『それでは明日の6時に伺いますね』
絵文字も何も無い素っ気無いメール。
だが内容どうのよりも、誰から来たのかが大事だ。
別所さん。一応俺の…好きな人? まぁ、ちょっと気になる存在だ。
大学生にもなって、既成事実は一切無いのだが。
近所の商店街の福引で、母さんが特賞の温泉旅行を当てた。
いっつも一生懸命に働いてる母に「せっかくだから、店を休んで入ってきたら」と後押し。
久し振りの旅行に嬉しそうにいそいそと出かける母と、群がるように着いていった弟妹達。
俺の夕飯位、適当に自炊したり弁当買っても良かったのだが。
丁度用事、大学同士の合同練習で会った時に、何気なくその話をしたら、「じゃあ、私が作ってあげますよ」と言ってくれたのだ。
いよいよ、明日彼女がウチに、誰も居ない我が家に来る。俺の部屋にも招いて、もしかしたらそのまま…
俺は掃除に精を出した。
朝から何度も空気を入れ替えて掃除機をかける。整理整頓もした。さりげなく流すBGMも用意。
話の種に卒業アルバムも手の届く場所に置く。万が一を考えて、枕元に“物体x”を隠す。
時間が経つのが早いな。ささっとシャワーを浴びる。念入りに身体を磨き上げる。
ふむ、完璧。と思った6時ジャスト、ピンポーンとインタホンが来客を告げた。
「肉じゃが、好きですか?」
白いレースがヒラヒラ揺れたエプロン姿の彼女が、手際良く料理を作っている。
白いレース。別所さんはこの女の子チックな恰好が、良く似合う。
まるでこの世に舞い降りた純白の天使みたいだ。
更に。男と言うものは、エプロンを見たら、
裸エプロンもすぐに思いつくのだろうか?
それを脱がして、あんな事もこんな事も。今夜は長いんだから。
あらぬ妄想を思い浮かべる自分が空しくなる斉藤だった…
「お口に合えば宜しいのですが…」
小首をかしげて、別所さんが俺の口元をじっと見ている。
小さなテーブルには、肉じゃが、肉巻きやお吸い物、
沢山の小鉢料理が沢山並んでる。
「うん、すっごい美味しい」
お世辞抜きで感嘆の声を上げると、彼女は良かった…と小さく笑い、
自分も料理に箸を伸ばした。
夕飯を終え、彼女が手際良く食器を洗ってくれた。
俺もいそいそと拭いて食器を棚に戻す。
(普段はこんな事、した事が無いのに!)
お茶を飲んで一息ついた頃に、彼女がチラリと時計を見た。
ここで、一言「帰る」と言われては元も子もない!
先手を打たないと!
「お、俺の部屋でビデオでも見ない?
先日の試合のテレビ放送録画していたんだ。
俺達って、重度の柔道馬鹿で…」
我ながらくだらない台詞…
柔道の試合ではテクニシャンの異名を取る俺だが、
今回のギャグは思い切り滑ったらしい…
別所さんは、ちょっと目を見開いたが、
すぐに「あ、ハイ。ウフフ…」と小さく微笑んだ。
「荷物、持つよ」
「あ、いいです!」
階段を上がる時に、半ば強引に彼女の茶色いボストンバッグを持った。
(人質…もとい鞄質)
重い… その鞄はずしっとした重さがあり。
? 一体何を持ってきたのか?
食材だって結構な重さだった筈だが、更に大事な何か。
まさかお泊り道具? 彼女も実はその気なのかな。
部屋に入る時、さりげなくベッドに腰掛けた俺。
別所さんにも「横に座りな」と指示をしようとした矢先に、
床にぺたんと座られてしまった。
しまった。あんなとこにクッションを置いておかなければ。
ちょっと投げやりにバッグをベッドに放り投げる。
ガチャッ★
不可思議な金属音。別所さんが、はっとした顔で鞄を見る。
「あ、ごめん… ?なんだコレ?」
鞄のファスナーの隙間から、黒い紐の様な物が出ていた。
鞄の持ち手でも取れてきたか?と思い、思わず引っ張ってしまった。
「イヤッ! 駄目ぇ!」
思いがけない悲鳴と動き。
別所さんが慌てて立ち上がり、鞄をひったくったのだ。
同時に鞄が開いてしまい、紐を握り締めていた俺の前に
ズルズルとそれが出てきてしまった。
(…? 革の… ボンテージ衣装? え?)
にしおかすみこが着てるような
真っ黒い衣装が、ズサッと落ちてきた。
呆然とする俺。別所さんが、音も無く立ち上がり、
窓を背にしてカーテンを慣れた手つきで閉めた。
「見〜た〜わ〜ね〜」
地獄の底からの様な暗い声で、彼女は呟いた。
俺は、何が起こったか解らず、え?え?と細い目を精一杯広げて、
この黒い衣装と別所さんを見比べていた。
●●●
「もうちょっと様子を見ながら、
じっくりといたぶる予定だったのに…
まあ、予定が早まったけどいいわ。」
鞄からムチ(!)を取り出した彼女の…いや、暗黒の女王様の目が、
暗くなった室内でも解るように大きく見開いた。
「手加減しないよ。覚悟をおしっ! この針鼠野郎!」
ピシッ★
しなったムチが俺の太ももに突き刺さった。
今夜は長い夜になりそうだ…
Fin♪