リヒトフロスを発ってはや一年。  
わたしは大陸の北の果てにいる。  
じきに太陽のひかりがこの銀世界を美しく彩るに違いない。  
ゼテギネア、それがわたしの眼前に広がるみやこの名だ。  
この大陸の首都に相応しい巨大な規模と整然とした地割。  
その威容は闇のなかでも容易に感じることが出来る。  
ただ欲を言うならば首都である以上、大陸の中心にあるべきだ。  
たとえばマラノやディアスポラ…  
だがそんなことはどうでもいい。  
これからこの国が行うことを考えれば愚にもつかぬ着想にすぎないのだから。  
そうあの白い壮麗な城楼の頂点にこの国の支配者である聡明な美しい女王がいるのだ。  
 
…ああ、申し遅れた。  
わたしの名はフィクス・トリシュトラム・ゼノビア…  
今は亡き初代ゼノビア王グラン二世の唯一の後継者だ。  
生得の気品だけでなく人情の機微に通じ、世故に長け、  
そのうえ ル ッ ク ス も イ ケ メ ン だ。  
故に道中至るところでうら若き御婦人と恋に落ち、  
懸想のあまり心中を企てられることなど珍しいことではない。  
くぐってきた修羅場の数はドラッグイーターを何度かけてもわたしを悩ませるほどだ。  
無論丁重に因果を含めてお断りしてきた。  
このトリスタンには野心がある。  
だがなんと心苦しい限りか…  
わたしはおのれの罪深さが憎い!  
ただひとりの妻と愛し合うことができない自分が憎い!  
そのために何百の淑女のベットを涙で濡らさせたことか!  
 
またそれを気も狂わんばかりに妬み、  
あろうことかこのわたしをあらぬ罪で密告し、  
断頭台の餌食にせんと欲する匹夫は星の数ほどいるのだ。  
特に不届きな輩に徒党を為して襲われたことなど十指に余る。  
当然のことながら返り討ちだ。  
家来が王族に刃を向けるなどあってはならぬ。  
寛大なわたしは極刑をもってその罪を赦して遣わした。  
しかしまこと世も末ではないか。  
わたしの歴戦の気風を畏れてのこととは言え卑劣極まりないことだ。  
我が父祖にして偉大な大王、グラン一世といえども、  
このようなまつろわぬ者たちを率いてはその力を万分の一も発揮できなかったに違いない。  
ゼテギネアの完全掌握はおろか、  
南北の大陸に異教の蛮族どもが蔓延っているのがその証拠である。  
ましてや我が父上の手腕ではなッ!  
蛮族の脅威を認めずに不義の侵略を仕掛け、  
間抜けにも家来ごときに弑され、国も妻も奪われるとは匹夫にも劣る。  
 
わたしは違うぞ。  
ゼテギネア大陸の全てを手に入れてみせる。  
ゼテギネアだけではない!  
ゼテギネアを手中にしたら全土に重税をかけてやる。  
その集まった軍資金で数十万の大軍勢を催そう。  
標的はローディスだ、パラティヌスだ、ニルダムだ!  
ガリシア大陸の異教徒どもを一人残らず改宗させ、  
やつらのみやこガリシアにロシュフォルの十字架を掲げてやる。  
逆らう蛮族は皆殺しだ。  
その次はヴァレリア諸島に行ってみたい。  
ガルガスタンだのバクラムだのウォルスタだの民族紛争など下らん。  
彼らは先ずロシュフォルの教えに従うべきだ。  
その使命はわたし以外に誰が果たせよう。  
本格的な海軍をつくる!  
大きな戦船を百も二百も並べて、  
二つの大陸を駆け巡った戦士を満載してオベロ海を渡ろう。  
自由貿易など反吐が出る。  
関税をしっかりかけて保護貿易を推進せねば。  
きっと莫大な軍資金が手に入るだろう。  
バルバウダも面白そうだ。  
やつらのカラクリには畏怖を覚えると同時に好奇心を惹きつけられる。  
だがリッチを千人も養成すれば征服は容易なはずだ、間違いない。  
数多の戦乱を潜り抜けた魔法の力がカラクリに劣ることなど先ず無いだろうからな。  
三つの大陸と七つの海から富と美女を集めて十年ほど肉欲に耽るとしようか。  
 
もうこのころにはわたしは生きる伝説となっているだろう。  
ロシュフォル教をトリスタン教と改名し神としてリヒトフロスを訪れるのも悪くない。  
わたしを鼻で笑って物笑いの種にしていた連中を戦々恐々とさせるのはさぞ愉快だろう。  
そんな妄想に耽っているとひとつの着想がひらめく。  
…神であるだから修道女もつまみ食いし放題ではないかッ…  
不意に邪まな笑みがこぼれてしまうのを従者のケインが呆れて見ているのに気づく。  
…いかんいかん、そんなことを考えているとせっかくの美貌が台無しだ。  
女に飽きたら東方の騎馬民族でも狩ればいい。  
そして後継者が成人したら譲位して東方遠征だ。  
いざゆかん黄金の大陸ーッ!  
…コホン、これではまるで現実理解に欠けた愚物ではないか。  
何が”いざゆかん黄金の大陸ーッ!”だ…  
なんにせよ ま ず は ゼ テ ギ ネ ア だ。  
とにかくわたしの両手には六十を超える薔薇の花束が握られている。  
これは全て彼女にささげるものだ。  
この愛と引き換えに得るのは今は空いているエンドラ陛下の夫の座。  
かってのゼテギネアの盟主、ゼノビア王国の王子であるわたしならばその資格は十分だ。  
誰も考え付かなかったのが不思議だがこれ以上ない完璧な政略結婚だ。  
恐らくわたしには天才的な政治センスがあるのだ、うぇへへへッ。  
しかしわたしの心を知らぬ忠義気取りの連中はわたしを非難するだろう。  
だが尋常ならざることを尋常な手段では為すことはできぬ。  
わたしはゼテギネアを太陽の光が照らす、あまねくところ全てを手に入れる。  
 
そう、そのための結婚なのだ。  
ひとたび決断すれば行動は迅速に行われるべきである。  
わたしは花束を抱え妖精もかくやという素早さでみやこ目掛けて駆け出していた。  
「エンドラ陛下、我が名はフィクス・トリシュトラム・ゼノビアッ!あなたとの結婚を申し込むッ!」  
こんな遠くからでは彼女の耳には入るまい。  
だがこれは一種の政治活動というやつだ、それを怠るものに栄光はこない。  
朝から正午までこの健脚を持ってゼテギネア市中を一周しハイランド人にわたしの存在を知らしめる。  
そしてわたしと陛下の逢瀬を阻む邪魔者どもを蹴散らし夜はしっぽり…  
「おやめください殿下ッ!やはり無謀すぎます、どうかご再考をッ」  
家来の分際で生意気な、やはり従者のケインが後ろからしがみ付いてわたしの雄図を阻む。  
「ええいッ!うっとおしい」  
わたしはいにしえのオウガのようなスーパーストレングスで振りほどく。  
「殿下ー!」  
そう、闇の騎士バルドルの加護を受けたわたしに並の人間がかなうはずがないのだ。  
わたしのこころは誰の理解もいらぬッ!  
求道の障害となるものは全力をもって排すのみ!  
くわっ!  
「アイ!ラヴ!ユウーッ!」  
静寂と恐怖のみやこにひとりの男がアイを叫んだ。  
…to be continued…  
 

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