どうやら気付かないうちに、うとうとしていたらしい。  
けだるさの中で目を開けると、隣に杉くんの顔があった。  
「おう、起きたか。」  
「ん。ちょっとシャワー借りていい?」  
「いいぞー。お、後で覗きに行こうか?」  
ふざけたように聞いてくる彼の顔を枕で殴る。  
「痛ってーな、この暴力女!」  
「うるさい!絶対覗かないでよね、ケダモノ!」  
悪態をつくとあたしは、彼のアパートの浴室へと向かった。  
 
あたしこと海老塚桜子が、高校時代からの腐れ縁・杉清修と付き合い始めてしばらく経つ。  
あの頃はこんなふうになるなんて考えもしなかったのだけれど、慣れって本当に恐ろしいものだ。  
いつの間にか週末に出かけるようになり、あたしは彼の部屋の合鍵を持つようになり、  
別所さんにアリバイ工作を頼んでたまに泊まりに来たりする。  
自他共に認める立派な坊主頭の杉くん家のお風呂場には、なぜかあたしの女物のシャンプーがあるし、  
簡単な着替えとか、コンタクトの洗浄液とかも常備してあるという馴染みっぷりなのだ。  
 
(しっかし、キャラじゃないよな―――)  
洗面所でタオルを用意しながら、ぼんやりとため息をついた。  
彼とこうなってから、あたしの中の何かは確実に変化している。  
なんというか―――あたしの中身はずいぶん「女」だったらしくて、それに少し違和感があるのだ。  
 
少なくともあたしは、保奈美みたいな「お嫁さんにしたいタイプ」じゃない。  
別所さんみたいにおしとやかで可憐…というのでもない。  
麻理ちゃんのような小動物的愛らしさもなければ、薫ちゃんみたいな小悪魔っぽい魅力もない。  
いわば「可愛い」とは無縁のがさつな女が、どの集団においてもあたしのポジションだった。  
 
杉くんと付き合ってもそれは、きっと変わらないと思っていたのに。  
今日も久しぶりに会って、冗談でも言い合って軽く食事にでも出かけて…と考えていたけれど、  
いざ彼の部屋へ来て、何かの拍子に手が触れ合ったらもう止まらなくなっていた。  
自分の心の一角が溶けてしまったような気持ちになって、そのまま身体を貪りあって、  
バカみたいに甘い声をあげては果てるまで色々ねだってしまったのだ。  
 
冷静でいたいのに、いつの間にか肌が甘えてそのうちすっかり溺れてしまう。  
(バカみたいだよなあ…)  
そんな気持ちを打ち消すように浴室のドアを開けた瞬間。あたりが突然真っ暗になった。  
 
「え、何!?」  
どうやら停電らしい。  
(嘘…もうヤダ!)  
ただでさえ滑りやすいお風呂場で電気が突然消えるなんて、冗談じゃない。  
暗い中で心細いのに、今のあたしときたら素っ裸で…なんだろう、すごく怖い。  
動けずにいると、洗面所の外から「大丈夫かー!」という杉くんの大きな声が聞こえた。  
「う、うん。」  
「入るぞ!」  
懐中電灯の灯りを頼りに、あたしは思わず入ってきた杉くんにしがみつく。  
「おいっ!」  
「うー、怖かったー」  
「…停電してから1分も経ってないぞ。」  
「でも。」  
彼の腕はあったかくて、あたしはそれだけで安心してしまう。  
つい目を閉じてぎゅっと背中に手を回した瞬間、ぱちりと音がして電気がついた。  
 
目の前にある洗面所の鏡には、裸で抱き合うあたしと杉くんの姿。  
「…っ!」  
照れくさくなったあたしは、思わず杉くんを突き飛ばした。  
女子とはいえ、現役柔道部員の火事場の馬鹿力を侮ってはいけない。  
不意をつかれた杉くんは、洗面所の壁に頭をしたたかに打ち付けた。  
 
「痛ー…お前なあ…」  
「…ごめん。」  
彼がため息をついて、ふいっと目線を逸らす。  
高校時代から変わらない、何かネガティブなことを考えたときのクセ。  
「何も突き飛ばすことねーだろ。」  
「だから、悪かったって…」  
「いいって。シャワー浴びるんだろ?」  
洗面所から出て行こうとする彼の背中は、あんまりにも拗ねモードすぎた。  
いくらあたしだって、彼氏にこんなを顔させたくない。  
「す…清修。」  
めったに呼ばない名前で呼んでみる。  
「あのー、突き飛ばしたのはですね。別に嫌とかじゃなくて。  
こんなところで抱きつくなんて、なんかあたしのキャラじゃないっていうか。  
ほら、だって保奈美とか麻理ちゃんなら可愛いだろうけどあたしだよ!?」  
冗談めかしてへらへら笑いながら、杉くんの背中におでこをひっつけた。  
「あたしみたいのが女の子っぽいことをやっちゃうのが恥ずかしかったわけ。ごめんね。」  
 
「お前なあ…」  
杉くんが呆れた声をあげると、くるりと向き直ってあたしを腕の中にしまいこんだ。  
「何?そんなこと気にしてたの?」  
「だって。」  
「オレはなあ、嬉しいんだぞ?そういうお前も。」  
「…そーなの?」  
なんだかちょっと意外だなあ…と思いながら、杉くんのキスを受け止める。  
彼はあたしの髪の毛をくしゃくしゃなでると、目を細めて笑った。  
「オレだって他の女の子には、こんなところ見せないし。」  
「絶対見せるな!」  
「そーゆーことも含めて『深い付き合い』だと思うんだけど。」  
 
ああ、そっか。  
 
そりゃあたしも、杉くんがこんな顔で笑うってことは知らなかった。  
彼の腕の心地よさとか、意外とやきもち焼きなところとか。  
でも、それだって全部"悪くないこと"。  
胸の中にわだかまってたもやもやが、すうっと溶けたような気がした。  
 
「あのー海老塚さん。」  
「ん?」  
「こんな格好でこういうことをしていると、襲いたくなるんですが。」  
「…ドスケベエロ坊主。」  
「しょーがねーだろ!わかったらシャワー浴びてこい!」  
「何その上から目線。」  
むっとしたあたしは、ふいにいいことを思いついてほくそ笑んだ。  
 
「杉くんさえよければ、一緒に入ってもいいかと思ってたんだけどなー♪」  
そう言って背中にぎゅっと手を回してやる。  
あたしの提案にぐっとなってる杉くんがたまらなく可愛い。  
「…よろしくお願いします。」  
折れたような彼の声を聞いて、あたしはなんだか勝ったような気分になった。  
 
それもつかの間。  
「んあっ…だから、どーしてそこぉっ…」  
杉くんの長い指が、あたしの乳房を這い回る。  
「嫌なら止めるが?」  
彼はあたしの耳朶を甘噛みしながら囁いた。  
勝ったような気分なんて、つかの間の夢もいいところだ―――。  
「意地悪っ…!んあぁっ…」  
先っぽをつん、と指ではじかれると全身にぴりりと快感が走った。  
気持ちいいけど、胸なんかじゃ全然たりない。  
現にあたしのそこは、お湯以外の液体でぐしょぐしょに濡れている。  
触れられただけで喜んで熱くなってしまう、いやらしいあたしの身体。  
「すげー濡れてる…」  
「やぁ、見んな!このエロ坊主…」  
嘘。もっとちゃんと見てほしい。気持ちよくしてほしい。  
その証拠なのだろうか。彼の指にかき回されてすぐ、あたしはイってしまった。  
 
「桜子…お前どうしちゃったの?」  
すぐに良くなってしまう自分の身体が恨めしいけれど、  
余裕のない顔でそこを大きくしている杉くんに言われても、何の説得力もない。  
「杉くんだって、すごいよ。」  
そう言ってキスをねだると、彼があたしの目を覗き込んだ。  
「名前呼んで。」  
「…清修。」  
「よくできました。」  
そのまま唇を貪りあう。  
キスを交わしている間にも、彼はあたしの胸やそこに触ってくるので、  
さっきイったばかりのくせに、すぐに臨戦態勢に突入してしまう。  
とにかくこうなると、もう我慢ができないのがあたしの悪いくせ。  
もう杉くんだけをケダモノ呼ばわりできないのかもしれない。  
 
「ここでしよう。」  
どうやら我慢できないのは、杉くんも一緒らしくて。  
あたしが頷くと、彼は洗面所の引き出しから避妊具を取り出した。  
手早くそれを付けると、浴室の壁にもたれて座りなおす。  
あたしはすっかり溶けてしまったかのように、彼の上にまたがった。  
 
充分すぎるくらい濡れたあたし自身は、彼のそれをやすやすと飲み込んでしまう。  
つながったまま向き合う体勢になって、またキスをした。  
そのまま揺すられると、つながった部分がぐちゃぐちゃと水音をたてる。  
水音のする部分はとにかく熱くて、どこが境界線なのかもわからない。  
「お前ん中、熱い…」  
「んあっ…清修のが熱いからっ…」  
「馬鹿言え。」  
「うるさっ…あん、溶けちゃうっ…!」  
何度も気が遠くなりそうになるあたしを抱きしめて、彼はがんがん下から突き上げてきた。  
杉くんに直接言ったことはないけど、実はこの体位があたしは一番好きだ。  
すごく奥まで入ってるのがわかるし、何より抱きしめあいやすい。  
「ああっ、もっとぉ…」  
「もっと何?」  
こういうときの杉くんの表情は、やたら色っぽくてぞくぞくする。  
「気持ちよくして…」  
そう言って腰を擦り付けると、彼はさっきまでより激しく突いてきた。  
「あっ、あっ…」  
大きな波が何度も押し寄せるみたいな、ものすごい快感に攫われそうになる。  
「飛んじゃう…何これっ、すごっ…んあぁぁ!」  
自分の声が遠くから聞こえるみたいで、どうしようもなくなって。  
無我夢中で彼の身体にしがみついて、彼の腕があたしに巻きついて。  
気持ちよすぎて喘ぐのもキツいけど、声がどうしても止められない。  
―――そのうちに一番大きな波が体中をつらぬいて、  
あたしは高い声をあげてがくがく身を引きつらせ――そして目の前が真っ白になった。  
 
目が覚めると、あたしはベッドの上に寝ていた。  
隣には心配そうな杉くんの顔がある。  
「あれー?」  
「…悪い海老塚。ちょっとやりすぎ…」  
とたんにさっきの痴態を思い出して、あたしの頬はかっと熱くなる。  
「バカ!ケダモノ!エロ坊主!」  
「なんだよーお前だって乗ってたじゃん!」  
「うるさい!バカバカバカ!」  
そこに関しては否定できないのが余計に悔しくって。  
でも喉が異様に渇いていたから、差し出されたペットボトルの水は一気飲みしてやった。  
そこで、ふと気付いたことがある。  
 
「もしかして、ここまで運んでくれた?」  
「オレが運ばないで誰が運ぶ!」  
「…それっていわゆるお姫様抱っこ?」  
「まあ、それが一番楽だし。」  
そりゃそうだ、と思ったところで、ひとついいことを思いついて提案してみる。  
「…今度おきてる時にお姫様抱っこしてくれたら、許す。」  
「え、それだけでいいのか?じゃあ早速…」  
「今は駄目!」  
「いつならいいんだよ!」  
「なんかこう、忘れた頃にさりげなくとか。」  
「だー、うっとおしい!」  
 
そういうけどさ。さすがにさっきの今は照れくさいじゃない?  
ふてくされて背中を向け、寝転がった彼にひっつきながら、  
この人の前限定で「可愛い女の子」ぶってみるのも悪くないかも、と思ったのだった。  
―――まあ、ごくたまには、ね。  
 

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