日本武道館はその日、数々の様々なドラマを生んで大きな歓声に包まれた。
日本高校柔道全国大会で優勝候補筆頭の千駄ヶ谷学園を降し優勝を手にした浜名湖高校。
表彰と閉会式を終えても未だその興奮の余韻がのこる日本武道館館内。選手たちが帰りの
支度をしているその控え室の前には、応援に来た仲間たちや家族の面々が彼らを出迎える
ために待ち構えておりちょっとした賑わいがある。桜子はその人々の笑顔の渦を眺め、優
勝の感動を噛み締めていた。似た父親と喧嘩の様なコミュニケーションをとっている騒が
しい宮崎一家が目に付いたのでよく見ると、宮崎は父親の乱暴な祝福をにこにこと満面の
笑みで受けており余程嬉しいのであろうことが否応にも伝わってきた。普段は目つきが悪
い宮崎くんも笑うとやはり可愛いもんだ、と桜子が思いながらその光景を見ていると宮崎
がこちらを振り返り手をふる。
「海老塚!有難く思え、メダル触らせてやろう!」
と嬉々として笑いながら手に金色を掲げ歩いてくる姿は、ホント可愛いやつである。
「宮崎くん、頭、おかしくなってなあい?」
油断している彼の隙をついて桜子は同じ背丈の彼の髪にちょんと指で触れた。
桜子の言葉に、どういう意味だ?とわかりやすくて笑ってしまいそうになるほどに、
宮崎の表情が見る見るうちに不機嫌なものになっていく。
「頭打って、気絶してたでしょ?」
心配したよ、と桜子は彼の素直な反応を可愛いなあと愉しみながらその額を指で弾いた。
「お、お前なぁ」
揶揄されて宮崎は呆れたように息を吐き、小突かれた額を押さえる。千駄ヶ谷との戦いで
二戦目の試合に頭を強打して宮崎はしばらく意識を失っていたのだ。
「……ただの脳震盪だから大丈夫だよ。つうか優勝したのにおれ、そんなこと言われたら
かっこ悪いじゃねえか……」
拗ねるように壁に寄りかかって溜め息をつく。桜子も隣に並び背を壁に預けて笑う。
「いや、正直、かっこよかった」
「そ、そうか?」
「うん、かっこよかったよ、みんな」
「あ、みんな」
宮崎と桜子は並び、互いを見ることなく賑やかな人の流れを眺めながら他愛ない話をする。
「ちょっと、好きになっちゃた」
「は?」
「柔道さぁ、ちょっと好きになったよ」
「あ、柔道」
心地よい会話にくすぐったいような気がして宮崎はもういちど額をおさえて笑った。