く熱いのはきっと急に熱いところに入ったからだと必死で自らに言い聞かせているサマイクルを
ざっくりと切った黒髪をかきあげ、トゥスクルは面白くなさそうに眺める。
堂々としている彼女に比べ、サマイクルは端っこで体を縮こまらせている。顔すらそむけている。実に面白くない。
かの英雄には劣るがせっかく立派な体躯を持っているのだ。もっと堂々とすれば好かろうに、それでは普段の心労も
癒せぬぞと言えば、いや、これで大丈夫だからと蚊の鳴くようななんとも情けない答えが帰ってくる。
この様子では頭上のヨモギもきっと萎れているに違いない。
「まったく、この…生真面目頑固ものめが」
なんというか、村長のあまりの情けなさっぷりにトゥスクルはぼそりと呟く。
ざぶざぶと縮こまる村長の側に近づき、隣に座るとさらに体が小さくなった、様な気がする。
「それとも目を背けるほど我に魅力がないとでも言いたいのかな村長殿は」
水をすくい上げ横目でちらりと見れば、もごもごと何か呟いたのが聞こえた。心なしか腰が引けているような気がする。
(この朴念仁)
我が他の男に斯様なことをするとおもうてか、とトゥスクルは内心で毒づく。言うなれば好きな子にちょっかいをかけた、
というところだが、サマイクルのリアクションをこれだけ情けなく感じるのは、それだけ期待していたと言う事か。
サマイクルの所為ではないが次第に募る苛付き。からかい程度に吐き出した言葉は以外にも辛らつだった。
「我らが村長殿は差し出された膳も喰わぬ…喰えと言っても喰えぬのであれば役割も果たせぬのであろうよ」
あまりの言い草に、流石にサマイクルは怒気も露わに立ち上がった。勢いに任せ肩を掴み近場に有った平たい石に押し倒す。
が、押し倒しただけで何もする事ができず所在無さげに視線をさまよわす羽目に。そんな様子に彼らしいなとトゥスクルは思う。
「それからどうするのだ?サマイクル殿?」
「ぅ…むう…」
「好事魔でないのは好い事だが、閨の中まで村長ぶられると此方とてかなわんわ」
つ、つつっ、と指で胸から咽喉、頤までなぞり上げ、ぴん、とはじく。
「さて、どうするかねサマイクル。」
余裕の光をたたえる黒曜石の如き瞳。
オイナ随一の戦士も、オイナ随一の策士には適わなかった。
サマイクルの中の「村長としての自分」に「ただのオイナの男」が勝った。
つまりは欲望に負けた。
「………い、いただかせて、い、いただく」
からくり人形のような動きでサマイクルは、トゥスクルの唇に自分のそれを重ねた。
柔らかな感触に、手が吸い付いて離れない。
オキクルミから聞いてはいたがこうも甘美で中毒性のある物だとは。
絡む柔らかな感触に鳥肌が立つ。結局唇を離したのは自分の息が続かなくなったためであった。
白い肌に強く口付ければ、ポツンと赤い花が咲く。
息を整えつつも、トゥスクルは未だ余裕綽々だ。
「ふむ、書物ではそうあるが、こんな感じなのか…」
どこ吹く風で呟く呪い士にサマイクルは流されつつも見返してやると心に誓った。
…………とはいっても実際どうすればいいのか皆目検討が付かぬ。とはいえここまできたのだから何かせねば
ならぬ…。何気なしに先ほどから無意識のうちに触れていた柔らかな両の胸に目を移すと、それは赤子の頃を
思い出させるような懐かしい、しかし母親のそれとは違う魅力を備えているように思われた。
惹きつかれるように顔を近づけ、つん、と立ったその先を軽く口に含めばなんとも甘酸っぱい香りと
心地良い感触が。ころころと舌で転ばせば先ほどとは少し毛色の違う吐息が漏れる。
ちらりと表情を垣間見れば、今までのとは違う、少し幼げな恥いの表情が見えた。
サマイクルの視線に気付いたのか、トゥスクルは微笑む。
「まあ、聞き知っただけだからな。所詮は生娘。丁重に扱ってくれたまえよ、サマイクル殿」
「な…!!!!き…きむす…!!!?」
よく言うだろう耳年増と言う言葉に、実体験では相手も自分も同じ土俵の上だったのだが、幼少からの友の中で
「いい年して遅れている」のは自分だけと思い込み焦った我が身にサマイクルは恥じ入る。
一族のホルケウ(狼)の性と併せよくよく考えればわかったはずなのだが。はまるまいと思ったそばからまた策士の
策にはまったような気がして情けない。
やり方をよく知らぬ同士なんとかやっていこうではないか、とあっけらけんと耳元で囁かれ、耳まで真っ赤になった村長は
こくこくと首を縦に振り、困ったように口を開く。
「で…次にどうすればよいのだ?」
「…馬鹿者」
それを女人に聞くかね?と一蹴にふされ、とりもなおさず以前オキクルミが話していた内容を思い出してみる。
途中「クックック…」と魔人を退けた英雄らしからぬ笑いで馬鹿にされのろけられたいやな記憶も蘇ったが、一方的に
語られた行為の手順の記憶をかき集め、自分なりに解釈する。
順序組み立てが終わった所で意を決すると、サマイクルは柔らかな茂みを掻き分け、目指すものを見つけた。
サマンペ、それはすでにとろりとした蜜をたたえているそれに、サマイクルの瞳孔は縮まる。
「…む?サマイクル。妙に大胆だな…っぅん!?」
予告も無く指先にくるりと蜜を絡ませ、その上の芽に擦り付ける。
いささか乱雑に弄られる度に抑え気味だが嬌声が口から漏れ出るその様態を眺める様は、どちらかと言うと
オキクルミ寄りの獰猛さが滲み出ていた。
気配の変化に、快感という名の霞がかかっていても未だ頭に怜悧な場所を残すトゥスクルが気付かぬはずが無い。
初めて揺らいだその瞳に内心優越感を覚えつつもそのまま指を花弁の中に差し入れかき回す。
指の腹が熱い内壁を擦るたびに蜜が溢れ、次第にサマイクルは自分を抑えられなくなってきた。
すでに滾りそそりたったそれを蜜口に当て一気に…
「阿呆!!!痛いわ!!」
それは全て納まることはなく、上手い具合にサマイクルの頤にヒットしたトゥスクルの拳によって阻まれる。
「全く一気に雰囲気が醒めたではないか…」
呆れたような、所詮サマイクルか…とでもとれるため息に、サマイクルは以前「ちょっと慣らせば大丈夫だ!!」と
堂々と言い放ったオキクルミをそれはそれはとても恨んだ。
唇を尖らせぶつぶつと呟くサマイクルに、トゥスクルは少しだけ…同情した。
「ま、まあ気を取り直せばよいか…今度こそは上手くやってくれよ、サマイクル」
「…すまぬ」
ちらとみれば、態度表情そして愚息に至るまで先ほどの勢いは何処かへ去って行ってしまっている。
これでは本当に用を成さぬのではないか、なにか良い方法は…とトゥスクルは指を顎に当ててしばし考える。
頭の中に収められている膨大な量の文献のうちいくつかに思い当たる節があったが、あれはまだ自分たちには早い。
自分がするには経験技量が足りないし、目の前で申し訳無さそうにしているこの男にそんな事をしたら、此方と体を重ね
ことに及ぶ前に恥ずかしさやら何やらで昇天してしまう可能性の方が大きい。
うーむ、と唸って、またしばし考え、トゥスクルは良い事を思いつく。
(そうか、先例に倣えばよいな…たしかカイポクが…うむ。そうするか)
つ、と己が男性たる象徴に伸ばされた手を見てサマイクルは慌てた。
一体何を、いやまてそんな、やめろどこでそんな事を知った、おま、ちょっとトゥスクル―!!!と云う言葉が体内で大量に
生産されるもそれらは口から生まれ出ることなく咽喉の奥で消えていき、たおやかな手がその輪郭を包み、上下に其れを
扱き始めた時より、その代わりに痺れるような快感に押し出された吐息が密やかに口の端から漏れていく。
脳髄に寄せては返す甘ったるい痺れにサマイクルはうっとりと身を委ねた。
ばらばらと散らばり顔にかかる黒髪をかきあげ、その様子をトゥスクルは上目使いに見上げ、軽く眉をひそめる。
気はもう十分に取り戻し手の中で時折震える其れ。当初の目的は果たしたのだが肝心の持ち主が恍惚に浸るばかりで、
最終的な目的を忘れ果てているのではないかという確かな確信が彼女の中に芽生え始めた。
手をとめ、トゥスクルは身を乗り出してサマイクルの耳元に口を近づける。継続的に与えられた快楽が途切れたせいか、
ぼうっ、としているが幾分か正気を取り戻した眼が軽く開けられ、物ほしそうについ、とトゥスクルの方を向いた。
「サマイクル」
「なんだ」
「拗ねるな」
「ぬ…」
「お主のほうはなかなか気持よさそうだが、如何せん手がだるい」
「ぐ…」
「むしろ我が思うにこの時点で我とお主の立場が完全に逆転しているような気がするのだ、が。」
きゅ、と強く再び圧迫を加え、秀麗な顔で上目遣いに微笑みサマイクルの反応を伺うそれは傍目から見れば女王様(S)
とその従僕(M)。
トゥスクルにしてはいたって純愛しているつもりなのだが…、彼女の飄々とした、現代風に言えばクール&デレ
の気質とサマイクルのヘタレの気質が見事合間ってそのような外見を作りだしているためだった。
「せっかく男と女同士向き合っているのだ。」
湯気にあてられ赤みを増した様かに見える唇を薄紫色の髪から僅かに覗く耳に軽く押し付ける。
「やる事をすべきではないのか?」
その少し低めの艶やかな声に、サマイクルの背はぞくりと粟立った。
まだ入るのだから湯をよごさぬように、と言うトゥスクルの注文通り自らも湯からあがり、その上で
動きやすいようにサマイクルは彼女の腰を僅かに持ち上げる。
勢いよくカウンターを食らった先ほどの教訓もかねて、ゆっくりと、細心の注意を払って沈めていく。其の熱さ、
感触はどう形容していいか分からない。いつぞや解体した獣の臓腑の熱さ感触にも似ているが、拒絶しながらも
貪欲に吸い込むこの様態は一体何なのか。至極どうでもいいことを真面目に考えつつも蹂躙したい欲求を抑制す
るという器用な真似をしながらサマイクルの其れは確実に彼女の深窓へと到達していった。
「流石に少し、痛い…」
小さな苦い声に、大丈夫かと声をかけた拍子に体がさらに傾き、結果としてトゥスクルの中にさらに深く入り
込む形になってしまう。ぱさり、とサマイクルの長い髪がひと房トゥスクルの肌の上に落ち、その下から、
「ッ…」と小さな苦鳴が上がった。しばらく彼女が自分に慣れるまで、まだ己の印が付いていないところを
見つけては口付けを落とす。もちろん衣で隠れて見えないところに。
くすぐったいと言われ、大方大分慣れたのだろうと見当をつけると、ともすれば噴出しそうになる感情を抑え、
ぶっきらぼうに告げる。
「動くぞ。」
「…よしなに」
ずり、と肉が擦れあうごとに理性は減少し動きは加速されていく。
抉り引く毎に、じゅぷ、という淫水の立てる音は大きく激しく。そして今までよりも一際大きく直接的に
与えられる刺激に流石のトゥスクルも抗えず、溺れていく。
「ぁッ…サマイ、クルぅっ」
無意識のうちに番と認めた人の名を呼ぶトゥスクルに答えるかのように、サマイクルも彼女の名を呼ぶ。
そのグラデーションのかかった長髪が背に当たっては踊り、跳ねる度に、トーンの高い、途切れ途切れの
嬌声が組み敷いた者の艶やかな口元から漏れていく。第三者の身であれば単なる騒音であろうそれは
当事者の身になってみると、なるほどどんな強壮剤にも勝るというもの。黄金色の眼に再び猛禽の如き光を
帯びさせながら猛り狂う己をサマイクルは夢中になって彼女の中に突き刺した。
…この道に関してはとく未熟者故か、己でも気付かぬうちに終わりは唐突に、意外に早く訪れる。
別にサマイクルが気をやるのが早い、と言うわけではない。誰かのヘタレさのために通常よりも行為に
至るまで時間がかなりかかり、その上お互いに幾度もすんでのところで中断されたため、比較的早かった、
だけだ…多分。
己を中から押し上げる今までとは比較にならない衝動にやばい、と思う間も無く身体は最も深く荒く
トゥスクルの中を抉る。しなやかな身体が弓なりに反り、一際鋭く高い喘ぎ声とともに収縮した中が彼を
締め上げ、責め、絶頂へと導く。
「はぁッ、ん!!!「…くッ!」」
それから一拍子ずれて堪えるような低い声と共に身体に蓄えられた白き精が胎内に放たれた。
ぁ、という驚きにも非難にも取れる小さな呟き。
とろりと結合部分から伝い落ちる混ざり合ったの愛液に微かに浮ぶ赤。
今口を開けば散々凹まされ続けた意趣返しを出来たものを、肝心の本人はまるで精とともに魂が抜けて
しまったのか、トゥスクルには幸運な事に、サマイクルがそれに気付く事はなかった。
(…曰く、それ天地は萬物の逆旅にして光陰は百代の過客なり、か)
一つ二つ年は違えど行為を終えた今の今まで子供時代の感覚を捨て切れていなかったのだなとサマイクルは
改めて思う。わずかな部分で未だ己と繋がっている、淡き桃色に色づきし成熟した体躯は、見れば見るほど
見惚れずにはいられなかった。今思ったことを率直に言いかけて、流石に鈍いサマイクルも言葉を飲み込んだ。
(流石に今気付いたとあっては怒鳴られるだけではすまなさそうだしな…)
何をするでもなく、ためつすがめつ眺めてるとまた、馬鹿者!と小突かれた。だがトゥスクルの声は不甲斐ない
友を叱るそれではなく恋人に向ける甘く優しいものに変化し、怜悧な光を宿す眼差しも今や暖かく蕩けている。
それにつられてサマイクルもぎこちなく、けれど微笑み返す。ついでにいままで凹ませ続けられたお返しにと
至極微細であるが偉そうに口を開いた。
「いかな梟とて真っ向勝負では隼には勝てぬ、だろう?」
「…ったく出てきて目の前に出て隙をみせてやらねば気付かぬのに何をいう。お主もオキクルミも変なところで
『心配り』というものが出来てはおらぬ。特に女人の、な。」
「失礼な!!!俺がどれだけ皆のために心を砕いていると思う!!!……確かに色恋沙汰には疎いと自覚はしておるが」
その言葉にトゥスクルは、いまだ荒い息を整えつつも端から見るとそれが見事に空回っているのだよ、と心底
面白そうに笑った。
生でヨモギを齧ったかのような渋い顔をする若き村長の頬を愛しげに撫で、彼女はふと目の前にある顔の、さらに
その上を見上げる。
いつ何時も彼女に付き従っている子梟を認めると、彼女は相変わらず掴みどころの無い調子に戻った声音で告げた。
「あちらも終わったようだ。半刻もせぬうちに戻ってくるとのことよ」
「戻ってくる…?」
不思議そうな顔でサマイクルが聞き返したその次の瞬間
「ックックックック…」
凄く嫌な笑いが、後ろからした。
ぎぎぎ、と機械仕掛けの梟のような音をさせサマイクルの振り返ったその先には―
朋輩にして彼の胃痛心痛の3/4を占める、むしろその元凶である英雄が…いや、
正確に言えば狼の姿になったそいつが、さらなる心痛を背にのけて岩の上に立っていた。
「おお、オキクルミ。速かったな。」
「流石にカイポクが凍えてしまってな。早々に切り上げ戻ってくる途中にそいつらにあったのだ。」
ぱたぱたと羽ばたく子梟をみやり、青い狼は背に乗せていた者―ぐったりとした全裸のカイポク
(色んな意味で死に掛けている)を背からおろし、静かに湯につける。
そして人型に転身し、ニヤリと嫌な笑いを口元に浮かべると、蓬色になって固まっている朋輩の耳元で
一言二言囁いた。
今度こそ本当に硬直するサマイクルに、トゥスクルはやれやれといったようにこめかみを押さえる。
「せめて、『抜いて』から固まってくれ…。動けぬではないか…。はぁ…」
こうしてめでたく(?)オイナ族のコタンに新たな番(つがい)が生まれたが、
村長にはめでたく新たな心痛と胃痛、頭痛の元が大量に発生した…。
(ヨモギ編、終。)