低く乾いた炸裂音が空に響く。
男が持っていた鉄の筒についているレバーを引くと銅メッキの筒が飛び出て、足元に転がった。
男が持っているのはヴァレリア島より、南方の大陸バルバウダで製造された銃と呼ばれる剣に代わる兵器である。
これを扱うためには機構を知り、射撃術を知り、風を読むことを知らねばならない。
ヴァレリアで銃を扱えるものは片手の指ほどもいない、その数少ない『ガンナー』レンドル。
「今日はここまでにしておくか」
本当はもっと訓練しておきたかったが、ここはバルバウダではない。弾薬にも限りがある上、非常に高価だ。
訓練できるだけ幸せと考えなくては、とレンドルは銃を背に抱えながら思う。
銃の銘は『アッサルト』。ドラゴンの鱗すら貫くと言われる。いや、実際貫き骨をも砕くまさに竜殺しの銃である。
それだけに非常に大きく、太く、重い。ただでさえ高い弾薬が、アッサルトのものになると桁が一つ上がる。
やれやれ、と足元に転がっている薬莢を拾い集め、懐に入れる。薬莢は凍りつくほど冷たい。
ここはバハンナ高原、旧ガルガスタン領の北に位置する雪深い地であった。
ヴァレリア戦乱は、ドルガルア王の娘を要する解放軍が空中庭園に立てこもった暗黒騎士団を殲滅することで終わりを告げ、
ベルサリア女王の即位が発表されると各地の強固な人種主義者は武器を捨てて、解放軍に下った。
また、人種の違いによる差別を禁止する宣言もなされ、大多数は、これに従った。
しかし、強固なまでにガルガスタン至上主義を唱える一派がこれに反発、旧ガルガスタン領を中心にテロを繰り返していた。
それを鎮圧すべく、解放軍の一部主力が旧ガルガスタン領に派兵され、テロの鎮圧に大きな効果を上げていた。
だが、テロリストを率いる人間の足取りが掴めず、あと一歩のところで鎮圧は足踏みをしていた。
レンドルにとって、この派兵は複雑な心中であった。
彼はガルガスタン人である。故郷に錦を飾る、と同時に自分と同じガルガスタン人を殺さねばならない。躊躇はない。
が今までの戦いに比べ、後悔があまりにも大きかった。ガルガスタン人であることを捨てたつもりだったが、
そう簡単に捨てられるものではないと痛感する。
「もうヴァレリア人にならなきゃダメなんだがな……」
「何がダメなのかしら?」
いきなり、後ろから声が聞こえ、レンドルは振り返る。そこには一片の羽を防止に刺したアーチャーが立っていた。
「驚かさないでください、アロセールさん」
「あら? だいぶ前に気がついていたと思ったけど」
アロセールと呼ばれた女性は笑みを浮かべ、弓を取った。そういえば、ここで訓練していたのは自分だけではない。
遠距離攻撃の可能な武器を主とするものたちは大体ここで練習していたのだった。そんなもの、弓ぐらいしかない。
当然、彼女たちと一緒になる。
「ずいぶん熱心にやっていたのね」
「弓のように射るものがたくさんあるわけではないので」
「皮肉かしら、それ」
「事実を言ったまでです。訓練の差は、実績の差です。私よりもあなた方のほうが戦果を上げている」
「数のせいでしょう? 個人の戦果ではあなたは私に次に来るはずよ。もっと、自信を持ったほうがいいわ」
「恐縮です」
彼女はウォルスタ人である。時折、厳しい視線を向けるのでレンドルは自分のことを嫌っているのだなと思っていた。
そんな彼女が自分のことをそう言ってくれるのは意外だった。
「それで私に何の御用が?」
「これから日の入りまで休息よ。あなただけ、それが聞こえてなかったみたいだからね」
そういわれて周囲を見回すとレンドルとアロセール以外の解放軍員の姿は見えなかった。
「失礼しました。では、銃士レンドル、ただいまより休息に入ります」
「許可する。それでどこへ向かうのかしら?」
アロセールの問に答えかけたが、レンドルは言葉を濁した。
「……あなたの前では言えません」
「どうしてかしら? 言いなさい、上官命令よ」
しばらく、押し黙っていたが、アロセールの突き刺すような視線にレンドルは観念した。
「……家に顔を出そうと思いまして」
アロセールはなるほどという表情と少し驚いた表情をすると、
「気にしなくてもいいのよ。あなたのせいではないわ」と言った。
「……ですが、あなたたちの生活を破壊したのは我々です」
「そうね。でもそれに拘っていては、ヴァレリアの未来はないわ」
「……すみません」
悪い癖だった、どうにもならなくなるとすぐに謝りたくなるのは。どうにもならないとわかっているのに。
「誰に向かって謝罪したいのか、はっきりすべきね。そうでなければ、何も届かないわ」
そう言って、矢を放つアロセール。その言葉は彼女の射る矢のごとく、レンドルの痛い部分に刺さる。
「……失礼します」
レンドルは彼女に背を向けると野営地に向かって走り出した。逃げ出したと言ってもいいかもしれない。
レンドルの背に一瞥をくれたあと、アロセールは自らの放った矢に視線を移す。
狙いから、少しずれていた。
レンドルの実家はバハンナ高原にある町で商店を経営している。豊かではないが、困ることもない。ヴァレリアでは幸せな部類に入る。
実家の裏口でレンドルは困っていた。迷っていたというほうが正しいか。
「勉強のために行ったのに軍人になって帰ってきたら、親父怒るよな……」
怒るとレンドルにあたらない様にだが、恐ろしいスピードでナイフなりダガーなりをぶん投げてくる恐るべき親父である。
ここは一つバルバウダで覚えた究極の謝罪方法、『ドゲザ』をやるしかないと腹をくくって、裏口をくぐった。
「ただいま……」
どうやら、飛んでくるものはないようだ。人の声を聞きつけた母親が奥から出て、そこで止まった。
「レンドル…あんた生きていたんだねぇ……船が沈んだって聞いててっきりフィラーハの元へ行っちまったのかと思ったよ」
思わず涙ぐむレンドルの母。
「どうして、手紙の一つもよこさなかったんだい?」
「母さん、実は俺」
言いかけたその瞬間。
ドスッ
レンドルの頬をナイフが掠め、ドアの脇に突き立った。頬から一筋、血が流れ落ちる。
「赤い血が出るってこたぁ、バケモンじゃねぇみてぇだな」
得意げな表情で歯を見せる熊のような男が現れた。
「………このくそ親父。確かめるならもっと穏便な方法でやれ」
感動がそのまま怒りに変わったが、抑えた口調でレンドルは父親をにらみつける。
「ちったぁ、性格もましになったようだな」
「親父はまったく変わっていない様で何よりだ」
とりあえず『ドゲザ』はやらないと心に決めたレンドル。
「で、お前さんはどこをほっつき歩いていたんだって?」
「解放軍にいるんだよ、今」
母親は驚いた表情をして父親へ視線を移すが、父親は平然としていた。
「どっかの軍隊に入ったとは思っていたが、まさか解放軍とは。出世したもんだな」
「それはどういう意味だよ?」
「親の金でバルバウダに行ったと思えば、戦争の武器を習いに行くどら息子なんぞ、どこぞの軍隊に入って当然だよなぁ?」
今度はレンドルが驚く番だった。
「知ってたのかよ!」
「知り合いにおめえの近況をできる限り教えてもらってたからよ。手紙で必死に嘘ついてるのは傑作だったぜ」
そういってげらげらと笑う父親。
「ばれてるなら言えよ」
「ま、面白かったんでな。付き合ってやったよ」
「くそ…」
レンドルは踵を返すとドアノブに手をかけた。この状況で家にいるのは気まずいと思ったのだ。
「おい、ドラ息子」
「なんだよ、くそ親父」
「お向かいの、ビストーの家のな、娘がガルガスタン軍に入ったっきり帰ってこねーってよ。おめぇ、何かしらねぇか?」
レンドルの動きが止まった。父親もらしからぬまじめな表情をしている。
「……捕虜に女はいない。投降した人間にもだ」
「そうかい」
振り返らずにドアを開くレンドル。
「おい、これ持ってけ」
と背中に向けて思いっきり何かが入った木箱を投げつけるレンドルの父親。木箱が背中を直撃し、レンドルは思わず石畳にうずくまった。
「ガンナー、戦乱は終わったんだ。しけたツラして、つまらねぇ死人を増やすなよ。もう見飽きたぜ」
「あんたが物投げなけりゃ、もう少しマシなツラして帰ってきてやるよ!」
木箱を抱えて、背中をさすりながら野営地へとレンドルは足を向けた。
「死ぬんじゃねぇぞ、バカ息子」
その声は母親にしか聞こえなかった。
痛む背中をいたわりつつ、野営地に着く。夕日は雲に翳ってよく見えない。
「レンドルさん。戻ったんですね。……何かあったんですか?」
見張りをしているソルジャーがしきりに背中を気にするレンドルに疑問を投げかけた。
「ちょっと背中を打ってね。痛みは引いてきたから、クレリックもビショップもエクソシストも要らないよ」
「そのくらいじゃ呼びませんよ。レンドルさん、本陣が呼んでいました。戻り次第、集まれとのことです」
「わかりました。荷物を置いてすぐに向かいます」
アッサルトの隣に父親が投げてよこした木箱を置くと、本陣がある二周りほど大きいテントへ向かった。
「レンドルです。命令により参上しました」
「入れ」
促されるまま中に入ると、そこには今回の鎮圧を任されたセリエとアロセール、フォルカスが周辺の地図を囲んでいた。
「レンドル、あなたがこのあたりの生まれというのは本当?」
総指揮を取るセリエの言葉に、レンドルは返答しつつ、頷いた。
「やはり、一人で探るには限界がある。僕は彼も加えるべきだと思うが」
「同感ね。土地勘のある人間が軍にいるのであれば、わざわざ雇う必要もないわ」
「でも、一人で行かせるというのは危険ではないかしら? そういった経験はなさそうだし」
なるほど、テロリストの潜伏先を突き止めるために自分を呼んだのか、とレンドルは思った。
「レンドル。あなた、偵察やそういったことに関する経験は?」
というセリエからの質問に対し、レンドルは、
「街中なら多少の心得がありますが、森や岩場などの自然の中ではないです」
と答えた。レンドルはある事情から、忍者ほどではないにしろ、街中であれば潜伏しつつ動き回れる自信があった。
「となると影と一緒に行ってもらったほうがいいけど、彼が戻るのは日が変わってからね」
「もう予定していた期間はすぎている。部隊で経験がある者を募って、二人なり三人なりで早急に行動させるべきだと思う。
セリエ、あまり長居すると火種が小火に、小火が大火事になりかねない」
フォルカスの言葉も一理ある。
解放軍の構成は、母体がウォルスタ解放軍だけにウォルスタ人が多い。戦乱を生き残るうちに割合も変化したが、
それでもやはり多いほうだ。実際、ガルガスタン人主体の町で暴行を働いたウォルスタ人兵士を数人厳罰に処している。
なかなか、虐げられていたという感情を拭い去ることは難しいことを如実に示している。
このままだと、テロリストだけでなく自分たちすら火種になる。ミイラ取りがミイラ、せっかくの平和を台無しにしてしまう。
「私が一緒に行くわ」
物憂げに思案していたアロセールが言った。フォルカスとセリエが顔を見合わせた。
「何、その不安げな表情は? 私だってウォルスタ解放軍でゲリラをやっていたのよ。
茂みに身を潜め、岩を盾にした経験はあなたたちと同じくらいあると思うけど?」
フォルカスとセリエは元ヴァレリア解放戦線で急進的なゲリラだった。影のように身を潜めて強襲した経験は豊富だ。
一方のアロセールもウォルスタ解放軍でゲリラを率いて戦っていたのだ。能力的に問題はなかった。
結局、レンドルとアロセールがバハンナ高原近辺の捜索を行うことになった。
準備を整えながら、レンドルは父親がよこした木箱の中身を確認する。
「……あのくそ親父」
中には手紙と大型、中型、小型の三種類の弾薬が詰っていた。心ともなくなっていたアッサルトの弾薬を補充し、
もしもの時のために小型の弾薬と『リムファイヤー』という小型の拳銃を持つと外で待つアロセールの元へ向かった。
「お待たせしました」
「準備万端のようね。それで、どこから探してみるの?」
「これを元に探してみたいと思います」
レンドルは父親からの手紙をアロセールに見せた。そこにはテロリストと接触した場所が記してあった。
どうやら、レンドルの父親は彼らを相手に商売をしていたようだ。もっとも、目的がわかってからは取引をやめたとも記してあった。
「いい父親ね。大事にしなさい」
アロセールは少しさびしげな表情を浮かべ、言った。彼女にもう家族はいないのだ。
「……そうですね」
ほんの少しの気まずい沈黙の後、手紙に書いてあった岩場へと向かった。
岩場、と言ったが、実際はバハンナ高原の西の山中であり、道は険しい。バハンナ高原付近はなだらかだが、
街道を西、あるいは東にそれると険しさのました山肌が待つ。
その中に目的地であるトレッドと呼ばれる山間の平地、と言っても岩がごろごろしているような名ばかりの平地、
で主に接触していたそうである。
「吹雪いてきたら、まずいわね」
「それはないと思います。天候の安定している時期ですから」
とは言え、吐く息は白い。適度に暖を取り、休憩を挟みつつ、トレッドが見えるところまで到着した。
「あそこがトレッドです」
山間の平地に大小さまざまな岩が転がっている。そのほとんどが落石で原因は雷だとされている。
「伏せて」
言われるままにレンドルは岩陰に伏せるとアロセールが指差す方向へ視線を走らせる。
岩陰から、炎の明かりが漏れている。目を凝らすと複数の岩陰でそれが確認できた。
「引き上げますか?」
「できれば、敵の数を調べておきたいわ。ついてきて」
トレッドに近づくにつれて、岩陰に何がいるのかが炎の明かりで映し出された。
「ドラゴンだ……」
凹凸の激しい影が大きく揺れながら動いている。時折岩陰から顔を出し、テロリストから怒られているのが見えた。
「……ここなら、よくわかるわね」
ドラゴンは六頭。ブラックドラゴンが五頭、ティアマットが一頭の大所帯だ。
よくこれだけのドラゴンを従えられるものだ。ドラゴンテイマーがいなければ、飼いならすことなどできまい。
「……嘘だろ……」
レンドルはドラゴンを従えるドラゴンテイマーの顔を見て呻くように言った。
(お向かいの、ビストーの家のな、娘がガルガスタン軍に入ったっきり帰ってこねーってよ。おめぇ、何かしらねぇか?)
「アリア・ビストー……」
あの時から表情に翳りが見えるが間違いなく向かいに住んでいたビストー家の一人娘、アリアだった。
「あの女、知り合いなの?」
「幼馴染です」
「振る舞いから察すると彼女がリーダーね。……撃ちなさい、レンドル」
アロセールはレンドルに強く言った。彼はアッサルトを構えるとゆっくりと大きく息を吐き、大きく吸った。
ゆっくりと狙いを定める。神への信仰を捨てた身だが、この時は神の威光とやらを信じても良かった。
「動くな」
後ろから敵意に満ちた声が響いた。
無神論者が神を信じるといつもろくでもない結果ばかりになる。と師匠に教えられたことをレンドルは思い出した。
「久しぶりね、レンドル」
レンドルは両腕を前に手首を縛られていた。アッサルトと弾薬は奪われたがリムファイヤーは気づかれなかった。
「こういう形で会いたくなかったよ、アリア」
「そうね、説明してもらえるかしら。何故、このウォルスタの売女なんかと一緒にいるのかを、ね」
そういって、アリアはアロセールの腹部に蹴りを入れる。猿轡のせいで呻きはくぐもってしまったが、レンドルにははっきりと聞こえた。
「やめろ!!」
「何故? 私の敵である以上容赦する必要はないわ」
サディスティックな笑みだ。レンドルの背筋に薄ら寒いものが走る。
「お前の事情なんか知るか、とにかくやめろ。俺たちは解放軍だ」
「そう。それがどうかしたのかしら」
アリアがもう一度、アロセールの腹部に蹴りを入れる。アロセールは苦痛で身体を折るが、その目には怒りと殺意に満ちていた。
「次にやったら、お前を殺す……」
「あらあら、弱虫レンドルが何をいきがっているのかしら、ね」
アロセールを今度は立ち上がらせて、腹部にこぶしを叩き込むアリア。
「てめぇ!!」
飛び掛りそうなレンドルを捕まえた男が背中に剣の柄で思い切り突く。本日、二度目の痛みに膝を折る。
「あなたにはサービスしているのよ。ガルガスタンの裏切り者としてね」
「だ、まれ。今じゃ少数派で、支持者もいないテロリストだろうが」
アリアはレンドルの顎に手をかけて、顔を上げさせる。爪が頬に食い込んで今にも裂けそうだ。
「だから何かしら。多数派になればいいだけのこと。運命が我々に味方する」
レンドルはアリアの顔に唾を吐く。思わず、手を顎から離すアリア。
「無理だな。運命の奔流って奴は、お前たちに味方なんかしてくれない。島全体を見て歩けば、
それがわかる。ガルガスタン人が一方的に偉くなるなんて、誰も望んじゃいない。当の本人たちも含めてな」
唾をふき取ったアリアは、冷たく凍りついた表情でレンドルの首を絞め上げる。
「偉くなる? 違うわ。元々偉いのよ」
「ば、か、ばか、しい、ぜ。もっ、と、ま、しな言、葉、いえ」
窒息の苦しさに顔をゆがめつつも、アリアの論理を鼻で笑うレンドル。それを見て、アリアは手に込めていた力をすっと抜いた。
「まし?」
アリアがレンドルをあざ笑う。
「バルバトス枢機卿は正常よ。あなた方が作り上げた狂人という風説のほうこそ、マシな言葉を使ったらどうなのかしら?」
「粛清の恐怖で支配する人間のどこが正常だ!」
「そう言って捕らえられたレンドル。親の賄賂でぼろぼろになって出てきた哀れなレンドル。
その恐怖に屈し、脅え、逃げた弱虫レンドル。確かにあなたは正常よ」
アロセールがレンドルを驚きの表情で見る。
「止めなければ、私が殺してあげたのにね。レンドル」
「黙れよ!!」
食って掛かろうとするレンドルを捕まえた男が思い切り殴りつけ、地面に押さえ込む。指にリムファイヤーのグリップが当たる。
「お前を信じていた。あの時までな」
「バカな男ね」
「そうさ。バカな男さ。だから俺はバルバウダに行ったんだ。この手でバルバトスを殺すために。
そうすれば、この狂った国は元通りになるってな。だが、元通りにならないものもある」
アリアは酷く馬鹿にした腹立たしい笑みでレンドルを見下していた。立ち上がりながら、レンドルは不敵な笑みを浮かべていた。
「とうとうバカになったのかしら?」
「バカになったネジは直らない。ガンナーの諺さ。冥土の土産に覚えとけ」
隠していたリムファイヤーをアリアの下腹部に向け、三度、引き金を引く。
乾いた銃声に一瞬、全てが静止する。一番早く動きを取り戻したのはレンドルだった。
しゃがみながら振り向きざまに二回引き金を引く。
レンドルたちを捕まえた男は二度震えて、そのまま崩れ落ちた。
銃声に興奮したのか、それともテイマーであるアリアが怪我を負ったせいなのか、ドラゴンたちが暴れだす。
アロセールの周りにいたテロリストたちはドラゴンたちを抑えようとして、噛みつかれ、尻尾で吹き飛ばされて散った。
レンドルもティアマットの噛み付きは避けたものの尻尾の一撃で吹き飛ばされ、岩場に叩きつけられた。
意識が吹き飛びそうになるが、背中の激痛が意識を辛うじて繋ぎとめてくれた。
ドラゴンの動きがぴたりと止まりアリアの元へ集う。致命傷のはずだが、ゆっくりと立ち上がると絶叫を上げる。
「レンドルゥゥゥゥ!!!」
まるでドラゴンの咆哮のようだ。レンドルは叩きつけられた衝撃でゆるくなった縄を必死で解こうとするが、
頭がまだはっきりしていないせいでうまく解けない。ゆっくりとドラゴンがレンドルへ歩み寄る。
その時だった。
矢がうなりを上げてアリアの首を貫いた。そのまま人形のように転がり動かなくなる。
レンドルに迫っていたティアマットの動きが一瞬止まる。
その鱗に矢が突き立ちティアマットが仰け反り咆哮する。
その目が弓を構えるアロセールを捕らえると怒涛の勢いでアロセールに向かって突進する。他のブラックドラゴンもそれに追従する。
しかし、彼女の素早い動きをティアマットが捉えることができるはずもない。ティアマットは突進をあきらめ、
ブレスをアロセールへ向かって浴びせる。ティアマットだけのブレスならばアロセールもよけられた。
しかし、他のブラックドラゴンも間断なくブレスをアロセールへ向ける。
さすがに避けきれず、トキシックブレスのチャームの効果にやられまいと必死で頭を振っている。
動きが止まったアロセールへティアマットがとどめのブレスを吐くべく咆哮し首を天に伸ばす。
低く乾いた炸裂音が響く。
ティアマットの頭が吹き飛び、破裂していた。
ボルトを引き、弾を薬室へ装填する。今度はブラックドラゴンに狙いを定め、引き金を引く。
この作業を五回繰り返し、全てのブラックドラゴンの頭を吹き飛ばすと、
レンドルはやれやれとアッサルトを杖にしてアロセールの元へ駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「ええ……何とか……」
アロセールがレンドルを見上げるとその背後にドラゴンと見まごう形相のアリアが剣を振り上げている。
「レンドル!!」
低く乾いた、くぐもった炸裂音が小さく響く。剣を振り上げたままアリアはゆっくりと大地へ倒れていった。
「ガルガスタンはもうない。今はあるのはヴァレリアだけだ……」
振り返ることもなく、ゆっくり膝をついてレンドルは呟いた。
アリアの表情は、笑っていた。まるでバルバドスの最後のように。
傷の応急処置を終えるとレンドルたちはトレッドをあとにした。死体は、そのままである。
「とりあえず、来る途中で洞穴を見つけたでしょ? そこで一休みしましょう」
痛みを堪えつつ、必死にうなずくレンドル。とにかく背中を中心に全身が痛い。
その場で休みたかったが、死体だらけのところで休む気力はさすがになかった。
一時ほど歩いて、目的の洞穴につくとレンドルの寝床をアロセールが作ってくれた。
精神的に参っていたのでこの心遣いは、レンドルにとってありがたかった。
身体を横にすると地面が背中をひんやりと冷やして心地よかった。
「少し眠れば?」
「すみません……。お言葉に甘えさせていただきます」
ゆっくりと瞼を閉じるとレンドルの意識は闇に落ちた。
どのくらい眠ったのだろうか。
背中の痛みで目が覚めた。眠る前より痛みが引いているが、まだまだ痛む。もう少し眠ろうかと瞼を閉じようとした時。
「……っっぁはぁ……」
ものすごく悩ましげな声が耳に響く。
レンドルは声の出所をゆっくりと首だけ動かして調べる。腕二つ分くらいの空間を空けたとなりにアロセールが横になっている。
背中を丸めて何やらもぞもぞしている。
「あぅぅぅ……はぁ……」
声の出所はやはりアロセールである。怪我でうなされている男のとなりでアロセールが自分を慰めている。
これは、なんともおいしいというか、不謹慎と言うか、何で俺がこんなときに限って、そんなことをするんだ?、とレンドルは思った。
そんな悶々とした男の考えをよそに女はますます自分をより強く、より激しく慰める。もちろんレンドルには見えない。
声の高まりと衣擦れの音、かすかに響く卑猥な水音がレンドルの性欲をどんどん盛り上げる。
悲しいかな、男はレンドルのように中途半端に疲れが残っていると持ち物が敏感に反応する、
俗にいう疲れマラの状態でレンドルの感情と身体は、アロセールと一緒にどんどん盛り上がっていく。
「はぁ…あぅぅ……いぁぁぁぁっ、くぁっ!」
はっきりとわからないため、アロセールがどういう状態なのかはっきりとわからないが、小ぶりの胸を激しくこねくりまわし、
その頂点はつんと尖って服が擦れるだけで感じている、に違いない。その秘所から、指を使ってかれることのない愛液を掻きだしている、に違いない。ああ、とってもみたいぞコンチクショウ。レンドルの偽りなき妄想と心の叫びが彼自身をたぎらせる。
「はぁっ!! いぁあぁああぁぁ!!」
身体をビクンと震わせ、アロセールが嬌声を上げて達した。
レンドルは聞くこと、妄想することに集中していたため慰めておらず、達していない。
身体を震わせ、色っぽく息をするアロセール。
「聞いて・・・・・・いたんでしょう?」
バレてる、それだけでレンドルは自身が一気に冷め、萎えていくのを感じていた。背中に脂汗以外の何かが伝う。
身体を起こし、レンドルのほうへ身体を向けると頬は赤く、唇は色っぽく濡れ、
はだけた服から胸と秘所に興奮の名残が色濃く残っていた。一流の娼婦でもこの色香は出せまい。
「トキシックブレスのせいよ……チャームの効果が変に残って……」
なるほどなるほど、とレンドルは納得したが、納得したところでさしあたって半殺しの目にあうのは想像に難くない。
レンドルはためしに質問する。
「弁解の機会は?」
アロセールは首を横に振った。
「私はどんな目にあうんでしょうか?」
アロセールは蟲惑的だが少し悲しそうな表情をした。
「貴方の身体を借りて、疼きを止めるの」
ああそうですか、レンドルはフィラーハに祈った。たぶん、ろくな目にあわないが。
「えっ!」
思わず跳ね起きるレンドル。そこにアロセールの唇が重ねられ、舌がレンドルの口腔にもぐりこみ、男の舌を求めて動き回る。
やがて二つの舌が絡み合うと貪りあうように絡み合う。唇が離れると情熱の軌跡が二つの唇に橋を作った。
女は男の身体を押し倒すと首筋と胸に舌を這わせる。背筋に快楽の電気が流れ、レンドルにも本格的にスイッチが入った。
女が起き上がったところを見計らい、その小ぶりな胸を鷲づかみにする。それだけで女は嬌声を上げ、髪を振り乱す。強弱をつけながら、手のひら全体で胸をもむと手に心地の良い抵抗感を感じる。胸の頂点に尖り、誘う乳首を摘む。
「くぁっ!!、ひああぁぁ、もっとぉ……」
片方の手で乳首を摘みつつ、身体を起こして乳首を口に含み、音を立て吸い上げる。
「あっ!、はぁああ…」
そして、甘噛みする。
「いい、ぁあああああああああ!!!」
アロセールはひときわ高い嬌声を上げ、達した。
レンドルが口を胸から離すとアロセールは、レンドルにもたれかかり、肩で荒く息をしている。
「ずいぶん敏感なんですね」
「そう、よ……。だから、ね……」
はちきれそうなレンドル自身を露出するとその上に跨るアロセール。
「いくよ……」
そして、ゆっくりと腰を落とす。
「んっ!!、んふぅぅぅぅ…」
レンドル自身を全部飲み込んで、アロセールは身震いした。
完全にアロセールのペースで行為が進んでいる。このままだと女上位で進んで背中の怪我が悪化しかねない。
「ちょっと、待ってください。このままだと背中がまずいんで……」
そんなレンドルの言葉など露知らず、アロセールが激しく動き出した。
「あっ、くあっ、あっ、あっ、ああぁ」
レンドルはアロセールの腰をつかむと強く引き寄せ、自身を打ち付ける。
「ああっ!? あああっ、あああん、くぅん、んああああ!!」
女は馬になすがされるままによがり狂う。
「あああっ、くぅあああああああああんん!!!!」
絶頂を迎え、レンドルは全てが搾り取られそうになるのをぐっと堪えた。
アロセールが何故、という表情している。
「このままだと背中が痛くて最後までいけないんですよ」
レンドルはそういうと身体を起こして、アロセールを四つんばいにさせる。
「行きますよ」
アロセールの了承をえる前にレンドルは自身を突き入れた。
「あうっぅ!?」
二度もお預けを喰らっているのである。もう我慢も限界だった。最初からスパートをかけて、何度も奥を突き上げる。
「あっ!、あっ!、あっ!、あっ!、あっ!」
アロセールも激しさですぐに達しそうである。
「あっ!!! も、もう、だめぇぇぇ!! いくぅ、イッっちゃうぅぅぅ」
最後に一番奥まで突き入れ、レンドルはために溜めていたものを一気に爆発させた。
「ああああああああああんん!!!!」
一番大きな絶頂を向かえ、ひときわ高い嬌声を上げて、レンドルの精を身体を震えて受け止めるアロセール。
レンドルはアロセールの秘所から自身を引き抜くと、愛液と精が交じり合ってあふれ、太ももを伝って地面を落ちた。
二人とも疲れに身を任せ、そのまま、絡み合うように眠ってしまった。
その後、応急処置だけの身体に鞭打って本陣に帰還し、事の顛末を報告するとレンドルはそのまま、
クレリックなどの医療部隊送りとなった。ドラゴンの一撃で数箇所の骨折が確認されたためである。
とは言え、信仰を捨てた身なのでクレリックの回復魔法も効果が鈍く、思ったより時間がかかるという診断が下された。
骨は何とかくっつけたので後は自然治癒を待つこととなり、レンドルは実家にで療養することになった。
「容態はいかが?」
療養中のレンドルをアロセールがたずねたのはあれから三日後である。
「ええまあ、何とか」
「そう……」
そのまま気まずい沈黙が部屋を包む。
「えーと何と言いましょうか」
「わすれなさい。何もかも……」
「まあ、そうですね……」
当然か、少し残念な思いにとらわれつつアロセールの言葉を受け入れるレンドル。
「それで、聞きたいことがあるんだけど?」
「アリアにはとっ掴まった時に拷問されて殺されかけたんです。それだけですよ」
「そういうことじゃないのよ。何で貴方がバルバウダへ渡ったのかな、って思ってね」
「ああ、なるほど」とレンドルはつぶやいた。
「たいした理由じゃないですよ。殺されかけたあと、バルバトスを殺してやろうと思いまして、それでこいつが欲しかったんですよ」
レンドルはリムファイヤーをくるくると回し、そして、素早く正面へ向けて構えた。
「リムファイヤー、暗殺用の小銃。バルバウダから銃をいくつか持ち帰って、奴に献上する瞬間を狙って」
そこで撃つジェスチャーする。
「そうすれば、何とかなると思ったんですけどね。浅はかだったみたいですね。アリアみたいなのが出るとは考えてなかったですから」
「……そう」
アロセールは椅子から立ち上がるとドアノブへ手をかけた。
「そうそう、私も一つ聞きたいことがあったんです」
アロセールはゆっくりと振り返り、レンドルの言葉を待った。
「我々は何時なれるんですかね?」
「というと?」
「貴方はウォルスタ人で私はガルガスタン人。ヴァレリア人には何時なれるんですかね?」
少し考えたあと彼女は言った。
「私を抱いたあの時、貴方に抱かれたあの時。そういうことを気にしたかしら?」
「いいえ」
レンドルの言葉に彼女はふっと笑って、言った。
「なら、それが答えではないのかしら?」
そして、レンドルは一人になった。
「ずいぶん意地悪な答えなことで」
振り返らないアロセールを見送りながら、つぶやく。
「ま……、結局そういうことなんですかね」
レンドルはベッドの脇にある自分の棚にリムファイヤーをしまうと鍵をかけた。
約半年後、ベルサリア女王の即位式の直前に解放軍は解散、正式にヴァレリア王国軍として再編成された。
アロセールは自らの故郷ウォルスタへ帰り、レンドルはそれを見届けるとバルバウダへ再び渡り、
銃の技術を応用した機械の設計に関わったと言う。そして、二人が再び出会うことはなかった。