「時間!そこまで!」  
「……あ…」  
 私の呼吸が一瞬止まった。視線の先には応援している人がいる。  
けれどもその人は…浩二さんは心なしか心のどこかを削げ落とされ  
た様な表情に見えた。それはそうだろう。負けて喜ぶ人は誰もいない。  
…ましてやあと一歩で粉川さんが待っている舞台…オリンピックの舞  
台に立てたのだから…  
 
 浩二さんの大学時代最後の試合、全日本体重別選手権…決勝で  
浩二さんは優勢負けをしてしまった。決勝戦を前に私は声を掛けよう  
とした。頑張って、と…でも浩二さんの気迫溢れる雰囲気に気圧され  
て結局声を掛けられなかった。いや声を掛けてはいけないと感じた。  
特に頑張ってなんて他人事な安っぽい言葉でなんて…  
 
「…ん!…所さん!!……別所さん!!ねぇてばっ!!」  
「…え?え?」  
「やっと気が付いた…」  
 やれやれと言った感じで私の横にいる海老塚さんが首を  
横に振った。かなり大きな声で何回も声を掛けられたのか  
その隣にいる近藤さんは恥ずかしそうに周りを見回し、久留  
間さんは面白そうに目を輝かせていた。  
「ごめんなさい…」  
 少し顔を俯かせながら海老塚さんに謝る。  
「もう〜どうして謝るの?少し声を大きくしただけじゃない!」  
『いや…だからその大きな声を出させてしまった事を謝って  
るんですけど…』  
 
 海老塚さんの続け様の大声に私は今度は心の中で言  
い訳する。そんな私に業を煮やしたのか、  
「まあ、仕方無いよね。斉藤くん負けちゃったんだから…」  
 少し私に同調する様に呟く様に言った。その言葉に更に  
顔を下に向けようとした。その途端、  
「でもね、別所さん、斉藤くんをそんな顔をして迎えたらダ  
メよ。」  
「え?」  
 私の行動が分かっていたのだろう、すぐに海老塚さんは  
釘を刺してきた。思わず顔を上げる。再び私の視線に3人  
が映った。  
 
「斉藤くんは…負けた本人だから今日はガッカリ  
するかもしれない。でもそこから早く立ち直らせる  
為には別所さん、あなたは常に上を向いていない  
とダメ。一緒に下向いてたらそれこそ底無しに立  
ち直るきっかけを無くしちゃうから斉藤くんの為に  
もしっかりして!!」  
 海老塚さんは両肩を掴んで私の身体を揺らしな  
がら力説する。  
「え、え、え、海老塚さん…」  
 またも困惑しながら何とか次の返事を掛けようと  
必死になってしまった…結局浩二さんの迎えは私  
だけが行く事になった。  
「いい?ちゃんと元気に迎えに行ってね!」  
と、海老塚さんに念を押されながら3人と別れた。  
 
 
「もう〜桜子ったら、あんなに別所さんを焚き付けて…」  
 丁寧に礼をしてその場を辞した愛子の背中が3人の視線から消えた後、保奈美はやや呆  
れながら桜子に声を掛けた。  
「いいじゃない。私、間違った事言って無いでしょ?」  
「それはそうだけど…」  
 桜子は中学時代からの付き合いからか保奈美の抗議もさらりとかわす。  
「でも桜子先輩、斉藤先輩のお迎えだけだったら私達も付いていってよかったんじゃないで  
すか?」  
 桜子の横にいる麻里が少し目線を上げながら尋ねた。そんな麻里の質問に桜子は妙に楽  
しそうに、  
「お迎えだけだった・ら・ね〜♪」  
と答える。その言葉の数秒後に保奈美の顔が少し赤らんだ事に麻里は気付かない。  
 
「え?え?お迎え以外に何があるんですか?ねぇ、桜子先輩!」  
「おほほほ〜そんなに知りたかったらチャーリーにでも聞いてみなさ〜い♪」  
 麻里の追及を物凄く楽しそうにかわす桜子。  
「なんでそこで仲安くんが出てくるんですかぁ〜!!保奈美せんぱ〜い、教えて下さい  
〜!!」  
「し、知らない!!」  
 麻里は両手をブンブン振り回しながら抗議をし、そんな麻里に話を振られた保奈美は  
更に顔を赤らめてそっぽを向いてしまう。そしてそんな保奈美を笑う桜子。こうして元浜  
高柔道部3人娘は相変わらずの仲の良さを誇っていた。  
 
 
「…………」  
 天井を見つめる。決してそれで解決できる訳じゃない。それは分かっている。しかしそ  
れをしないとどうにかなってしまいそうな錯覚に俺は襲われていた。試合からまださほ  
ど時間は経っていない。その証拠に身体からは発汗から来る湯気が噴き出している。  
「………!!」  
『ドンッ!!』  
 身体が勝手に俺がいる控え室の座っているベンチを両方の拳で叩いてしまう。これで  
何度目だろうか。既に両手には痛みを超えた痺れが住み着いていた。そして汗がようや  
く引いてきた頃、俺はヨロヨロと柔道着を脱ぐために立ち上がった。自業自得だが両手  
が痺れている状態での着替えはこれまで経験した覚えの無いくらい時間が掛かってし  
まった。  
 そして荷物を全てバッグに詰め込み、肩に担ぐ。ずっしりと重かった。思わず溜息をつ  
く。しかしずっとこうしている訳にはいかない。俺はゆっくりと控え室から出るべくドアのノ  
ブに手を掛けた。  
 
『ガチャリ…』  
「…浩二さん…」  
「…べ、別所さん…」  
 
 ドアの開く音と浩二と愛子の視線がぶつかったのはほぼ同時であった。  
 
 
 

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