「そうか。海老塚は相変わらずお気楽だな。
私の怪我なんかよりもっと気にすることがあるだろうに」
私は今は痛みもほとんど消えた膝を撫でながら言った。
寝ころんで雑誌をめくっていた宮崎くんが顔も上げずに言う。
「あいつの戦績とかか?」
「そう。彼女は詰めが甘いんだ。だからなかなかベスト8から上に行けない」
「そら言えてるな。…って海老塚の話はいいからさ。俺にはなんか言うことないの?」
そう言っておもむろに起きあがり私の方ににじり寄ってきた。
「…例えば?」
私は動揺を悟られないように敢えて素っ気なく聞き返す。
「だー!さっき言ったろ。軽量級で準優勝したんだよ。褒めてくれよ」
「あんたも肝心の所でツメが甘い。だからあんな格下に足下すくわれるのよ」
頭を抱えて大袈裟にショックを受けた振りをする彼からそっと視線を外す。
体育会系の男子はすぐ上半身裸になるから困る。
海老塚や久留間は慣れているのかもしれないが、私は生粋の女子校育ち。
腹の弛んだ父親以外の裸にはあまり慣れていないのだ。
それなのに宮崎くんは私の部屋に入るなり「暑い!」と言ってTシャツを脱ぎ捨ててしまった。
放っておいたらズボンまで脱ぎかねない状況だったので殴って止めた。
本当にこの男はデリカシーというモノに欠けている。
「きついなー。それが彼氏に言う台詞かよ?」
「なっ!誰が彼氏だ!妙なこと言うな!」
「お前なぁ、いい加減観念しろよ。あんなことやこんなことまでした仲じゃん」
「あ、あんなことくらい、恋人じゃなくてもするだろ」
「ふーん。松原さんは彼氏じゃない男とあんなことが出来る人なんだ。
薩川ちゃんが聞いたら泣いちゃうよ。『先輩!ふしだらです…!』って」
「あ、あんたみたいなケダモノと一緒にしないでよね。それより薩川に言ったら殺す!」
慌てて掴みかかる私の腕を易々と押さえて妙に真剣な目で宮崎くんが私を見つめる。
「言わねーよ。それよりさっき『あんたと一緒にしないで』って言ったけど、
俺は惚れた女としかああいうことはしねー」
心臓が握りしめられたようにキュウッと痛んだ。
腕をふりほどこうとしてもがいたけど彼は離してくれない。
まっすぐこちらを見つめて、私の「答え」を待っている。
「好きな人としかしない、というのは男より女の方がそういう傾向が強いと思う…」
「俺のこと好き、って言ってくれてると思っていいのか?」
「い、一般論だ!」
まったく、素直じゃねーヤツ、と呟くと彼は掴んだ腕をぐい、と引いた。
あっけなく私の身体は宮崎くんの裸の胸に転がり込む。
慌てて身を起こそうとするがそれより早く彼の腕が私を押さえ込む。
「全国2位の敏捷性を舐めてもらっちゃ困るぜ」
「他のとこに役立てなさいよ」
彼の胸に顔を埋めながら悪態をつくと彼はやれやれといった風にため息をついた。
片手で私を拘束したまま空いた方の手で頭をポンポンと軽く叩く。
あやすような手つきが子供扱いされているようで少し気に障る。
私とそんなに身長も変わらないくせに。
普段友達と馬鹿な話をしているときなんかはまるでガキのくせに。
それなのに手の動きが優しく髪を梳く動作に変わると
私は何となく安心した気持ちになって目を閉じた。
あんなにがさつでデリカシーが無くて、繊細さの欠片もないような人なのに。
私に触れるときの彼は驚くほど優しいのだ。だから、ついホッとしてしまう。
私を拘束していた彼の腕の力がフッと弛んで、それが合図のように私は顔を上げる。
すぐに彼の顔が近付いてきて唇を奪われる。
でも、イヤじゃない。どちらかといえば、…嬉しい。
どんどん深くなる口づけを受け止める。
少し息苦しくなって彼の背中を軽く叩くと彼は解放した唇を移動させて耳元に寄せる。
「渚…」
耳元で名前を囁かれて身体の奥から何かが溢れた。
こんな時にしか名前を呼ばないこの人はずるい、と心底思う。
熱い吐息と私の名前を囁く掠れた声、私を溶けさせるのには十分すぎる。
「っ…!見えるとこに、跡付けたら、承知、しないから…」
「…了解」
そう呟くと彼はゆっくりと私の身体を横たわらせる。
目が合うと照れ臭そうに、それでもとても嬉しそうに微笑んでくれた。
私も釣られて微笑む。
「渚はさ、可愛いんだからもうちょっと普段から笑えよな…」
「余計なお世話よ…」
「お前な、『ツンデレ』にも程があるぞ」
ま、いっか、と彼は意地悪く笑う。
すぐに、本音しか言えないようにしてやるよ。
そう囁いた彼を私が慌てて引き離そうともがいても、もう後の祭り…。