「うわああああああああああああああああああっっ!!」  
……信じられない!シビュラは、俺のあそこをすっぽりと口の中に含んで…。俺はまたしても触れたことのない、いや、  
触れることなんてまったく考えもしなかった彼女の唇の滑らかな感触を、口の粘膜のやわらかさを、よりによって  
こんな場所で教えられてしまっていた。それにしても表情一つ変えず、なんという躊躇のなさだろう…。この人にとっては  
こんな場所を咥えることでさえ、単に、身体の一部を触れ合わせるということでしかないのか?無感動に、ただ粘膜と粘膜を  
擦り合わせる程度の作業でしかないというのか?  
 
「う、んんん…っ!?」  
そんな、一瞬の戦慄が去ってみれば、恐ろしいくらいの熱さが俺のそこを蝕んでいることに気づかされた。その変化を  
感じ取ると、彼女は一層丁寧に舌を使ったり顔を揺するようにして、ますますそこの温度を高めていこうとしている。  
あれ以上のものはないと思えた彼女の手でされることさえ、早くも比べものにならない…。このまま酔うようにして、  
甘美な責めに身を委ねたくなってしまう。  
 
「だ、だめ…だ!あ、シビュラ…そんなところ…、汚いっ!き、汚いよ!……はあぁ!」  
理性を総動員して、俺は必死に抗議の声を上げてみた。けれどもそんな悲鳴じみた声なんてまったく  
聞こえないかのように、彼女はただ黙々とねぶるように刺激し続けていくだけだ。  
 
「や、やめてくれ!やめ……あっ!」  
両腕を突っ張らせて彼女の顔を必死に遠ざけようとしても、腰が砕けてしまって力など入るはずがない。  
それどころか、もがけばもがくほどかえって泥沼に足を取られるように、生半可な抵抗のせいで  
彼女の口の粘膜と俺の一番敏感な部分とがますます擦れあい、余計にとろけるような感覚を強める結果を招いていた。  
 
「くひいっ!?」  
突如、黙れと言わんばかりに腹の中まで突き抜けていく強烈な衝撃。尿道に舌をねじ込むようにされたらしい。  
痛さと気持ちよさに同時に襲われては、完全に抵抗する力は奪われてしまう。  
 
「んあ…!…ああ。はあああ!」  
そして、ぐったりとしてしまったところに、今度は先っぽが口腔全体で絞られるような圧迫を受けていた。俺の  
身体で最も敏感な場所が凄まじい真空状態に包まれてしまった。全ての精どころか、血の一滴まで吸い尽くされて  
しまいそうだ…。次から次へと襲いかかる未知の感覚に、理性の削られる音さえ聞こえるようだった。  
 
「フフ…、どうだ?さすがに観念したか?」  
「く、あ…く!そ…んな…ああ!」  
シビュラはあそこから口を離し、今度は俺の先っぽに親指を走らせ始めた。勝ち誇るような言葉。悔しい…。  
でも、その先端に指を走らされるという簡単な刺激だけで、俺はもう達してしまいそうになっている。  
にも関わらず登りつめることができないのは、彼女が加減を測って寸前でやめてしまうからだった。  
 
「どうした?フフ…、言葉になっていないぞ?さあ、言いたいことがあるのなら…」  
「くぅ…ん!だ、だめ……だ、ああっ!」  
「フフ…、どうしたのだ?何か、言ってみるがいい…」  
「あうっ!!やめ…!あぁ、やめ……て…」  
何か言おうとする度に、彼女の指の指が何とも言えない加減で走り、俺の意思をいとも簡単に挫けさせてしまう。  
まったく、悔しいくらいに大人と子供のやりとりだった。達してしまわないように抑えるだけで精一杯の俺と、その気に  
なればいつでも止めを刺すことができるらしい彼女。そのくせ、俺が耐えきれなくなる様子を見せると、手心を加えるように  
寸前で留めてしまう。そして、俺が持ちなおしたかと思うと改めて責めを施し、再び寸止めで一息つかせる。こんな形で  
絶頂に至るのを何度も先延ばしにされる内、自分の手でするのとは比較にならないほど、俺のそこは熱くさせられてしまった。  
 
「だ…、だめ…だ。く…、た、頼むから…。やめ……るんだ」  
「………どうしたというのだ、さっきから?お前は一体、何が気に入らない?」  
しつこく食い下がる俺に、呆れたか、あるいは興を削がれたかのような様子で、シビュラは答えを返してきた。  
 
「恥ずかしい、という訳か?あるいは、女に意のままに声を上げさせられることが…悔しいのか?いずれにしても、  
 その程度のことでやめてやるわけにはいかないな」  
「ど、どうして……だよ!?」  
「そうしたことならば、この機会に、この私で慣れてしまえばいい…。たとえ、どんな女を相手にすることになっても、  
 動じないくらいにな。いいか?お前は、多くの女たちと肌を合わせることが必要になるのだぞ。ならば、  
 そのときになってうろたえては遅いのだ。まずは、私で一通り覚えてしまえ…」  
「そ、それは、……くう!?あ…、は…っ!」  
 
また、指が先っぽを激しくなぶり始める。やはり理屈では、彼女にかないっこない。こんなことを仕掛けているくせに、  
諭すように妙に真っ直ぐな眼差しでこう言われてしまっては、たとえ指での責めがなくたって、言葉が継げなくなってしまう。  
そして実際、的を射ている部分もあった。俺がこれから行く道、それは彼女も通って来た道なのだから…。  
 
でも、本当にそうなのか?本当に俺はただ、恥かしいだけなのか?女に声を上げさせられるということが、悔しいだけなのか?  
違う…。何か、はっきりしないけれど、承諾することはできそうになかった。  
 
「ま、待って…くれ!!」  
自分の中で、未だまとまり切っていない想い。何か漠然と、もやもやとした感覚。こんなことを整理しないまま  
口に出すべきなのか?理屈にならない言葉を並べ立てたところであっさりと論破され、余計惨めになるだけじゃないのか?  
でも、言わずにはいられない。俺は言葉が迸るに任せた。  
「確かに、貴女の言う通りかもしれない…。でも、それ…だけじゃない!俺は、貴女に…」  
 
「貴女に…こんなことをさせるのが嫌なんだ!!」  
…そうだ、口に出してみて、自分でもはっきりした。恥かしさや、女にひいひい泣かされるという無様さだけが、俺に頑強な  
抵抗をさせていた訳ではなかった。この行為が始まってから、ずっと俺が拭いきれなかった違和感。目は彼女の美貌に  
惹きつけられながら、感覚は彼女の技に痺れさせられていながら、それでもなお心の片隅にあった彼女への想いが、悦びに  
没入することを妨げていたんだ…。  
 
「何を言っている?…させる、だと?私は自分の意志で、お前にその感覚を教えてやっているだけだぞ。そのことに感謝も  
 遠慮も無用だ。お前が、そんなことに気を使う必要もない…」  
「で、でも、聞いてくれ。シビュラ…。貴女は俺にとって…」  
 
「貴女は俺にとって……そういう人じゃないんだよ!!」  
「…そういう………人?」  
そう言ったまま黙り込んで、手を動かすことも忘れたように止めてしまった彼女。思いもよらない反応だった。  
言葉足らず…だったのか?今の言い方では、聞きようによっては数多くの男に身体を任せてきたというシビュラを  
汚らわしく思って、拒絶しているかのようにだって、取られかねないんじゃないか?…あ、シビュラ、どうしたんだ  
震えて…?まさか、貴女ほどの人がそんな言葉を気にして…?  
 
「フ、フフ…。ずいぶんと……面白いことを言うのだな」  
え、彼女…笑っている?  
 
「では、教えてくれないか、アルフォンス。お前にとって、私とは……何なのだ?どういう、人間なのだ?」  
「え!?」  
何を言い出したのか、一瞬理解できなかった。驚いたことにシビュラは、俺が彼女をどう思っているのかなんてことに  
本気で関心を示している様子だった。まるで、彼女からは程遠いありきたりな女が噂話や他人の評判に興味を持つように、  
自分がどう思われているのかを、目を輝かせて、ただ知りたがっているようだった。身を乗り出すように俺に顔を近づけて  
人質のように握っていたあそこからも、もはや興味など失せてしまったかのようにいつの間にか手を離してしまっている。  
 
「な、何を言ってるんだよ、貴女は!!別に…俺は、その…」  
そして、俺はこんな風に興味を持たれることにひどく困惑しながらも、そういえばそうだ……と納得してしまっていた。  
そうだ、シビュラは……俺にとってどういう人なんだ?俺とシビュラの関係って、一体何なんだ…?  
 
敵の罠にかかり、一人捕らえられてしまった俺。水牢に閉じ込められ潮が満ちればもはや命がない、というときに現れた  
得体の知れない女。自分の仕事に協力するなら自由にしてやろう、と彼女はそう言った。もし承諾しなければ、  
何のためらいもなく俺を見殺しにするに違いない、そう思わせる冷たさ、そして強さがその人の眼差しにはあった。  
 
そうして始まった、俺と彼女との関係。やがて、語られる彼女の素性。俺は単なる好奇心からではなく、ますます彼女に  
惹かれていく。その彼女の指揮に従うという契約も、約束を果たすことで終わるはずだった。なのに俺は、それからも  
彼女と共にあることを選んでいた。確かに、目的を共有していたということはある。でも、そんなもの表向きだ!  
俺はもう少し……彼女と共に行動したかったんだ。  
 
冷たく、そして強いシビュラ。けれどそれだけの人ではない、俺はそう考えるようになった。その奥にあるものを、  
俺は知りたかったのかもしれない。そして叶うならば、その貴女のように俺はなりたいと思うようになっていた。  
シビュラ、強いて言葉にしようとすれば、貴女は俺の先達?あるいは……師?いや、それだけに収まるか…?貴女の  
美しさは時にその言葉を、世界の真理を司る冷たい女神からの託宣のようにさえ感じさせることだってあったのだから。  
 
「…どうした?難しく考えることはない。ただ、思ったままを…聞かせてくれないか?」  
「だ、だから…」  
それが言いにくいから、俺は困っているんじゃないか!!こんなことを面と向かって言っていいかどうか、わからないから…。  
この想いをどう伝えていいか、わからないから…。正確に伝わるかどうか、わからないから…。  
 
……待てよ、と俺はふと気づいた。何を律儀にこんなことを真剣に考えているんだ?俺はただ、彼女に  
やめてもらいたい、ただそれだけだったはずじゃないか。そういえば、彼女の注意が俺の言ったことに  
逸れてしまっているせいか、行為が始まって以来一貫して彼女のものだった主導権も宙に浮いている。それに、  
『人質』はすでに解放されているんだ。ならば…!  
 
「と、とにかく、そんなことは関係ない!!嫌なものは、嫌なんだ…!すまないけれど、もう構わないでくれ!!」  
「!」  
手を振り払うように、彼女の眼差しを振り切るように、俺は勢いに任せてシビュラに背中を向けた。  
 
「…」  
「…」  
気まずい…沈黙。背中の向こうで、彼女はどんな顔をしているだろう?無礼な、手荒な真似をしてしまったことに、  
もちろん後悔はあるさ。でも、仕方がなかったんだよ…。こんなことでもしなければ、貴女はやめてくれないだろう?  
さっき思い起こして、よくわかった。確認できた。ここまで導いてくれたことに、俺は命を救われたこと以上の恩を  
感じている。俺にとって貴女は、こんな風に肌を合わせるべき人じゃないんだ。俺の行く道に女を抱くことが  
必要になるとしても、それは別の女性を相手に学べば済むことなのだから。  
 
後は、この身体が治まりさえすれば…。  
 
でも、その身体が……。  
 
「…………くぅ」  
だめ…だ!熱病のように熱くて、今すぐにでもあそこに手を伸ばしたいほどに疼いて…。シビュラの手が離れて  
間もないというのに、不覚にも俺は身体を震わせ、情けない声を漏らしてしまっていた。彼女の手が離れても  
なお、快感の残り火は同じ温度でそこを焼いている。これだけの快感が、放っておいたところで自然に引いていく  
はずだなんて、あまりにも甘い考えだった。  
 
今すぐにでも、手を伸ばして、どうにかしてしまいたい。けれど、彼女の行為を拒絶しておいて  
これから自分でしてみせるなんて、そんな無意味なことって…。  
 
……何をやってるんだ!まさに今の俺は、感情に振り回されて自分を追いこんでしまっているじゃないか。考えてみれば、  
こんなこと、シビュラが最もよしとしない姿勢だ。……そうだ。シビュラを特別な人だと思い過ぎるのだって、  
彼女を裏切ることになっているんじゃないのか?常に冷静に、客観的であれ、と彼女は俺に言ったんだ。シビュラを  
特別視し過ぎて取り乱してしまうことこそ、まさにその彼女の言葉を裏切ることなんじゃないか?彼女を大切に思い過ぎて  
肌を合わせられないことこそ、彼女を失望させてしまうことになるんじゃないか?  
 
そんな、もっともらしく理由を並べ立てて…。結局、俺はもう妥協して、この熱さと苦しみから逃れたいだけじゃないか…。  
弾けそうなほど血が漲っているこれを、彼女の手でどうにかして欲しいだけじゃないか…。  
 
けれど……待てよ。詫びてみたところで、彼女は引き受けてくれるのか?こんなことくらいで、感情的なしこりなど  
残すような人ではないはずだけれど、さっきの俺の取り乱しよう……。あれを見れば、愛想を尽かすように見切りを  
つけてしまっていることだって、あり得るじゃないか…!  
 
シビュラが、俺に見切りをつける…?そう思ったとき、さっきとは違う冷たい震えが、俺の身体を走った。そうだ、考えてみれば  
俺と彼女の関係なんて、元々は俺が命を救われた見返りに働くという契約で始まった程度のものだった。その後は  
俺の方が押しかけるようにして、戦力を提供することで続いたに過ぎない。言ってみれば、彼女の方から拒絶されてしまえば  
もはやそれまで、という関係…。  
 
なるほど、そして俺は確かに認められた。今、彼女が俺と行動を共にしてくれているのだって、俺があの島で成したことを  
評価して、見込みのある男として考えてくれているからだ。こんな機会を設けてくれたのだって、教会直属の騎士となるという  
俺の将来を期待してくれてのことだろう。けれど、その俺に見込みがなくなれば、今からだって、容赦なく見捨てられても  
おかしくはない。そうだ……。俺たちは、その程度の関係だったんだ…。  
 
シビュラに、見捨てられる……?そんなこと、ほんのさっきまでのエレを失った衝撃のせいで抜け殻のようだった俺ならば  
大して気にも留めやしなかっただろう。むしろ、『放って置いてくれ』と言わんばかりに半ば望むようにして  
置き去りにされたはずだ。けれど今の俺は、シビュラにこんな形にしろ男と女の関係になるように言われて、彼女の肌の  
暖かさというものを知って、そんな捨て鉢な思いなどすっかり消えてしまっている。生きているという実感も、取り戻して  
しまっている。そして、何より俺の目も少しずつ未来へと向けられ始めている。それなのに、その今になってシビュラが  
俺を見捨てるというのか…?  
 
出会ったばかりの彼女に対して抱いた、得体の知れない冷たい女という印象が、不意に生々しく蘇ってくる。  
導かれているなんて本当は錯覚でしかなく、あの日から今に至るまで、俺は一貫してこの人にとって単なる手段でしか  
なかったのか…?  
 
彼女から見放されてしまうかもしれないという恐れは、身体を侵し続ける狂おしい熱さ以上に俺を苛み始めていた。  
謝ってどうにかなる相手ならば、俺は今すぐにもすがりついて泣き叫んでいるだろう。けれど情に  
訴えかけることなんてことをすれば、彼女はますます俺を軽蔑するだけに決まっている…。  
 
俺はいつしか情けなさと切なさ、そして打つ手のなさのあまり、自分の存在を恥じ入るように縮こまって  
震えるしかなくなってしまった。なんてざまだ。これが、一人前の男だっていうのか…。これが、一人前の騎士…。  
 
「…………!?」  
小さくなって背を向けて震えていた俺の、まさにその背中を撫でるやわらかな感触。悪夢に怯える子供を勇気づけるように、  
元気づけるようにさすってくれる暖かさの塊。この思いもよらぬものは、俺の傍らにいる人の手でしか  
ありえなかった。気がつけば、ずっと上の方から見下ろしているのだと思っていたシビュラの顔は意外なほどに  
近くにあって、優しく照らすようにさえしてくれていた。  
 
「愚か者だな、お前は…」  
いつものように厳しく突き放すような、容赦のない彼女の言葉。けれども今、そこには言葉通りの厳しさや、  
俺の愚かさを嘲笑おうなどという響きは微塵もなかった。ただ、暖かさと、奇妙なほどの親しみを感じさせていた。  
わからない…。一体、何だというんだ?彼女、どういうつもりで…何の意図があって、こんなことをしてるんだ?  
俺はただ、戸惑うばかりだった。  
 
いや……、ただひとつわかっていることがある。考えなければならないことがある。出会ったばかりの頃でさえ  
彼女は俺に対して大人の色香で惑わせたり、鼻先に人参をちらつかせて言う事を聞かせるような真似は、しなかった。  
彼女は幾度も容赦のない厳しい言葉を浴びせたけれども、それは後から考えれば俺のような甘ったれのガキ相手にさえ、  
一対一の人間同士として真剣に向き合ってくれた、そのことの証だった。そうだ、彼女はそういう人だったじゃないか…。  
そんな俺の戸惑いや邪推、拘りや様々の想いさえ包み込むように、暖かい手は背中を撫で続けていた。  
 
「シビュラ…」  
その内に胸がいっぱいになってきていた。何しろ、人間は自らの行いによって引き起こされた結果に責任を負う義務がある、と  
かつて俺に説いた人が、俺に愚かさの報いを与えるどころか、今回ばかりはその愚かさにも徹底的に付き合うのだという好意を、  
こんなに優しく示してくれているのだから。そして、いい加減、信じる気になっていた。この人は確かに俺の力に価値を  
認めるからこそ一緒にいてくれるのは間違いない。けれど決してそれだけの理由ではなく、俺が今ではどこか理屈を越えたところで  
シビュラを信じてしまっているように、彼女の方だって理屈や冷静な判断だけではなく、彼女にはあまり似合わぬ好意という  
感情のために、俺と一緒にいてくれるということを。そして、俺が功績を上げたからとか、俺の将来性を買っているという  
理由だけではなく、俺の命を純粋に救いたいという想いがあったからこそオウィスから連れ出し、今まで寄り添うように  
してくれていたのだと。  
 
「どうか…。今度は貴女に、貴女に全部任せるから…」  
今こそ、その言葉どおり彼女に全て任せよう、と俺は素直に思うことができた。肌を合わせることへの抵抗は  
完全には消えた訳ではないけれど、彼女が見せてくれているこの好意を無にするような真似はできなかったし、  
第一、身体の尋常ではない熱さがそんな見栄っ張りの真似など許してくれそうになかった。  
 
「何も言うことはない、アルフォンス。私の方こそ、勿体ぶって手ぬるいことをしてしまったようだな…。今度は、  
 やめろ…などと言えぬようにしてやろう!」  
そう言うや否や、シビュラはおもむろにドレスの肩紐を外し始めた。その動きが見えた瞬間、俺の目はそこに釘づけ  
にされてしまう。ただでさえ眩しい胸元がそれ以上に開かれていく動きを、一瞬たりとも見落とすまいとして  
目を凝らしていた。やがて、溶けた黄金が丸い鋳型に流れ込むようにこぼれ出る、二つの大きなかたまり。  
シビュラの……乳房!!  
 
まばゆいほどに感じられるのは、自分が男であると強く意識するようになってから初めて全貌を見る、成熟した  
女性の乳房だということだけ、ではないはずだ。整った形や大きさは身体を締め付けるようなドレスの上からでも  
伺うことはできたけれど、今仰ぎ見る実物は、そんな想像なんてまったく及ばない。豊かで張りのある造型は  
締りのないやわらかさではなく、芯のある強さも感じさせ、眩しいものを覗き見るようにするしかないこちらが、  
ますます尻込みしてしまいそうになるくらい堂々と正面に突き出ている。  
 
「フフ…」  
シビュラは剥き出しになった乳房を、誇示するように両手で抱えてみせた。そんな煽情的な格好を見せつけられれば、  
かろうじて残っていた理性さえ吹き飛んでしまいそうになる。むしゃぶりつきたい気持ちを抑えきれなくなって  
俺は思わず起き上がろうとしたけれど、シビュラの目にそのまま寝ているよう制せられてしまった。お預けをくった犬のように、  
俺は主人の次の挙動を待ちわびるしかない。  
 
靴を脱ぎ、俺の顔を見下ろす位置に上がり込むと、シビュラはじわじわと這うように少しずつにじり寄ってくる。  
彼女が膝を進めるたびに控えめに揺れながら俺の頭上に近づいてくる乳房。もう、待ち切れない…。  
 
「…むぐっ!?」  
ずん、とベッドを揺らす響き。俺の顔はシビュラに勢いよく腰を下ろされてしまった。とても人間の顔に  
対する行為とは思えないほどの容赦のなさ…。そりゃあ、これなら確かに、やめろなんて言えはしないけれど…。  
 
「も…、もがっ!んぐぐ……!」  
そして馬に乗るかのように両腿をぎゅうぎゅうと締め付けてくるせいで、彼女の股間がますます俺の顔に…。  
まがりなりにも騎士として生きようとしていた男が、下半身を丸裸にされた姿で、顔をこんなにも強く女の股間に  
圧し掛かられてしまうなんて…。  
 
騎士としてはこの上ないほどの屈辱、のはず…。なのに、シビュラの尻のやわらかさを顔で感じて…。  
俺の口のあたりを抑えつける滑らかな薄布の向こう側に、シビュラの女の証があるのかと思うと……。ああ、なんて  
もどかしさだ!血がざわついて、抑えつけられた身体がばたばたと見苦しく動いてしまう。暴れだしたい、  
そんな凶暴な衝動が身体中にあふれ返ってくる。  
 
「んふむッ!!」  
待望の瞬間…!シビュラが手を伸ばし、再び俺の怒張を捕らえていた。早く、早く…一気にとどめを刺してくれ!  
そんな思いを沸き返らせる俺の上で、シビュラは下半身の方にますます深く覆い被さるように身体を進めていた。  
彼女の尻が俺の胸のあたりまで移動していくと、やっとのことで顔が圧迫から解放された。しかし、今  
俺が感じているのは解放の喜びよりはむしろ、極上の感触を顔面で味わえなくなったことに対する奇妙な物足りなさ  
だった。  
 
彼女は俺のあそこの向きを固定させ、自分の身体を更に前かがみにさせているようだった。再び、口に含もう  
としているのだろうか?けれど抑えつける彼女の身体にはばまれて、何をしようとしているかを見ることは  
できない。でも、もう何でもいい!早く、早く…!  
 
「…あっ!?な、何!?」  
何だ?今…何をされたんだ!?俺のあそこが、何かに包まれた…。手の感触、ではない。けれど、口の粘膜とも確かに違う。  
暖かくて、信じられないほどやわらかいのに、どこかその大きさと弾力に圧倒されるような…。それがまるで  
吸い付くように…。何だ?この感触…こんなもの、俺は知らない!  
 
……まさか、そうなのか?これは、シビュラの…。ああ……、考えただけで血が一気に沸騰してしまう。俺は今、  
下半身を丸裸にされた上に、こんなおかしな格好でシビュラの尻に身体を抑え込まれ、あそこを二つの乳房で  
鋏みこまれてしまっているというのか!この感触、そして俺の見えないところでされていることを想像するだけで、すでに  
欲望で膨れ上がってこれ以上大きくなるはずのない俺のあそこが、限界を超えて病的に腫れ上がっていきそうになっている。  
 
「さあ、存分に味わえ…」  
「はあああ…!?」  
シビュラがゆっくりと両胸を擦りあわせ始めた。もはや気持ちがいいということを通り越したこの感覚。  
じんじんと痛いようで熱いようで…。  
 
「お前の方も、動いてみるがいい!」  
彼女は俺の下半身に話しかけているみたいにしている。その下半身こそが俺の人格そのものみたいじゃないか…。けれど  
頭で考えるよりも、身体の方が先に彼女の言葉に従ってしまう。俺の下半身は無様なほどにかくかくと動き始めて  
いた。だめだ…こんなこと、もう気持ち良過ぎて…。獣以下の浅ましい光景だ。もし、エレが今の俺を見たら何を  
思うだろう?エレ、君はこんな男を助けるために命を…!しかしそんなことを考えても、もう腰の動きは止まらない。  
いや、次第に考えることさえできなくなっていく。  
 
「そうだ、いいぞ!」  
「あ、はぁ…、ああ…あああ」  
獣使いのように俺に指示を飛ばすシビュラの声も、心なしか弾んでいる。それに対して俺はもう、言葉にならない  
荒い息遣いで答えるしかなかった。何もかもが空っぽに……いや、純粋な悦びだけが俺の身体を占めていた。  
 
「シ、シビュラ…。俺、も、もう…!あああああああっ!!」  
限界は本当にあっけなくやってきた。瞼を閉じて、まるで崖から身を投げ出す思いを感じながら、暴れるような  
激しさでびくびくと身体全体を痙攣させると、そのまますべてを出し尽くしてしまった。  
 
「……………あぁ」  
まるで余韻にでも浸るかのような声が、勝手に口から漏れていく。震えは、まだ治まらない。やがて、完全に  
脱力し切った俺の上からシビュラの重さが消える。振り向いた彼女の顔は、白濁に塗れてしまっていた。  
 
「シ、シビュラ…。ごめん!」  
「なぜ謝る?こちらが、そうなるよう仕向けたのだぞ」  
急いで起き上がって詫びる俺に、布で顔を拭いながら彼女は事も無げに答える。丹念に精液と汗を  
拭き取ると、はだけていた胸も、乱れた髪も手際よく元に戻し、さっきまでの行為などなかったかのように  
いつもの姿に戻っていた。その様子を見て、俺の方も自分が下半身だけを丸出しにした滑稽この上ない  
格好だったことを思い出し、懐紙で汚れたあそこを拭いながら、せめて下着だけはと大慌てで纏っていた。  
 
「それより、どうだ?フフ…、中々味わえぬことだぞ」  
「え?……ああ。ありがとう、シビュラ…」  
確かに信じられないほどの気持ちよさ、自分でするのとは比べ物にならないくらいの悦びだった。けれど、終わってみれば  
出し尽くした後のこの感じは、やはりいつもと変わりはなかった。気だるくて、あれほど没入していたさっきまでの  
行為がなんだか妙に空しくて…。くそ!男って、どうしてこうなんだ。シビュラは、一度は拒絶した俺のことを見放さずに  
最後までしてくれたというのに…。もっと、気持ちを込めて彼女に感謝すべきじゃないか…。気のない顔を  
見られるのがたまらなく嫌で、あさっての方向を見るようにして、俺は礼を言っていた。  
 
いや、この空しさ…。一端それを意識し始めると、言いようのない自己嫌悪と罪悪感が、自分でしたとき以上に  
苛み始めている。あれほど俺の心を占めていたエレのことを、頭から振り切るようにして欲望に身を任せきった自分の  
浅ましさをなじりたい思いがある。あんな格好で夢中で腰を揺すっていた自分の姿を思い返すと、おぞましささえ感じる。  
でもそれ以上に、そんなことに夢中になって、シビュラを汚してしまったことが無性に悲しい。申し訳なく思ってしまう…。  
 
わかっているさ!貴女自身は、こんなことで汚れたと感じるような、脆弱な人ではないということくらい…。貴女は  
多くの男を相手にこういうことをしてきた人だ。それでいながら、身体をどれほど汚したところで気高いものを失わない…  
そういう人だもの。こんなことは、あくまで俺の側の問題でしかないんだろう。  
 
貴女とこんなことをするなんて、俺、本当に思いもしなかったんだ。この上ないほどの美しい容貌、胸元そして  
太腿も露わな服装をしたシビュラを、『女』として考えないなどあまりに不自然なことかもしれない。俺は、無意識に  
自制していたんだろう。俺を導く人として、いつからかそういう対象として見まいとしていたんだ。もっと大袈裟に言えば、  
現身の女性として見まいとしていたんだ。その貴女を俺は今、あんな風に汚して……。悦びの高揚が消え失せてみれば、  
崇めていた偶像を自らの手で冒涜してしまったようなそんな途方もない後悔と、感傷めいた想いだけがあった。  
 
「え!?あ…、な、何を…?」  
そんな想いは、肉体に与えられた違和感ではいとも簡単に破られる。シビュラが下着ごしに俺のあそこに触れてきたせいだ。  
 
「頼む…。も、もういいんだよ!しばらく放って置いてくれないか…」  
俺の気持ちなんか少しも考えないで…。この彼女の躊躇のなさが今度ばかりはひどく無神経に思えた。それにしても、  
触れられている感覚はあるのに、起き上がるどころかぴくりとも反応しない。力強さの欠片もなく、死んだように  
ぐったりとしてその用を為さない道具。なんだか、男であることが妙に情けなく感じられてしまう。  
 
「フッ、男の身体というものも、ずいぶんと面倒にできているのだな。すぐにでも、次に進ませてやりたいのだが…」  
「次だって?シビュラ、お、俺はもうこれだけで…」  
「十分だとでも言うつもりか?これから……女を教えるのだぞ」  
「………あ!」  
根源的な欲望を前にしては、なんと弱いものだろう。またしても感傷めいた思いは、太陽に炙られた氷塊のように掻き消えて、  
なんとも節操なく俺の心はシビュラの肉体の方に向けられてしまった。そうだ…。あれほどまでに技巧の限りを尽くされても、  
所詮は前戯でしかない。これからする行為こそ、俺が一人前の男になるための特別な儀式だった。こんなにも美しい人が、  
今から俺を男として中に迎え入れてくれると、確かに、そう言っているんだ!  
 
……くそ!それにしてもなんて現金な男だ、俺は!さっきとは違った自己嫌悪でシビュラの顔を真っ直ぐに  
見ることができなくなってしまった。ああ、俺は今、悲しいくらいに彼女の掌の上にいる…。  
 
「お前の準備ができる前にいくつか教えておこう。さあ、アルフォンス…」  
「あ…?」  
シビュラは寝かしつけるように俺の身体を横にすると、彼女の方も添い寝をするように俺のとなりに身を横たえて  
きた。俺の首にしなやかな腕を回し、そのまま俺の耳元に顔を埋めるようにした。シビュラの唇がこんなに  
近いところに…。俺は今、彼女の息遣いを耳で直に受けとめている。さっきは俺のあんなところを咥えた  
口だというのに……いや、だからこそ、この吐息はこんなにも悩ましいのかもしれない。  
 
「いいか?女の身体というものも、男とは違った意味で面倒なものでな……」  
声の調子はいつもと変わらない。にもかかわらず、この体勢と距離のせいで彼女の言葉の一つ一つがひどく  
甘々しかった。肝心の内容よりも、そのことばかりが気になってしまう。語りかけながらも彼女は俺の胸元に  
もう片方の手をやり、その片手だけで器用にシャツのボタンを解いて素肌を露わにさせていく。それが終わると  
同時に、その手が胸元に入りこんできた。  
 
「な…何をするんだ!く、くすぐったい…」  
彼女の指が俺の乳首をやわらかくつまんだかと思うと、微妙な力加減で捻るようにしてきた。予想もしなかった  
くすぐったさの奇襲に耐えかねて、俺は思わず身体を大きくのけぞらせてしまう。  
 
「そのまま聞け…。女の身体というものは、いきり立った男をすぐさま受け入れられるようにできてはいない。  
 まずは、こんなことでもしながら少しずつ気分を作っていってやらないと、とても交わるどころではないのだ」  
「ん、く…。き、気分を作る…だって?」  
その間にもシビュラの手は、俺の乳首をまさぐり続けている。この体勢も含めて気分を作るということの  
手本、と言ったところなのか?身をよじりながら俺は、何とかして彼女の言葉を聞き逃すまいとして注意を向けた。  
 
「そうだ。いきなりむしゃぶりついて、自分のやりたいことだけを済ませてしまう…。そんな男は、とても女の心を  
 捉えることなどできはしない…。よく、覚えておくのだな」  
「…わ、わかった…よ」  
シビュラの行為に身を委ねきった時の浅ましい自分を思い出し、頬が熱くなってしまった。彼女の今の言葉が  
なかったならば、俺は多分自制など考えず、急くようにして自分のやりたいことだけを済ませようとしたに違いない。  
 
「もっとも、そういう男が可愛いと思える場合も、ない訳ではないのだがな。フフフ…」  
何やら、意味ありげな含みを持たせたように聞こえる彼女の言葉。あの…、もしかして、それって俺……のことなのかな?  
貴女は今、俺のことを可愛いと、そう言ったのかな?そうだとしても、喜ぶべきなのかどうかはわからない。いや、むしろ  
一人前扱いされていないことを恥じるべきなのかもしれない。でも、なぜなんだ?なんだか、ついさっきまでとは違う熱さで  
頬が火照ってしまって…。  
 
「…っ、い、痛っ!」  
そんな俺の自惚れめいた思いを戒めるかのように、シビュラは今までにないほどの強さで乳首を捻り上げ始めた。  
ねじ切るようにしていると言ってもいいくらいだった。  
 
「んん…、くく。そ、そん……な」  
かと思うと今度は痛めつけたそこをいたわるような優しさで胸全体をさすったり、乳首に指先をかすめるようにして  
ぴんぴんと弾き、想像したこともない刺激を与えてくる。何度も何度もこれを受けているうち、耳元に当たる息吹が  
一層甘く感じられていく。俺の呼吸もますます弾んでしまう。  
 
「フフ…、ずいぶんと敏感な身体だな。どうした?女の身体のことを話していたというのに、まさか、  
 お前の気分まで高まってきたのか?」  
「あ…、べ、別にそんな……ことは」  
彼女の言う通り、今や俺を責め立てていたのはくすぐったさだけではなかった。いつの間にかそれに混じる  
ようにして胸に走る、ぞくぞくと震えるような感覚が、確かに俺を苛み始めていた。  
「まあいい。こんな技など無数にある。お前が望むなら、これからいくらでも教えてやろう」  
 
「だが…」  
俺の胸元から手を抜き去ると同時に、シビュラは顔を上げ、俺と正面から向かい合った。彼女のひどく  
真剣な表情が嫌でも俺の気持ちを切替えさせる。  
 
「こんなものだけに、心を傾けすぎるな。こんなものをいくら積み上げても、これだけでは小手先のものでしかないのだからな」  
「小手…先?」  
「そうだ。いいか?どんな女であれ、心から愛してしまった男には脆い…。そして、想いを募らせた男が心を込めて愛撫を  
 するならば、それがどんなに無骨だろうと不器用であろうと、想いのこもらぬ小手先だけの技など問題には  
 ならぬほどの悦びを感じさせられてしまう。それが……女の身体というものなのだ」  
 
そういうものだろうかと考えながらも、なんとなく実感もできていた。実際、程度の差はあれ男にだってそういうところは  
あるんじゃないか?たとえばもし、シビュラのように技術はなくとも、エレがあそこを一生懸命しゃぶってくれたとしたら、  
どうだろう?あの引っ込み思案なエレだったら、とてもシビュラのように大胆になんてできはしない。恥かしさに負けそうに  
なりながら、それでも自分を奮い立たせて、健気に俺に悦びを与えようとしてくれたに違いない。  
 
そうであったとしても、いや、不器用だからこそ、健気だからこそ俺は幸福感に包まれるんじゃないか?それは  
終わった後のあの空しさだって感じさせないほどに幸福だったかもしれない。でも、そのエレはいない。もう、いないんだ!  
エレは、俺を置いていくようにして…。そして、今はシビュラの言っていることに集中しなければ!  
「…だから誠心誠意、馬鹿正直に心を込めて女を抱け、などと生温いことを言うつもりはないさ。女の悦びが心による  
 ところが大きいというならば、そこにこそ、お前がつけ込むべき隙があると言いたいのだ!」  
 
「肉体を責める以上に、心をこそ責めろ…。行為の前の些細な振る舞い、眼差し、気配、仕草…。何気なく匂わせるだけで、  
 女は高まっていくものだ。この男に愛されたいという欲求を高めそれを満たしさえすれば、熱心に小細工に励むよりも  
 遥かに強く、身体だけでなく心もより強く篭絡し、ついには支配することもできる。…そして、そうした抱き方が  
 できるようになってこそ、初めに言った目的にも叶うというものだ」  
「目…………的」  
一気に冷たい現実に引き戻される思いだった。ともすれば彼女の好意に触れた暖かさや与えられた甘さに溺れて  
忘れそうになってしまいそうになるけれど、これは単なる女の抱き方の手ほどきを受けている訳ではないんだ…。  
 
「もっとも、それは口で言うほど容易なことではないぞ…。勘のいい相手ならば些細なことの一つ一つから  
 生半可な嘘は見抜かれてしまう。お前も私の生きてきたような道を歩むのなら、そういったことも抜かりなく  
 装えるようにならなければな」  
呑まれるようにして、俺はうなずいていた。これは、嘘で身を固め、真心を弄び利用するための講義。人の裏をかき、  
心さえ絡めとることへの導き。けれど、そうだとわかっているのに、彼女を数多くの人を惑わして来た邪な人だとは  
思えなかった。そうした暗い世界を生きてきた人間特有の心の荒廃などまるで感じさせなかった。この世界を支配する  
非情な真理や厳格な掟を教えこまれている、そんな気がしていた。  
 
物事を己の感情の欲しいままに運ばない彼女の自己抑制の強さが、まるで真理の代弁者のように思わせるから  
だろうか?あるいは言い様のない気高さが、彼女がして来たはずの非道な行いさえ、理屈を越えて肯定させて  
しまうからだろうか?  
 
彼女のこの気高さ、それは気位の高さなどとは違う。むしろ、高貴な生まれの傷一つない者に備わった  
無意味なほどの気位の高さとは、まったく対極の位置にあるものだ。汚れた世界に身を落とし、ありとあらゆる  
艱難辛苦を舐めてきたにもかかわらず、未だ何かを諦めていない……そんなことを俺に考えさせていた。  
 
そしてその気高さの根源は、彼女がローディス教会の忠実な使徒であり、光のしもべとして働いているからでは  
ない気がしていた。彼女は盲目的な狂信者には程遠い人だし、レクトールに対して語ったような聖者ローディスの  
教えなど、実際のところ口で言うほどに重んじている様子もなかった。ならばシビュラ、貴女はどうして  
それほどまでに……?  
 
「……また、考えごとか?」  
「ち、違うんだ…」  
「なるほど…、こんな話など聞きたくもないという訳か」  
「だ、だから…違うって言っているじゃないか!い、いいから…続けてくれよ」  
貴女の言葉を噛み締めているうち、貴女という人について思いを馳せていたと、正直にそう言えばよかったの  
かもしれない。けれど、息も触れ合うくらいの距離にいる貴女のことを、こんなにも真剣に考えていたなんて、  
とても言えなかった。なんだかそれが無性に恥ずかしくて、照れ臭くて…、内心の動揺を誤魔化すように必死で  
彼女を促していた。  
 
「まあ、いい。今いくら言葉で説明したところで、経験を積み重ねない限り、身につくものではないだろうからな。まずは、  
 意識をするだけでもいい。そして、とりあえずは何食わぬ顔で愛の言葉くらい囁けるようになることだ。このようにな…」  
改めて、彼女の唇が俺の耳と密着するほどに近くなった。熱い息吹はさっきよりも一層強く、耳へと入りこんでくる。  
まるで俺の心に穿たれた穴に向かって、直接、彼女の熱い吐息が注がれていくみたいだった。彼女の愛の……言葉。  
今から来るそれが偽りの演技だとわかっているのに、なぜか鼓動が恥ずかしいくらいに強くなってしまう。  
 
「お前を…………愛している…」  
ぞくっとするほどに、儚げで消え入りそうな声。それは、予想をしていたような甘々しい誘惑の囁きどころではない。  
まるで深い井戸の底に落ちた小さな女の子が必死で助けを求めているような、あまりにもか細く、切ない叫びだった。  
俺は思わずがばっと飛び起きて、シビュラの顔を見つめてしまう。しかし、そこにはいつもの表情をした彼女が  
いるだけだ。いつものように平然として、いつものように冷静なシビュラが。  
 
……何を、一体何をうろたえているんだ、俺は!彼女は今、いわば演技の手本をしてくれた、ただそれだけだろう。  
彼女にとって男の心を揺さぶるくらい造作もないことだなんて、初めからわかっていたじゃないか!!  
 
そう言い聞かせてもなお、俺は完全に自分を納得させることができなかった。胸に撃ちこまれた何かが  
痛みと共に、未だ響き渡っている。……一体、何なんだよ、この感覚?まるで、彼女が本気で俺のことを想って  
くれていて、心に秘めたものを必死で打ち明けてくれた、そんなことを考えずにはいられなくなってしまう。  
 
……よりによって、なんて馬鹿なことを考えてしまうんだ!どうして、彼女が俺のことなんて…。こんな、まだまだ  
甘ったれたガキで、彼女の導きでなんとか一人前の男になりつつある程度に過ぎない俺のことなんて…。自分でも  
悔しいけれど、彼女にとってはせいぜいさっきのように可愛いと思われる程度の、まだまだ手間のかかる坊やでしか  
ないってことくらい、わかってるさ!  
 
でも、だったらどうしてその俺を、こんな気持ちにさせるんだよ…?自分の力を見せつけるように、俺の心を戯れに  
弄んでみたとでもいうのか?シビュラ、そうなのか…?  
 
他愛もない、それでいて許し難い類の罠に掛けられたかのような怒りが、俺の心をひどくささくれ立たせていた。  
真意を図ろうとして、問い詰めるようにシビュラと目を合わせても、彼女は俯いて視線を外してしまった。  
どこか弱気にさえ見える今の振る舞いに、ますます心に立つ波は大きくなり、俺は尚更彼女の真意を  
確かめずにはいられなくなっていた。  
 
「あ!!?」  
しかし、目を合わせようとしたその刹那、再び股間に走る異感覚…!  
 
「フフフ…、どうやら準備はできたようだな!」  
下着ごしに握られた感触で気づく。俺のここは、いつの間にかすっかり猛々しさを取り戻していた。  
どこか嬉しそうにそれを握りしめる今のシビュラは、儚げな気配どころか、濃厚なほどに妖艶さを漂わせている。俺は  
さっきまでの自分を支配していた愚かな考え違いに恥じ入りながらも、これから始まる行為に思いを馳せずには  
いられなくなっていた。  
 
 

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