王女ベルサリア・オヴェリスことカチュア・パウエルは一人部屋で悶々としていた。
悩みの種は無論弟デニムのことである。
弟と別れての3ヶ月は、彼女にとって特別な時間だった。
ずっと弟のために生きてきた。弟がこれまでの彼女の全てであった。
だが彼は彼女を捨てた・・・。
一体自分はどうなのか。弟を忘れられるのか。
それとも弟を愛しているなんて虚妄で、ただ周囲に愛する対象を求めていただけなのか。
弟とこんなにも長いこと離れて生活するのはこれが初めてだった。
毎夜自分に問いかける。
一体あなたは本当にデニムを愛していたのか。彼は自分を捨てたではないか、と。
そして彼女は思うのだ。
それでもやはり、自分は弟を愛している。
デニムの声、表情、その仕草の1つ1つが彼女にとって愛おしい。自分だけのものにしていたい。
離れてみてとても良くわかった。やはり自分はデニムが好きだ。
フィダック城で出会った時、彼女は彼を殺せなかった。
いや、今にして思えば彼女は自分なりに手加減したのかもしれない。
間違っても、彼を刺すことがないように。
暗黒騎士団のことを考える。彼らは自分に良くしてくれる。
彼女の我儘を聞き入れ、王女として丁重に扱ってくれる。
背後に見え隠れする彼らのたくらみに気付かぬ訳はない。
彼らは彼女ではなく、王女が欲しいのだ。前王の血を引くこの国の正当な後継者が。
本国に帰った後も言いなりに動いてくれる、傀儡として動いてくれる王女が、彼らには必要なのだった。
はあ・・・。
ため息をついた。カチュアとて、彼らの言いなりに動きたいわけではない。
だが彼女には力がない。頼れるものがない。そして、ここから逃げることはできない。
デニムは自分を守れなかった。これは彼の責任だ。
そしてこの島に残る最後の抵抗勢力として、暗黒騎士団はデニムの部隊と戦おうとしている。
いや、遅かれ早かれ、彼の部隊とは決着をつけなければならないのだ。
そのとき自分はどうするか。
ここ数日散々悩みぬいた後、彼女は今日自分も騎士団の一員として参加することをランスロットに伝えた。
「お前に弟と戦えるのか?」
デステンプラーの問いに彼女は答える。
「ええ。彼は私を捨てました。もはや未練はありません。」
嘘だった。未練があるからこそ、彼女は彼と戦うのだ。自分の中の未練を断ち切るために。
あるいは自分は殺されるかもしれない。それでもいい、と彼女は思う。
自分の力で何とかしたい。自分の知らないところで事態が動くのはもうたくさんだ。
あるいは大好きな弟に殺されるなら、それはそれで・・・。
そこまで考えて、彼女は首を振った。
ダメね。弟に勝つのは私よ。手に入らないならいっそ、私がこの手で弟を殺そう。
私を守れなかったことを心底後悔しながら、弟は死ぬんだわ。
それは私のせいじゃない。私を大事にしてくれなかったあの子の責任よ。
この手で弟の首をはね、その体を焼き尽くして・・・。
・・・。カチュアは泣いた。イヤ。それはイヤ。私はあの子を殺したくない。
デニムの吐息。髪の感触。優しい声。それら全てをはっきり覚えている。
幼い彼がヴァイスに泣かされ、自分の名を呼びながら駆け寄ってきたのは昨日のようなのに。
デニム・・・!!
まぶたの裏に焼きついた、幼い弟の面影を想いながら彼女は泣いた。
戦えない。戦うことはできない。それでも・・・、彼女は戦わないわけにはいかない。
それが王女として彼女のとるべき道なのだから。
・・・もう寝よう。考えても詮無きことだ。
彼女は寝台に横になった。やがて静かな寝息が聞こえだしたが、彼女の目許はいつまでも濡れていた。
「出るぞ、カチュア!」「はいッ!」
弟が城に押し寄せたのはそれから半月後のことだった。
弟の軍は強く、城外に伏せていた兵は打ち取られ、そのまま城内になだれ込んだ。
はるかな軍の前方で兵たちの立てるどよめきとうめき声、悲鳴がとどろいていた。
散発的に聞こえるのは呪文による爆音だろうか。
「無茶はするな。怖くなったら逃げろ。」
ランスロットの言葉に、彼女はぐっと杖をつかむ。逃げるわけには行かない。弟を殺るのはこの私だ。
やがて兵たちがなぎ払われ、弟の軍の先陣が見えてきた。
「大いなるゾショネルの加護により炎の精霊に命ず・・・、ファイアストーム!
呪文を唱える。爆風と共に、デニムの先陣が吹き飛ぶ。
かつての仲間とはいえ、弟を戦争に巻き込んだ者たちを屠ることに手加減はなかった。
まだ、いける。戦えるわ。
そう思ったところで、兵の向こうにデニム本人の姿が見えた。
忘れもしない、茶色の髪。慈愛を帯びた優しいまなざし。
目と目が合う。彼の目に驚きが浮かび、そしてその口がこう動くのを見た。
姉さん・・・!
姉さん、ごめんね・・・。
思わず目から涙が零れた。
ごめんね、だなんて。いまさら何を言っているのッ!あなたと私は敵同士なのよ!
そう思う彼女の眼前で、彼は意外な行動に出た。剣を捨てたのだ。剣を投げ捨て、彼女に向かってその両腕を開いた。
姉さん、ごめんね・・・。
再び彼の口が動く。少し寂しげに。わびるように。
そんな・・・。そんな・・・!!
気付いたときは駆け出していた。大好きな、弟に向かって。
馬鹿なデニム。馬鹿なカチュア。どうして離れてしまったの?
こんなにも私は、あの子のことを愛しているのに。こんなにもそばに、いたかったのに。
杖を投げた。ダガーも捨てた。彼女の頭にあるのはただ一つ、大好きな弟のことだけ。
髪を梳かしてあげよう。大好きなオムレツも作ってあげよう。
ああ、あの子ったら!服のボタンが取れてるじゃない。
いつも身だしなみはちゃんとなさいって、あんなにも言ったのに!
多くの思いが彼女の頭によぎっては消えた。
ごめん、デニム。ごめんね。
一瞬でもあなたを殺そうだなんて、思った姉さんを許して。
でも、きっとデニムは私を許してくれる。だって自分はこんなにも彼のことを・・・。
カチュアは泣いていたために、デニムが指で送った小さな合図に気付くことはなかった。
それは、ある意味では、幸せなことかもしれない。
柱の前を通り過ぎたとき、その陰から声がした。
「禁じられし太古の妖炎を呼び戻さん・・・、焼きつくせッ! スーパーノヴァ!
痛みを感じる間もなく、彼女の肉体は消滅した。
夢にまで見た大好きな弟に、彼女が再び触れることはなかった。
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