杉くんちに遊びに来て、適当にくつろいでときのこと。
あたしはすっかり暇を持て余していた。
杉くんは部屋に入るなり、読みかけの本を広げてるし、あたしはあたしで特にすることもない。
いつでもこんなもんだし、特に気にしてもいなかったけど、なんとなく面白くなかった。
そんなとき、ふいにつきっぱなしのテレビに巧くんの姿が映ったもんだから。
あたしは都合よく出現した話題に嬉々として声をかけた。
「ねえねえ、巧くんテレビに出てるよ!」
「ん?……ああ、そうだな」
派手なリアクションを期待していたわけじゃないけど、いくらなんでもあんまりな反応だ。
一瞬だけ視線を向け、めんどくさそうに一言言うと、また元のように本を読み始める。
よっぽどおもしろいのか、それきり顔も上げない。
「何よ、それだけなの?友達がテレビに出てるってのに」
「もうめずらしくもねーだろ。おまえだって見飽きたとか言ってたじゃんか」
「うっ……」
そう言われて言葉につまる。
たしかに、巧くんをテレビでみかけることは今やめずらしくもなんともない。
オリンピック出場以来、巧くんはどこの番組でも引っ張りダコ状態で、麻理ちゃんともどもお茶の間スターと化していたからだ。
事実だけに言い返せず、かといってこのまま引き下がるには悔しくて、つい余計なことを思いたった。
ちょっとした、いたずら心のつもりだった。
「でもさ、すごいよねー巧くんは」
杉くんの耳が、少し動いたのを横目で確認して、しめたとばかりに続ける。
「こんな有名になっちゃって。実力のある人は違うね〜」
相変わらず俯いたままでその表情は読めないけど、確実に聞いてるのがわかるから。
あたしはますます調子に乗って、
「いいよなぁ保奈美は。うらやましいな」
と駄目押しのように付け加えた。
さてどうでるか。どきどきしながら待ってみても、なかなか反応は返ってこない。
無言のまま、ページを繰る音だけが響く。
数分立ったところで突然、びっくりするような音を立てて杉くんが本を閉じた。
「な、何…」
無言でずんずん近づくと、あっという間に眼前に迫る。外したメガネをテーブルに放り出すと、
疑問を口にするより早くベッドに座るあたしの手を掴み、そのまま押し倒した。
「え?ちょ、ちょっと、待ってってば……」
冷たい手がセーターの中に差し込まれ、おなかをなぞった。その感触に肌が粟立つ。
そのままばんざいの姿勢にされて、あっさりセーターが脱がされた。
「ね、ねえ、杉くん……」
熱い息とともに吐き出した言葉を、遮るようにキスされる。
言葉を封じるように、舌は口内を這い回り、閉じようとするのにも構わず、無理矢理奥に押し入ってくる。
「んっ……ふ……」
大きな手が乱雑にブラジャーを押し上げると、色づいた先端がツンと上を向いた。
突然のことなのに、体はもうしっかりと反応している。
まるでこれから与えられる愛撫を待ち構えているようだった。
恥ずかしくて思わず顔を背けると、杉くんの頭が下がってきた。
唇は首筋を辿り、鎖骨に触れ、やがて胸元まで下りてくる。ちゅっと軽い音を立て、先端が口に含まれた。
ぬらぬらした熱い舌の感触に、あたしは思わず身をすくませる。
「はぁっ……」
片方で胸をまさぐりながら、もう片方の手がスカートの中に伸びた。
太ももを伝い、指先が大事な部分に触れる。下着越しに割れ目をなぞり上げると、
すでに十分湿り気を帯びているそこからは、くちゅりと卑猥な音がした。
薄布を挿しこむにようにして、窪みに指が押し当てられる。
同時に下腹部からじわりと、あたたかいものが溢れ出す感覚があった。
「あっ……んっ……」
喘ぎとも、ため息ともつかない声が自然に漏れる。
あたしの首筋に吸い付きながら、杉くんはあっというまに自分の服を脱ぎ捨てた。
すぐに手は背中に回り、中途半端に引っかかっていたブラジャーを外す。
あまりの手際のよさ……というか強引さが、口を挟む余裕を与えてくれない。
相変わらず下着の上を這っていた指が、ついに中まで進入してきた。
茂みを掻き分けて入り口まで辿りつき、浅く指先が挿し込まれる。
親指で軽く芽を擦られ、体が跳ねた。身をよじって逃げようとすると、押し戻すように肩を抱かれる。
浅い位置で遊んでいた中指が、さらに奥へと分け入ってきた。
「痛っ……ね、……もうちょっと…優しくしてよ」
「……別に乱暴にしてるつもりはねーけど」
「嘘、だって……んんっ……」
あたしの言葉を無視して、指は膣壁を探りはじめる。浅く深くかき回しながら、
壁を押し分けて進んでく冷たい指が、得体の知れない生き物のようで少し怖かった。
ときおり、膨らんだ芽を転がすようにして別の刺激が加えられる。
長い指を根本まで咥えて、体の奥が喜んでるみたいに痙攣した。
指が出し入れされるそのたびに、熱くなったそこからは正直な反応が溢れ出る。
ひたすら与えられる快感に軽く達しそうになったとき、膣内を弄んでいた指が突然引き抜かれた。
こぼれる蜜を掬い取って、出し抜けに目の前に持ってくる。
「ほれ、いつもどおりだろ?」
言いながらも目が笑ってない。気付けばあたしはほとんど裸の状態まで剥かれていた。
別に、無理矢理犯されてるわけじゃない。一応手順は踏んでいる。
ただ……いつもはもっとあったかい。
触れる指先も、憎まれ口の応酬も、ベッドの中ではくすぐったかった。
確かに今日は安全日だけど、ゴムだってつける気配がないし。
こんな余裕がないのは何かが違う。
……そうさせたのは、たぶんあたしなんだろうけど。
「脚開けよ」
「……うん」
言われるままに体をずらし、開け渡した。
腰が押し当てられると、密着した部分から杉くんの熱い昂ぶりを感じる。
やがて潤んだ部分に先端があてがわれ、焦らすように入り口を擦った。
微かな電気が体の芯を突き抜ける。
「……ねえ……」
無意識に漏れたその言葉は、拒んでいるのか促しているのか。自分でも区別がつかなかった。
杉くんはちらりとこっちを見て、それから一気に腰を沈めた。
「んあっ……」
すっかり潤った膣壁は易々と異物の浸入を許し、それどころか自ら迎え入れるように収縮する。
耐え切れず、あたしは思わずシーツの端を握り締めた。
薄目を開けて見上げると、覆いかぶさる杉くんの体が大きくグラインドした。
深くに潜っていたものが、瞬時に浅い位置まで引き戻される。
そして間をおかず、今度はもっと勢いをつけて、さらに奥へと送り込まれる。
引いては押し進む、その動きが繰り返されるたび、肉と肉のぶつかる音が静かな部屋に生々しく響く。
何度も荒く打ち付けられ、あたしはすぐにも達してしまいそうだった。
こんなに激しくされたのは、もしかしたら初めてかもしれない。
杉くんの熱い息づかいが耳元で聞こえる。
確実に速さを増すストロークに、噛み殺した奥歯から声が漏れた。
「やっ……あっ……」
手を口元にやろうとしたら、手首を掴まれ枕に押し付けられた。
「……声出すななんて言ってないぞ?」
「だって……」
杉くんがずっと黙ってるから。あたしも出しちゃいけないような気分になる。
毎回そんなに口数が多いわけじゃないけど、今日はすごく気になった。
やっぱり何も答えずに、杉くんはまた大きく腰を動かした。
喋らせないようにするためなのか、強引に唇を塞がれる。
なんとか応えようと、絡めてくる舌をたどたどしく受けた。
そのまま上体を起こして、抱きかかえられるような姿勢になる。太い両腕が背中に回った。
あたしはというと、ただ必死で杉くんの首にしがみついていた。
何度も何度も奥を突かれ、それだけで精一杯だった。……もう限界だ。
「好きか?」
「…んっ……えっ?」
意識が揺らぎ始めたそのとき、初めて杉くんが自分から口を開いた。
何のことかわからず問い返すあたしに、苛立った様子で続ける。
「……俺が好きかって訊いてんだよ!」
「な、何、急……にっ……」
「いいから、どうなんだよ」
答えを急かすようにいちだんと深く打ちつけられ、あたしは背中を仰け反らせた。
逃がすまいと、一層強い力で抱きしめられる。
「あ、あたしは……っはぁっ……」
一呼吸置いてうなだれる。頭がぼんやりしてきて、うまく舌が回らない。
それでも、渾身の力を込めて叫んだ。
「んっ……好きぃっ……好きだよ、杉くんっ!」
言うだけ言ってしまうと楽になった。あとは快感に身をゆだねるだけだ。
杉くんは何も言わない。代わりに一瞬動きを止めたかと思うと、これまでで一番強く、深く、突き上げられた。
体の奥が痺れて熱い。もうほとんど感覚がなくなっていた。
やがて小さな呻き声が聞こえ、あたしの中の杉くんがビクリと震えた。
繋がった部分から、どくどくと熱いものが注ぎ込まれる。
まだ息の荒い杉くんが、あたしの肩に頭を乗せた。
耳元で何か囁かれた気がしたけど、聞き取れなかった。
目を閉じて呼吸を整えながら、あたしはそっと杉くんを抱きしめた。
「……悪りぃ」
事が終わりシャワーに向かおうとしたあたしを、小さな声が呼び止める。
振り向くと気まずそうに目を逸らし、
「やっぱりちょっと乱暴だった……かもな」
そんなことをつぶやく杉くんがいた。
俯く顔が普段通りだったから。つい、怒るよりも先にほっとしてしまう。
「ふーん、わかってんじゃん」
「だけどおまえもなぁ……」
歯切れの悪い返事は中途半端なところで区切られた。
この際だから言い分を聞こうと、あたしは引き返してベッドに向かう。
そのまま端に腰掛ける杉くんの隣に座った。
「ないものねだりされたってどうしようもねーし」
「……それで?」
「そりゃ確かに巧はすごいけどな」
「うんうん」
「つまりだなぁ……巧のほうがよくたって、俺は巧にゃなれねーってこと!」
拗ねたように言い捨てて、また俯いてしまった。
一瞬唖然としたが、すぐ納得した。
らしくない今日の彼は、やっぱりあたしの発言のせいだったんだと、これではっきりしたわけだ。
深い意味なんてなかったのに、思いのほか刺激してしまったらしい。
自分だってナンパ三昧だったくせに、ずいぶん勝手なデリケートさだ。
笑い出しそうになるのを堪えて、黙り込んでる横顔をしばし見つめた。
ふと思い立ち、隙をついて手を伸ばす。
両手で無防備な頬をぐっと掴み、思い切り横にひっぱった。
「ひでででっ!にゃにひゅんらよっ!!」
慌てふためいた杉くんが意味不明な言葉を叫ぶ。
しばらく痛めつけたところで伸びきった頬を開放すると、ぐっと睨みつけてやった。
「あのね、勘違いしないでくれる?」
「何が!」
「好きでもない人とつきあったりしないっつーの!」
タンカを切って、ぽかんとしている杉くんから目を逸らす。
ホントにバカだ。何でそんな簡単なことがわからないんだろう。
そりゃあ確かに私も悪かったけど。
「残念ながらあたしが好きなのはあんたなの!」
「……」
「……さっきも言ったじゃん」
「わかってるよ。……でも……」
まだ言うか!
そう思ったとき、杉くんがあたしのおでこに頭をぶつけた。
引き寄せられ、少し痛いくらいの強さで抱きしめられる。
「ヤなもんはヤだ」
そして子供のようなセリフを置き去りに、それきり黙りこんだ。
あたしは動くこともできず、硬直したまま赤面した。
なんだか変な気分だった。あたしをすっぽり包むくらい大きな杉くんが、まるで小さな子供みたいだ。
「バカじゃないの……」
ポツリとそうつぶやいて、広い背中に手を回す。
ほんの少しかわいいと思えてしまう自分を、何より馬鹿馬鹿しく思いながら。
ふと、ついたままになっていたテレビに、巧くんの姿が映りこんだ。
痴話喧嘩?の原因になってることも知らず、のん気そうな顔で笑ってる。
――あんたらをバカップル、なんて呼べないかもね。
ため息をつきながら、伝わるはずもない言葉を心の中で投げかけた。
杉くんの体がゆっくりと傾いてくる。
逆らうことなく、あたしはベッドに身を埋めた。
終