−−−港町ゴリアテ−−−  
 ベッドから半身を起こす、窓から差し込む陽光は深く、まだ早朝  
であることを告げている。  
「おはよ、デニム」  
 横でまだ眠っているデニムの額に口づけをし、ベッドから降りよ  
うと足を降ろそうとすると弟の手がのびてきてカチュアの腕をつかむ。  
「おはよう姉さん」  
起きたばかりのデニムはまぶしそうにカチュアを見つめる。  
戦災の爪痕が残るゴリアテで二人生活をはじめてからどれくらいの  
月日がたったであろうか。  
「あっ」  
 デニムが壁にもたれてカチュアを後ろから抱きすくめる。デニム  
に体を預け、カチュアはデニムの腕にほおずりする。  
「どうしたの?デニム」  
「何でもないよ、ただ姉さんがあんまり綺麗で、消えちゃいそうだ  
ったから」  
「ふふっ、おかしなデニム」  
 姉に笑われもっともだと顔を赤らめるデニム。カチュアが手を強  
く握り返す。  
「ありがと」  
 気持ちは伝わっているとばかりに握り返されてますますデニムは  
顔を赤らめる。  
「姉さんは狡いよ、僕の気持ちをわかっててからかうんだから」  
 ふてたようにカチュアの肩やうなじに口づけをする。  
「あんっ、もういたずらしないの。朝ご飯つくるから、水を汲んで  
きてくれる?」  
「了解、姉さん」  
 カチュアを解放し、普段着に着替えて表に出る。  
 水汲み場についてデニムは一番に顔を洗う。デニムの一番好きな  
時間だ。毎日変わらない朝日を見ながら変わらない日々を信ずる。  
「今日は船着き場の修繕か、よしっ!」  
 気合いを入れるためにほおを叩き、水を汲んで家に帰った。カチ  
ュアは朝ご飯の支度をしている。  
「あ、帰った?悪いけど火をおこしてくれる?お願いっ」  
「はいはい・・・っと」  
 ・・・スープとパンを食べてデニムが家を出ようとした時、突然  
裏口のドアが開いた。運命の扉が・・・  
 
 
−−−第二話:出会い−−−  
「ランスロットの野郎が来たぞっ!」  
裏口の戸を荒っぽく開けて飛び込んできた少年がいきなりそういっ  
た。  
 彼の名はヴァイス・ボゼッグ、ゴリアテの惨劇を生き残った若者  
の一人で年は僕と同じ年齢になる。  
「暗黒騎士のランスロットがゴリアテを訪れるって情報が入った、  
明日、ここに来るんだとさ」  
 その話を聞いた時、僕の中で血液が逆流するのが解った。  
 ゴリアテの惨劇、これによって僕の父親が暗黒騎士によって連れ  
去られ、多くの罪のない人が暗黒騎士の凶刃に倒れた。  
「ヴァイス、本当かい?」  
「ああ、明日一番の便で港にくるって話だ。」  
このときの僕はみんなの敵をとる事しか頭になかった。  
「解った、今日の仕事は休んで急いで準備しよう。」  
・・・朽ちた教会・・・  
港町の古い教会で僕たちはランスロットが現れるのを待った。  
「やっぱりやめよう、・・・ね?私たちに勝てるわけ無いわ」  
不安に感じたのか、カチュア姉さんが言い出した。  
「なに言ってんだカチュア!またとない絶好の機会なんだぜ」  
「だって、たった3人であの暗黒騎士団に立ち向かうなんて」  
姉さんの頭にあの惨劇が甦ったのだろう。顔色が悪い。  
僕は言い争いになりそうな二人を制して街路を眺める。  
「やっぱり止めよう、彼らを殺して何になるって言うの」  
 解ってないと言いたげにヴァイスがかぶりをふる  
「ランスロットは暗黒騎士団の団長だ、そしてやつらはバクラムの  
力の源。だからランスロットを暗殺することはバクラムの力を一時  
的にでも弱めることになるんだよ。そうすればヴァレリア全土を征  
服したがっているガルガスタンが動き出すに違いない…。バクラム  
の行政府も混乱するだろう。そして混乱の隙をついてロンウェー公  
爵を救い出さなければいけないんだ」  
「落ち着いたばかりなのに、また戦争を起こそうっていうのね、あ  
なたは。」  
 名指しで非難されたことにカッときたのかヴァイスが声を荒げる  
「この状況の何処が落ち着いたっていうんだッ、カチュア!俺たち  
ウォルスタ人は虫ケラ同然に 扱われているじゃないか。そうさ、  
俺たちに死ねと命じているのさ。」  
「だからって…、戦争なんか始めたって私たちウォルスタは負ける  
だけよ。」  
 ヴァイスがさらに何かを言いかけた時、街路の向こうから人目で  
それと解る集団がこっちに向かって歩いてきた。言い合いしている  
場合じゃない。  
「…しッ! やつらが来た…。」  
 ゆうべの打ち合わせでヴァイスが正面から通行人を装って不意打  
ちし、その隙に僕が後ろからランスロットの首を狙うと言うことに  
なっている。僕は打ち合わせ通り教会の正面から彼らの背後に回っ  
た。だが血気にはやるヴァイスがもう敵に斬りかかっていた。  
(こうなったらやぶれかぶれだ)  
 そう考えた僕は背後から細身の騎士に斬りかかったが、簡単にあ  
しらわれてしまった。  
「・・・君たちは何者だ?」  
 ランスロットとおぼしき人物が僕らに話しかけてくる。  
「俺たちはウォルスタ解放軍の戦士だッ!皆の仇をとらせてもらう  
ッ!」  
 ヴァイスの切り返しにあっけにとられている。  
 
「ずいぶんと手荒な歓迎だな…。…なんだ、ガキじゃないか!?」  
 いきり立ってスピアを構える有翼人を制し、ランスロットが話し  
かけてくる。  
「待て。我らを知っているのか?人違いではないのか?」  
「おまえはランスロットだろうがッ!なら、確かに俺たちの仇だッ  
!」  
 ヴァイスが息をまいて今にも飛びかかっていきそうだ。  
「いかにも、私の名はランスロットだ。何故、私を知っている?」  
「1年前にこの町を焼き払い、人々を殺したのはおまえたち暗黒騎  
士団だッ!」  
「暗黒騎士団だと? 我々は東の王国ゼノビアからやってきた者だ  
が。」  
「…そういえば、暗黒騎士ランスロットは片目のはず。あなたは違  
うわ…。」  
 姉さんの指摘通り暗黒騎士団長は隻眼のはずだった、息巻いてい  
たヴァイスもこれに気づきショートソードの剣先を降ろす。  
「片目の暗黒騎士…。どうやら同じ名前のせいで間違えられたらし  
いな」。  
「オレたちは傭兵の仕事を求めてこの島にやってきた。」  
 有翼人が自分たちの目的を言うとそれに続いて騎士達が自己紹介を  
はじめる。  
「私の名はランスロット・ハミルトン。ゼノビア王国の聖騎士だ。」  
「オレはカノープス。『風使い』と呼ばれている。そっちのジジイ  
は…」  
「…。私はウォーレン・ムーン。占星術師でございます。」  
「私はミルディン・ウォルホーン。同じくゼノビアの騎士です。」  
「オレの名はギルダス。同じくゼノビアの騎士だ。…そんなに恐い  
顔をするなよ。」  
 ヴァイスはうなだれたまま声も出ないようだ。  
 姉さんが僕たちを取りなした。  
「とにかく…、謝ります。騎士様、どうか私たちに力をお貸し下さ  
い。」  
「詳しい事情を聞かせてもらおう。我等とて、この地は初めてなの  
だ。」  
「俺は…、俺はヴァイス。仇があんたたちじゃなくて残念だ。」  
「私はカチュア。僧侶です。そしてこっちは弟です。」  
「だめだ、姉さん、油断しちゃいけない。だまされているのかもし  
れない…。」  
 
 僕は出会ったばかりの人間を信用できなかった、万が一にも姉さ  
んに及ぶ危機は排除しなければならない。  
 そんな僕の様子に愛想を尽かしたのか有翼人が放っていこうとす  
る。だがランスロットと名乗った人間はそうしなかった。  
「我々はきみたちに危害を加える者ではないよ。信じてくれない  
か?」  
「失礼なことを…。騎士様に謝りなさいッ!」  
 姉さんになんと言われようと仕方ない、僕には姉さんを守る以上  
に優先する事がないのだから。  
「私は騎士の名誉をかけて、この剣に誓おう。きみの敵とならない  
ことを。」  
 さすがにここまでされると信じないわけにいかない。それに事が  
こうなっては公爵救出もちがう方法を考えなくてはならなくなった。  
彼らの力は先ほど思い知ったし、その力は今の僕たちに必要なよう  
に思う。  
「あなたを信じましょう。失礼をお許しください。騎士様。」  
 僕は素直に頭を下げた。  
「気にすることはない。疑うのも当然だ。信じてもらえてよかった  
よ。…ここは暑い。さあ、どこか別の場所へ移り、そこで話を聞か  
せてくれないかな?」  
 もっともな意見だった、ここでこれ以上の騒ぎはまずい。  
「では、私たちの隠れ家へいきましょう。たいしたもてなしはできないけど。」  
 姉さんの意見に僕もヴァイスも賛成だった。  
 
次回:救出  
 
 

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