ラヨチ湖より浮かび上がった、すべての怪異の元凶、箱舟ヤマト。その禍々しい姿を、オキクルミは声もなく見つめていた。
オキクルミだけではない。ピリカもトゥスクルもケムシリ爺も、他一名も同じである。
浮かび上がったヤマトからは虹のような橋が架かっている。あれをアマテラスは渡り、最後の戦いへ赴くのだろう。
と、思っていた。
アマテラスは箱舟が浮かび上がった後、その周囲をうろうろしたり、ピリカを狼の姿にしたり、サマイクルに頭突きをかましたりと
自由気ままに振舞った後、姿が見えない。よくよく見れば、カイポクも姿が見えなくなっている。まあ恐らくは、足の速さでも
競っているのだろう。
しかし、それを責める気にはなれなかった。オキクルミ自身、何となく予想はついている。
あの船に乗れば、恐らくもうアマテラスが戻ることはない。その前に、この地上でできることをすべてやり終えたいのだろう。
いくら神とはいえ、地上に馴染めば未練も湧く。それを責めることなど、オキクルミにはできなかった。
同時に、これはオキクルミにとっても一つの好機であった。
カイポクが、アマテラスとの決着を未練に思ったように、オキクルミもアマテラスに対して一つの未練があった。
アマテラスとは、双魔神モシレチク・コタネチクとの決戦で共に戦った。その際に見せた、彼女の力は凄まじいものだった。雷や風を
巻き起こす神通力に、空高く舞い上がる身体能力、そして数々の神器を使いこなす技。それらすべてが、もはや芸術と呼べるほどの
美しさと気高さを持っていた。
だが、オキクルミの心を捉えたのはそれだけではない。
純白の体に赤い隈取のような化粧。普段のとぼけた顔と、一転して戦いの時に見せた鋭い視線。何より、彼の前で舞うように戦う、
白い肢体。自身が狼の姿を取った影響もあるのだろうが、あの、この世のものではない美しさは、彼の心に強烈に焼き付いていた。
だがそれも、もうすぐ消えてしまうのだ。恐らくは、永遠に。
オキクルミは迷っていた。アマテラスは神である。また、自分のことはただの戦友としか見ていないだろう。だが、このまま何もせず、
後悔するのも嫌だった。彼女があのまま行ってしまえば、きっとこのような思いは生まれなかっただろう。しかし、生まれてしまった
好機は彼の心に迷いを起こさせ、そして決断させた。
狼の姿に変身すると、オキクルミは雪を蹴立てて走り出した。
ポンコタン付近で、オキクルミはアマテラスを見つけた。やはり競走していたらしく、全身から湯気を立てて得意げな顔をしている。
オキクルミは人の姿に戻り、その前に歩み出た。
「アマテラス。」
「わぅ?」
声をかけると、アマテラスは『どうしてここにいるんだろう?』とでも言いたげに首を傾げた。
「お前に一つ、用があってな。」
「おうおう、オキクルミ。てめえまだ何かやろうってのか?」
イッスンが、小さな体を真っ赤に光らせて飛び跳ねている。とりあえず、こいつは邪魔だ。
「……アマテラス、とりあえずこれでもどうだ。」
懐から黄金の桃を取り出すと、アマテラスの顔がぱあっと輝く。やはり食べ物には目がないらしい。
「いきなりどうしたんだお前?まさか、この毛むくじゃらに惚れたとかじゃねえだろうな?プフフ…!」
アマテラスの意識が、黄金桃に注がれた一瞬。オキクルミはイッスンの体を引っ掴み、足元の雪を拾ってイッスン入り雪玉を作り上げると、
表面を手の熱で溶かして氷にし、全力でウエペケレ方面へ放り投げた。
「……わぅ?」
黄金桃を食べ終えたアマテラスは、いつもいるイッスンの姿が見えないことに疑問を感じているようだった。ここで彼を探しに行かれては
まずい。オキクルミは行動を起こすことにした。
「アマテラス。別に食い物をお前にやるのが用という訳ではない。」
オキクルミは再び狼に変身し、低く身構えた。気配の変化に気付き、アマテラスの眼光も鋭くなる。
「お前と同じように、俺も未練を残したくないだけだ。悪く思うな。」
「グルル〜……ル……ウゥ…!?」
初めて会った時と同じように、周囲に張られる結界。だが、普段見るそれは『怨』や『死』などと不穏な文字が浮かぶのに対し、今周りに
あるそれは『艶』だの『妖』だの、別な意味で不穏な文字が浮かんでいる。
「わ……わぅ…!?」
嫌な予感がしたのか、アマテラスは一歩後ずさる。オキクルミは一歩踏み出す。
「……悪く思うな!」
「くぅん…!きゅうん…!」
二本足で立ち上がり、結界を引っ掻くアマテラス。しかし、結界のどこにも綻びはなく、脱出は不可能である。そこに、オキクルミが
飛び掛った。その直前、アマテラスも覚悟を決めたらしく、バッと振り返った。
オキクルミの突進をかわせ身で避け、輝玉三つをその周囲に落とす。オキクルミは素早く跳躍してかわし、空中から攻撃を仕掛ける。
直後、地面から突然木が生え、その突進を遮る。さらに、アマテラスは竜巻を纏い、神器を死返玉と道返玉に変え、遠距離から猛然と
玉を撃ち出してくる。さすがに貞操の危機を感じるらしく、徹底した遠距離戦を挑むつもりらしい。
だが、オキクルミとて勝算もなく挑んだわけではない。その攻撃をものともせず強引に距離を詰めると、アマテラスは表神器を天叢雲剣に
変え、力を溜め始めた。
間合いに入り、アマテラスが剣を振り回そうとした瞬間。
オキクルミが、懐から黄金の桃を投げた。
アマテラスの顔がぱあっと輝き、その視線は黄金桃一点に注がれる。
その隙を突き、オキクルミはアマテラスの体に渾身の体当たりをぶちかました。
「ぎゃいんっ!」
完全に油断しきったところへ攻撃を食らい、アマテラスは豪快に吹っ飛ぶ。それでも何とか立ち上がり、アマテラスはオキクルミを
睨みつつ、黄金の桃を食べた。
だが、既に勝負は決まっていた。もはやアマテラスには抵抗する力もなく、その足はガクガクと震えている。
色々と心は痛んだが、手段をどうこうは言っていられない。オキクルミはゆっくりとした足取りで、アマテラスに近づいた。
「ウゥ〜…!ワン!ワン!キャン!」
少し上ずった声で、アマテラスが吼える。既に尻尾は内側に丸め込まれ、耳もぺったりと寝ている。
「お前のことが、ずっと俺の心に焼き付いていた。だが、そのお前は去ってしまう。……悪く、思うな。」
素早く後ろに回りこみ、その体にのしかかる。
「きゃいん!きゃいん!きゃぁん!」
アマテラスの抵抗は激しかった。腰をずらし、跳ねようとし、挙句の果てにはオキクルミを背中に乗せたまま、かわせ身まで繰り出した。
最初こそ、なるべく穏便に事を為そうと思っていたが、さすがにこれだけ暴れられると手がつけられない。オキクルミはさらに強く
アマテラスの腰を抱くと、首筋に思い切り噛み付いた。
「きゃんっ!」
一声悲鳴を上げ、アマテラスの動きが止まる。そのまま、オキクルミはアマテラスの首を地面に押し付けていく。そして邪魔な尻尾を
ずらすと、既に先走りの出始めた自身の男根を押し当てる。
「きゃうん……きゃんっ!」
腰だけを持ち上げた状態で、アマテラスは抵抗しようとする。が、その度にオキクルミが強く首を噛み、それをさせない。
何度か入り口を擦り、尻を突き、やがて先端部分がアマテラスの中に入り込んだ。その瞬間、オキクルミは思い切り腰を突き出した。
「きゃああぁぁん!!!」
アマテラスが悲鳴を上げる。今まで誰にも触らせたことのない、まして自分でもほとんど触ることのない部分に感じる激痛。しかも
体は押さえつけられ、抵抗すら許されない。
そんなアマテラスのことなど気遣う様子もなく、オキクルミは激しく腰を動かす。アマテラスの中は熱く、そして痛いほどにきつい。
特に根元部分はきつく、しかも刺激に慣れないアマテラスはぎゅうぎゅうと締め付けてくる。
「きゃん……ひぃん……ひぃん…!」
泣いている様な声を出し、痛みに耐えるアマテラス。その姿がまた、オキクルミを昂ぶらせる。
見れば、アマテラスは自分よりも小柄で、細身である。純白の体は痛みに震え、黒い目は涙に潤んでいる。
今、自分が組み敷いている狼は、神などではなく、ただの小柄な女の子にしか見えなかった。
「アマテラス…!」
オキクルミは口での拘束を解き、アマテラスの背中に覆い被さった。一応前足をそれとなく押さえ、今までより深い部分を突き上げる。
「すまない、アマテラス…。」
「……きゅうん…。」
謝る彼をなじるように、アマテラスはか細い声を上げる。その姿が、またたまらなく可愛らしく映る。
アマテラスの体内を突き上げ、さらに深く押し入ろうとするオキクルミ。既に、限界はすぐそこまで迫っていた。
「アマテラス……くっ!」
「きゅうぅ……きゃんっ!?」
突然、体内に注ぎ込まれた熱い液体。その感覚に、アマテラスは飛び上がって驚く。だが、オキクルミが背中にいるため、実際はその顎に
頭突きをしただけに過ぎない。オキクルミの方は顎の痛みに耐えつつ、さらに強く腰を突き出して、アマテラスの体内深くに精を注ぐ。
やがて、最後の一滴までアマテラスの中に注ぎ込むと、オキクルミとアマテラスはふうっと息をついた。これで終わりだと、二人とも
安心していたのだが。
「……ん?」
「わう!?」
アマテラスの体内で、オキクルミの男根が膨らんでいく。オキクルミ自身、この事は知らず、慌てて抜こうとしたが手遅れだった。
「きゃん!?きゃあん!!きゃう……きゃひぃん…!」
内側から感じる、凄まじい圧迫感と激痛。ようやく終わったと思ったところへさらなる苦痛が襲い掛かり、アマテラスは体を震わせて
それに耐える。
やがて、根元が膨らみきってしまうと、ようやくアマテラスの心も落ち着いてきた。
「アマテラス、大丈夫か?」
「……きゅうぅん…。」
まだ痛いらしく、アマテラスの声はか細い。何とか楽にできないかと思った瞬間、突如さっきの感覚が戻ってきた。
「な、なんだ!?また出ると……くぅっ!」
「ひゃん!?きゃんっ!きゃんっ!」
繋がったまま、アマテラスの体内に再び射精するオキクルミ。一方のアマテラスは、それに抗議するように泣き声で吼えている。
オキクルミの脳裏に、犬同士が尻をくっつけ合っていた光景が思い浮かぶ。ああ、あれはこういう訳だったのだなと、妙なところで
納得できてしまった。だが、アマテラスにはそんな悠長な余裕はなく、腹の中にどんどん注ぎ込まれる精液に妙な危機感を抱いていた。
「ひゃぃん!ひゃぁん!!きゃんっ、きゃんっ!きゃんっ!!!」
オキクルミにはわからない言葉で猛抗議すると、アマテラスは何とか男根を引き抜こうと体をよじり、二人の結合部分を舐め始めた。
「うぐっ!?ア、アマテラス、そうされてはまた……うぅっ…!」
「きゃいぃん!?ぎゃん!!!ぎゃん!!!ぎゃわん!!!」
「お、お前が刺激するからだ!今のは俺のせいでは…!」
「うぅ〜…!」
オキクルミは筆調べの気配を感じた。ついに癇癪を起こし、アマテラスは結合部分に一本の思い切った線を引こうとしている。
「ま、待てアマテラスっ!それはやめろっ!何か……そうだ、これをやる!」
ぽん、と神骨頂を放ると、アマテラスの顔が輝いた。そして筆しらべを中断し、神骨頂をコリコリと齧り始める。オキクルミは、
それを見てホッと安堵の息をついた。何とか無事で済んだらしい。
カムイの一角に、ガリガリと骨の噛む音が響く。やがて、アマテラスは神骨頂を食べ終えてしまい、満足そうに、フーッと息を吐いた。
「………。」
「………。」
「きゃぁん!!きゃぁん!!」
「またかっ!よしわかった、これをやるから一閃はやめろ!」
今度は黄金の桃を放るオキクルミ。それを見たアマテラスの顔は、神々しいまでに輝いた。
バクン!と、一際大きな音。もう、黄金の桃は影も形もなかった。
「……きゃひぃん!!きゃんっ!」
「好きな物は一口で食べる性質かっ!待てアマテラス!やめろアマテラス!今度はこれをやる!」
大神骨頂を投げるオキクルミ。途端に、アマテラスの癇癪はやんだ。
その後、中神骨頂も与えてみたが、やはり大きさ故に大神骨頂が一番長持ちするようだった。懐にいくつ神骨頂を持ってきたか、些かの
不安を感じつつ、自分の男としての命を守るため、オキクルミは神骨頂を与え続ける覚悟を決めた。
それから延々一刻半ほどの時間、オキクルミはアマテラスの体内に精を注ぎ込みつつ、大神骨頂を与え続けた。そしてアマテラスが
27個目の大神骨頂を食べ終える頃、ようやく男根が小さくなり始めた。
一閃で切られる前に、オキクルミは体の向きを変え、グッと引っ張った。
「きゃんっ!……わうぅ〜…!」
アマテラスも抜けそうな気配に気付き、自分も前へ体重をかける。やがて、アマテラスの中からじゅぽっと大きな音を立て、男根が
引き抜かれた。
「くうぅ〜ん…。」
疲れた声で一声鳴くと、アマテラスはそのままぱたりと倒れてしまった。それを見たオキクルミが、慌てて駆け寄る。
「大丈夫かアマテラス!?……すまない、俺の勝手な思いで…。」
落ち着きを取り戻すと、オキクルミの心にひどい罪悪感が芽生え始める。例えどんなにボケッとしている頼りない食いしん坊でも、
彼女は神なのだ。それを、人の身である自分が力づくで犯してしまったのだ。
だが、アマテラスはオキクルミの顔に顔を摺り寄せた。
「……許してくれるのか…?」
最後に鼻を一舐めし、アマテラスは立ち上がった。その顔は、大いなる慈母と呼ばれるに相応しい、慈愛に満ちた顔だった。
「アマテ…!」
その顔が、キッと鋭くなったと思った瞬間。
オキクルミの頭に、岩をも砕く頭突きが叩き込まれた。
「おうっ…!?」
続いて竜巻が巻き起こり、オキクルミの体は空中へと飛ばされる。そこに、アマテラスが空を蹴って飛び上がり、後ろ足を振り上げた。
「ア、アマテラス、待っ……ぐおあ!!」
華麗な空中三段蹴りが叩き込まれ、オキクルミの体は地面へ吹っ飛ぶ。その落ちる先に、三つの輝玉が出現した。
花火のような爆発音。そして色とりどりの火花が舞い、オキクルミの体も宙を舞った。ドシャっという鈍い音と共に、オキクルミの体が
地面に叩きつけられた。それを見て、アマテラスは胸を張り、得意そうにフンッと鼻を鳴らす。
「……怒って……いるんだな…。」
「わんっ!」
肯定とも否定とも取れない声で一声吼えると、アマテラスはオキクルミに近づいた。止めでも刺されるのかと、オキクルミは心の中で
死の覚悟を決めた。
だが、違った。アマテラスはオキクルミの顔に鼻を寄せると、ぺろっと、優しく鼻面を舐めた。
「っ!?」
思わず顔を上げると、アマテラスは慈愛に満ちた笑顔でオキクルミを見つめていた。
「わんっ!」
最後にもう一度吼えると、アマテラスはウエペケレに向かって走り去っていった。恐らく、イッスンを探しに行ったのだろう。
しばらくそうして伸びていると、不意に誰かの影が差した。
「オキクルミ?こんなところで何してるのさ?」
顔を上げると、何だかすっきりした顔のカイポクがいた。オキクルミは慌てて立ち上がろうとしたが、力が入らない。
「まあ、あんたのことだから、大体わかるよ。どうせ、アマテラスと最後に一勝負してたんだろ?」
「………。」
「実はあたしも同じでさ。あーあ、走りには自信あったけど、完敗だったよ。」
言いながら、カイポクは狼に変身し、オキクルミの体を背中に乗せてウエペケレに歩き出す。
「あんたも、同じだろ?でも、不思議だよね。負けたって言うのに、悔しくなくてさ。何だかすっきりしちゃった。」
「……そう、だな。」
一声呟くと、オキクルミはカイポクの背中から降りた。
「動いて大丈夫かい?」
「ああ、そんなに軟じゃない。」
もしかしたら、最後の攻撃はアマテラスなりの気遣いだったのかもしれないな、と、オキクルミは思った。そのおかげで、カイポクには
妙な疑いを持たれずに済んでいるし、彼女と二人になれた。
「な、何?」
「ん?ああ、いや…。」
つい見つめていた視線を逸らし、オキクルミはトットッと走り出す。
「ちょっとオキクルミ、いきなりどうしたのさ?」
「用事が済んだなら、アマテラスはいよいよ箱舟に乗るだろう。最後の見送りぐらい、してやらねばな。」
カイポクの前に立ち、ちょっと後ろを振り返る。
「……どうした?足には自信があるんだろう?早く来ないと、置いて行くぞ。」
その言葉に、カイポクの全身の毛が逆立った。
「何をー!?あんたに負けるほど、あたしは遅くないよ!」
「そうか。なら、頑張ってみろ。」
「まったくあんたは……その言葉、後悔しても知らないよっ!」
二人は仲良く、カムイの雪を蹴立てて走り出した。
去っていくアマテラスに、オキクルミが言葉をかけることはない。その逆もなく、また二人の間にあったことを、彼が語ることもない。
しかし、彼は知っている。彼女は、こんな自分すら許し、また気にかけてくれるほどの、優しい心を持っているということを。
このカムイの冬の如く荒れた自分の心も、優しく照らしてくれた神。
失敗も、成功も、何もかも優しく見つめ続けてくれる、そんな存在。
彼女こそが、まさしく大いなる慈母。天照らす大御神なのだということを。