「正面に、礼!」
「ありがとうございました!」
号令と共に、道場どころかグラウンドにまで響き渡るような大声。
今日も、辛く、厳しく…そして楽しい練習が終わった。
先輩達が最後のインターハイを終えて引退していってから、約2ヶ月。
秋も深まり始めた頃に、浜名湖高校柔道部を引っ張っていく役割を俺達二年生が引き継ぐことになった。
「仲安先輩、お先に失礼します!」
「キャプテン、お疲れ様でした!」
一年生の後輩達が、例を終えるなりそそくさと着替えを終え、更衣室を続々と出ていく。
主将。髪を染めるし授業は真面目に受けないしで、決して生活態度のいいとは言えない俺が、主将。
俺には酷く不似合いな肩書きに思えるが、石野や麻里がやるよりは、と半ば自動的に決まったのだ。
それでも、練習の開始や終了、号令の一切は俺がかけるし、連絡網の起点になるのも俺だ。
任された以上放り出すこともできないと考える辺り、昔に比べて随分まともになったものだと思う。
責任感という言葉を最近よく意識するようになったのも、これが原因なんじゃないだろうか。
先輩達が抜けていった今、誰かが仕切っていかなければならないし、仕切るのはいつだって上の者だ。
そんなことを頭の中でぐちゃぐちゃ喋りながら制服に着替え、胴着も袋にしまい終わった。
明日は練習も休みだし、休もうと思えばゆっくり休める。
「鍵、大丈夫?」
更衣室の鍵を閉め、電灯のスイッチを切って外に出ると、頭一つ低い位置から無駄に大きな声が聞こえてきた。
ライオンのたてがみを短くしたようなショートカット、ぱっちりした真ん丸の大きな瞳に、閉まっていることの方が少ない口。
一見すると中学生にも見えてしまうような外見だが、これでも女子柔道48kg級では敵う者のいない、れっきとした女王。
世界チャンピオンにまでなってしまったスーパー柔道少女が、ウチの柔道部にはいるのだ。
中学校の頃から男に混じって稽古をし、自分より大きな相手をバンバン投げ飛ばしていたが、まさかここまで強くなるとは。
マスメディアの間では『マリリン』などと呼ばれているようだし、やたらめったらあちこちで注目されている。
「悪い、待たせちゃったか?」
コアラみたいに呑気な顔が俺を見上げる。
「ううん、私もついさっき着替え終わったばっかりだし」
「そっか。じゃ、帰るとしようぜ。石野も上がっちゃったしさ」
うん、とオーバーアクション気味に頭を縦に振ると、歩き出す俺の学生服の裾をつまんで麻里も後に続いた。
日の落ちるのもすっかり早くなり、薄着でいたら肌寒くなりそうな秋の夕方。
薄暗い空の下、俺は麻里がああだこうだと好き勝手に喋るのをBGMにして、商店街を歩いていく。
以前はたまにでしかなかったが、今ではこうして毎日帰り道は麻里と並んで歩くのが当たり前になっていた。
俺の家に帰る途中に麻里の家があり、何かと有名になってしまった彼女を危険から守りたいと思ってのことだった。
「そいでさ、化学の授業の時、さくらちゃんがね……」
そんな俺の考えなどよそに、麻里はニコニコして実に楽しそうに授業中の話をしている。
こいつの感情にはきっと、喜と怒と楽の3つしか無いのだろうと考えるのは、俺だけではあるまい。
商店街を通り過ぎて住宅がぽつぽつと見え始めてくる辺りに、麻里の家がある。
月極駐車場の赤い看板を目印にして、麻里が俺の制服から手を離す。
「じゃあまた来週、かな。明日は練習無かったよね?」
「あ……待った」
ぶんぶんと手を振って踵を返そうとする麻里を呼び止める。
「えっと、明日……その」
麻里が瞳を少し細めて、張り付いたままの笑顔から少し口角を上げた。
彼女はもう知っているのだ。俺がこうやって口ごもる時に、次にどんなことを言われるのかを。
「うん…なぁに?」
知っているだろうに、自分からはリアクションをせずに、俺が最後まで言うのを待っている。
「ヒマだったらでいいんだけど……あ、遊びに行かないか?」
ああ、くそっ。もう片手で数えられる以上に繰り返したやり取りなのに、どうしてこうも緊張してしまうんだ。
既にこの時点で、俺が思い描く理想的な展開とは程遠いものになっている。
こんなカッコ悪いザマに気づいていないのか、気づいてて見逃しているのか、麻里は大きく頷いて二つ返事でOKをくれた。
よしっ、と軽くガッツポーズを取ってしまい、あぁまた麻里の前でダサい所を…と、ちょっぴり自己嫌悪。
次の日、俺は駅前で待ち合わせ…しようと思った所、駅まで行く途中の道でバッタリ麻里に会ってしまった。
どんな格好をして来るのかとワクワクしていたのに、残念な気もする。
「おはよ、仲安くん」
オレンジ地に黄色、見ているだけで暖かくなりそうなジップアップのパーカーと、下は7分丈のカーゴパンツ。
足元まで視線を下してみると、くるぶしまでのソックスにスニーカー…と、今にも猛然とダッシュができそうだ。
(どう見てもデートって格好じゃないよな……似合ってるけど…)
予想通りで、期待外れ。ボーイッシュなのも可愛いが、たまにはミニスカートを履いている所とかも見てみたい。
「ねぇねぇ、今日はどこ行く?」
「そんな大声出すなって。ほら前の人ビックリして振り向いたじゃないか」
いつも通りのやり取り。歩いている道も通学路の商店街だ。そんな栄えた場所じゃないからしょうがないけど。
「今日はどこに連れてってくれるの?」とでも言ってほしいのだが、こいつにそれを期待するだけ無駄な気がする。
そもそも、異性と一対一で出かけるという状況自体、麻里にとってデートと認識されていないのかもしれない。
手ぐらい繋いで歩きたいものだが、麻里は相変わらず俺の袖につかまっている。
いや、これはこれで嬉しい。嬉しいけど、彼女と俺の身長差を考えると、子供を連れているような気分になってしまう。
数時間後、空がオレンジ色になりかけた頃、俺は疲労感と敗北感に打ちのめされていた。
バッティングセンターでホームランをかっ飛ばして大盛り上がりの麻里を横目に、俺はぶんぶん素振りをしていた。
球が速すぎてまるで当たらなかったのだ。
その前はラブコメ映画を見て雰囲気を…と思っていた所、やっていたのはアクション映画だけだった。
デートスポットらしい所にも行ってはみたが、あまりいい雰囲気になることも無かった。
プランの練り方が足りなかったかもしれない。でも、いくら綿密に計画を立てても、かえって窮屈になりそうだ。
それに、麻里が相手ではラブラブなデートを計画してみた所でいいムードにはなりそうも無かった。
(はぁ、また今日も失敗か……進展ねぇなぁ)
以前に勢いで告白してみたこともあったのだが、
「私も好きだよ。仲安くんも石野くんも、みんな大好きっ」
と、ニュアンスの違いは分かってもらえなかった。石野と同列に扱われたのが更にショックだった。
そろそろキスの一つでもして、麻里に分からせてやりたい……。それはいつの日になるだろうか。
せめて今年中にはどうにかしないと、言い寄ってくる男も多そうだし───
「あ、電話だ。もしもし」
ポケットの中で携帯電話が震え、ごめんなと麻里に手だけで伝えて通話ボタンを押した。
「えっ、今日は帰らない? 言ってたっけそんなこと?」
母親からの電話だった。父親と一泊旅行に行って来るとかそんなことを言っていたらしいが、聞いていなかったか、忘れたかだ。
とにかくそれで分かったのは、明日の昼まで両親が帰ってこなくて、その間の食事をどうにかしなければいけない、ということだ。
「参ったな、メシ代足りるぐらい金残ってたっけ……」
高校生の懐に、今日の出費は中々大きかった。財布の中身は、残り僅かだ。
「どうしたの?」
麻里が怪訝そうな目で俺に問いかけた。
「いや、両親が今日帰ってこないらしくってさ、明日の昼までのメシをどうにかしなきゃいけないんだが……」
「作ったげよっか?」
麻里の口からひょっこり出てきたのは、意外も意外、思いもよらない申し出だった。
「え、そりゃぁ中学生の頃に麻里が家に来たことはあったけど……」
中一の、まだまだ子供だった頃の話だし、雨宿りのほんの僅かの時間でしか無い。
それ以前に、男の家に女一人で上がりこんでくるっていうのが、どういう意味だか分かってるのか?
「お前、料理できるのか?」
「できるよ。いつも仲安くんにおごってもらってばっかりだし、たまにはお礼するよ」
と、麻里は二つ返事。心なしかワクワクしているように見えるが、いつも笑っているので真意は不明だ。
それにしても、ついつい食事に行くとおごってばかりだが、そうしてもらって当然って考えを持ってるわけではなかったんだな。
「おじゃましまーす」
連れて来てしまった。麻里を、俺のウチに。好きな女の子が、俺のウチに。
しかも、何の偶然か分からないが、両親不在。いったいどんな急展開なんだ。
(いいのか!? 俺、ゴムちゃんと持ってたっけ?)
と、飛躍した考えが浮かんで、気付く。そういえば、麻里って寝技も俺より上手いんだよな。
もし強引に押し倒そうとした所で逆に押さえ込まれるか、それ以前に背負いでぶっ飛ばされるか。
それ以前に、まだそこまでできるほど関係が進んでないじゃないか、キスすらしてないのに。
昂っていた気持ちが一気に冷めて溜め息をつくと、麻里が冷蔵庫の前に立って俺の方に視線を送っていた。
ねぇねぇ、まだ『待て』なの?と言わんばかりの、犬みたいな目。動物みたいな娘だよな、と改めて思う。
「あ、開けていいぞ」
「はーい……あ、結構野菜いっぱい入ってるね……使いかけのもあるみたい」
俺には無造作にしか見えないが、冷蔵庫を開けるなり、時々背伸びしつつキャベツや玉葱やじゃがいもをぽいぽい取り出している。
いったい何を作るつもりなんだろう。美味しそうな料理と、とんでもない異次元料理、そのどちらもが頭に浮かんだ。
どちらかといえば後者が当てはまりそうで怖い。
「よーし、決めたっと」
「お、おう」
思わず息を飲んで麻里の言葉をじっと待つ。なぜか、握り締めた拳に力が入った。
「オムライスと野菜スープにするね。卵、割っといてもらっていい?あと、エプロン借りるね、それから……」
「待て待て、いっぺんに喋ろうとするな」
矢継ぎ早に喋る麻里に思考がついていけず、卵の前は何を言ったのかよく分からなかった。
とにかく、マトモな料理の名前であるらしいことだけは分かった。
麻里に言われた通りに冷蔵庫から卵を四つ取り出し、二つの器に分けて箸でシャカシャカ掻き混ぜる。
ちらりと麻里の後ろ姿を窺ってみると、小気味良いテンポで人参を切っている所だった。
刻まれた人参は、そのまま火あぶりにされている鍋へ放り込まれていく。
やけに大雑把な気がするけどいいのか、と、いつの間にか皮を剥かれていたじゃがいもが、ボウルの中へ、レンジの中へ。
「なんでレンジに?」
「この方が時間短縮になるんだよ。お腹空いてるでしょ?」
なんだか、いつもの麻里とは全然違う。さっきまでバットを振り回していたのに。
中学生の頃からずっと一緒だったのに、こんな家庭的な一面があったなんて。
エプロン姿も似合ってないようで結構可愛いな……などと考えていたら、箸が虚空を掻き回していた。
麻里が向こう側を向いていてくれてよかった。見られてたらきっと怒られてた。
あれよあれよと言う間に一通りの材料を鍋に入れ終わったようで、後は待つだけとばかりに蓋が被せられた。
薄い金属越しに、ポコポコと煮立つ音が聞こえて、台所の空気が暖かくなってきた。
時々台所で見ていた光景だが、麻里がその光景の中にいると意識したら、心拍数が上がった。
「さ、そんじゃオムライスだね。仲安くん、バターとケチャップ、冷蔵庫から出して」
「お、おう」
体の小さな生物は心拍が速く、時間の流れも早いというか、こいつの時間の流れも俺とは少し違うのだろうか。
てきぱきしている、というより早送りみたいだ。
刻んだ玉葱と挽肉がフライパンの中でじゅうじゅうと音を立てている。
その音を聞きながら肉の焼ける匂いをかいでいたら、お腹が締め付けられて情けない鳴き声をあげた。
麻里の動きに迷いは見られない。まだ味わってもいないのに、こいつは料理が上手いのだと確実に頭に刷り込まれつつあった。
実際、躊躇していないということは包丁を握って火のすぐ傍にいることに慣れているのだろう。
俺がもしフライパンで炒め物を作ろうとしたら、焦がすのを恐れてタイミングを逃がし、生焼けのものができそうだ。
宮崎先輩なら、確実に焦がしてしまうことだろう、と、真っ黒になった料理の前で激昂する姿が目に浮かんだ。
「できたよー」
俺が変な妄想にふけっている間にどうやらオムライスもできていたらしく、皿に黄金色のラグビーボールがデンと構えていた。
二つ並んだオムライスの片方にはM、もう片方にはCと赤い文字で書いてあった。
「Mは麻里のMだと思うけど……Cって何?」
「チャーリー」
そう言って、麻里はケタケタ笑いながら、オムライスの皿とスープの器をリビングへ持って行く。
「おっ、お前な、チャーリーは黒歴史だっ!こら、思い出してるんじゃねぇっ!」
「あはは……いいから食べよ、チャーリー」
「この野郎……!」
顔から火を吹きそうだったが、掘り炬燵になっているテーブルに置かれた皿と器が気分を落ち着かせてくれた。
オムライスの皿からはバターの芳しい香りが、スープの器からはコンソメらしい匂いが鼻腔をくすぐる。
卵の黄、ケチャップの赤、スープの中に見え隠れするキャベツの緑、それぞれの色がお互いを引き立てあっているようだった。
「……美味そう」
唾液がどっと湧き出てきた。テーブルに麻里と向かい合わせになって、冬待ちのスカスカな空間に足を放り出す。
両親以外の人、何度かデートに誘った女の子が食卓の目の前にいるという光景が新鮮で、ドキドキした。
「ごちそうさまでした」
麻里が作ってくれたから、という隠し味を抜きにしても、期待していた以上に美味しかった。
「簡単なことしかやってないよ」
と麻里は言っていたが、オムライスの卵が適度にとろけていたりと、絶妙な加減がされている感じがした。
スープの野菜も、おかわりをもらってしまうぐらいに食べてしまった。普段、あんまり野菜は食べないのに。
「お前、料理上手いんだな……意外だった」
「意外? 意外って言った?」
怒らせたかと一瞬身を硬くしてしまったが、どうやら怒っているわけではないようだ。
気のせいかもしれないが、ほんのりと頬が赤いように見える。
「ともかく、美味しかった。それは確かだ」
「ちなみにね、兄さんはお菓子作りが得意なんだよ」
面識はちょこっとしか無いけど、麻里のお兄さんって、あの顔がそっくりで横に広い人だよな。またえらいミスマッチな。
あの大柄な体と甘いお菓子はどうしても結びつかなかった。
食べ終わった食器を持って台所へ。皿洗いなんて自発的にすることは無かったんだけどな。
後片付けが終わってリビングに戻ると、麻里がテレビをザッピングしていた。
バラエティ、クイズ、歌番組、プロ野球中継、どれも彼女の興味を引くものは無いようだ。
「あ、仲安くん、あのビデオテープ、何?」
と、テレビの脇に置いてある、まだ埃をかぶっていないビデオテープを指差した。
「ああ、確かあれ、こないだの大会の時の……見るか?」
「うん、見る見る!」
リモコンを持っていた麻里に再生ボタンを押してもらうと、丁度畳の上で誰かが試合をしているところだった。
『キャプテン、ファイト!』
『あと半です!リード守って守って!』
後輩達が応援する声をカメラは拾っていた。畳の上にいるのは、俺だ。そうだ、これは個人戦の準決勝。
公式戦だから髪を黒に染めていることもあって、自分の柔道している姿を見るのは不思議な気分だった。
見始めてからすぐ、俺が一本背負いを仕掛け、綺麗に決まって一本勝ち。
『勝った!決勝進出!』
男女入り混じった歓声がテレビのスピーカーから響いてくる。
『仲安くん、かっこいいなぁ』
今のは麻里の声だったような気がしたけれど、聞き間違いだろうか。
「ななな、なんで私の声が入っちゃってるのよぅ!」
麻里が慌ててリモコンを操作しようとするが、すっぽ抜けて俺の方にリモコンが飛んできた。
『あ、麻里先輩がキャプテンのこと、カッコいいって』
『やっぱり好きなんじゃないですかー』
『えぇっ! ち、違うよっ!仲安くんはそんなんじゃないもん!』
「あわわ、早く消さなくちゃ……!」
狼狽したようなビデオの中の麻里と、現実にリモコンを拾い上げて停止ボタンを見つけられずにいる麻里が重なる。
画面が真っ暗になる頃には、俺はもうビデオの中から聞こえてきた言葉を何度も反芻してしまっていた。
(やっぱり好きなんじゃないですか。やっぱり……やっぱりって?)
「な、仲安くん、これは違うのっ、これは……!」
大慌てで麻里が手をぶんぶん振っている。
本当はどう思っているのだろう。やっぱり、以前の時と同じように友達としか思っていないのだろうか。
あれこれ悩んできたけれど、ここでケリをつけてしまった方がいいかもしれない。
マジで無理だって言うんなら、いっそのこと諦めて──
「なぁ麻里。やっぱりダメなのか? 俺、本気なんだぜ……お前に」
「……………」
気まずい沈黙が流れる。どっちでもいいから麻里からの答えがはっきりとこの場で欲しい。
「……分かってるよ。ごめんね、ちゃんとした答えを返してなくって」
「ちゃんとした答え?」
「うん。心の準備ができてなくって、ついはぐらかしちゃったから」
どうやら、俺が勢い余って告白した時はしっかりした答えではなかったようだ。
となると、石野と同列に扱われたショックは杞憂に終わってくれるということなのだろうか。
「でも、半分はホントだったよ。中三で背が伸びてからの仲安くん、なんか見栄っ張りでカッコつけてて好きじゃなかった。
髪赤くしてからは目つきも怖かったし、無理に自分を強くみせようとしてて……ひねくれてる感じがした」
麻里の言葉が突き刺さる。ああ、確かにそう言われればその通りかもしれない。
ナメられたくなかったという思いが強かった時期だし、部活で麻里に投げ飛ばされてばかりでふてくされていたんだろう。
男なのに、女に勝てない。試合でそこそこ勝っていても、好きな女の子より弱い。その現実を認めたくなかったのだと思う。
でも、そういう思いは高校に入って先輩方や県警の人達に揉まれる内に無くなり、初めて昔の自分を客観視できた。
「斉藤先輩が怪我して一年生が試合に出るってなった時からさ、背負い投げをまた使い始めたよね。その時からかな。
あ、昔の仲安くんが戻ってきた。私の大好きな、気が強くて真っ直ぐな仲安くんが戻ってきたって」
「麻里……」
飛び上がりたいような、というのとは少し違う、心の底から沸々と沸き立ってくるような嬉しさ。
「今の仲安くん、すっごくステキだよ。大好き」
少しの躊躇も無く麻里は言い切った。真夏の爽やかな太陽を一身に浴びる向日葵のような、眩しい笑顔だった。
目の前を塞いでいた氷の塊がみるみる内に解けていく。試合に勝った時とはまた別の喜びが指先まで行き渡る。
「麻里っ!!」
「うひゃっ!?」
たまらなくなって正面から抱き締めようとしたら、勢い余って麻里をソファーの上に突き倒してしまった。
上になったまま俺はなぜかぼんやりと麻里を見下ろしていて、麻里もポカーンと口を開けっ放しにして俺を見上げた。
俺が麻里を押し倒している。この構図の意味を理解するまでに数秒かかった。
「……………」
麻里はただ身を硬くしていた。寝技も俺より上手いんだから抵抗だってできるのに、何もしない。
開いたままの唇に視線が集中して、半ば無意識にそこを目掛けて唇を重ねていた。
少ししっとりした感触。ぬるま湯から出したばかりの水餃子みたいな柔らかさだった。
鼻で呼吸してみると、いつもよりも濃い麻里の匂いがして、一気に血流が速くなったような気がした。
柔道の練習で密着状態になることは中学時代からのことだったが、その時はこんな気持ちになんてならない。
唇を離して麻里の顔を覗いてみると、眉を下げて、トマトみたいな顔で明後日の方向に視線を向けていた。
中学生からの付き合いなのに、麻里が恥ずかしがっている顔なんて初めて見る。
いつも笑顔を顔に貼り付けていて、怒った顔や困った顔をたまに見たぐらい。胸が熱くなった。
「んっ……ん」
突き動かされるようにして、再び唇を奪う。
ただついばむようなキスなのに妙に気持ちよくて、腰の奥がジンジン疼き、ズボンの中が窮屈になってきた。
「仲安くんっ……!」
「ハッ──」
聞き慣れた声で名前を呼ばれて、のぼせ上がった頭が一気にクリアになった。
「ごめん、俺……」
麻里を押し倒した挙句、強引に唇を奪ってしまった。
自分がとてつもなく悪いことをしてしまったような気がして、先ほどの嬉しさが消し飛びそうだった。
「ううん……びっくりしたけど、仲安くんだって男の子だもんね」
「…………」
麻里にそういう欲望を抱いていなかったと言えば、勿論嘘になる。
寝技の練習で麻里と当たった時なんかは、その瞬間は柔道に集中していても、後から思い出すと猛烈に疼いた。
胴着越しに女性らしい肌の感触が当たった時や、汗に混じった女の子の匂いが頭から離れなかったこともある。
稽古に打ち込んでいる間は無心でいられたが、それが終われば余韻が込み上げてくるのだ。
性的なイメージと結びつきづらいはずの麻里を想って自慰にふけったことなんて一度や二度じゃ到底数え切れない。
「や……優しくしてくれる?」
「えっ?」
「そういうの、よく分かんなくてちょっと怖いけど……でも」
小さな手が縋りつくように俺の服を掴んだ。投げ飛ばそうという気は感じられない。
「い……いいのか?」
俺が尋ねると、麻里はゆっくりと頷いた。
夢なんじゃないかと思って、思わず自分の頬を指でつまんで捻ってみた。
……痛い。やっぱり現実なんだ。本当に、麻里は俺のことを受け入れてくれるのか。
(それなら続きを……って、待てよ)
いくら親が帰ってこないとはいえ、ここは家の中で一番広いリビングルームのソファーの上。
こんな開けた場所でしてしまうのはどうかと思う。
「俺の部屋、行こう。二階だから」
ひょいと麻里の体を横抱きにして抱えた。やっぱり軽い。
「あ、お姫様抱っこ」
なんて嬉しそうに言いながら、どうやってあんなにホイホイ人間を投げ飛ばすのか分からない細さの腕を首に絡めてきた。
そのまま階段を上がって部屋を開けて、俺の部屋へ。この間掃除しておいてよかった。
肘で電気のスイッチを入れて、ベッドサイドに麻里を座らせた。
「電気、もっと暗い方がいいよな」
さすがに裸を見られるのは恥ずかしいだろうと思って、ベッドサイドのランプだけ付けて、蛍光灯の電気は落とした。
同時に、上に羽織っていたシャツを脱いで、上半身をTシャツ一枚にしてから麻里の隣に腰掛ける。
「さっきついしちゃったけど……キスしたことあったか?」
肩を抱き寄せながら尋ねると、麻里はふるふると首を横に振った。
「仲安くんが初めてだよ。仲安くんは?」
「俺だって初めてさ。麻里一筋だからな」
「えへへ……ありがと」
さらっと言ってみたつもりだったが、頬がカッと熱くなった。
柔道世界一と言っていいほどの強さを持っているのにここまでさせてくれる意味を考えると、感激した。
「キスしていい?」
「うん……ん」
右手で後頭部を撫で、指先を柔らかい髪に絡ませながら、キス。
今度は唇だけでついばむようなものでは無い。舌を突き入れて、麻里の口内へ割り込む。拒絶はされなかった。
そのまま更に奥へ進んでいくと、ぬめりを帯びた塊があった。舌だと確信して絡み付いていくと、反応があった。
「っぁ……ん……む」
舌から送られてくる信号が、後頭部の辺りをじいんと痺れさせた。ますますズボンの中が窮屈になる。
鼻で呼吸するのが苦しくなって一旦離れると、お互いの唇にアーチがかかっていた。
息を整えてからもう一度唇を塞ぎ、そのまま肩を掴んで後ろに軽く押すと、流れに逆らわず小さな体が倒れこんだ。
上に覆いかぶさりながら、麻里の口内を舌で弄ぶ。唾液の絡む音が凄くいやらしかった。
「さて……」
これから、するんだ──セックス。できるんだろうか、俺に。
経験は無い。あるものといえばエロ本やらで仕入れた知識だ。心もとないと言わざるを得ない。
(迷ってるんじゃない、仲安昌邦。しっかり麻里をリードしなくちゃならないだろっ)
頬を軽く叩いて気合を入れると、試合中じゃないんだからと麻里に笑われてしまった。
下から手が伸びてきて、俺の頭をクシャクシャ撫でた。
「な、なんだよ」
「ひよこ頭」
そんな間の抜けたことを言う麻里の表情はいつも通りに見えた。
恥ずかしがっているように見えなくもないが、緊張しているんだろうか。
……そういえばこいつ、国際大会の決勝ですら笑顔だったんだよな。緊張なんて知らないのかもしれないな。
「よく見るとさ……仲安くんってイケメンだよね。前は目つきが怖かったけど」
「っ……いきなり何言ってやがる」
「照れてる顔も可愛い」
くそっ、麻里の方こそ可愛い。頬を染めながらそんなことを言うなんて、反則だ。
オレンジ色のパーカー、そのファスナーに指を掛けて引き下ろすと、中に着ていたのは白いTシャツだった。
うっすらとその下からブラらしきものが透けて見えている。ブラウスから透けているのとはまた違う眺め。
「うぅ……は、恥ずかしいよ……」
ベルトを腰から抜いてカーゴパンツも下ろし、ベッドの端に脱がせた服を重ねていく。
Tシャツ一枚になった麻里は、裾を押さえてただでさえ小さな体を縮こまらせていた。
腰から真っ直ぐに伸びた白い太腿が眩しい。体は細いけど意外と肉付きはいいように思う。
「……見たいんだ、麻里のハダカ」
「わ…………分かったよ……」
裾に手をかけると、そこを抑えていた麻里の手から力が抜けた。
改めてその顔を見ると、首筋まで赤くなっていた。麻里の恥じらう顔、もっと見たい。
Tシャツを引き上げて脱がしてしまうと、上下お揃い、白と淡い緑の横縞の下着が現れた。
前々から思っていたけど、やっぱりというかあまり大きくは無いが、言ったら傷つくだろうと思って黙っておく。
「あれ……これどうやって外すんだ?」
ベッドと体の間に手を差し込んでホックのあると思われる場所を探ってみるが、外し方が分からない。
「えっと……」
教えてくれるのかと思いきや、麻里が自ら両手を背中に回して、ぷちんという音がした。
「い……いいよ……」
「……ああ」
肩紐をつまんで手前に引っ張ってみるとあっさりとブラが外れた。
──綺麗な肌
大きいとか小さいとか、そういうのよりも先に頭に浮かんだ感想だった。
色白な方だとは思っていたけど、まるで雪みたいに真っ白で染みや傷の一つも無い。
その頂点には、左右対称な位置にぽちっと桃色が佇んでいる。思わず喉が鳴った。
「柔らかい……」
手を伸ばして触れてみると、掌に収まるサイズのそれは温かい水風船のような弾力を押し返してきた。
未知の感触。一も二も無く掴みそうになって、先ほどの麻里の言葉を思い出す。
そうだ、優しくしなきゃ。優しく優しく、ソフトにソフトに。
「……仲安くん」
「ん、なんだ?」
「もっと大きい方が好き?」
「うーん、どっちでもいいかな、好きな女の子のだったら」
「もう、バカ」
胸をさするように触っている俺の手を、麻里の手がぺちっと叩いた。痛くは無い。
見た目では小さいように見えるが、触ってみるとちゃんと女性特有の膨らみがあるのが分かる。
「痛かったら言えよ」
指先にほんの少し力を込めて、膨らみの感触を感じながら寄せ上げるようにして揉んでいく。
「……んっ……ぁ」
鼻から小さな声が漏れてきた。同時に、小さな溜め息。
顔を見られるのが恥ずかしいのか、麻里は目を背けている。
「あっ!……や……ん」
薄いピンク色の頂点に狙いを定めて指先でくりくり弄ってみると、はっきりと声が聞こえて体がビクッと跳ねた。
いつもの麻里から想像しろと言っても想像なんてできないような、甘みの混じったような声。
気持ちいいのだろうか、と思って、そのまま手を止めずに続けてみる。
「うぅっ……あ、んっ……な、なんかヘン……」
「ヘンってどういう風に?」
「くすぐったいんだけど……胸がジンジンする」
どうやら痛くは無いらしいと知って安心した。刺激する内に頂点が弾力を増してきたのか、少し硬くなってきている。
舐めてみたらどんな反応をするんだろう。考えるより先に体が動いていた。
「ひゃっ!? やぁぁんっ!」
ああもう、なんて声を出すんだ。
右の乳首にしゃぶりついて舌先で転がしていると面白いように反応が返ってきた。
「あ、やだ……そ、そんな所舐めたってなんにも出ないよぅ……はぁ…」
口から吐き出されてくる息が深いものになったのが分かる。夢中になっていたら頭を抱え込まれた。
右だけでなく、左も。手と口とを交代させて、空いた左手は背中に回してすべすべした肌を撫で回した。
ぴんと硬くなった先端をひとしきり楽しんで体を起こすと、焦点のどこかぼやけたような瞳で麻里が俺を見ていた。
「はぁ……はぁ……力が入らない…」
「気持ちいい……のか?」
「分からないけど、頭がボーッとして、体中が熱い…」
半開きになった唇。俺を誘っているように見えて、覆いかぶさるようにしてキスをした。
「……ねぇ、仲安くん。私だけハダカじゃ……その……」
そういえば、さっき上に着ていたシャツを脱いだっきりだ。
麻里に言われて思い出して、俺も下に着ていたシャツを脱いで、ベルトを緩めた。
カチャカチャと金属のぶつかる音がする中、女の子の目の前で脱ぐのは恥ずかしいな、などと考えていた。
ズボンの中でガチガチに勃起しているイチモツはトランクスを派手に押し上げている。
これを見せたら怖がられてしまうのではないだろうか、と思ったが、どっちみち見られるんだから一緒だ。
「わ、な、仲安くん……それ」
麻里と対等になるまで脱いだところでベッドの上に戻ると、やはり麻里がトランクスを押し上げる存在に気付いた。
片手で口元を覆って視線を横にズラしているが、もう片方の手はそこを指差している。
注目しているのか見るのが恥ずかしいのか、どっちなんだ。
「ああ。麻里としたくて、コーフンしてこんなになってるんだ」
変に隠すこともないだろう。正直に『麻里とヤりたい』気持ちを打ち明けた。
ついでにトランクスも目の前で脱ぎ捨てると、麻里はそれを視界の端に捉えていたのか、大きな目を更に上下に見開いた。
「え……」
若干うろたえの色を顔に浮かべている。やっぱり見せない方が良かったのだろうか?
「そんなになっちゃうんだ……保体の教科書で見たのと、全然違う……」
「こんなの、教科書には載ってないからな」
実際にその教科書を開いてみたことも無いくせに、俺は妙に自信満々だった。
「……触っていい?」
「……あ、ああ」
赤黒い肉の塊に麻里の視線が注がれていた。引かないのが意外だ。
小さい手がゆっくりと近付いてきて、温かい肌の感触が伝わってきた。
「熱くて、硬い……」
全体の輪郭を確かめるように、指が絡みついてくる。自分でするのとは全く別次元の刺激が背筋を上ってくる。
「うっ」
敏感な裏筋に指が触れて、呻き声が漏れてしまい、びくっと肉棒が跳ねた。
緩やかにくすぐるような触られ方なので、そこに神経が集中して小さな刺激も目いっぱい感じ取ろうとしてしまう。
自分の手意外を触れさせたことが無い上に、ずっと好きだった女の子の手だ。ひとたまりもない。
「うぁっ……!」
いきなりギュッと握り締められて思わず腰が動いてしまった。ズン、と体の奥で快楽が膨らみ、射精感が込み上げてくる。
「なんか、凄いね……これ。ゴツゴツしてて」
どうやら俺が気持いいのを感じ取ったらしく、探るようだった手つきが、刺激する手つきに変わった。
指先だけしか触れていなかったのを、掌までぴたっと密着させて、ゆっくりと上下させだした。
微妙にツボを外していて焦らすような、ぎこちないと言えばぎこちないといえる動き。
しかし、高まりきった興奮が快楽を何倍にも増幅させていて、あっという間に俺は絶頂を意識し始めていた。
「麻里……もういいよ」
先走りでぬるぬるになった先端を見下ろしながら、麻里の頭を撫でて止めてもらった。
この先までするんだから、『射精してしまって頑張れませんでした』では申し訳が立たない。
「気持ち良さそうな顔してたね」
麻里が笑う。無邪気というのがふさわしい笑顔。
いいんだろうか、こんなことをしてしまって。そんな気分にさせられた。
「今度は麻里が気持ちよくなる番だ」
細い肩を軽く押してベッドに寝かせる。標的は下半身だが、さっきの柔らかさにもう一度触れたくて胸に手を伸ばす。
ぷにぷにしていて、飽きるまでずっと触っていたいような不思議な感触だった。
だが、そこばかり触っていても先に進めないので、名残惜しい気持ちを振り切って手をお腹の方へ下げていく。
お腹はなだらかだったが、日頃の筋トレの成果がよく分かる腹筋の起伏が指先を伝わってきた。
そういえば何かの拍子に見た海老塚先輩のお腹は腹筋が割れているのが見えたな、と思い出す。
柔らかくて滑らか、と言えば確かにそうだが、それ以上に指を押し返してくる弾力の印象が強い。
「ふ……うっ……」
掌ですりすりを撫で回していると、麻里の呼吸が荒くなった。こんな所でも気持ちいいのだろうか。
下腹部へとそのまま手を滑らせていくが、まだショーツに手をかけるのは早い気がして、そこは通り過ぎる。
よく引き締まった太腿をさすると、恥ずかしそうにもじもじと麻里が体をよじった。
「や……仲安くんの触り方エッチ……」
「当たり前だろ、男はみんなエッチなんだよ」
恐らく筋肉なんだろうな、と思うが、ここは他の場所に比べて一層弾力が強い。
ぐっ、と押さえつけるぐらいにしないと跳ね返されてしまいそうだ。
内側を撫でながらお尻の方へ移動させていく内に、なんだか押さえ込みをかけているような気分になってしまう。
こんな時でも柔道のことが頭に浮かぶ自分に、思わず呆れ混じりの笑みがこぼれた。
胸同様に肉付きの薄めなお尻をぐにぐに揉みながら、ショーツに指を引っ掛けてずり下げていく。
「いいか?」目で尋ねると、麻里は視線で肯定の意を示してくれた。
ゆっくり下げていき、足首からショーツを抜くと、文字通り麻里は全裸。生まれたままの姿になった。
子どもっぽい印象はどうしても拭いきれなかったが、両脚の付け根にうっすらと茂みがあるのを見て少し安心した。
「んうぅ……」
勇気を出してそこへ手を滑り込ませてみると、ぬめりを帯びていて、粘っこかった。
──濡れてる。
「やだ……あんまり見ないでよ……」
「そうは言うがな麻里。見ないで変な所触っちゃったらそっちの方がマズいだろ」
足をギュッと閉じようとする麻里に諭すように言って、優しく太腿をさすっていると、少しだけ脚を開いてくれた。
薄い陰毛の下には、縦の割れ目に沿ってピンク色の粘膜が見え隠れしていた。
ベッドサイドの明かりだけではよく見えないが、さっきの感触からして、濡れていると見て間違いなさそうだ。
(女もここは急所なのかな。優しくしてあげないと……)
恐る恐る指を触れさせていき、粘液の一層濃い場所へ辿り着くと、奥に穴の存在を感じた。
二本の指で陰唇を開いて中へ指を入れようとしてみたら、ぬるぬるしていてもはっきり分かるぐらいギチギチだった。
「緊張してるのか?」
そこだけではなくて、心なしか全身が硬くなっている。
尋ねてみると、麻里は首を縦に振った。こういう知識があるとは思えないし、やっぱり怖いんだろう。
「最大限の努力はするからさ、力抜いて楽にしてろよ」
濡れていない方の手で麻里の頭をあやすように撫でて、軽く口付けする。
少しは安心してくれたのか、ふっと力を抜いてベッドに体を預けたのが見て取れた。
今がチャンスとばかりに、粘液に表面を覆われたクレバスを指で縦になぞる。
「ふぇ……」
と、上端に突起のようなものが指に当たるのを感じた。
これがクリトリスって奴だっけか。
思ってたより小さい……触って大丈夫かな。
「うひゃぅっ!」
麻里が素っ頓狂な声をあげた。
「ど、どうした。痛かったか?」
「痛くは……ないんだけど……電気がビリッて」
「よし、それなら……」
痛くないらしいことが分かったらそこを刺激しない手はない。
愛液を指で掬い取って、塗りつけるようにちょんちょんと押したり、皮の上からそっと捏ねてみると、
「ひっ!? あぁっ、や……んあぁんっ!」
と、大きなリアクションが返ってきた。秘所をいじる俺の腕を麻里の手が掴む。
首筋どころか胸元まで桜色に染まっていて、体が熱を持って、うっすらと汗をかいている。
我慢するような表情が余計に俺の欲情を煽った。
やがて突起から手を離す頃には、ベッドまで愛液が垂れていた。掌はべちょべちょだ。
(……そろそろ大丈夫かな)
「麻里」
「はぁ…はぁ……ん、なに?」
「いいか?そろそろ……」
ノーとは言われないだろうとは思いつつも、勇気を出して訊いてみる。
「……うん」
大きな瞳が潤んでいた。
財布からコンドームを取り出して、慣れない手つきでどうにかこうにか頑張っていると、麻里がくすりと笑った。
「ごめん、雰囲気壊れちゃったか?」
「ううん、仲安くんも初めてなんだなーって思うと嬉しくなっちゃって」
何を恥ずかしいことを、と思ったけれど、お互い初めて同士でよかったような気がする。
だって、麻里が過去に男性経験があったとしたらそれはショックだし、麻里から見ても同じかもしれないから。
「よし、なんとかなった」
まさかとは思うけど穴なんて空いてないよな。薄ピンク色のゴムに覆われた自分のモノをまじまじと観察してみた。
麻里の真上に覆いかぶさるようにして、ここでよかったよな、とずっと硬いままの杭をセットする。
「ん……」
下から手が伸びてきて、俺の腕をぺたぺたと撫で回した。
「手……」
「えっと、こうか?」
手を繋ぎたかったのかと思い、空中に差し出された手を握る。
が、両手とも握ったせいで麻里をベッドに拘束するような格好になってしまった。
「麻里、いいのか? これじゃなんだか俺が強引に押さえつけてるみたいで……」
「うん、いいよ。こうしてた方が安心するから」
にっこりと麻里は笑って見せた。
「よし、じゃあ行くぞ」
グッと腰を押し出してみるが、目の前に壁があるようで前に進めない。
「おい、力抜けって」
「ぬ、抜いてるよっ」
よく意識を集中させてみると、壁があるというよりは穴が小さくてつっかえていると考えた方が正しいようだ。
無理矢理押し通ろうとすれば間違いなく裂けるか千切れるかしてしまいそうだ。
ああ、だから初めての女の子って血が出るのか。時間がかかってでもゆっくり進めないと。
「ふーっ、ふーっ……」
麻里が息を吐くのに合わせて少しずつ少しずつ腰を進めていく。
恐らくミリ単位でしか進んでいないと思われるが、温かくぬめった感触に先端が包まれ始めた。
腰がじんと痺れる。
「麻里、痛いか?」
「痛いっていうよりは……苦しい、かな。無理矢理体を押し広げられてる感じで……」
麻里の額には汗が浮き出ていた。見るからに苦しそうで、胸が痛む。
しかし、一番直径が太いと思われるカリ首が通過するまであと少しだ。もう一息頑張ってくれ。
「いっ……う……くうぅ」
どうにか一番太かった部分が入り、亀頭の部分が中に埋まった。
ギリギリ締め上げてきて、気持ちいいより前にキツすぎて苦しいぐらいだ。
それでも、もっと奥まで入り込みたいという気持ちの方が強い。そのまま腰を押し込んでいく。
さっきのように壁が立ちふさがる感じは無く、抵抗は強いもののゆっくり進めば中に入っていけた。
「ふぅ……麻里、全部入ったよ」
どれぐらい時間がかかったのだろうか。遂に肉茎を膣内に収めきることができた。
「うぅ……は、入ったの? なんか石を体の中に入れられてるみたい……」
「苦しそうだな……止めた方がいいか?」
弱々しく、だがはっきりと麻里は首を横に振った。
「大丈夫だよ……このぐらい。苦しいけど、辛くないもん」
「……結構健気なんだな、お前って」
「でも、もう少しだけ、このまんま……」
「分かった」
笑い顔なのはいつものことだが、こんな時にまで笑顔を見せてくれる麻里に愛しさが込み上げてくる。
握った手に力を込めると、同じように向こうからも握り返してきてくれた。
「ね、仲安くん……動いてもいいよ」
「なら、動くぞ……ゆっくりな」
というか、速くなんて動けそうも無い。かなりの圧力で四方八方から締め付けてきて、苦痛すら感じる。
それでいて、温かく濡れた膣内の襞の感触が凄くて、数ミリ動かすだけでも猛烈な快感が腰にぶつかってくる。
良くも悪くも、日頃から体を鍛えているのがここにも現れている。そんな気がした。
さっき手で刺激してもらった分の余韻も残っていて今にも弾けてしまいそうだったが、ここは我慢だ。
「んっ……ん…あっ」
まだ苦しそうな声。しかし、微かに甘さが混じっているような気がする。
次第に侵入者を排除しようという締め付けから敵意のようなものが抜けてきて、膣内が少し楽になった。
おかげで、グラインドの幅を大きめに取れそうだ。思い切って腰を引き、また押し込む。
「あぁっ……あっ、んぅ……」
「麻里っ……」
気持ちよさと愛しさがゴチャ混ぜになって、思わず彼女の呼び慣れた名前を呼ぶ。
「……昌邦くん……好き……」
「ま……麻里」
下の名前で呼ばれたのは初めてだった。全身が一気に燃え上がる。
握っていた手を離して麻里の体を抱きしめようとすると、それよりも先に麻里の手が俺の首と背中に回ってきた。
「麻里、麻里っ!」
昂ぶりが治まらず、何かに突き動かされるように腰が勝手に動いていた。
「あっ……ふ、ま…昌邦くんっ……!」
激しくなる動きに呼応するように、中の潤いが増してきて動きやすくなった。
その証拠か、腰を打ち付ける度に水っぽい音が聞こえてくるようになった。
同時に膣内がうねって、ペニスをぎゅうぎゅうと絞り上げる。膣の中が生き物みたいだ。
頭の奥まで痺れるような快感が背筋を駆け抜けても、腰が止まらない。
もう射精感は限界を通り越していて、今にも爆発しそうだった。
「ハァ…ハァ……」
「あっ、あ……ふあぁ、あぁんっ!」
「麻里っ! お、俺、もう……!」
「うん…うんっ……!」
もう戻ることなんてできやしない。後は駆け上がっていくだけだ。
しがらみを解き放つかのように、頂上に辿り着いた俺は握っていた手綱を放り出した。
「うっ……」
体の奥で煮えたぎっていた欲望が決壊し、どっと噴き上げ、尿道を駆け上がった。
脳髄がとろけるような痺れに腰がブルブル震えて、圧倒的な解放感にただただ俺は飲み込まれていた。
視界がホワイトアウトしていき、耳の中がジンとして……麻里の声がやけに遠くに聞こえた。
「……い」
「え……?」
「重いよぅ」
麻里を下敷きにしてしまっている自分がいた。
「悪い」
体をどかそうとすると、腰の辺りにしなやかな両脚が絡み付いてきて、背中に回されている手に力が込められた。
「もうちょっとこうしていようよ」
麻里の体が熱い。耳元に、まだ荒い息遣いが聞こえてくる。
優しくするって言ったのに、途中から熱に浮かされたように突っ走ってしまっていた。
辛い思いをさせてしまったんじゃないだろうか。
「痛くなかったか?」
「痛かったよ」
「うっ……」
やっぱり痛かったのか。好きな女の子に痛い思いをさせてしまったという事実が重い。
「痛かったけど……なんか嬉しかったよ。一つになれたんだーって感じがして」
近すぎて表情はよく分からないが、その声の調子は明るい。
いつものような浮かれてポーッとした調子ではなくて、噛み締めるような落ち着いた声だった。
「ねぇねぇ、麻里のことスキ?」
「あぁ、好きだ。大好きだ」
もう、俺がそう口に出すことに躊躇は無かった。
壁の時計を見てみると、部屋に入ってきてから二時間近くも経過していた。
翌日。朝の爽やかな空気の中、商店街を歩いていると、駆け足が音を立てて寄ってきた。
この時間帯にこの音。とても聞き慣れたものだったが、なんだかいつもとテンポが違う。
「おはよーっ!」
ああ麻里だったか、と思っていると、いつも通りに彼女は学生服の袖を掴んできた。
「オス。体、大丈夫か?」
「んー、大丈夫なんだけど、なんかこう、ヘンなの」
「痛くは無いか?」
昨日の、ベッドのあの赤い血痕が脳裏をよぎる。
帰りに家まで送っていこうとした所、腰がだるくて立つのが億劫だと言うので麻里をおぶって行ったのだ。
「んーまぁ、それは平気……あ」
何かを思い出したように喉の奥から押し出されたような声を出すと、麻里が袖を掴む手を離した。
「どうした。忘れ物でもしたか?」
「ううん、そうじゃなくって」
ポケットに突っ込んでいた俺の手を強引に引きずり出して、一回り以上も小さな掌を押し付けてきた。
「こうかな、って」
何気なく、いつも通りを装ってみたつもりだろうが、ほんのり麻里の顔が赤い。
きっと俺の顔も赤い。さっきは涼しかったのに、今は汗をかきそうなぐらいだから。
こうなるまで随分長かった気がするが、その分嬉しさは大きい。
「ねぇねぇ、仲安くん」
「ん?」
「寝技の時エッチなことしちゃダメだからね」
「するかっ、どアホウ!それ以前に寝技でも勝てねーっての!」
このお化けコアラ相手に畳の上で主導権を握れる日は来るのだろうか。考えるとちょっと気が重くなった。
終わり