「はぁ〜、いい結婚式だったねぇ」  
 
そう呟きながら海老塚はまだ赤い目をこすった。  
式場で近藤に抱きついて散々大泣きしていたくせに  
まだ泣き足りないんだろうか。  
親友の晴れの日を祝う気持ちの中には昔好きだった男への  
感傷も多少は混じっているのかもしれない。  
そんなことを考えながら俺はネクタイに指を引っかけた。  
仕事柄スーツには慣れているが、  
だからこそ休みの日にまでネクタイはご免だった。  
 
「ほら、もう分かったからさっさと着替えて来いよ」  
 
上着をハンガーに掛けながら言うと海老塚は不満そうに唇をとがらせた。  
 
「ぶ〜、なによ。もう少し余韻に浸ってたって良いでしょう?」  
「お前が隣の部屋に行ってくれないと俺まで着替えられないの」  
「高校生の時は平気でパンツ1枚になってたじゃない」  
「何年前の話してんだ、お前は」  
 
ぐずぐずと文句を言う海老塚を寝室に押し込んで扉を閉める。  
ぶつぶつ言いながらも着替え始めた気配を確認してから俺もシャツを脱ぐ。  
ソファに引っかけてあったジーンズとTシャツに手早く着替え、  
脱いだばかりのスーツの形を整えてハンガーに吊す。  
シャツは明日出勤前にクリーニング屋に寄って出していこう。  
身軽な服装になってやっと落ち着いた気分になる。  
俺は冷蔵庫から水を取り出して一息に飲み干すとソファに体を投げ出した。  
 
少し飲み過ぎたかもしれない。  
まぁ、それも仕方がないか。今日は親友の結婚式だ。  
海老塚の言うとおり、良い結婚式だった。  
近藤はキレイだったし、あがっている巧を見るのは面白かった。  
就職してから何かと忙しく盆も正月も帰りそびれていた俺にとっては  
今日の式はちょっとした同窓会だった。  
龍子先生の所のチビはびっくりするくらい大きくなっていた。  
久留間がでかいお腹を抱えて現れたのにもビックリした。  
みんなあの頃と変わっていないようで確実に変わって行っている。  
少しだけ切ないように感じるのは、俺が酔っているからなんだろう。  
俺自身は、何も変わっていないような気がする。  
あいつとも、腐れ縁の「元チームメイト」から抜け出せないままだ。  
 
結婚式の会場が俺のアパートから近いということを知った海老塚に  
しつこく食い下がられ、俺は自分の部屋を「更衣室兼荷物置き場」  
として提供するはめになった。  
 
「だって、この格好で地下鉄乗るのはちょっとね…」  
「タクシー使えばいいだろ」  
「そんなの高く付くじゃない!杉くんと違って私は薄給なのよ?」  
 
その時のやりとりを思い出して俺はため息をつく。  
いくら古い付き合いとはいえ、若い男の一人暮らしの部屋に  
「着替え」を目的に上がり込むってのはどういう了見なんだろう。  
着替える、ってことは一度脱ぐ、ってことなんだぞ?  
その気になれば鍵のかかっていないドアを開けて押し入ることなんて造作もない  
ことなんだ、ということをあいつはどこまで分かっているんだろうか。  
 
俺は、ゆっくり立ち上がって寝室に向かった。  
寝室の前で1つ深呼吸をしてノブに手をかける。  
、とその時、部屋の中から「杉くん…?」と俺を呼ぶ声がした。  
「ほえ?」  
心臓が止まるかと思うくらいビックリしてつい間抜けな声が出た。  
 
「ねぇ、杉くん、いないの?」  
「お、おぉ。いるぞ。どうした?」  
「あのね、ちょっと入ってきてくれる?」  
 
何を言い出すんだ、こいつは?  
 
「早く!」  
「お、おぉ…」  
 
恐る恐るドアを開けて部屋の中をのぞき込む。  
先ほど見たドレス姿のままの海老塚が背中を向けてベッドに座っていた。  
 
「ど、どうしたんだよ…?」  
 
思わず声がうわずりそうになるのを必死で押さえ込む。  
くるりとこっちを向いた海老塚の口から出た言葉に俺は愕然とした。  
 
「背中のファスナー下ろして!」  
 
はぁぁぁぁ???  
 
「ファスナーに布地が咬んじゃったみたいなの」  
「はぁ?!」  
「どうやっても動かないのよ。無理に引っ張ったら破いちゃいそうだし」  
「お前なぁ…」  
 
俺は深い深いため息を付いた。  
 
「もういいだろ、着たまま帰れよ」  
「だめよ、部屋に帰っても誰も下ろしてくれる人いないもん。  
 明日もこの格好で仕事に行けって言うの?」  
 
どこまでこいつはデリカシーがなくて自分勝手なんだろう。  
 
「早くしてよ!」  
「はいはい…」  
 
俺はベッドに上がり海老塚の背後に近寄った。  
 
「ほれ、髪上げろ」  
「ん。お願い〜」  
 
そう言うと海老塚は下ろしていた髪を片手で束ねて持ち上げた。  
白くてほっそりしたうなじがほのかなシャンプーの香りと共に露わになる。  
俺は海老塚に気付かれないように息を飲んだ。  
落ち着け、と自分に言い聞かせる。  
深呼吸を1つしてから海老塚の首の辺りを覗き込んだ。  
 
「…どうやったらこんなひどい状態になるんだよ」  
「んー、着るとき少し慌ててたからかなぁ」  
「ちょっと時間かかるぞ。じっとしてろよ」  
「ん」  
 
俺は変に意識をしないよう目の前の作業に集中した。  
指先が肌に触れないよう細心の注意を払って作業を進める。  
集中すればするだけ滑らかな首筋に吸い寄せられそうで目眩がした。  
 
「あ…」  
 
シュッという音と共にファスナーが動いた。  
 
「ほれ、直ったぞ」  
 
俺は少し乱暴に海老塚の背中を突いた。  
そのままベッドから下りる。  
とてもじゃないが正気を保っていられる自信がない。  
 
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  
 
 
私は心の中で自分の迂闊さを責めていた。  
すぐ近く、息がかかるほど近くに杉くんを感じる。  
吐息が首筋に触れる度に背筋がぞくりとする。  
何か杉くんが呟くたびに耳元で囁かれているような気持ちになる。  
こんな馬鹿なこと頼むんじゃなかった。  
 
「あ…」  
 
シュッという音と共にファスナーの動く気配がした。  
 
「ほれ、直ったぞ」  
 
すぐ近くにあった杉くんの気配が遠ざかる。  
同時に軽く背中を突かれて思わず振り返った。  
 
「痛いよ…」  
 
杉くんはもうベッドから下りてドアに向かっていた。  
 
「早く着替えろ」  
 
そう言って私の方を見ずに部屋を出て行ってしまった。  
いつの間にか息を止めていたようで私はふぅ、と息を吐いた。  
何度深呼吸をしても心臓の鼓動は治まってくれなかった。  
どうしちゃったんだろう、私…。  
 
背中に手を回し、ファスナーに手をかけた。  
 
 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  
 
 
「……杉くん、ちょっといい?」  
 
隣の部屋から遠慮がちな海老塚の声がする。  
さっきよりもずいぶん弱々しくてあいつらしくない声だった  
 
「今度は何だよ?」  
 
俺はドアの向こうに声をかけた。  
 
「入ってきて」  
 
正直、勘弁してくれ、という気分だった。  
 
「何だよ、そこで言えよ」  
「いいから、お願い…」  
 
俺は軽く目を瞑って天井を見上げた。  
軽く深呼吸をしてノブに手をかける。  
大丈夫だ、落ち着け。  
 
「あのね、やっぱり自分でやるとうまく下ろせないの。  
 だから、その、最後まで下ろしてくれないかな?」  
 
恥ずかしそうに上目遣いで俺を見上げて海老塚が言う。  
気が遠くなる。これはどんな罰ゲームだ。  
 
「ふざけんな!手前で脱げ!」  
 
そう言って部屋から出ようとする俺のシャツの裾を掴む。  
 
「お願い…」  
 
その声からなにかせっぱ詰まったものを感じて心臓が跳ねる。  
海老塚はうつむいて俺の方を見ようとはしない。  
だが、指先はしっかりとシャツを掴んで離そうとしない。  
もう、知らねぇ、ぞ…。  
 
「分かった。向こう向け」  
 
かすかに頷いて海老塚が背を向ける。  
さっきと同じように髪を束ねて持ち上げる。  
思った通りだった。  
ドレスのファスナーはどこにもひっかかる気配がなくすんなり下りる。  
背中の真ん中あたり、ちょうど下着が見えるか見えないかのところでわざと止める。  
軽く身じろぎする海老塚のむき出しの首筋にそっと唇を寄せた。  
 
「ん…」  
 
漏れた吐息の想像以上の甘さになけなしの理性が吹き飛ぶ。  
右手を前に回し、海老塚を抱きしめる。  
 
「杉、く…ん」  
「何だよ、これ。罠、か…?」  
「ちが…。ん…!」  
 
強引に前を向かせ唇をふさぐ。  
反応は堅いが嫌がっている気配は見えない。  
堅さをほぐすようについばむようなキスを繰り返す。  
 
「ん…。ふぅ…」  
 
かすかに開いた隙間から舌先をねじ込む。  
おびえて逃げる海老塚の舌を強引に絡め取り吸う。  
存分に口内を楽しんでから顎、耳のラインを辿り首筋に戻る。  
左手で邪魔な髪を押さえ耳たぶを甘噛みする。  
 
「いや、杉くん…」  
「うるさい。お前が悪い…」  
 
逃げようと身をよじる海老塚を無視して甘い匂いのする首筋に強く口づける。  
白い肌に赤い跡をいくつも刻む。  
 
「お前、しばらくポニーテール出来ないな…」  
 
耳元でそう囁いてやると少しだけキッとした目で俺を見上げる。  
そんな表情がますます俺を煽ると分かっててやってるんだろうか?  
 
「ちょ、ドレスしわになっちゃう…」  
「それ、脱がせて、って言ってる?」  
「馬鹿。助平!」  
「今頃気付いたのかよ。もう手遅れだ…」  
 
中途半端な位置で止まっていたファスナーを一気に下まで下ろす。  
むき出しになった肩にキスをするとそれまでと違う反応が返ってきた。  
 
「ここ、弱いのか?」  
「あふ…。ばかぁ…」  
 
肩から首筋、耳と舌を這わせる。  
ドレスをすっかり脱がせてしまうと心細げな表情になる。  
それがたまらなく可愛くて俺は正面から海老塚を抱きしめた。  
 
「海老塚…。悪ぃ。俺もう止められねぇ」  
「…ケダモノ」  
「イヤだったら、殴って止めろよ」  
 
海老塚が何か言おうとするのを制して唇を重ねる。  
背中に回した手を動かしてブラジャーのホックを外す。  
ピクッと海老塚の体が動いたけど、俺を殴る気配はなかった。  
 
ゆっくりとベッドに押し倒し、自分のシャツを脱ぎ捨てる。  
メガネを外し、手を伸ばしてベッドの下に置く。  
 
「メガネ外した杉くん、久しぶりに見た…」  
「そっか…?」  
「ん。部活の時は外してたけど。それ以来かな?」  
「…かもな」  
 
素肌が直接触れる感触が心地よい。  
何度もキスを繰り返しながら体を撫でる。  
そっと膨らみを包み込むと体が跳ねた。  
柔らかい。  
それほど大きくはないが、柔らかくて俺の手の中で自在に形を変える。  
手のひらの下で中心が立ち上がってくるのを感じる。  
軽く指先でつまみ上げると  
 
「ひゃん…!」  
 
と可愛らしい声を上げた。  
指の腹で中心をこね上げ、押しつぶし、転がす。  
 
「あぁ…。いやぁ…」  
 
ツンと立ち上がった中心の突起をそっと口に含む。  
もう片方の膨らみを揉みしだきながら舌先で転がす。  
時々軽く弾いてやると面白いように反応する。  
 
「ちょっと…。面白がってる、でしょ…?」  
 
少し怒ったような顔で俺を睨み付ける。  
俺は海老塚の目を見たまま突起に軽く歯を立てた。  
 
「あぁ…!」  
 
背をのけぞらせ甘い悲鳴を上げる。  
確かに俺は面白がっているのかもしれない。  
こんなに素直に可愛らしく反応を示すこいつが悪い。  
もっともっと啼かせたくて俺は夢中になっていた。  
 
海老塚が膝を摺り合わせるようにして何かに耐えているのにはとっくに気付いていた。  
胸から脇腹と滑り、ほどよく張りのある太股を撫でる。  
海老塚が切なげなため息を漏らす。  
俺はわざと「そこ」を避けて手を滑らせる。  
 
「いやぁ、意地悪…」  
「どっちが。俺がどんだけお預けくらってたか分かってるのか?」  
「お預けなんて、した覚えないよ…?」  
「よく言うよ…」  
 
多分海老塚の言うとおりなんだろう。  
こいつはお預けなんてしてる意識はなかったはずだ。  
度胸のない俺が、一線を越えるのにビビっていただけだ。  
 
 

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