人の立ち入らぬ飛騨山中、その奥に隠された温泉。  
湯煙にまぎれて女人の影ひとつ。  
それこそは自らの素性を求め、諸国漫遊の旅をする百姫、いや朧であった。  
 
「ふぅ…本当にいい湯。ありがとう、狐さん」  
 
傍らには影に日向に付き従い、朧が助けられた事も一度や二度ではない白狐がつぶらな瞳で朧を見ている。  
思い起せば、道に迷って難儀していた朧を秘湯まで導いたのはこの白狐。  
浅く湯につかるその付き合いの長い獣を、畜生といえど朧はいたく信頼していた。  
狐の方も、人のいる場所には近づかないがそうでない場所では獣とは思えぬほどに気を許しているのを朧に感じさせる。  
 
(もしかしたら私の過去と関係があるのかも…)  
 
そんなことを考えながら、湯の中で手足を伸ばし体に染み渡るその暖かさを満喫する。  
萎えた手足に力がみなぎり、冷えきった体に活力が吹き込まれる湯の効果に朧はうっとりと目を閉じた。  
旅の間に時折浮かぶ既視感をこの温泉でも感じとり、ジンクロウの手がかりでもと目を配らせたが所詮只の湯。  
朧も今はあきらめ、じっくりと湯を楽むこと一刻ほど…。  
 
「…さて、もう少し浸かっていたいのはやまやまだけど」  
 
ざばり、と湯からあがると日が落ちる前に宿にまでたどり着かんと準備を整える。  
その傍らで瞳に光を宿した白狐が、朧のうっすらと筋肉のついた美しい体を見上げていた。  
 
その後、ぽつりと光明かりを頼りに小さな宿にたどり着いた朧はこれ幸いと転がり込むように部屋を取り、  
小さな寝所で布団に包まって泥のように眠りに落ちた。その傍らには使い慣れた太刀。  
朧の身に染み付いた剣術は眠りに落ちていたとしても夜這いにきた男や魔物からその身を守り、  
さればこそ女の身でありながら一人旅でも問題はなかったのだが。  
 
その夜だけは勝手が違った。  
 
芳しい香りが朧の鼻をくすぐり、半覚醒の意識に自分の上に覆いかぶさる人影を感知する。  
その瞬間、意識は覚醒するもいつものように張り詰めたものはなく太刀に伸ばそうとした腕も何者かの手で押さえつけられた。  
己の不覚に半ば混乱しつつも朧は気丈に誰何の声を上げる。  
 
「何者かっ!返答次第では只ではおかぬぞ!」  
「…その口調。鋭い目。凛々しいお顔。確かに旦那様の面影が残っておりまする」  
 
ゆさり、と自分の上で肉が揺れる気配。その声に朧の中の何かが弛緩する。  
敵ではない―そんな奇妙な確信を抱きつつもこの状況に娘としては本能的な危機感を覚えずにはいられない。  
声から女と知れてるが、そこらの娘など相手にならぬ力をもってしても腕はびくともせず、のしかかられた体も微動だにしない。  
すわ、狐狸妖怪の類ならばこの身が危うい。焦りつつも言葉を連ねようとしたそのとき。  
 
ひたり、と頬にたおやかな手が当てられた。  
 
「嗚呼、旦那様…たとえどのようになられましても紺菊は旦那様に付き従う覚悟にございます。  
 只それだけを言うのに、言葉を発することのできるこの姿を取り戻すのにどれだけかかりましたか…」  
「…ど、どなたかと勘違いしておられるのでは」  
 
息がかかるほどの距離で艶のある声を浴びせかけられ、同じ女人の身でありながら朧の心の臓が跳ね回る。  
女人から香る好い匂いに、頭がぼうっとし、じんわりと体の芯が暖かくなるのを感じながら何とか抜け出そうともがく。  
 
「勘違いなどではございませぬ。それは旦那様とてわかっておられましょう」  
 
その女人の言ったとおり、それが勘違いでないことを朧は何故か確信していた。  
同時に胸から湧き上がってくる女人に感じる奇妙な愛おしさ。  
同じ女でありながら、その体にこれまでに感じたことの無い魅力を感じて朧は戸惑う。  
 
そのとき、群雲に隠された月がさっとその顔を覗かせた。  
 
美しく流れるような銀の髪に肌蹴た着物からのぞくのは白く透き通るような肌。  
たわわに実った胸の双球は、身じろぎのたびにゆさりとゆれてその大きさやわらかさを感じさせる。  
そして、見た事の無いような美しいかんばせは切なげな表情で、悲しみをたたえた双眸から求めるような視線が朧に注がれていた。  
月に照らされた女人はたとえようも無く美しく、朧の心を深く揺さぶる。  
 
「…その、ど、どこかで会いましたでしょうか?」  
「そのようなこと、言わないでくださいまし旦那様」  
 
ゆっくりとしなだれかかるように体を押し付けられ、柔らかな胸の感触に朧の頭に血が上り思わず丁寧な口調で聞いてしまう。  
うなじにかかる吐息に体から力が抜け、女人の匂いが混乱に拍車をかける。  
そう、朧は自分の心から沸き出でる欲望をはっきりと意識していた。  
我が身も女であるというのに、この女を抱きたい、という欲望を。  
 
「旦那様…秘湯で多少は力を回復したと言えど、かつてほどの力も無く、そうそうこの姿でいられるわけではございませぬ。  
 昔のようにその腕に抱かれる機会とてこの先どれほどあるのやら…どうか、今宵は紺菊にお情けを下さりませ」  
「…紺菊」  
 
体に感じる柔らかな女体の感触に陶然となりつつ、朧は女に抱きしめられた格好で耳元に囁かれる。  
思わずつぶやいた女の名前に気づくことも無く、朧は興奮に呼吸を荒くする。  
自分よりよほど女を感じさせる女人が必死になって己にすがり付いてくる。その様が愛しい。可愛らしい。  
記憶を失う前はどのようであったか知らぬが、自分より遥かに手練手管を備えているであろう女人をそのような目でみるとは。  
自分のものにしたいと、そう思うとは。  
 
紺菊に対して湧き出る感情に支配され、朧は傍らの太刀を握ることも忘れ自由になった腕でその身体を掻き抱いた。  
 
「ん…くぅ…ふぅん」  
「旦那様…ちゅ、んむぅ…ああ、旦那様ぁ…」  
 
褥にぴちゃぴちゃと水音が響き、絡み合う白い裸体が月明かりに浮かぶ。  
紺菊の吸い付くような白い肌は朧の肌と擦れ合うだけで身体を火照らせ、合せられた柔らかい唇は初めての快楽を朧に与えていた。  
 
(女人とは…女人の身体とはこんなにも気持ちのよいものであったとは…)  
 
慣れた手つきで身体を弄られ、口腔内に進入した長い舌で己の舌をもてあそばれて朧の身体が快楽に身悶える。  
思い切って舌を突き出せば、まるで太刀を受けるかの如く舌で絡めとられ自らの唾液を啜られた。  
弾力がありつつも柔らかい乳肉は、己の小ぶりな乳と押し合い、ゆがみ、そのたびにじわりと快楽が染み入るようで  
朧はいつまでも紺菊と抱き合って身体をすりあわせていたい欲望にかられていた。  
 
ふと、紺菊は口付けていた唇を離し、こくり、と最後に啜った唾液を飲み込んでから朧の耳に唇を寄せる。  
紺菊には及ばないものの、白く滑らかな娘の首筋を舐めながら紺菊は囁いた。  
 
「わたくしに力が戻ればいずれは以前のように激しく抱いていただけるようになるとしても、  
 いま、そのお体では勝手が違いますれば…まずは紺菊が色々と教えてさしあげまする」  
「紺菊…なに、を?…ひっ!」  
 
白魚のような指が、朧の小さな胸に置かれゆるりと乳をもてあそぶ。  
先ほどまで紺菊の乳で愛撫されていたそこを、円を描くようにこね回しいきり立った乳首を刺激する。  
 
「このようにやさしくされるとたまらぬでありましょう?  
 紺菊は激しい旦那様も好いておりますがやさしくすることの良さを知っていただければと。  
 せっかくの女体、しっかりと女の喜びを感じてくださいませ」  
「ん…ひぅ…紺菊っ」  
 
ぺろりぺろりと耳を長い舌で嬲られながら艶のある声で紺菊に囁かれる。  
それだけでもたまらぬというのに、乳を合せていたのとは別種の鋭い快感が白い指が閃くたびに胸から発生する。  
腰の奥からじわりとにじみ出る熱に腿をすり合わせて耐えようとするも紺菊の足がそれを阻止するように股にするりと挟まった。  
敏感な内腿がしっとりとした肌を挟み込み、その柔らかさをむさぼる。  
初めて知る性、初めて知る女性(にょしょう)の味に朧は夢中になっていた。  
 
「ほら、ここをこうやって…」  
「あっ」  
 
指が乳房を離れ、柔らかな肌をつい、と下腹に向けてかけてゆく。  
本能的な恐怖に朧は思わず紺菊に強く抱きついて豊かな乳房に顔をうずめた。  
 
「そんなにきつく抱かれたら指が届きませぬ…それともこの方がお好みでありましょうや?」  
「…ひゃっ!」  
 
抱きついた姿勢のまま、尻をがっしりと掴まれる。  
ぐい、と紺菊の腿がつきこまれてそこに跨るようになり、股座の奥に開花した女に柔らかい肌がぴたりとあたる。  
敏感な女の部分は既にしとどに濡れそぼり、押し付けられた紺菊の肌の感触をはしたなくむさぼった。  
 
「ほら、こんな風に…紺菊の肌を味わってくださいませ」  
「あっ、あああっ、ああ――っ」  
 
尻を掴まれてゆっくりと腰を前後に動かされる。  
にちゃり、にちゃりと音を立てて硬い女芯が擦れ、開いた花弁が刺激される。  
紺菊の乳肉に埋めた顔をすりつけて、思わず唇でついばんでしまう。  
背に回された腕は、ずずい、と腰を前後されるたびに、ぴくりぴくりと抱きしめる力にも緩急が加わる。  
 
(ああ…こ、このままでは溺れてしまう…女に…紺菊に溺れてしまう…)  
 
頭ではそう思うも、身体は色に支配され、ひたすら紺菊の肌を求めて溶け合わんといわんばかりに密着しようとする。  
だんだんと速度を上げて擦られる女肉に朧はその身に電撃を流されたようにびくびくと痙攣した。  
 
「小さくて硬いものが腿にあたっておりまする…気持ちよいですか?旦那様」  
「あっ、ひぃ、いや、だめっ…言わないで、紺菊っ…ひぃん」  
 
既に出来上がってしまった朧の体は、尻に食い込んだ紺菊の指すらも心地よい。  
身についた剣術どころか己れすら忘れて紺菊から与えられる快楽をむさぼり初めての絶頂に向けて高められていく。  
朧は尖りきった肉芽が柔らかい肌に擦られる感触に身体を震わせてかすれた声で何度も紺菊を求めた。  
 
「何かくる、ひぁ、ああっ、くる、きちゃうっ、あああっ」  
「気をやるのですね?しっかりとその身で紺菊の味を覚えてくださりませ」  
 
そしてひときわ強く紺菊に腰を引き寄せられた瞬間。  
朧は女芯から来る強い快楽に頭を真っ白にして絶頂の叫び声を上げた。  
 
「ひぁああっ、ああっ、ああああああぁ――っ」  
 
きっちりと紺菊に抱き寄せられ、身体をそらせる朧。  
自らも紺菊の柔らかい身体を強く抱きしめ身体を弓のように反らせて絶頂をむさぼる。  
その快楽に蕩けきっただらしない顔を紺菊は愛しそうに見つめていたが、  
叫び声が途切れ余韻に身を任せた状態になったのを確認すると、その唇に己の唇を重ね合わせた。  
 
「んっ…ふぅっ…」  
 
まるで所有権を主張するかのように積極的に舌を絡め唾液を注ぐ紺菊。  
それに答えるかのように、いまだ絶頂の余韻覚めやらぬ朧はこくり、こくりとそれを飲み込んだ。  
やさしく髪を撫ぜられながら、朧はぼんやりと紺菊の身体を抱きしめる。  
こんなに女の身体が心地よいのならば、世の殿方があれほど色に狂うのも無理はない、とそう思いながら肌の柔らかさを堪能する。  
 
そんな朧をおとがいに紺菊の指が添えられ、ついと上を向かされる。  
そこにあったのは情に濡れた瞳。そして耐えられないほどに発情した女の顔。  
 
「旦那様、次は紺菊に同じ事をしてほしゅうございます。  
 まだまだ夜は長うございますゆえに、その次は指で、その次は舌で  
 …沢山紺菊を味わって、沢山旦那様を味わせてくださいませ」  
 
うっとりと歌うように語る紺菊の言葉に、朧はちいさくこくりと頷いた。  
 
 
「ううん…こ、これは…」  
 
朝、白い雪に反射した光が朧を照らしてその眩しさに目を覚ますと、そこは小さな洞穴であった。  
昨夜とまったはずの宿は跡形もなく、もちろん服もいつものとおり。まるで狐狸の類に化かされたような形であった。  
何か蕩けるような心地よさを何度も何度も味わった記憶はあるものの昨夜の記憶はおぼろげで何が起こったのさえも判然としない。  
 
「私は狐にでも化かされていたのか、それとも…」  
 
ふと、視線を隣にやると己に寄り添うようにあの白狐が眠っていた。  
その可愛らしい寝顔に、思わず毛並みにそってゆっくりと背をなでてやる。  
するとくぁ…と、あくびをしてから心地よさそうに目を細め、その狐は朧をじっと見つめた。  
 
「まさかお前が私を化かしたの?」  
 
そう問うも獣が答えるはずもなく。  
しばらく一人と一匹はそうしていたが日がずいぶんと高くなっていることに気づくと朧は出発の準備を整えようと立ち上がる。  
草鞋や鎧などを旅の装束を身に着けながら、ふとこれまで意識に上ったこともないはずなのに  
何故か懐かしい感覚を覚える言葉が朧の唇からまろびでた。  
 
「紺菊」  
「はい」  
 
艶っぽい女の声にびくり、と身体が震える。振り向いてもそこにいるのは白狐のみ。  
恐る恐る、もう一度狐に呼びかけてみるが今度は自分の名前を呼ばれた獣のようにじっと賢そうな瞳を向けてくるのみであった。  
ため息をひとつつき、朧は立ち上がって洞穴を出る。  
 
「お前が化け狐だろうがどうでもよいことか。  
 よし、紺菊、今日中には人里に出たい…案内できるなら案内しておくれ」  
   
そう言った朧の前を、まるで言葉がわかったかのように先に立ちついて来いといわんばかりに振り向く白狐。  
それを見て、深い雪の中に足を踏み出した朧であった。  
 

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