「あははははっ」  
 
先ほどから間断なく聞こえてくる脳天気な笑い声に、俺は思わず両耳を覆った。  
ここは勝手知ったる自分の部屋。  
どこよりも落ち着ける場所であってしかるべき空間に異質なモノ…いや人間がひとり。  
そいつは人様のベッドに寝転がり、あげく人の買い置きのポテトチップスを勝手に食いながら、  
くだらないバラエティー番組に夢中になっていた。  
 
―おばちゃんかお前は!!  
 
心の中でひとりツッコムと、俺は相変わらずやかましい笑い声をあげるそいつを思い切り睨んでやった。  
もっとも、見られていないのがわかるからこそ、できることではあったのだけれど。  
目を逸らしてため息を尽くと、急速に情けなさが込み上げてくる。  
デートの帰りに俺の家に寄るのはもはや珍しいことではないが、そのたびにいつもこの調子だった。  
 
―コイツは俺の彼女で、俺はコイツの彼氏なんだよなあ?  
 
疑わしくなる事実を、自分自身に確認した。答えは確かにYESである。そのはずだ。  
俺が一浪した後、東京に出てきたのが一年と半前。  
そしてコイツ―海老塚といわゆる男女の付き合いをはじめたのは3ヵ月前のことだった。  
足掛け五年以上でようやく自分の思いを告白した俺に、開口一番「嘘ぉ」と言った海老塚の顔を俺はきっと一生忘れない。  
散々アピールしたつもりが微塵も伝わっていなかった。思い切り脱力したのは言うまでもない。  
もし言わなければずっと平行線のままだったのだろう。  
 
あきれる反面、これ以上青春を無駄に浪費する前に言ってしまってよかったとも思ったものだ。  
それはともかくとして、その日から俺と海老塚の関係は一変するはずだった。  
今日のように寒い日は、ひとつのマフラーを二人で…というのは古いにしても街中を腕を組んで歩くだとか、  
別れ際にキス、ぐらいは当然考えていた。  
だがコイツと来たら、デートをすれば遅いだのなんだの言ってさっさと俺を置いて行くわ、  
飲みに行けば酔って絡んでくるわ、以前と変わらず、まったくもって色気のかけらもない有様だ。  
キスひとつするのにも色々と理由をつけてはぐらかす。  
照れているのだと思えばかわいいと言えなくもないが、時折、いや、かなりの割合で  
「コイツは本当に俺のことが好きなのか?」と疑いたくなった。  
女というものは普通、好きな男の前では少しでもかわいくありたいと思うものではないのだろうか。  
もう一度海老塚のほうを見た。見飽きたのか、テレビから目を離すとしきりに何かを探している。  
多分テレビのリモコンだろう。見ると海老塚の目的のものだろうそれは俺の足元にあった。  
 
「おい」  
 
横柄に呼びかけると海老塚は頭をあげて俺を見た。のん気そうな表情に、俺の苛立ちもさらに募る。  
いったいこの状況をわかっているのだろうか。独り暮らしの男の部屋に入ると言う事の意味を。  
 
「あ、それそれ。さっすが杉クン」  
 
俺の手の中にあるものを見てとった海老塚は、にこにこ笑いながら手を伸ばしてくる。  
その様子にますます腹立たしくなった俺は、海老塚がリモコンに手を触れようとした瞬間に、さっとそれを引いてやった。  
海老塚はむっとした顔をしてみせたが、かまわずとぼけてみせた。  
加えて無防備に露出された額に、無言で軽くデコピンをお見舞いする。  
 
「痛っ…ちょっと!何すんのよっ!」  
 
案の定眉をゆがめて、海老塚が抗議の声をあげた。  
少しだけ赤くなった額を押さえながら、俺を睨みつけている。  
 
「…お前が悪い!」  
 
それだけ言うと俺はむっつりと押し黙って海老塚に背を向けた。  
コイツが何を考えているのかさっぱりわからない。  
ここまでくると鈍いとかそういう段階を通り越している気がする。  
俺の頭の中に、幾度となく浮かんだ例の疑問が、またしても姿を見せた。  
 
コイツは本当に俺のことが好きなのか?  
 
そのことを思うとき、いつも嫌でも巧のことを思い出した。  
もしかしたら、まだ忘れられずにいるんじゃないか。  
俺と付き合っているのも、変わらない想いを誤魔化すためなんじゃないのか。  
数年経った今でも鮮やかに思い出せるあの日の涙が、脳裏にさっと浮かんで消えた。  
 
「杉くん?」  
 
俺の態度を不審に思ったのか、おずおずと遠慮がちな声が背後からかかる。  
何も反応せずにいた俺に業を煮やしたらしく、海老塚はベッドから降りて俺の方へ近づいてきた。  
背中に気配を感じてもなお動かずにいると、今度は回りこんで顔を覗きこんで来る。  
 
「ねえ、どうしたの?」  
 
少し動けば鼻先が触れそうな距離でそう問いかける。  
たったそれだけのことで、心臓が早鐘を打ちはじめる。でも海老塚はそんなことに気づきもしない。  
目の前にいるのが男だということを完全に失念しているのだろう。  
 
「…男心のわからんやつだな」  
 
「はぁ?何それ」  
 
小馬鹿にしたように笑ってみせる。  
それでも俺が口を開いたことに安心したのか、海老塚は丁寧に正座していた脚を解き、再び座りなおそうと動かした。  
その動作の合間に、たくしあがった短めのスカートから白い肌と下着が覗く。  
 
(げっ)  
 
目を逸らそうにも逸らせず、思わず一点を凝視してしまう。  
やばいものを見てしまったと思った時にはすでに遅かった。年相応に元気な息子が反応し始めているのだ。  
こんな色気のかけらもない女でも、情けないことにやりたい盛りの俺は「女」を感じてしまう。  
いや、たしかに色気はないけれど、海老塚はかなりかわいい部類に入るし、  
何より俺は悔しいことに嫌というほどコイツに惚れているのだからそれも自然なことなのか。  
 
「じゃ、これ借りるからね?聞いてる?」  
 
そろそろ思考にまとまりがなくなりかけてきたところで、海老塚の声が助け舟を出した。  
いつの間に奪ったのか、手にしっかりリモコンを持って、俺のほうに向かって示すように振っている。  
やがて返事も待たずに照準を合わせ、海老塚は忙しくチャンネルを変え始めた。  
人が必死にナニを鎮めようと勤めていることなどおかまいなしだ。  
おかげでいったん忘れかけていた怒りがまた蘇ってきた。  
このまま、馬鹿にされたままでは収まりがつかなかった。  
楽しそうに肩を揺らす海老塚をみつめながら、俺は少しばかり脅かしてやろうと決意する。  
手始めに背後から海老塚の手中にあるリモコンを取り上げた。  
身長差があるためにいたって楽な作業だ。  
 
「え?」  
 
そしてそのまま、文句を言われるよりも前に、テレビの電源を切ってやった。  
騒がしい音が消え、とたんに部屋は静かになる。  
リモコンをテーブルの上にわざと音を立てて置いた。 
コトンという無愛想な音に、振り返った海老塚の肩が小さく跳ねた。  
纏った空気で、さすがに少し緊張しているのがわかった。  
ビビらせるつもりではなかったけれど今までの不当な扱いを思えばやはりいい気味だと思わざるを得ない。  
 
―ほんの少し、脅かすだけだ。  
 
笑ってしまわないように気をつけながら意識して難しい顔を作って見せると、  
海老塚は面白いように引っかかってくれた。  
 
「な、何よ、怒ってんの?」  
 
俺は何も答えない。代わりにたっぷり無言の圧力を与えてやる。  
 
「ねぇってば…」  
 
小さくなるその声に作戦成功を喜びながら、俺は突然振り返ると海老塚の手を取って  
少し乱暴に自分のほうに引き寄せた。もちろん、まだこれで終わりにするつもりはない。  
俺は目を丸くする海老塚に覆いかぶさるようにしてキスをした。  
 
「んんっ!?」  
 
退こうとする体を抱き寄せ、もう一度深く唇を重ねる。  
硬直したように動かない体に海老塚の動揺を感じて俺はほくそ笑んだ。  
 
―ザマーミロ。  
 
悪乗りしてついでに舌まで入れてやる。逃げようとする舌を無理矢理絡めとり、海老塚の口内を存分に犯した。  
柔らかな舌を散々弄び、わざと水音を響かせてやると、海老塚は顔を真っ赤にして抵抗する。  
その様子に気をよくしたが、さすがにこれ以上はやりすぎだと思いなおし、俺はゆっくりと唇を離した。  
何より、これ以上は俺のほうが理性を保っていられる自信がない。  
ようやく開放された海老塚は俺の体を突き飛ばすようにして離れた。  
 
「…最っっ低!」  
 
「最」と「低」の間を十分にあけて、大声で俺を責める。  
けれど耳まで真っ赤になった顔と、乱れた髪の毛は、反省よりもむしろ加虐心を煽った。  
 
―かわいいじゃねーか。  
 
怯えるように睨むうるんだ瞳はやけに扇情的で、ついさっきまでの「脅かすだけ」  
という考えはあっさりと思考のかなたに消えていった。  
 
「あたし、帰る!」  
 
そう言って立ち上がった姿になけなしの理性が頭をもたげたが、  
逃げようとする海老塚の手を取った瞬間、俺はそれすらかなぐり捨てた。  
そのまま手を引っ張って、尻餅をついた海老塚を押さえ込み、強引に床に組み敷いた。  
 
「えぇっ!?ちょっ!…んむっ…」  
 
何度もキスを繰り返しながら、動いたせいで崩れかけたポニーテールを解いてやる。  
開放された長い髪を手で梳くと、甘い香りが鼻腔をくすぐった。  
ついさっきまで海老塚の髪を束ねていたゴムを指先でいじりながら、耳元でつぶやいてやる。  
 
「最低で結構」  
 
「んなっ…」  
 
海老塚はまた何事か言いかけたが、俺は有無を言わさずその口を塞いだ。  
そのまま体をなぞるように下がっていき、白い首筋に噛み付くようにして舌を這わせると、  
海老塚の体が小さく動き、喉のわずかに突出した部分は飲み込んだ唾でコクリと音を立てた。  
わざと散らすように赤い跡を残しつつ、ゆっくり喉から肩、肩から胸元へと唇を移動させていく。  
 
「バッ、バカッ!やめろケダモノぉっ」  
 
「そのケダモノの部屋でのんびりくつろぐほうがどうかしてるぜ」  
 
海老塚は上から圧迫する俺の体を押し戻そうと、必死にがんばっているようだったが、たいして気にはならなかった。  
たしかにコイツの運動能力は抜群で、女にしては力もあるほうではあったが、さすがに男の力に敵うわけはない。  
いつも自分から殴られてやっていたし、手加減もしていた。  
俺はそんな海老塚の抵抗を軽くいなすと、続いてスカートから覗く二本の脚に手を這わせた。  
 
「ひゃっ」  
 
冷たい手に突然触れられたためか、海老塚が小さく声をあげる。  
やや汗ばんだ太腿からゆっくりと手をすべらせると、やがて形のいいヒップに行き当たった。  
 
「ねぇっ、や…っ…」  
 
指先が柔らかな尻肉に触れると同時に、海老塚の体はピクリとはずんだ。  
何度も撫でさすりながら、適度に引き締まったその感触を楽しむ傍ら、  
俺は勢いに任せて海老塚のシャツのボタンに手をかけた。  
 
「…やだぁっ!……」  
 
ひとつ、ふたつとボタンを外すのももどかしく、俺はわずかにのぞいた両の胸の間に顔を埋めた。  
そのときだった。  
ついさっきまでやりたいほうだいだった俺の動きは、まるでポーズボタンでもかけたように止まってしまっていた。  
 
「やめっ…うっ…うっく…」  
 
嗚咽を押し殺したような声が聞こえたのだ。  
それはやっとのことで聞き取れるような小さなもので。  
海老塚は両手を目の上で交差させていたが、泣いているのは明らかだった。  
 
「…海老塚…」  
 
乾いた口から搾り出すようにして言うと、先走って熱くなっていた感情が一気に冷えて行った。  
同時にとんでもないことをしてしまったと、後悔がどっと押し寄せる。  
俺の勝手な暴走で泣かせてしまった。  
あの時、もう二度とコイツの涙は見たくないと、泣かせはしないと誓ったはずなのに。  
結局のところ俺はいつだって中途半端なのだ。無理矢理事を進めるなら、泣いたくらいでやめなければいい。  
気持ちを大切にするならば、初めからこんなことをしなければよかった。  
 
「…ごめん」  
 
「…許すかバカ…」  
 
いつものように憎まれ口をたたきながらも、やはりどこか覇気がない。  
ころころと笑い、怒り、どついてくるいつもの海老塚とは大違いだった。  
俺は組み敷いていた体をそっとずらし、固まったまま微動だにしない海老塚を戒めから開放した。  
だけど海老塚は起き上がろうとすらしなかった。たださっきと同じ姿勢で天を仰いでいるだけだ。  
気まずい空気が漂う中、沈黙に耐えかねた俺が遠慮がちに口を開いた。  
 
「…でもよ、言っとくけど俺は何もいじわるでこんなことやってんじゃないんだぜ?」  
 
しゃくりあげるだけで何も言おうとしない海老塚に対して、取り繕うように俺は言った。  
はじめは「いじわる」でやっていたことは、この際棚に上げておく。  
我ながらいいわけじみた発言だとは思ったが、いまさら後には引けなかった。  
 
「…お前が好きだからだ。だから抱きたい」  
 
顔から火が出そうなのを我慢して、こっぱずかしいセリフを口にした。  
言ってからどうよ、と思ったが一度口にしてしまったものはどうにもならない。  
背を向けた形になるため、顔を見られないですむのがせめてもの救いだった。  
果たしてどんな反応が返ってくるか、一瞬身構えたが意外にも海老塚は黙って聞いていた。  
 
「…あたしだって…」  
 
「あ?」  
 
「あたしだってこれでも一応女なんだからねっ!」  
 
突然張り上げられた声に驚いて、俺は背後を振り返った。  
今泣いたカラスがもう笑…う代わりに怒っている。それもすごい剣幕で。  
俺はなだめることも思いつかないまま、呆然と怒る海老塚をみつめていた。  
 
「そりゃ高級ホテルのスウィートで夜景を眺めながら、なんて贅沢は言わないけど!  
 あたしだってその…初めて…くらい、人並みの願望はあるんだからね!それを何?  
 こんな無理矢理…まるでゴーカンじゃんか!好きならなおのこと順序ってもんがあるでしょーが!  
 前々からケダモノだとは思ってたけど、ホント、最っっっっ低!!」  
 
海老塚はそう一気に捲くし立てると、とどめとばかりに、さっきより心なしか間が長い「最低」を声高に叫んだ。  
俺は何も言わず、というよりも言えないまま、乱れた呼吸を整える海老塚を呆然と眺めた。  
反論のしようがないせいもあったが、それよりも海老塚が一応、俺と「そういうこと」になる可能性を考えていたことに驚いていた。  
 
「…悪かったよ」  
 
ややあって、俺はようやくそれだけを口にする。  
興奮のためか、黙っている海老塚の息は、まだ荒かった。  
気まずい。とにかく気まずい。お互い何も口に出さないまま、居住まいを正すでもなく、ただ時だけが茫洋と過ぎる。  
ベッドの脇にある置時計の針がいやに大きな音を出しているような気がした。  
 
 
「…いいよ」  
 
針の筵にいるような、嫌な時間が流れる中、ごくごく小さな声で海老塚が何事かもらした。  
 
「いいよ、しても」  
 
一度目は聞き漏らしたが、今度ははっきり聞こえる。  
 
 
 いいよ、しても  
 
 
引きかけていた汗が一気に噴出してくるような気分だ。  
頭が混乱して考えようとしてもさっぱり要領を得ない。  
聞き間違いかとも思ったが、確かめるだけのゆとりもなかった。  
 
―してもいい?つまりは…そういうことなのか?  
 
俺はたまらず海老塚のほうを振り向いた。  
一瞬目が合ったが即座に逸らされ、表情から真意は伺えない。  
俺は体中から冷や汗が噴き出る思いでひたすらその場に固まっていた。  
 
やがて油の足りないブリキ人形のようにギクシャクとしたしぐさで立ち上がり、  
 
「のっ、のど渇かねーか?」  
 
と、場違いなことを口にした。  
とっさのことで声が裏返った上、調節を誤って妙に大声になってしまった。  
だがこれ以上何か言うと、かえってドツボにはまりそうで何も言えない。  
ついさっきまでやりたい放題やっていた自分が嘘のように俺は切羽詰っていた。  
 
「…バッカじゃないの?」  
 
まぬけに立ち尽くす俺を冷ややかにねめつけ、海老塚がぼそりとつぶやいた。  
 
「バカ!サイテー!信じらんない!」  
 
言うだけ言うと落ちていたクッションを投げつけてそっぽを向く。  
遠慮なく投げかけられた言葉の数々にムカッときた俺は、何か言い返そうと口を開いた。  
が、背を向けて座る海老塚の、赤く染まった耳を見て、俺はふっと思いとどまる。  
やはり聞き間違いなんかじゃなかった。あれだけ口にするのに随分恥ずかしい思いをしたんだろう。  
無理やり手篭めにしようとしたあげく、いらぬ恥までかかせるなんて我ながら本当に最低だ。  
 
「…落ち着けって。謝るからさ」  
 
俺は海老塚の後ろにまわり、背中からそっと腕をまわして抱きしめた。  
海老塚は何も言わない。それを肯定と受け取った俺は、顎をつかんでこちらに向かせ唇を重ねる。  
ギュッと固く目を閉じて、ぎこちなく応じる海老塚を、俺は本気で愛しいと思った。  
 
「ん…ふぅ…」  
 
啄ばむような軽いものから、徐々に深くくちづける。  
その合間を縫うように、海老塚の口から甘い声と吐息が漏れた。  
歯列を割り、舌をねじ込むと、おずおずと求めに応えてくる。  
絡まりあうお互いの舌が、いやに粘着質な水音を響かせていた。  
俺は下腹部に熱が集まるのを感じながら、海老塚のシャツを脱がしていった。  
が、とたんにその手を抑えられ、俺はすっと顔を上げる。  
 
「ねぇ、ちょ、ちょっと待ってよ!」  
 
「なんで?」  
 
「なんでって…」  
 
言いよどむのをいいことに、俺はそのまま完全にシャツを脱がしにかかる。  
用済みとばかりにその辺に放り投げると、それはパサっと音を立てて床に落ちた。  
 
「わっ!」  
 
ブラジャー一枚になった上半身を隠すように、海老塚はあわてて両胸の前に手を寄せる。  
苦笑しつつもそっと手を退かし、ホックを外しにかかったところでまたしてもまったの声がかかった。  
 
「ちょっとタンマ!ね、シャ、シャワー!シャワー貸して!」  
 
「今故障中」  
 
「う、嘘つきぃ!」  
 
自分から許可しておきながら往生際の悪いやつだ。だけど初めての女ってのはこんなものかもしれない。  
それにまったく抵抗されないというのも、それはそれで面白くないものだ。  
 
―どっちかっつーとサドっ気あるほうかもな。  
 
などとくだらないことを考えながら、俺は自分のベルトに手をかけた。  
 
「ねぇ!」  
 
「…今度は何だよ!」  
 
「…こんなとこじゃやなんだけど」  
 
「…ああ、そっか」  
 
よくよく考えると床の上だ。いくらマットを敷いているとはいえ、これではあまりに配慮がない。  
さっき反省したばかりだというのに。がっついているようで情けなかったが余裕がないのは事実らしい。  
 
「よっと」  
 
「うわっ」  
 
掛け声ひとつで海老塚の体を抱き上げる。  
筋力増加で体重が増えただのとからかったこともあったが、それでも軽いものだった。  
そのまますぐ脇にあるベッドの上に降ろしてやると、ベッドのスプリングが小さく鳴いた。  
俺もすぐにその上に覆い被さる。これでもう問題はないはずだ。  
 
「…いいだろ?」  
 
 
念のため、口に出して聞いてやる。  
海老塚は今度こそ観念したのか、何も言わず小さく首を縦に振った。  
それを合図に、俺は海老塚の背に手を回した。片手でホックを探り当て、外す。  
意外に難しかったが、それでもなんとか事なきを得た。  
邪魔なものをすべて取り去り、俺は初めて目にする海老塚の両の乳房に釘付けになっていた。  
決して豊かではないものの、形の整った膨らみにそっと触れると、すでに固く尖った桜色の先端が  
存在を主張する。  
 
「んっ…」  
 
頬を紅潮させ、海老塚がうめく。  
悩ましげに体をくねらせる様に、俺は自分自身がいきり立つのを感じた。  
 
「海老塚…」  
 
やわやわと揉みしだき、先端を指先で転がすと、押し殺したような声が耳に届く。  
海老塚は身体を強張らせ、緊張に震えているようだった。  
ふと、思い立ち、俺は目をつぶる海老塚の耳元に顔を寄せた。  
そして、その白い耳たぶを舌の先で軽くつついてみる。  
 
「っ!?ひゃあっ…」  
 
「なんだよ、ここ弱いのか?」  
 
半ば予想した通りの反応に満足しながら、俺はさらに甘噛みを加える。  
 
「もうっ!何すんのよ!」  
 
怒って腕を振り上げる海老塚から身をかばいつつ、俺は小さく笑った。  
どうやら多少緊張をほぐすことには成功したらしい。  
 
「大丈夫だって。な?」  
 
「…うん」  
 
自分でも驚くような優しい声がでた。こっちが照れそうになりながら、ふたたび乳房に愛撫を加える。  
そして先ほどから主張を繰返す蕾をそっと口に含んだ。  
 
「んっ…」  
 
舌先を転がすように動かすと、そのたびに海老塚の唇から小さく吐息がこぼれた。  
腕の中で緊張に身を硬くする海老塚は、いつもよりやけに小さく見える。  
俺は海老塚の胸のあたたかさと柔らかさに若干の感動を覚えながら、  
頑丈で男勝りなこいつもやっぱり「女の子」なんだな、といまさらのように感じていた。  
ふと顔を上げると、固く目を閉じた海老塚の顔が目に入る。名前と同じ、桜色の唇がやけに印象的だった。  
それにしてもこの段階でこうまで構えられると、後がなかなか大変かもしれない。  
この新鮮な反応と、はじめて触れる海老塚の胸をもう少し堪能していたい気もしたが、どうにも気分が急いている。  
とりあえず下半身のほうは早いところ事を進めたがっているらしかった。  
 
「そんじゃ失礼して…」  
 
言うが早いか、俺はすばやく手をスカートの中に差し入れ、ふとももをまさぐる。  
そして下着の中心部へと指を移動させようとした時だった。  
 
「だっ、だめっ!」  
 
「へ?」  
 
それ以上手が進まない。  
海老塚が全力で脚を閉じているからだ。  
 
「開いてくれなきゃどうにもならんのだけどな…」  
 
「だって…開いたら…その、触るでしょ?」  
 
顔を真っ赤にして当然のことを言う。  
 
「触らずにどうやってやれっつーんだよ」  
 
「そんなこといったって…」  
 
海老塚は、顔を通り越して耳まで赤い。そんな様子を見ていると、なぜかこっちまで妙に恥ずかしさがこみ上げてきた。  
つきあいはじめてからも、三ヶ月もの間おあずけ状態で、指の一本も触れさせてもらえなかったのだ。  
一筋縄でいけるとはハナから思っていなかったけれど、それでもこういうとき、どう対処していいものか悩む。  
 
「…じゃやめるか?」  
 
悩んだあげくがこれだった。やめると言われたらどうするつもりなのだろう。  
俺のほうは当然おさまりがつくはずもなし、言ったことを即座に後悔したが、すでに遅い。  
海老塚はシーツをたくし上げて上半身を隠し、うつむいて思案していた。  
気分はまるで判決を待つ罪人だ。ちくしょう、俺が何をしたって言うんだ。…いろいろしたが。  
 
「なぁ…」  
 
「やめない!」  
 
「え?」  
 
「やめないって言ってるじゃん!」  
 
たまりかねて発した俺の声を遮るように、海老塚が半ば叫ぶようにして言う。  
なぜか眉を吊り上げて、俺を睨んでいる。  
こいつの負けず嫌いな性格がこんなところで役に立つとは思いもよらなかった。  
そうすると俺の選択も、あながち間違ってはいなかったことになる。  
それに気をよくした俺は、顔がにやつこうとするのをなんとか押さえながら、  
 
「よし!よく言った!…じゃ、まずスカート脱げよ」  
 
さらりとそう言ってのけた。  
 
案の定、ついさっきの威勢のよさとはうらはらに、海老塚はあからさまにたじろいでいる。  
目を落ち着きなく動かし、少し迷った様子を見せたが、やがて観念したのかベッドから身を起こし、おずおずとファスナーに手をかけた。  
そしていらいらするほどに緩慢な動きでファスナーを下におろしはじめた。  
 
「…あんまり見ないでよね」  
 
「いいじゃねーかどうせ全部見るんだから」  
 
「そういう問題じゃないっ!」  
 
瞬間パンチが飛んでくる。  
状況が状況だけにいつもより勢いがないそれは、俺の手のひらでピシャッと小さな音を立てた。  
悔しそうに海老塚が俺を睨む。けれど潤んだ目で睨まれても、少しも怖くはない。  
俺が視線で促すと、海老塚はしぶしぶスカートを脱ぎ去った。  
 
「これでいいの?」  
 
「おう」  
 
答えながらも目はあらわになった下着に釘付けだった。  
先ほど脱がせたブラジャーとはちぐはぐのそれに、本当にその気がなかったんだなと苦笑する。  
同時になんだか勝ったような気持ちになって、俺はこっそりほくそえんだ。  
 
「…何?」  
 
「いや、別に」  
 
 
「…っ!」  
 
声にならない声をあげ、海老塚が体をこわばらせるのが伝わってくる。  
軽くニ、三度なぞってみるとそれだけで、すでに湿り気を帯びたそこが、  
布一枚へだてた俺の指にもじんわりとあたたかいものを感じさせた。  
 
「なんだ、しっかり濡れてるぞ?」  
 
「バ、バカッ!ヘンなこと…!」  
 
言わないで、と続けたかったらしいが、その先は言葉にならなかったようだ。  
俺の指が双丘の間に割り込んだせいだろう。  
下着越しではあるが、すでにそこからはくちゅくちゅと淫猥な水音が響き、いやがおうにも興奮は高まる。  
 
「…ねぇ」  
 
「どうした?」  
 
「これじゃ下着、汚れちゃうって…」  
 
苦しそうに息をつぎながら、海老塚がもらした。  
軽く擦る段階から、かなり中に分け入っていたせいで、なるほど、すでに下着はびしょぬれだ。  
 
「…それは脱がしてくれってことだよな?」  
 
「うっ…」  
 
ここぞとばかりに俺が言うと、海老塚は言葉に詰まった。  
にっこりと微笑みかける俺の意地悪に抗議するように眉を寄せる。  
けれどもうなすすべがないことを悟ったのか、恥ずかしそうに首を小さく縦に振った。  
こいつに憎まれ口を叩いたり、わざと意地悪な態度をとるのは昔からだったけれど、  
何も素直になれないという一点のみではなかったのだと改めて思う。  
何より反応が面白いのだ。こんな場面ではことさらそうだと、俺はまるでいじめっ子のような気分だった。  
 
濡れてほとんど用をなさなくなった下着と、肌の間に指を差し入れてずり下げた。  
汗のせいでなかなか思うように進まなかったが、海老塚が自分から足を動かしたことで、ようやく片足を外すことができた。  
もう片方の足首に、かろうじて引っかかっているそれを蹴飛ばすと、ついに海老塚は、俺の腕の中で一糸纏わぬ姿になる。  
 
「み、見ないでってば!」  
 
「まだ言うか。本当に往生際悪いな、おまえは」  
 
「そんなこと言ったって…電気消してよ…」  
 
言われて布団をまくりあげ、頭上を見た。なるほど、蛍光灯が赤々と灯っている。  
 
「消したら見えなくなるだろうが」  
 
「だから消してって言ってるんじゃない!」  
 
不毛な会話に一瞬沈黙が降りたった。押し通そうとしたところで、向こうも意見を変える気はないだろう。  
それに、そのくらいは気を使ってやるべきなのかもしれないと納得した。細部まで見たいという気持ちはあったが。  
俺は海老塚を組み敷いたまま、サイドテーブルに手を伸ばし、照明のリモコンを手に取った。  
ボタンを押してライトダウンすると、部屋は頼りない薄明かりだけになる。  
 
「これでいいだろ」  
 
「いーや、まだある!」  
 
そういうと海老塚は手を上に伸ばして俺のメガネのフレームに手をかけた。  
引き抜いて畳むと、俺のほうに突きつけながら睨みつける。  
 
「なんであたしだけ脱いでるのよ!」  
 
なるほどこれも言われてから気が付いた。  
そういえば中途半端にベルトとシャツのボタンを外したきり、脱がせる一方で自分のほうは手付かずだ。  
暗に脱げと要求したことが恥ずかしかったのか、海老塚は見下ろす形になっている俺から目をそらしている。  
また悪い癖が心をくすぐった。攻めれば攻めるほどにぼろが出る。こいつがこんなに押しに弱い女だとは知らなかった。  
 
「わかった、じゃあお前も手伝えよ?」  
 
「えっ…」  
 
「二人のほうが早いからな」  
 
理屈が通っているんだかいないんだか、我ながらよくわからない自論をかざして、  
俺は反論しようとする海老塚の唇を塞いだ。  
半端に開いた隙間から舌をねじ込み絡ませる。  
ついでに海老塚の手から、メガネを奪い取ってテーブルの上に乱雑に置いた。  
 
「んっ…むぅ…」  
 
眉を歪ませながらも、海老塚は積極的に応えてくれた。  
ぎこちないながらも、お互いの舌は口内で濃密に絡み合っている。唾液が、音を響かせた。  
やがて背中に回った二本の腕が、解けてゆっくり手前に回る。震える指が俺のシャツのボタンをひとつひとつ外していった。  
一方俺は、海老塚の唇を解放して、今度は首筋にむしゃぶりついた。それに驚いて逃げようとする手を、強引につかみ引き戻す。  
片方の手で艶やかな髪をすくいながら、今度は唇を鎖骨に落とした。  
そうしているうち、ようやくボタンが全部外された。俺は体を器用にずらし、邪魔なシャツを脱ぎ捨てる。  
高校時代から見慣れているはずの上半身から、目をそむける海老塚の姿が妙に可愛らしかった。  
半端にぶら下がったベルトを自分で引き抜き、体を起こした。さすがにズボンはこのままの体勢では脱げない。  
突き上げてくる衝動には敵わず、俺はズボンと同時にトランクスまで脱いでやった。  
そのまま、ベッドの外に勢いよく放り投げる。  
 
「ぎゃあ!」  
 
床のどこかにズボンが落ちる、その音を聞きながら、  
また元のように覆いかぶさろうとした俺の動きは、素っ頓狂な声に遮られた。  
海老塚は目をむいて一点を凝視している。そのまま固まって動かない。  
何事かとその視線を追って納得した。  
 
「しょーがねーだろ、こういう仕組みになってるんだよ!」  
 
「知るかそんなのっ!!」  
 
思い切り臨戦態勢の「それ」から目をそむけ、海老塚は枕に顔を埋めた。  
 
「怖くなったか?」  
 
「そうじゃ…ないけど」  
 
「けど?」  
 
「…ちょっとだけね」  
 
小さな声でつぶやいて、海老塚は目を閉じた。長い睫が震えている。  
強がっていても、初めての体験を前に緊張しているのが見て取れた。  
 
――まあ、当然だよな。  
 
本当は俺も不安だった。だけど、不安は伝染する。少しでも海老塚の気を和らげたかったし、  
もうひとつ、いい格好をしたいという不純な理由もあった。  
 
「大丈夫だ、ゆっくりやるから。痛かったら言えよ?」  
 
「…うん」  
 
めずらしく素直に頷くと、海老塚は俺にされるままに軽く膝を立てた。  
脚を十分に広げさせると、俺は潤った場所に指を差し入れる。  
 
「あっ…」  
 
じわじわと肉壁を押し分けて、できるだけゆっくりと内部に差し入れていく。  
見た感じ十分に濡れていても、初めて異物を受け入れるそこは、ほんの指先の進入さえも、強い力で押し戻した。  
ようやく入ったのはまだ頭の部分だけだったが、小さく前後左右に動かして様子を見る。  
 
「んんっ…あっ…ふぅ…」  
 
時々あがる嬌声と、荒い呼吸が快感を伝える。  
少し調子に乗って動かす幅を大きくした。海老塚の中は絡みつくように、俺の指を離さなかった。  
さらに奥に進入すると、圧迫する力が少し強まった。  
 
「はっ…ん…っくぅ…」  
 
「大丈夫か?」  
 
「…うん…ちょっとだけ痛いけど平気」  
 
薄っすらと目を開けて海老塚が答えた。  
指に伝わってくる感じからも、それほどの無理はなさそうだった。  
ゆっくりと押し進めると、指は第二関節を過ぎ、とうとう全部見えなくなる。  
控えめに、焦らすような出し入れを繰り返すたび、いっそう増した愛液は淫猥な水音を響かせた。  
羞恥か快楽か、おそらくはその両方を、目を瞑って必死に耐える海老塚の息は、ますます荒くなっていく。  
 
「ね…ぇ、杉く…」  
 
「どうした?」  
 
「なんか…ヘンだよ…ぼーっとする…」  
 
「気持ちいい、か?」  
 
「うん…でも…あっ…なんかっ…ヘン…自分じゃ…ないみたい」  
 
まどろみの中で時折快楽に引き戻される、そんなことを繰り返すように、海老塚は行為に溺れている。  
一本の指は、完全に自由に動かせるほどになり、もはや二本目を受け入れるのにもたいした抵抗はなくなっていた。  
緩急をつけながら、次第にスピードを速めていく。ひくひくと生き物のように蠢く肉壁が指を貪欲に求めていた。  
苦しそうに喘ぐ海老塚の顔と声に、俺は自身が限界まで張り詰めるのを感じていた。  
奥まで挿しいれた二本の指を、ゆっくりと引いていく。ねっとりとした内壁が、引きとめようとでもするように吸い付いてきた。  
それを振り切り、すべてを外に出してしまうと、透明な糸が、名残惜しげに指に絡んだ。  
突然自分を支配していた快楽から解放された海老塚は、戸惑うように俺を見る。  
 
「…え…何?どうしたの?」  
 
「あーっ、その、ちょっと待ってろ」  
 
「…待つって?」  
 
「…つけずにヤるわけにいかんだろ。おまえがいいなら話は別だけどな」  
 
「ダッ、ダメに決まってんでしょ!ちゃんとして!」  
 
何のことか悟った海老塚が、怒ってクッションを押し付けてくる。それをどけると、俺は体を少し起こした。  
暗い中、布団から片手だけを出し、サイドテーブルを探る。引き出しの取っ手がなかなか見つからず、気持ちが焦った。  
ようやく手が触れ、がむしゃらに掴んで引き出したが、乱雑にちらかったその中から目的のものを見つけ出すのは苦労する。  
しかも頼りになるのは触れた感覚、それだけだ。  
 
――クソッ、電気つければよかったか  
 
ヘタに格好をつけたせいで、墓穴を掘るはめになるかもしれないと思うと情けなかった。  
だけど経験豊富なわけでもないのだから、そう手際よくはいかない。  
それでも、ニ、三度引き出しの中をかき回すと取り出すことに成功した。  
手早く装着して、顔を上げると、海老塚と目が合った。  
なんとなく、この間は気まずい。  
 
「えーっと、…いいか?」  
 
「…おう」  
 
勇ましい言い回しとは裏腹に、小さなか細い声だった。  
ギュッときつく目を閉じて、海老塚は俺の首に手を回してきた。  
そんな仕草に、思わずどきりとさせられる。海老塚のすべてが、優しく扱わなくてはという気にさせた。  
 
 

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