彼の本心を見抜けなかった、幼い自分を許すことが出来なかった。  
 
白くなるまで握り締めた手のひらには、彼らしい几帳面な字で別れの言葉が綴られた手紙がある。  
君はもう一人でもやっていける、バスク村にも人が戻り始めたし、君はその中でうまくやって  
いける、大丈夫だ自信と誇りを持て、というような(ありきたりな)言葉が並んでいた。彼が  
かつて過ちを犯した場所で2年もの間暮らすことが、どれだけ苦しいことなのか考えたこともな  
かった。彼はいつも眉根に深い皺を刻んで、困ったように微笑むだけだったから。  
 
はじめは憎しみと悲しみが彼女を突き動かしていた。すべてを失った絶望の中から、彼を憎む  
ことで這い上がってきた。だが、戦場でアーチャーの放った流れ矢が飛んできたとき身を挺して  
彼女を庇ったのも彼だった。矢は深く肩に食い込み、鏃に塗られた毒は三日三晩、彼を苦しめた。  
 
不器用な贖罪の気持ちを感じながら、憎むしかなかった相手は、今自分の身を守り死の淵にいる。  
オクシオーヌはその日、初めて彼の手を握った。混沌とした感情の中で、確かに芽生えたものが  
あった。  
 
戦争が終わり、もう二度とハイムに戻ることもないだろうと思った。荒れたバスクの地を取り戻す  
決意をデニムたちに告げ、ジュヌーンも彼女に従った。あなたはもう私と一緒にいなくてもいい  
はずよ、と精いっぱいの虚勢を張ったつもりだったが、困ったように微笑む彼が傍にいてくれる  
ことは心強かった。  
 
1年が過ぎ、荒れた土地はようやくわずかな実りを宿すようになる。2年が過ぎ、バスクを追われた  
人々が戻り、ようやく復興の兆しが見えてきた時、彼はバスクを去った。あの日彼の手を握りし  
めたとき、芽生えたものはなんだったのかようやく気がついたが、すべては遅すぎたのだ。  
 
すべてわかったつもりでいた幼い自分を悔い、彼を探し各地をさまよったのだ。早く大人になら  
なければ。大人になって、彼に伝えるべきことを全て伝えなければ。そして、さらに季節は巡った。  
 
***  
 
オクシオーヌの深い栗色の髪は、子供の髪特有の儚さから、女らしい艶やかさを増していた。ジュ  
ヌーン、と名前を呼ばれる。ああ、と返事を返したが声は掠れていた。動揺を悟られてはならない、  
一瞬目を閉じて息を大きく吸ったと同時に、彼女が胸に飛びこんで来た。硬く握った拳で胸当を  
叩かれ、眉根はぎゅっと寄せられ、眦には涙が浮かんでいた。怒っているのか泣いているのか。  
いや、両方だろう。よく見れば彼女の髪や肌は埃っぽく、身にまとった旅装束は長い旅に耐えた  
あとが見えた。ジュヌーンは自分がバスクを去ってからから、彼女がどんな風に過ごしてきたのかを  
想像し、彼女の埃っぽい髪を撫でた。  
 
どこからが間違いだったのだろう。  
彼女が大人になり、幸せになるまでを見届けようと思ったことか。自分が彼女を庇護することで、  
彼女が自分を慕い、憎しみを忘れ始めたことか。自分が起こした過去の過ちが全ての発端であった  
のは確かだ。だから、彼女の傍にいてはならないと思ったのに。  
 
彼女は何年も彼を探し、海を渡った国で異郷の騎士となった自分を追ってきたのだ。バスクを捨てて。  
 
彼女の髪を撫で、嗚咽が落ち着いたところでそっと肩を抱いて自分の胸から引き離す。街へと続く  
橋の上は、街を去る人と訪れる人でごった返している。若い女と年の離れた大男が抱き合っている  
のは好奇の目で見られた。行こう、と彼女の耳元で囁くと、オクシオーヌは小さく頷いた。  
 
「私、大人になった?」  
 
ジュヌーンは郊外の宿屋に入ると、オクシオーヌに温かいミルクに少し酒を落としたものを飲ませ、  
湯あみをさせて無理やりベッドに寝かしつけた。ベッドに入ったオクシオーヌが発した第一声はこの  
言葉だった。  
 
「ああ。背も少し伸びたし、大人の顔になったな」  
どう返したらいいものか分からず、見た通りの答えを返す。オクシオーヌは不服そうに頬を膨らませた。  
血色も大分良くなり、あの頃と同じ幼さが覗く。ジュヌーンの顔は思わずほころんだ。  
 
「あなたを探してここまで来たの」  
「大変だったろう。今夜はここでゆっくり休みなさい」  
「遊びに来たわけじゃないの」  
「…ああ」  
 
「どうしてあの日」そこまで言いかけて、オクシオーヌは口をつぐんだ。何かを躊躇するように。  
「あの日、バスクから出て行ってしまったの?」  
 
「君は私を憎むことで生き延びてくれた。生きるための糧を見つけたとき、私の役割は終わるからだ」  
想像していたより、あっさりと答えは返された。「私と君は一緒にいるべきではない」  
 
「それはあなたの気持ち?それとも世間体を気にしているの?」  
「両方だよ」  
「だったら」  
オクシオーヌの黒いひとみがジュヌーンをまっすぐに射抜く。  
「はじめから優しくなんかしてほしくなかった」  
 
薄々感じていたことではあった。  
 
だから、あの日ジュヌーンはオクシオーヌのもとを離れたのだ。贖罪から始まり、慈しみを覚え、硬く  
なった自分の心が暖かいものでほぐされていくのを感じながら、この日々がいつか終わってしまうと  
いう事実を受け入れることが出来ない。だから、自分から姿を消した。自分勝手な男だ。  
 
オクシオーヌの小さな手が、ジュヌーンの堅く大きな手を握った。指先がささくれて痛々しい。  
「すまない、もう行くよ」  
搾り出すようにそう言ったが、オクシオーヌは彼の手を離そうとはしなかった。オクシオーヌは小さな  
子供のように小さく首を振り、いかないで、と唇だけでささやいた。  
 
ジュヌーンは床に簡易な寝床を作ると、オクシオーヌと大人ひとりぶんほどの間隔を空けて(これでも  
精一杯だ)寝転んだ。明日からどうしようか、と不安が頭をよぎるが、明日のことは明日考えることに  
して眼を閉じる。宿屋の主人にはにやにやされたが、仕方がない。すべて自分が背負った業だ。  
 
オクシオーヌは疲れがたまっていたのだろう、小さな寝息をたてている。小動物のぬくもりをすぐ近く  
に感じるような、くすぐったい気持ちを抱いたまま、ゆっくりとまどろんでいく―  
 
 
どのくらい時間がたったのだろう。身体にのしかかる重みを感じてうっすら目を開けたジュヌーンは息を  
飲んだ。「お…」  
 
オクシオーヌが自分に馬乗りになっていたのだ。闇夜に目が慣れず、表情までは見て取れない。薄衣の  
向こうにある、柔らかな温かさと息遣いだけが伝わってくる。殺すつもりなのかもしれない。そう思ったが、  
それでもいい気がした。よくある結末じゃないか。  
 
オクシオーヌの顔が近づいてくる。思わず目を閉じた。首に手をかけられるかと思ったが、小さな手はジュ  
ヌーンの厚い胸板に置かれたままだ。首筋に柔らかいものを押し付けられて、ジュヌーンは自分が勘違いを  
していることに初めて気が付いた。  
 
首筋をねっとりとした感触が這いまわり、耳の裏側まで到達する。身をよじって逃げようとしたが、身体が  
動かないことに気が付いた。両手首の周囲に氷の枷が嵌められている。もちろん彼女の仕業だろう。唇が  
額から鼻の頭を渡り、少し躊躇した後にジュヌーンの唇に触れた。  
 
「こうしてしまえばよかったのよ」  
オクシオーヌが小さく呟いて、強く唇を押し付けてきた。甘い果実のような吐息を吹きかけ、柔らかな舌が  
ジュヌーンの前歯をなぞった。左手がジュヌーンの鼻を押さえつけた。呼吸の出来ない苦しさと、唾液が混じ  
りあい口腔が蹂躙される感覚に、頭が痺れてくる。瞬間、長い口づけが唐突に終わり、喉仏に噛み付かれる。  
 
「こうなってしまえば、あなたはどこにも行かなかったんだわ」  
「オクシオーヌ、違う」  
声を振り絞るが、オクシオーヌはジュヌーンと目を合わせようとはしない。  
 
舌が厚く日に焼けた胸板を這いまわっている間、胸に押し付けられていた右手がジュヌーンの下半身へと  
伝ってゆき、硬く張ったものを探り当てた。身体にのしかかる重みが一瞬無くなり、下半身を覆っていた  
衣を剥がれたのが分かった。 硬く張ったものの先から筋に沿ってねっとりとした感触が伝い、熱い息が吹き  
かけられる。  
 
「やめ―」  
搾り出すような声を上げるが舌の動きは止まらずに、彼自身を柔らかで吸い付くような感触が飲み込んだ。  
何度も吸い上げるようにして、舌がねっとりと絡みつく。何年ぶりかの感覚に、それは否応なしに硬く張り  
詰めて痛いほどだ。  
 
「ジュヌーン」  
名を呼ばれて、朦朧としたまま視線を動かすと、目が闇に慣れたのかオクシオーヌの顔がはっきりと見えた。  
「好きよ」  
吐息を吹きかけるようにして囁いた。 そうしてより強く舌を絡ませて、いとおしむように咥え、舐る。  
「お願いだから、大人しくしていて」  
 
オクシオーヌが帯を解き、薄い衣を脱いだ。窓から差し込む月明かりに照らされて、白い裸体が浮かび  
上がった。胸から腰にかけてはゆるやかに女性らしいカーブを描いていたが、どこか脆い幼さを残していた。  
思わず目を逸らしてしまう。  
 
オクシオーヌは男の胸元に両手を置き、緊張した面持ちで腰をおろした。ジュヌーンの下腹部にあたる微かな  
茂みの奥はぬるりと濡れていたが、ぬるぬると逃げてうまく入るわけもなかった。初めて、オクシオーヌの  
表情に焦りと戸惑いが見えた。  
 
「オクシオーヌ」  
名を呼ぶ。  
 
少女はびくりと身体を震わせた。ジュヌーンがオクシオーヌを叱りつける時、決まって返す反応だ。まるで  
数年前に戻ったかのようだ、と思う。ただ、二人の間にあるものは、何年かの間に変化していた。  
変化してしまった。  
 
「この枷を取ってくれ」  
「だめ。私はあなたと一緒にいたいの」  
「だから、はずして欲しい。逃げたりはしない」  
 
オクシオーヌは少し考えてから、魔法の枷を外した。それからジュヌーンの冷たくなった手首に気が付き、  
「ごめんなさい」と呟いた。一瞬にして子供に戻ってしまったかのようなオクシオーヌの柔らかい髪をなぞり、  
冷たくなった右手で小さな頭を抱きかかえた。白い肩が自然とジュヌーンの胸元に寄り添う。  
 
「私は過ちを犯した」  
「うん」  
「しかしそれがなければ、かつての仲間たちや君と出会えなかった」  
オクシオーヌの息遣いを心臓の上に感じて、右手と胸の奥が暖かくほぐされてゆく。  
 
「過去を振り返りながら、前に向かって歩けるようになったのは君がいたからだ」  
 
胸の中で小動物がもぞもぞとうごめくようにして、オクシオーヌが顔を上げた。そのまま、つうと唇を尖らせる。  
自然と唇が重なり、少女の唇から含み笑いが漏れる。  
 
「それって、もう私から逃げないってことよね?竜騎士さん」  
 
***  
 
床に敷いたシーツに身体を横たえて、白い肌に祈りをささげるような口づけをしてゆく。細く長いうなじから、  
幼さの残る鎖骨から胸元、淡く小さな膨らみをなぞり、時々歯を立ててやると少女が甘い吐息を漏らした。  
下腹部を右手で円を描くように撫で、もう一度深く口づける。先ほどとは打って変わって大人しくなった  
オクシオーヌも、応えるように舌を絡ませ、ジュヌーンのたくましい首筋を両手でかき抱いた。  
 
下腹部を這わせた指をずらしてゆく。茂みを撫であげ、その奥に指を伸ばそうとすると、オクシオーヌはも  
じもじと腿を閉じてしまう。ジュヌーンは下腹部から茂みまでの稜線に口づけ、白い腿を噛み付くようにして  
愛した。少女の口からくすぐったいような声が漏れたが、その声は徐々に甘いものに変わってゆく。そのまま  
白い腿を持ち上げ肩にかけると、茂みの奥に舌を這わせた。  
 
「あ!」  
ひときわ大きな声で鳴いたオクシオーヌは、抵抗しようと両足に力をこめようとしたが、自分でも触れたこと  
のない場所に熱い息を吹きかけられてなかなか力が入らない。自分でも触れたことのない場所を舌でまさぐられ、  
何かがつるりと剥かれて舐られたところまでは分かったが、頭の奥が痺れて真っ白になる。声を出すまいと口を  
つぐむが、唇の端から自分でも聞いたことのないような甘い声が漏れ、羞恥心で一杯になった。  
 
「声を上げてもかまわない」  
ジュヌーンの舌がそこを啜りあげると、下腹部が熱く蠢いて、こらえきれずにオクシオーヌは小さな悲鳴を上げた。  
分泌されたとろとろとした愛液が尻のほうまで垂れていく。雷で痺れたように身体を痙攣させ、がくりと力を失う。  
 
ふと目をあけると、ジュヌーンの顔がすぐ近くにあった。  
小鳥のように口づけて、 額をこつんと合わせる。  
「―…よく知っている人のような、まったく知らない人のような、不思議な気分だ」  
眉間に刻まれた深い皺を刻みつつ独白する男の姿がなんだか可笑しくて、オクシオーヌは少し笑った。  
「知らない人よ。今日知り合った人」  
 
確かにそうかもしれない。  
 
とろとろと濡れた場所に硬いものが押し当てられ、貫いた。  
 
鋭い痛みに身をよじるが、太い腕が細い肩を床に押し付けた。ゆっくりと、奥まで貫かれる。少し間を置いて、  
引き、また奥へ。何度かそれを繰り返すうちに、痛みが徐々に和らいでゆく。オクシオーヌが開いた両足を日に  
焼けた身体に絡ませると、腰の動きが激しくなった。 小さな吐息が甘い喘ぎに変わってゆく。乳房から下腹部  
までを力強い指で何度もなぞられ、快楽と羞恥心で気が触れてしまいそうになる。  
 
男のかみ殺したような吐息が呻きに変わった。手首をぐいと引かれ、上半身を起こした形で男のひざに抱かれた  
形になった。そのまま、何度も貫かれる。もう自分がどんな痴態をさらしていようがかまわない、そう思った。  
 
「…頭がどうにかなってしまいそう」  
男の首に両腕を絡ませて囁くと、男はオクシオーヌの上半身を強くかき抱いた。そのまま小さく呻き声をあげた。  
オクシオーヌは、腹の中で熱いものがどくどくと脈打つのを感じ、男とできるだけ一つになろうと腰を強く押し  
当てた。  
 
***  
 
これからどうするのか、と恐る恐る聞いたジュヌーンに対し、オクシオーヌは「わからない」と答えた。  
「帰りたくなるときも来ると思うけど、あなたがいないほうが困るわ」  
おどけて笑う少女の無邪気さに、ジュヌーンはため息をついた。  
 
果たして、自分が彼女に感じていたものは憐憫だったのか小さきものへの慈しみだったのか、それとも愛情だった  
のか。今となってはまったく分からなかった。分からないまま彼女を抱いてしまったことで、より彼女を傷つけて  
しまうのかもしれない。  
 
「過去を振り返りながら前に進むんでしょ?」  
 
ジュヌーンの思いを見透かすように、オクシオーヌが彼の言葉を反復した。何か言いかけて、ジュヌーンは黙って  
しまう。思い切ったように少女のほうに右手を伸ばしたが、そのまま宙をさまよった。あの日、初めて手を握った  
日のことを思い出すわ、と呟いて、オクシオーヌはジュヌーンの宙をさまよう右手に指をからませた。  
 
強く揺るがない眼差し。あの日、戦場で出会った日から何も変わらない。  
「だから今度は、私も一緒に行くの」  
 
混沌とした感情の中、新しく生まれたそれを抱きしめるように、オクシオーヌはジュヌーンの頭を抱き寄せた。  
 
 
 

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